2
最初に口を開いたのは悟浄だった。
「チッ。つまんねぇな。今度はムサい野郎一匹かよ。前回みたいな美女のサービスを期待してたんだがな」
右半分砕けた大仏の頭部から侵入してきた妖怪を見下す。同じ大仏の左肩に水櫁、座禅を組んだ左右の膝には双蓮と八戒、左側にある唯一無傷の頭には悟空がそれぞれ居座っている。
妖怪は、あと一歩周りと同じ物言わぬ屍になりかけた葉からターゲットを悟浄たちへ移す。
「フン。てめェらが裏切り者妖怪三人組か。ああ? 女ァ?」
「女がいちゃ悪いか」
性差を何よりも嫌う双蓮の額に青筋が浮かぶ。
「ハッ。女二人増えたところで変わりねえ。紅孩児様の命により貴様らを始末する!!」
勝ったも同然のような高笑いがだだっ広い空間に木霊する。
「――おい、どー思うよ」
全員狩る気満々の妖怪に悟浄がほか4人に耳打ちをする。
「態度がでかくてムカツク減点15点」
「笑い方が下品、減点5点」
「片耳ピアスがうざい、減点5点」
「え、えーっとそうですね。ではちょろっと出てる前髪が生理的に受け付けないので5点」
上から順に悟空、八戒、双蓮、一瞬口ごもるも最後は水櫁が値踏み始める。
てっきり言い返してくるものかと思っていた妖怪は拍子抜けしたようでぽかんと間抜けな顔をしている。しかしそれも一瞬、すぐに馬鹿にされていることに気づき噛み付くも、
「あ、歯が黄色い。減点5点」
悟空の一言についに堪忍袋の緒が切れた。
大きく振りかぶって投げられた音の悟浄のすぐ隣に刺さった。
「――度胸は合格」
そこからは一瞬だった。
「がはッ……」
壁に刺さった斧を容易く抜き取ると、妖怪の頭に膝蹴りを一発。ゴッと骨が折れる音と同時に鼻血が勢いよく吹き出す。
息もつく間もなく追撃してくる悟空を瞳が捉えた。当然見えただけで受身を取る暇などない。顎に悟空の蹴りがヒット。
そして止めと言わんばかりに双蓮が飛び蹴りが決まった。
勢いよく壁に叩きつけられ、尻もちをつく。
想像していたよりも遥かに強い彼らに妖怪は自分の見込みが甘かったことを後悔する。
「――まさかこれくらの力で大見得きってたんじゃないですよね?」
「八戒さんご冗談を。今までのは全部演技で一発逆転っていうシナリオなんですよ」
にこやかにそう言ってのける後ろで悟浄と双蓮が「いい性格だな」と少し相手に同情を示した。
いっこうに反撃にこない妖怪に双蓮が吐き捨てる。
「萎えた」
その一言にせめて一矢報いたいと近くにあった瓦礫を掴むと投げつけると、握力で砕かれた無数の破片が飛び散る。
「うわセコイッ!」
「ちょっとさがってて下さい」
四人の前に八戒がかばうように立ちふさがる。そばにいても聞こえないぐらい小さな声で何か唱えると暗闇をほのかに照らすように大きな光の壁が飛んできた破片を弾く。
「クモ女さんと戦った時考えついたんです。“気”を固めてバリヤーにできないかな――なんて」
「八戒さんナイスアイディアですね。自分も試してみようかな」
「いーなー八戒俺もそれやってみたい!!」
「うーん集中力がないとなんとも……」
「お前の脳みそじゃ無理だな」
「ンなことねえって!!」
せっかく八戒が濁したのを掘り返す双蓮。口には出さないが水櫁も思うことは一緒だ。
敵を目の前にして余裕綽々の一行に妖怪はまざまざと実力の差を思い知らされる。そのとき八戒と悟空の妖力制御装置に目が行く。ただでさえ瞬殺だったのを制御装置を開放されればどんなものか堪ったものじゃない。
ならば先手必勝! と腕から鋭利なブレードが生えた。
「ああ、だから右袖だけなかったんですねェ」
「ダッセェ拭くだと思ってたンだよなァ」
「アンタの服も大概だと思うけど」
「おいコラいまなんつった」
さて誰が相手する? と一瞬4人の目が合う。
それに応えたのは悟空だ。如意棒を召喚し、相手の斬撃を防ぐ。ギチチと嫌な音と手応えに悟空は競り合いから身を引いた。どうやら先ほどの本気宣言は嘘ではないらしい。
「スッゲ馬鹿力!!」
「お前に言われちゃおしまいだな」
「まとめて始末してやる!!」
「どうします? 悟空がああいうんだから力じゃ勝ち目ありませんよ?」
