2
「――へえ。じゃあアンタ達は西へ向かっているのかい。この村はいいところだよ。しばらくいるといい」
「少々訳ありでな。先を急いでいる」
「本当はもっとのんびりしたいんですが。お気持ちだけ頂きます」
三蔵のそっけない態度にも気を悪くすることなくおばさんは笑って言った。
「いいさ。若いうちは旅をするモンだ。それにね、あたしはアンタ達に感謝しているのさ」
「感謝?」
「ですか?」
八戒と水櫁が重ねて聞く。
何故「感謝?」と双蓮は悟空に振ったが、悟空も首をかしげるだけだ。
「ああ……何せ旬麗の笑顔なんて久しぶりに見れたからね」
おばさんは窓から洗濯ものを取り込む旬麗を見ながらどこかさみしそうに言った。
「あんなに笑顔が素敵なのに笑わないなんてもったいないですねえ」
キメ顔でそう言う水櫁に双蓮からチョップが飛んできた。痛いと仕返しに肘を突こうとしたが、容易く止められた。
それはさておき、「何で?」と聞き返す悟空におばさんはさらに続ける。
「旬麗にはねえ、そりゃあ仲のいい恋人がいたんだよ。――だけど彼は妖怪だったんだ」
それからおばさんは旬麗とその恋人について話してくれた。
人間と妖怪。
決して相容れない存在の間での恋。
一年以上前に世界中の妖怪たちが急に凶暴化したことを聞くと6人の顔が少し曇った。旬麗の恋人も例にもれず完全に自我をなくす前に彼女の前から消えたらしい。
それ以来、旬麗は笑わなくなったという。
「……じゃあこの服はその方のものなんですね」
八戒は大切そうに着ている服を見た。その瞳は慈愛に満ちていた。
「それにしては服にホコリ一つ無いな?」
ぽつりと双蓮が言った。
「そうだろ? あの子は恋人がいつでも帰ってこられるように、寂しさを紛わすようにいつもああやって洗濯しているのさ」
「そうなんですか……」
「その大事な服をあんた達にかしたのも『笑ったお詫び』じゃなくて笑顔を与えてくれたお礼なんだろうよ」
とんだ目にあった三蔵一行だったが、旬麗にとってはそうではなかったようだ。
「もったいないですねえ年頃の女の子が」
「コラ、邪なことを考えるんじゃない」
「あたし達はね、茲燕が生きていることを願うばかりだよ」
すると今まで黙っていた悟浄が過剰に反応した。
「『ジエン』!? その男『ジエン』ってのか!?」
思わず立ち上がる。
「ああそうだよ。いなくなる四年程前にこの村に来たからね。本名かどうかは知らないけど――。何だ知り合いかい?」
しかし悟浄はおばさんの問いを適当に茶を濁した。
ハテナを浮かべる三蔵、悟空、双蓮、水櫁に対して八戒だけが何か知っていそうな顔をしていた。
○
時は流れ、夕方。半おばさんのご好意を断れず、三蔵一行は旬麗の家で一泊することになった。運良く男女別の部屋が用意され、ベッドひとつに足場の踏み場がないように並べられた床3つの修学旅行のような男部屋とは違って女部屋はすっきりとしていた。
部屋に入ってすぐ水櫁がベッドに飛び込んだ。
「久しぶりのベッドは格別ですねえ」
「ちょ、何ひとのベッドに許可なく寝るんだ」
「はいぃ? いいじゃないですか。年寄りに譲ってください」
「どこが年寄りよ」
「こう見えて結構肩とか腰とか痛いんですよ」
わざとらしくこんこんと腰を叩く。
「そりゃただの運動不足だろうに」
「まあいいじゃないですか。今度こういうときがあったら譲りますから、ね?」
「……ならいいけど」
意外とあっさり許したところで双蓮も水櫁の隣に座った。
「悟浄、何かあったんですかね?」
「ああ、ジエンって男だっけ」
「やはり人には一つや二つ言えないことってありますよねえ」
「……だな」
肯定するも双蓮の態度はどこかいらついている。常にイラついてるような印象のある双蓮で、初対面での第一印象は最悪の部類に入る。しかしその実、ただぼんやりとしてることが多い。
無表情ながらも、付き合いの長い水櫁は珍しく本気でイラついているのを感じ取った。
「隠し事は誰にもあることですからその態度直してくれません?」
「そんなに出てる?」
「そりゃあ鳥肌がつほど」
にこりと笑う水櫁。ひくりと表情筋を引きつらせると双蓮は深いため息を吐いた。
