1
「しょッ」と出された6つの手。
「っしゃァ!!」
惜しげもなくガッツポーズを取るのは双蓮。その横では「次は勝てるって思ったのに!!」と荷物を引きずる悟空。
ジープもスクーターも通れない岩場を行く6人は定期的に荷物運びとしてじゃんけんでひとり決めていた。
その主な被害者が先ほどの二人である。
「双蓮チャンって意外とこーゆーの弱いのネ」
「弱くて悪いかクソガッパ? 次ちゃん付したらそのクソ面に鉛玉ぶち込んでやる」
「すでに撃ってますけどォ!?」
あの三蔵の身内にしてこの双蓮あり。一切の恥じらいも容赦もない直球すぎるセリフに命の危険しか感じない。
「双蓮は何をやらせてもてんでダメですからねえ」
「おい、その言い方だと本当に何もできないみたいじゃん。それをいうならアンタのほうが何もできないだろ」
「失礼な! 皿洗いぐらいできますよ!」
「4枚に1枚割るのを出来るとは言わない」
双蓮はあくまで賭け事が弱いのであって、日常生活において全く支障はない。対する水櫁は賭け事にはめっぽう強いが、皿洗いすらろくにできない不器用だ。
「さすがの俺でもそれはないかな」
「ありゃりゃ。悟空にまで言われてしまっては立つ瀬がありませんね……」
「申し訳なさそうに言うくらいなら少しは直そうと思え」
「はーいすみませーん」
生返事に数発撃とうとしたが、先ほど悟浄の時に撃ったまま装填し忘れていたようでかちんかちんと音が鳴るだけだ。代わりに舌打ちひとつ。
「それにしてもなかなか終わりが見えませんね」
「……このままだと山超える前に日が暮れちまうな」
歩けど歩けど景色に大きな変化はなく、単調な石林が続く。ジープを降りたときはまだ真上にあった太陽もかなり傾き、色味のない石林に彩りを与える。
「それじゃあ一晩の宿をお借りしますか」
一種の要塞のように石林を削り出して作った寺院を発見。ご丁寧に見張り台まである。
立派な門構えに悟浄と双蓮はあからさまに顔を歪める。全員を代表して一番交渉に長けている八戒が呼びかけた。
「何か用か!?」
例の見張り台から一人の僧侶が出てくる。八戒が丁寧に訳を説明すると、彼は軽く鼻で笑った。
「ここは神聖なる寺院である故、素性の知れるものを招き入れる訳にはいかん!」
もっともなことではあるが、その態度や言い方に双蓮の右手に力が入る。下手に出れないため、さすがに自重したが、ストレスメーターはかなり危ないところまで来ている。
「これだから俺は坊主ってヤツが嫌いなんだよ!!」
「へー初耳」
「一応半分がそっち系ですけどね」
『一応』とつけたのはもちろん該当する3人が全く信仰していないからだ。
しかしこのままだと野宿は避けられない。さてどうしたものかと八戒が考え始めたとき、偶然にも悟空が「三蔵!」と口にした。
「三蔵だと!?」
すると一変。
あれほど見下していた僧侶の顔つきが変わる。
あれよこれよと言う間に重厚な扉が開いた。
「まるで『開けゴマ』みたいですねえ」
○
通されたのはおそらくこの寺院で一番の広間。線香が強い廊下を抜け、お供の僧侶が扉を開けて、「あら吃驚」とつぶやいたのは水櫁。
三蔵法師の来訪とあってか、この寺院に身を置く僧侶全員が大僧正の両端に整然と並んでいる。
「これは三蔵法師殿、このような古寺にようこそお越しくださいました」
「……歓迎いたみいる」
「心にもないことを……」と後ろに控える5人は思う。
「というかアイツ敬語使ってるところ初めて見た」
「自分はあなたが使ってるところ一度も見たことありませんよ」
「ふんっ」
地味に痛いところを突かれたと双蓮の眉間にシワが増える。
「実は光明三蔵法師も十数年ほど前、この寺におたちよりくださったのですよ」
大僧正が先代の光明三蔵について懐かしむように話しだす。
「双蓮」
「ああ?」
「眉間のシワ酷くなってません?」
「……いつものことだよ」
それもそうですね、と水櫁はそれ以上何も言わなかった。
そのとき悟浄の荒々しい声が講堂内に響き渡った。