「お前意外と腕力ないもんな。……まあアタシらの出る幕はない」
何かに気づいた双蓮が顎でそちらを指し示す。
全員が「ああ」と納得した頃には遅れてきた主役、三蔵がふわりと袖をはためかせて妖怪をあしらってた。
「倒れ方が無様だ。40点減点」
「あ、ついでに眉の手入れがなってない、5点減点お願いします」
「ってことは80点か」
ぱちぱちと目には見えないそろばんを扱うように双蓮が今までの合計点数を計算する。それを見ていた八戒が双蓮さんって意外と豆で器用なんですね、と水櫁に耳打ちした。
「あれでも読み書きはできますし、家事もできますから一家に一人はいてほしいタイプです」
「なんかいったか?」
「いいえ、あなたがいて助かってるって話です」
「うわっアンタが褒めるなんて明日は竹槍でも降る? あ、鳥肌立った」
「そんなにですか!?!?」
その後ろでは悟浄が三蔵に絡み、軽口を叩きあっていた。
妖怪の意識が戻ったタイミングを見計らって三蔵が左足で顎を上げさせる。
「お前ごときの刺客をよこす様じゃ俺達はよほど見くびられてるらしいな。貴様らの主君の“紅孩児”とやらは」
蜘蛛女の時には聞けなかった蘇生実験について問いただすも妖怪はただ不敵に笑うだけ。ちなみに後ろでその様子を見守っている双蓮が「片足だけ上げて逆に辛くね?」と溢し、不覚にも隣にいた悟浄が小さく吹き出した。
「あんた血生臭ェな……いままで何人の血を浴びてきた? 『三蔵』の名が聞いて呆れるぜ」
と、精神的に揺さぶってくる作戦に出た。三蔵ではなくなぜか双蓮がぴくりと引き金にかけてる指に力が入る。相変わらず無表情だが、琴線に触れられた三蔵のオーラがいっそう黒く深くなった。
「20点減点。……ゲームオーバーだ」
生かす価値なしと判断し、止めを刺そうと拳銃をだそうとしたとき、
「……バーカ、言われなくても死んでやるよ」
妖怪の意図に気づいた八戒がいち早く叫ぶ。
「――よけて三蔵!!」
間一髪。妖怪がいた場所には大きく陥没し、あと少し回避が遅かったか、あるいは近くにいたら巻き添えを食らうところだった。
自害という誰も予期しなかった結末に全員が信じられないというような言葉をこぼす。
正面から戦って勝てるわけない知ってと自害を選ぶほど忠誠を抱かせる紅孩児とは一体何者なのか。
彼以外にも妖怪が来るかと警戒するもその様子はない。ようやく安全面が確保されたところで八戒がいままでずっとこの場にいた葉の無事を確認する。
しかし彼の顔は命からがら生き延びた喜びではなく恐怖と困惑の二色で彩られていた。
「あなた達は……何者なんですか!?」
その言葉にすぐに返事できる者はいなかった。
「今までにもたくさんの血を浴びた……ってこんなふうに殺生を続けてきたのですか!?」
「あのなぁッ仕方ねーだろヤらなきゃヤられちまうんだからさぁ!?」
「それが良いことだとは僕らだって思ってませんよ――でも」
「良くないに決まってますよ!」
直球に言い返す悟空のフォローに入る八戒だが、聞く耳を持たない葉は全てを否定する。
「たとえ誰であろうと命を奪うという行為は御仏への冒涜です!!」
「――おい」
収まったはずの三蔵の殺気にも似た不穏なオーラが再び顔を出す。素人でもわかるそれに葉は思わず口を噤んだ。
「お前それ本心で言ってんのか? これだけ身内が殺されてもそそんなこと言えるのかよ」
周りにはつい先程まで一緒に修行していたはずの坊主たちはいまは物言わぬ死体となって心なしか葉を責めるように転がっている。
「そんなに『神に近づきたかったら死んじまえ』。死ねば誰だろうと『仏』になれるぞ。そこの坊主たちみたいにな」
悟空以上に直球すぎる『三蔵』の言葉に何も言えなくなる。
「殺生は禁忌だが、はたして自分の命を奪われてまで守る必要はあるのか?」
双蓮が自分の顳かみに銃を当てながら問いかける。
以前の葉なら是と答えられたかもしれない。しかし現実を知ってしまった彼は何も言えない。答えられない。違うと言いたい。しかし否定の言葉は出なかった。
「――でもまあ残念なことに俺達は生きてるんだなコレが」
それはまるで長く彷徨った夜の闇を祓う陽の光ように葉の心を照らした。