「時期が来れば本人から聞けますよ」
「でも一緒に旅していくんだからそういうのはないほうがいいだろ?」
「そうですけど……でも自分らまだ出会って間もないんですよ? そう簡単に話してくれるわけ――」
「……ああ! イライラしてきたから本人から聞いてくる」
立ち上がると水櫁の言葉を最後まで聞くことなく。スタコラと男性陣のいる部屋に向かった。取り残された水櫁は困りましたねえとため息を漏らした。
○
「おい、ちょっといいか?」
「お、双蓮じゃん」
がちゃりと三蔵たちの部屋のドアノブを回し、部屋を見渡すがあの目立つ赤は見当たらなかった。
「悟浄は?」
「さあな」
「なんだよいないのか」
せっかく問いただそうとしたのにいないとは、双蓮は大きく舌打ちをした。
「どうかしましたか?」
「ちょっと1対1で話したいことがあったから」
「それってもしかして『ジエン』ってやつのこと?」
「……よくわかったな悟空」
よしよしと頭を撫でられる悟空。水櫁は悟空に甘いが、双蓮も大概甘い。
「今ちょうど話そうと思ってたんですよ」
そういう八戒だが、顔にはあまり話したくないと書かれている。
「いいのか?」
「まあ口止めはされていませんしね」
「双蓮も聞く?」
「聞いていいなら。まあ、あの河童が素直に話してくれそうにないし、八戒のほうがわかりやすそうだから聞いていく」
悟空の隣に双蓮は腰を下ろす。2人して八戒に期待の眼差しを向けると、八戒は観念したのかゆっくりと話し始めた。
「その男の名前は“沙燕爾”。悟浄が8歳の時から行方不明のままの命の恩人――そして、」
たっぷり一拍呼吸をおいてから八戒は静かに口にした。
「お兄さんだそうです。いわゆる“腹違い”の……」
「……つまりその“燕爾”って男は“純血の妖怪”ってことか」
「え? どういうことだ?」
「ああ、双蓮は知らないんですよね。順を追って話します。燕爾は本妻のお子さんだそうですが、悟浄が本妻に殺されかけたところを救ってくれたとか」
「いくら他人の子でも殺すまで行くのか?」
「それも先ほどの質問に関係してます。普通の子供なら殺されることなんてなかったんでしょうけど、悟浄は妖怪の父親と人間の愛人との間に生まれた混血児――」
「それって……」
「いわば、禁忌の子供なんです」
血のように赤い髪と目を持つのは妖怪と人間のハーフの証なのだと八戒は追って説明した。
まさか悟浄に腹違いの兄がいるとは思ってもいなかったようだ。本来なら忌むべき対象であった悟浄を助け、実の母親の命を奪った兄は何を思ったのだろう。そしてそんな彼に助けられてしまった悟浄はどう感じたのだろうか。そればかりは本人たちしか知りえないし、決して他人が簡単に理解できるようなものではないだろう。
「……ところでその本人はどこにいったんだろ」
「どうせ旬麗でも口説いてんじゃねえのか」
「はあ?」
三蔵の言葉に双蓮は血相を変えて立ち上がった。
「おいおいそれ大丈夫なのかよ」
「さあな」
今しがた聞いた過去のことなどすっかり忘れ、謎の使命感を抱いて双蓮はそのまま部屋を飛び出していった。まだ日は浅いが、悟浄の手癖の悪さは重々承知している。
こう見えて女性子供には甘いのだ。
○
双蓮が悟浄を見つけた時には旬麗が壁に寄られているときだった
それを見るやいなや、
「こンの変態発情エロガッパ!!」
「ごふっ!」
横から悟浄の脇腹にドロップキックをかました。そのまま派手に吹っ飛んで転がる一瞬のことで何が何だかわからない旬麗はただ呆然と見ていた。
悟浄を無視して旬麗の綺麗な手を取り、
「大丈夫か!? どこか触られたりしなかったか!?」
「え、ええ大丈夫ですけど、悟浄さんが……」
「そうか、それならよかった。無事で本当良かった」
「よくねえよ!」
起き上がるとずんずんと双蓮に近づいた
「お前いきなりドロップキックはないだろ!」
「はっさすがゴキブリ。あの程度では死なんか。襲った挙句泣かせた罪は重いぞ」
「別に襲ってねえし!」
「いや、あれは誰が見ても襲おうとしてた」
ぎゃーぎゃーと漫才のような口喧嘩を繰り広げる二人にいつの間にか旬麗の涙も止まっていた。
「悟浄さん、双蓮さん、ありがとう」