「坊主は良くても一般人は入れれねーッてか? 高級レストランかよここは!!」
もちろん宥めるのは八戒。
曰く、仏道に帰依するようには見えない悟浄たちを入れるわけにはいかないらしい。
「……さらっと流されてますけど、自分たちはいいっぽいですね」
「……初めて服に感謝した」
中身はどうあれ、一応袈裟をかけている水櫁、修行僧――といっても『もどき』に近いが――の格好をしている双蓮たち2人はOKらしい。中身はどうあれ。
結局三蔵の下僕、もとい弟子として悟浄たちも渋々だが入ることを許された。
人は第一印象が大切とはよく言ったものだなと双蓮は思った。
○
「はー生き返るー」
「これだから堅っ苦しいところは嫌いなんだ」
「いい部屋じゃないですか」
「ホントですねえ。ふっかふか!」
「ま、三蔵様のおかげっスか」
「殺すぞ」
寺院らしい精進料理を堪能した6人は思いのほか立派な部屋に通された。着いてそうそうそれぞれ腰を下ろす。
「どうぞおくつろぎ下さい」
「おや、あなたは?」
「失礼しました。わたしは身の回りのお世話をさせていただく“葉”と申します」
テーブルには淹れたての人数分のお茶。よろしくお願いしますと満面の笑みを浮かべる葉だが、それを見て悟浄が舌打ちをひとつ。
「チッ、配膳ぐらいキレーな姉ちゃんにやらせろての」
「そんな不浄な……!! この寺院内は女人禁制ですよ」
「だってよ、水櫁」
「わあ今更ですね!」
一応これでも御仏に使える身である。
「ですよね、三蔵様ッ!」と三蔵に同意を求める葉だが、三蔵は半分呆れたように「何故俺にふるんだ」とそっけなく返す。
「私、生きてて三三様にお会いできるとは思っておりませんでした!!」
そう『三蔵』を語る葉の瞳は爛々と輝き、テレビの中の存在だったアイドルと会ったかのようなテンションで、『三蔵』を持て囃した。しかし当の本人はまったく聞く耳を持たず、その後ろでは悟空と双蓮が示し合わせたように「とぉとい?」と茶化す。
あくまで『三蔵』であり、『玄奘三蔵』ではない。
悟浄の失言も忘れ、語尾にハートマークを付けるぐらいすっかりご機嫌な様子で葉は出て行った。
「……三蔵が銃ブッ放している姿見せてやりてえっっ」
と、悟浄と悟空、双蓮の三人は口を揃えた。
「――これが本当の『知らぬが仏』ですねェ」
「上手い! 座布団一枚!」
三蔵の本当の姿を見たら失神どころか、心臓発作で倒れるんじゃなかろうか、と水櫁は独りごちた。
○
夜も更け、日付が変わった頃。
これまた一応女性ということを考慮して、双蓮と水櫁には別室が与えられていた。
「あああああうるせェェェェェェ!!!」
ふかふかのベッドにどっぷり浸かっていた双蓮が跳ね馬の如く飛び上がった。壁に面して置かれているベッドだが、その一枚向こうは三蔵たちがいる部屋だ。
「大方葉さんに麻雀とか煙草とか酒盛りしてるのがバレたんじゃないですか?」
一方水櫁はテーブルいっぱいにトランプを広げてひとりソリティアをしていた。最初は2人でポーカーをやっていたのだが、こういうのが滅法弱い上、勝敗に変化がないと早々と双蓮が投げ出したせいである。ちなみにソリティアの前はフリーセル。
「はっ? 馬鹿だろ?」
「何言ってるんですか、お酒は遥か昔から百薬の長として――」
「そんなウンチクなんぞ誰も聞いてない。ほら、今日はこれで終わりだ」
「あ、ちょっ!」
いつのまにか隣にいた双蓮がもう半分もないボトルと氷だけ残ったグラスを取り上げた。
「まだ半分しか飲んでないんですよ!?」
「バカ野郎。半分『も』だ」
「酷い!! 鬼!! 鬼畜!! 悪魔!! このあんぽんたんのすけぽんたん!!」と何の捻りもない罵倒を送るが、双蓮は華麗に聞き流す。酒飲みの戯言にいちいち付き合ってられるかと言わんばかり。
しかし珍しく引かない水櫁に、
「じゃあ言わせてもらうがな、全部飲んじまってもいいけど、これがラスイチだぞ? しかも今の様子だと最低もう一日は新しいものは手に入らない。それでもいいのか?」
「ぐ、ぐう……」