○
「……ここから北西へ抜ければ夕刻までには平地へ出ると思います。ジープなら町まですぐでしょう」
後処理や荷造りでようやく落ち着いた頃、日は完全に昇り、鮮やかな青空が広がっていた。
「えっ一日で街に行けるですか!! ちょっと双蓮!! 昨日の酒返してください!!」
「っせえ!! アンタに禁酒っつー言葉はないのか!?」
「ありません!!」
「即答するなァァ!!」
さすがに人がいる手前、発砲抜刀沙汰にはならないものの双蓮と水櫁が本気で組手を始める。二人の間に入って止めれるのは八戒だけだが、あいにく彼は大僧正たちに取られてしまっていた。
「今回のことで我々がいかに危機管理がなっていないかを思い知らされました。死んだ僧達の魂を無駄にせぬように致します」
「皆様にもとんだご無礼を」
「たまには浄化された生活も必要な方々ですから」
「汚れ物か俺達は」
「それ以外何がある」
「ンだと?」
さあ出発するぞというタイミングでずっと視線を送っていた葉が戸惑いながらも口を開いた。
「三蔵様、全て片付きましたら又この寺に立ち寄っていただけますか?」
自分の全てを否定されて絶望していた数時間前とは違い、その表情は何か吹っ切れたように見えた。そして、
「その時は私に麻雀を教えてください」
それに対して三蔵は僅かに口元を上げて「……覚えておく」とぶっきらぼうな返事をした。
「あ、やめた方がイイよ。三蔵と悟浄スッゲ性格ヒネたうちかたするから」
「この隣にいるアホヅラもやめたほうがいい。学ぶところなんて何もないぞ」
「おいエテ公!! いまだに約も覚えきれてねェ猿に言われたかねェなぁ!? ああ!?」
「双蓮!! そういうあなたは勝負事全般弱いのを直してから言ってください!!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ出しながら彼らは再び歩き始めた。
「そういえば。実は駆けつける前にもう一枚捲ってたんですよ。なんだと思います?」
「さあ」
「ハートのAですよ。正義は必ず勝つってね」
「……寒っ」
「チッ。つまんねぇな。今度はムサい野郎一匹かよ。前回みたいな美女のサービスを期待してたんだがな」
右半分砕けた大仏の頭部から侵入してきた妖怪を見下す。同じ大仏の左肩に水櫁、座禅を組んだ左右の膝には双蓮と八戒、左側にある唯一無傷の頭には悟空がそれぞれ居座っている。
妖怪は、あと一歩周りと同じ物言わぬ屍になりかけた葉からターゲットを悟浄たちへ移す。
「フン。てめェらが裏切り者妖怪三人組か。ああ? 女ァ?」
「女がいちゃ悪いか」
性差を何よりも嫌う双蓮の額に青筋が浮かぶ。
「ハッ。女二人増えたところで変わりねえ。紅孩児様の命により貴様らを始末する!!」
勝ったも同然のような高笑いがだだっ広い空間に木霊する。
「――おい、どー思うよ」
全員狩る気満々の妖怪に悟浄がほか4人に耳打ちをする。
「態度がでかくてムカツク減点15点」
「笑い方が下品、減点5点」
「片耳ピアスがうざい、減点5点」
「え、えーっとそうですね。ではちょろっと出てる前髪が生理的に受け付けないので5点」
上から順に悟空、八戒、双蓮、一瞬口ごもるも最後は水櫁が値踏み始める。
てっきり言い返してくるものかと思っていた妖怪は拍子抜けしたようでぽかんと間抜けな顔をしている。しかしそれも一瞬、すぐに馬鹿にされていることに気づき噛み付くも、
「あ、歯が黄色い。減点5点」
悟空の一言についに堪忍袋の緒が切れた。
大きく振りかぶって投げられた音の悟浄のすぐ隣に刺さった。
「――度胸は合格」
そこからは一瞬だった。
「がはッ……」
壁に刺さった斧を容易く抜き取ると、妖怪の頭に膝蹴りを一発。ゴッと骨が折れる音と同時に鼻血が勢いよく吹き出す。
息もつく間もなく追撃してくる悟空を瞳が捉えた。当然見えただけで受身を取る暇などない。顎に悟空の蹴りがヒット。
そして止めと言わんばかりに双蓮が飛び蹴りが決まった。
勢いよく壁に叩きつけられ、尻もちをつく。
想像していたよりも遥かに強い彼らに妖怪は自分の見込みが甘かったことを後悔する。