何故かお礼を言われ、少し照れくさそうに二人は顔を見合わせた。
「少々訳ありでな。先を急いでいる」
「本当はもっとのんびりしたいんですが。お気持ちだけ頂きます」
三蔵のそっけない態度にも気を悪くすることなくおばさんは笑って言った。
「いいさ。若いうちは旅をするモンだ。それにね、あたしはアンタ達に感謝しているのさ」
「感謝?」
「ですか?」
八戒と水櫁が重ねて聞く。
何故「感謝?」と双蓮は悟空に振ったが、悟空も首をかしげるだけだ。
「ああ……何せ旬麗の笑顔なんて久しぶりに見れたからね」
おばさんは窓から洗濯ものを取り込む旬麗を見ながらどこかさみしそうに言った。
「あんなに笑顔が素敵なのに笑わないなんてもったいないですねえ」
キメ顔でそう言う水櫁に双蓮からチョップが飛んできた。痛いと仕返しに肘を突こうとしたが、容易く止められた。
それはさておき、「何で?」と聞き返す悟空におばさんはさらに続ける。
「旬麗にはねえ、そりゃあ仲のいい恋人がいたんだよ。――だけど彼は妖怪だったんだ」
それからおばさんは旬麗とその恋人について話してくれた。
人間と妖怪。
決して相容れない存在の間での恋。
一年以上前に世界中の妖怪たちが急に凶暴化したことを聞くと6人の顔が少し曇った。旬麗の恋人も例にもれず完全に自我をなくす前に彼女の前から消えたらしい。
それ以来、旬麗は笑わなくなったという。
「……じゃあこの服はその方のものなんですね」
八戒は大切そうに着ている服を見た。その瞳は慈愛に満ちていた。
「それにしては服にホコリ一つ無いな?」
ぽつりと双蓮が言った。
「そうだろ? あの子は恋人がいつでも帰ってこられるように、寂しさを紛わすようにいつもああやって洗濯しているのさ」
「そうなんですか……」
「その大事な服をあんた達にかしたのも『笑ったお詫び』じゃなくて笑顔を与えてくれたお礼なんだろうよ」
とんだ目にあった三蔵一行だったが、旬麗にとってはそうではなかったようだ。
「もったいないですねえ年頃の女の子が」
「コラ、邪なことを考えるんじゃない」
「あたし達はね、茲燕が生きていることを願うばかりだよ」
すると今まで黙っていた悟浄が過剰に反応した。
「『ジエン』!? その男『ジエン』ってのか!?」
思わず立ち上がる。
「ああそうだよ。いなくなる四年程前にこの村に来たからね。本名かどうかは知らないけど――。何だ知り合いかい?」
しかし悟浄はおばさんの問いを適当に茶を濁した。
ハテナを浮かべる三蔵、悟空、双蓮、水櫁に対して八戒だけが何か知っていそうな顔をしていた。
○
時は流れ、夕方。半おばさんのご好意を断れず、三蔵一行は旬麗の家で一泊することになった。運良く男女別の部屋が用意され、ベッドひとつに足場の踏み場がないように並べられた床3つの修学旅行のような男部屋とは違って女部屋はすっきりとしていた。
部屋に入ってすぐ水櫁がベッドに飛び込んだ。
「久しぶりのベッドは格別ですねえ」
「ちょ、何ひとのベッドに許可なく寝るんだ」
「はいぃ? いいじゃないですか。年寄りに譲ってください」
「どこが年寄りよ」
「こう見えて結構肩とか腰とか痛いんですよ」
わざとらしくこんこんと腰を叩く。
「そりゃただの運動不足だろうに」
「まあいいじゃないですか。今度こういうときがあったら譲りますから、ね?」
「……ならいいけど」
意外とあっさり許したところで双蓮も水櫁の隣に座った。
「悟浄、何かあったんですかね?」
「ああ、ジエンって男だっけ」
「やはり人には一つや二つ言えないことってありますよねえ」
「……だな」
肯定するも双蓮の態度はどこかいらついている。常にイラついてるような印象のある双蓮で、初対面での第一印象は最悪の部類に入る。しかしその実、ただぼんやりとしてることが多い。
無表情ながらも、付き合いの長い水櫁は珍しく本気でイラついているのを感じ取った。
「隠し事は誰にもあることですからその態度直してくれません?」
「そんなに出てる?」
「そりゃあ鳥肌がつほど」
にこりと笑う水櫁。ひくりと表情筋を引きつらせると双蓮は深いため息を吐いた。
「時期が来れば本人から聞けますよ」