そう言われると引き下がるしかない。自称最低一日一回はコップ一杯分の酒を摂取しないと死ぬ病に冒されている水櫁は何も言えなくなるのだ。これも酒飲みの戯言だ。
「……もう静かになりましたけど、寝ないんですか?」
お酒は諦めたところでソリティアに飽きたのか、神経衰弱をしている。
「目が覚めた。そこじゃない」
ぺらりとめくられていくカードに、当然双蓮は高みの見物だ。彼女の言うとおり、水櫁が開いたのは違うカード。
「じゃあババ抜きでもしません?」
「負けるからヤダ」
「そんなのやってみなきゃわからないじゃないですか」
「第一2人でやる意味がわからない。相手の手札まるわかりじゃん」
「運もありますよ?」
「その運がないからヤダ」
「わがままですねえ」
「アンタの運の振り値がおかしいだけだろ……ん?」
一瞬の寒気。そしてドンという鈍い音と振動が2人を襲った。
窓側の双蓮が素早く外の様子を確認する。
「こんな夜更けにお客さんですかー」
「のようで」
隣の部屋から扉を叩きつける音が聞こえた。
「やれやれ、せっかく3回連続決めてたんですけどねえ」
名残惜しそうにカードを捲った。
「うわっ、マジかよ」
「平和にいきたいものです」
スペードの4が水櫁の手からこぼれ落ちた。
「っしゃァ!!」
惜しげもなくガッツポーズを取るのは双蓮。その横では「次は勝てるって思ったのに!!」と荷物を引きずる悟空。
ジープもスクーターも通れない岩場を行く6人は定期的に荷物運びとしてじゃんけんでひとり決めていた。
その主な被害者が先ほどの二人である。
「双蓮チャンって意外とこーゆーの弱いのネ」
「弱くて悪いかクソガッパ? 次ちゃん付したらそのクソ面に鉛玉ぶち込んでやる」
「すでに撃ってますけどォ!?」
あの三蔵の身内にしてこの双蓮あり。一切の恥じらいも容赦もない直球すぎるセリフに命の危険しか感じない。
「双蓮は何をやらせてもてんでダメですからねえ」
「おい、その言い方だと本当に何もできないみたいじゃん。それをいうならアンタのほうが何もできないだろ」
「失礼な! 皿洗いぐらいできますよ!」
「4枚に1枚割るのを出来るとは言わない」
双蓮はあくまで賭け事が弱いのであって、日常生活において全く支障はない。対する水櫁は賭け事にはめっぽう強いが、皿洗いすらろくにできない不器用だ。
「さすがの俺でもそれはないかな」
「ありゃりゃ。悟空にまで言われてしまっては立つ瀬がありませんね……」
「申し訳なさそうに言うくらいなら少しは直そうと思え」
「はーいすみませーん」
生返事に数発撃とうとしたが、先ほど悟浄の時に撃ったまま装填し忘れていたようでかちんかちんと音が鳴るだけだ。代わりに舌打ちひとつ。
「それにしてもなかなか終わりが見えませんね」
「……このままだと山超える前に日が暮れちまうな」
歩けど歩けど景色に大きな変化はなく、単調な石林が続く。ジープを降りたときはまだ真上にあった太陽もかなり傾き、色味のない石林に彩りを与える。
「それじゃあ一晩の宿をお借りしますか」
一種の要塞のように石林を削り出して作った寺院を発見。ご丁寧に見張り台まである。
立派な門構えに悟浄と双蓮はあからさまに顔を歪める。全員を代表して一番交渉に長けている八戒が呼びかけた。
「何か用か!?」
例の見張り台から一人の僧侶が出てくる。八戒が丁寧に訳を説明すると、彼は軽く鼻で笑った。
「ここは神聖なる寺院である故、素性の知れるものを招き入れる訳にはいかん!」
もっともなことではあるが、その態度や言い方に双蓮の右手に力が入る。下手に出れないため、さすがに自重したが、ストレスメーターはかなり危ないところまで来ている。
「これだから俺は坊主ってヤツが嫌いなんだよ!!」
「へー初耳」
「一応半分がそっち系ですけどね」
『一応』とつけたのはもちろん該当する3人が全く信仰していないからだ。
しかしこのままだと野宿は避けられない。さてどうしたものかと八戒が考え始めたとき、偶然にも悟空が「三蔵!」と口にした。
「三蔵だと!?」
すると一変。