「――まさかこれくらの力で大見得きってたんじゃないですよね?」
「八戒さんご冗談を。今までのは全部演技で一発逆転っていうシナリオなんですよ」
にこやかにそう言ってのける後ろで悟浄と双蓮が「いい性格だな」と少し相手に同情を示した。
いっこうに反撃にこない妖怪に双蓮が吐き捨てる。
「萎えた」
その一言にせめて一矢報いたいと近くにあった瓦礫を掴むと投げつけると、握力で砕かれた無数の破片が飛び散る。
「うわセコイッ!」
「ちょっとさがってて下さい」
四人の前に八戒がかばうように立ちふさがる。そばにいても聞こえないぐらい小さな声で何か唱えると暗闇をほのかに照らすように大きな光の壁が飛んできた破片を弾く。
「クモ女さんと戦った時考えついたんです。“気”を固めてバリヤーにできないかな――なんて」
「八戒さんナイスアイディアですね。自分も試してみようかな」
「いーなー八戒俺もそれやってみたい!!」
「うーん集中力がないとなんとも……」
「お前の脳みそじゃ無理だな」
「ンなことねえって!!」
せっかく八戒が濁したのを掘り返す双蓮。口には出さないが水櫁も思うことは一緒だ。
敵を目の前にして余裕綽々の一行に妖怪はまざまざと実力の差を思い知らされる。そのとき八戒と悟空の妖力制御装置に目が行く。ただでさえ瞬殺だったのを制御装置を開放されればどんなものか堪ったものじゃない。
ならば先手必勝! と腕から鋭利なブレードが生えた。
「ああ、だから右袖だけなかったんですねェ」
「ダッセェ拭くだと思ってたンだよなァ」
「アンタの服も大概だと思うけど」
「おいコラいまなんつった」
さて誰が相手する? と一瞬4人の目が合う。
それに応えたのは悟空だ。如意棒を召喚し、相手の斬撃を防ぐ。ギチチと嫌な音と手応えに悟空は競り合いから身を引いた。どうやら先ほどの本気宣言は嘘ではないらしい。
「スッゲ馬鹿力!!」
「お前に言われちゃおしまいだな」
「まとめて始末してやる!!」
「どうします? 悟空がああいうんだから力じゃ勝ち目ありませんよ?」
「お前意外と腕力ないもんな。……まあアタシらの出る幕はない」
何かに気づいた双蓮が顎でそちらを指し示す。
全員が「ああ」と納得した頃には遅れてきた主役、三蔵がふわりと袖をはためかせて妖怪をあしらってた。
「倒れ方が無様だ。40点減点」
「あ、ついでに眉の手入れがなってない、5点減点お願いします」
「ってことは80点か」
ぱちぱちと目には見えないそろばんを扱うように双蓮が今までの合計点数を計算する。それを見ていた八戒が双蓮さんって意外と豆で器用なんですね、と水櫁に耳打ちした。
「あれでも読み書きはできますし、家事もできますから一家に一人はいてほしいタイプです」
「なんかいったか?」
「いいえ、あなたがいて助かってるって話です」
「うわっアンタが褒めるなんて明日は竹槍でも降る? あ、鳥肌立った」
「そんなにですか!?!?」
その後ろでは悟浄が三蔵に絡み、軽口を叩きあっていた。
妖怪の意識が戻ったタイミングを見計らって三蔵が左足で顎を上げさせる。
「お前ごときの刺客をよこす様じゃ俺達はよほど見くびられてるらしいな。貴様らの主君の“紅孩児”とやらは」
蜘蛛女の時には聞けなかった蘇生実験について問いただすも妖怪はただ不敵に笑うだけ。ちなみに後ろでその様子を見守っている双蓮が「片足だけ上げて逆に辛くね?」と溢し、不覚にも隣にいた悟浄が小さく吹き出した。
「あんた血生臭ェな……いままで何人の血を浴びてきた? 『三蔵』の名が聞いて呆れるぜ」
と、精神的に揺さぶってくる作戦に出た。三蔵ではなくなぜか双蓮がぴくりと引き金にかけてる指に力が入る。相変わらず無表情だが、琴線に触れられた三蔵のオーラがいっそう黒く深くなった。
「20点減点。……ゲームオーバーだ」
生かす価値なしと判断し、止めを刺そうと拳銃をだそうとしたとき、
「……バーカ、言われなくても死んでやるよ」
妖怪の意図に気づいた八戒がいち早く叫ぶ。
「――よけて三蔵!!」
間一髪。妖怪がいた場所には大きく陥没し、あと少し回避が遅かったか、あるいは近くにいたら巻き添えを食らうところだった。