「でも一緒に旅していくんだからそういうのはないほうがいいだろ?」
「そうですけど……でも自分らまだ出会って間もないんですよ? そう簡単に話してくれるわけ――」
「……ああ! イライラしてきたから本人から聞いてくる」
立ち上がると水櫁の言葉を最後まで聞くことなく。スタコラと男性陣のいる部屋に向かった。取り残された水櫁は困りましたねえとため息を漏らした。
○
「おい、ちょっといいか?」
「お、双蓮じゃん」
がちゃりと三蔵たちの部屋のドアノブを回し、部屋を見渡すがあの目立つ赤は見当たらなかった。
「悟浄は?」
「さあな」
「なんだよいないのか」
せっかく問いただそうとしたのにいないとは、双蓮は大きく舌打ちをした。
「どうかしましたか?」
「ちょっと1対1で話したいことがあったから」
「それってもしかして『ジエン』ってやつのこと?」
「……よくわかったな悟空」
よしよしと頭を撫でられる悟空。水櫁は悟空に甘いが、双蓮も大概甘い。
「今ちょうど話そうと思ってたんですよ」
そういう八戒だが、顔にはあまり話したくないと書かれている。
「いいのか?」
「まあ口止めはされていませんしね」
「双蓮も聞く?」
「聞いていいなら。まあ、あの河童が素直に話してくれそうにないし、八戒のほうがわかりやすそうだから聞いていく」
悟空の隣に双蓮は腰を下ろす。2人して八戒に期待の眼差しを向けると、八戒は観念したのかゆっくりと話し始めた。
「その男の名前は“沙燕爾”。悟浄が8歳の時から行方不明のままの命の恩人――そして、」
たっぷり一拍呼吸をおいてから八戒は静かに口にした。
「お兄さんだそうです。いわゆる“腹違い”の……」
「……つまりその“燕爾”って男は“純血の妖怪”ってことか」
「え? どういうことだ?」
「ああ、双蓮は知らないんですよね。順を追って話します。燕爾は本妻のお子さんだそうですが、悟浄が本妻に殺されかけたところを救ってくれたとか」
「いくら他人の子でも殺すまで行くのか?」
「それも先ほどの質問に関係してます。普通の子供なら殺されることなんてなかったんでしょうけど、悟浄は妖怪の父親と人間の愛人との間に生まれた混血児――」
「それって……」
「いわば、禁忌の子供なんです」
血のように赤い髪と目を持つのは妖怪と人間のハーフの証なのだと八戒は追って説明した。
まさか悟浄に腹違いの兄がいるとは思ってもいなかったようだ。本来なら忌むべき対象であった悟浄を助け、実の母親の命を奪った兄は何を思ったのだろう。そしてそんな彼に助けられてしまった悟浄はどう感じたのだろうか。そればかりは本人たちしか知りえないし、決して他人が簡単に理解できるようなものではないだろう。
「……ところでその本人はどこにいったんだろ」
「どうせ旬麗でも口説いてんじゃねえのか」
「はあ?」
三蔵の言葉に双蓮は血相を変えて立ち上がった。
「おいおいそれ大丈夫なのかよ」
「さあな」
今しがた聞いた過去のことなどすっかり忘れ、謎の使命感を抱いて双蓮はそのまま部屋を飛び出していった。まだ日は浅いが、悟浄の手癖の悪さは重々承知している。
こう見えて女性子供には甘いのだ。
○
双蓮が悟浄を見つけた時には旬麗が壁に寄られているときだった
それを見るやいなや、
「こンの変態発情エロガッパ!!」
「ごふっ!」
横から悟浄の脇腹にドロップキックをかました。そのまま派手に吹っ飛んで転がる一瞬のことで何が何だかわからない旬麗はただ呆然と見ていた。
悟浄を無視して旬麗の綺麗な手を取り、
「大丈夫か!? どこか触られたりしなかったか!?」
「え、ええ大丈夫ですけど、悟浄さんが……」
「そうか、それならよかった。無事で本当良かった」
「よくねえよ!」
起き上がるとずんずんと双蓮に近づいた
「お前いきなりドロップキックはないだろ!」
「はっさすがゴキブリ。あの程度では死なんか。襲った挙句泣かせた罪は重いぞ」
「別に襲ってねえし!」
「いや、あれは誰が見ても襲おうとしてた」
ぎゃーぎゃーと漫才のような口喧嘩を繰り広げる二人にいつの間にか旬麗の涙も止まっていた。
「悟浄さん、双蓮さん、ありがとう」
何故かお礼を言われ、少し照れくさそうに二人は顔を見合わせた。