自害という誰も予期しなかった結末に全員が信じられないというような言葉をこぼす。
正面から戦って勝てるわけない知ってと自害を選ぶほど忠誠を抱かせる紅孩児とは一体何者なのか。
彼以外にも妖怪が来るかと警戒するもその様子はない。ようやく安全面が確保されたところで八戒がいままでずっとこの場にいた葉の無事を確認する。
しかし彼の顔は命からがら生き延びた喜びではなく恐怖と困惑の二色で彩られていた。
「あなた達は……何者なんですか!?」
その言葉にすぐに返事できる者はいなかった。
「今までにもたくさんの血を浴びた……ってこんなふうに殺生を続けてきたのですか!?」
「あのなぁッ仕方ねーだろヤらなきゃヤられちまうんだからさぁ!?」
「それが良いことだとは僕らだって思ってませんよ――でも」
「良くないに決まってますよ!」
直球に言い返す悟空のフォローに入る八戒だが、聞く耳を持たない葉は全てを否定する。
「たとえ誰であろうと命を奪うという行為は御仏への冒涜です!!」
「――おい」
収まったはずの三蔵の殺気にも似た不穏なオーラが再び顔を出す。素人でもわかるそれに葉は思わず口を噤んだ。
「お前それ本心で言ってんのか? これだけ身内が殺されてもそそんなこと言えるのかよ」
周りにはつい先程まで一緒に修行していたはずの坊主たちはいまは物言わぬ死体となって心なしか葉を責めるように転がっている。
「そんなに『神に近づきたかったら死んじまえ』。死ねば誰だろうと『仏』になれるぞ。そこの坊主たちみたいにな」
悟空以上に直球すぎる『三蔵』の言葉に何も言えなくなる。
「殺生は禁忌だが、はたして自分の命を奪われてまで守る必要はあるのか?」
双蓮が自分の顳かみに銃を当てながら問いかける。
以前の葉なら是と答えられたかもしれない。しかし現実を知ってしまった彼は何も言えない。答えられない。違うと言いたい。しかし否定の言葉は出なかった。
「――でもまあ残念なことに俺達は生きてるんだなコレが」
それはまるで長く彷徨った夜の闇を祓う陽の光ように葉の心を照らした。
○
「……ここから北西へ抜ければ夕刻までには平地へ出ると思います。ジープなら町まですぐでしょう」
後処理や荷造りでようやく落ち着いた頃、日は完全に昇り、鮮やかな青空が広がっていた。
「えっ一日で街に行けるですか!! ちょっと双蓮!! 昨日の酒返してください!!」
「っせえ!! アンタに禁酒っつー言葉はないのか!?」
「ありません!!」
「即答するなァァ!!」
さすがに人がいる手前、発砲抜刀沙汰にはならないものの双蓮と水櫁が本気で組手を始める。二人の間に入って止めれるのは八戒だけだが、あいにく彼は大僧正たちに取られてしまっていた。
「今回のことで我々がいかに危機管理がなっていないかを思い知らされました。死んだ僧達の魂を無駄にせぬように致します」
「皆様にもとんだご無礼を」
「たまには浄化された生活も必要な方々ですから」
「汚れ物か俺達は」
「それ以外何がある」
「ンだと?」
さあ出発するぞというタイミングでずっと視線を送っていた葉が戸惑いながらも口を開いた。
「三蔵様、全て片付きましたら又この寺に立ち寄っていただけますか?」
自分の全てを否定されて絶望していた数時間前とは違い、その表情は何か吹っ切れたように見えた。そして、
「その時は私に麻雀を教えてください」
それに対して三蔵は僅かに口元を上げて「……覚えておく」とぶっきらぼうな返事をした。
「あ、やめた方がイイよ。三蔵と悟浄スッゲ性格ヒネたうちかたするから」
「この隣にいるアホヅラもやめたほうがいい。学ぶところなんて何もないぞ」
「おいエテ公!! いまだに約も覚えきれてねェ猿に言われたかねェなぁ!? ああ!?」
「双蓮!! そういうあなたは勝負事全般弱いのを直してから言ってください!!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ出しながら彼らは再び歩き始めた。
「そういえば。実は駆けつける前にもう一枚捲ってたんですよ。なんだと思います?」
「さあ」
「ハートのAですよ。正義は必ず勝つってね」
「……寒っ」