あれほど見下していた僧侶の顔つきが変わる。
あれよこれよと言う間に重厚な扉が開いた。
「まるで『開けゴマ』みたいですねえ」
○
通されたのはおそらくこの寺院で一番の広間。線香が強い廊下を抜け、お供の僧侶が扉を開けて、「あら吃驚」とつぶやいたのは水櫁。
三蔵法師の来訪とあってか、この寺院に身を置く僧侶全員が大僧正の両端に整然と並んでいる。
「これは三蔵法師殿、このような古寺にようこそお越しくださいました」
「……歓迎いたみいる」
「心にもないことを……」と後ろに控える5人は思う。
「というかアイツ敬語使ってるところ初めて見た」
「自分はあなたが使ってるところ一度も見たことありませんよ」
「ふんっ」
地味に痛いところを突かれたと双蓮の眉間にシワが増える。
「実は光明三蔵法師も十数年ほど前、この寺におたちよりくださったのですよ」
大僧正が先代の光明三蔵について懐かしむように話しだす。
「双蓮」
「ああ?」
「眉間のシワ酷くなってません?」
「……いつものことだよ」
それもそうですね、と水櫁はそれ以上何も言わなかった。
そのとき悟浄の荒々しい声が講堂内に響き渡った。
「坊主は良くても一般人は入れれねーッてか? 高級レストランかよここは!!」
もちろん宥めるのは八戒。
曰く、仏道に帰依するようには見えない悟浄たちを入れるわけにはいかないらしい。
「……さらっと流されてますけど、自分たちはいいっぽいですね」
「……初めて服に感謝した」
中身はどうあれ、一応袈裟をかけている水櫁、修行僧――といっても『もどき』に近いが――の格好をしている双蓮たち2人はOKらしい。中身はどうあれ。
結局三蔵の下僕、もとい弟子として悟浄たちも渋々だが入ることを許された。
人は第一印象が大切とはよく言ったものだなと双蓮は思った。
○
「はー生き返るー」
「これだから堅っ苦しいところは嫌いなんだ」
「いい部屋じゃないですか」
「ホントですねえ。ふっかふか!」
「ま、三蔵様のおかげっスか」
「殺すぞ」
寺院らしい精進料理を堪能した6人は思いのほか立派な部屋に通された。着いてそうそうそれぞれ腰を下ろす。
「どうぞおくつろぎ下さい」
「おや、あなたは?」
「失礼しました。わたしは身の回りのお世話をさせていただく“葉”と申します」
テーブルには淹れたての人数分のお茶。よろしくお願いしますと満面の笑みを浮かべる葉だが、それを見て悟浄が舌打ちをひとつ。
「チッ、配膳ぐらいキレーな姉ちゃんにやらせろての」
「そんな不浄な……!! この寺院内は女人禁制ですよ」
「だってよ、水櫁」
「わあ今更ですね!」
一応これでも御仏に使える身である。
「ですよね、三蔵様ッ!」と三蔵に同意を求める葉だが、三蔵は半分呆れたように「何故俺にふるんだ」とそっけなく返す。
「私、生きてて三三様にお会いできるとは思っておりませんでした!!」
そう『三蔵』を語る葉の瞳は爛々と輝き、テレビの中の存在だったアイドルと会ったかのようなテンションで、『三蔵』を持て囃した。しかし当の本人はまったく聞く耳を持たず、その後ろでは悟空と双蓮が示し合わせたように「とぉとい?」と茶化す。
あくまで『三蔵』であり、『玄奘三蔵』ではない。
悟浄の失言も忘れ、語尾にハートマークを付けるぐらいすっかりご機嫌な様子で葉は出て行った。
「……三蔵が銃ブッ放している姿見せてやりてえっっ」
と、悟浄と悟空、双蓮の三人は口を揃えた。
「――これが本当の『知らぬが仏』ですねェ」
「上手い! 座布団一枚!」
三蔵の本当の姿を見たら失神どころか、心臓発作で倒れるんじゃなかろうか、と水櫁は独りごちた。
○
夜も更け、日付が変わった頃。
これまた一応女性ということを考慮して、双蓮と水櫁には別室が与えられていた。
「あああああうるせェェェェェェ!!!」
ふかふかのベッドにどっぷり浸かっていた双蓮が跳ね馬の如く飛び上がった。壁に面して置かれているベッドだが、その一枚向こうは三蔵たちがいる部屋だ。
「大方葉さんに麻雀とか煙草とか酒盛りしてるのがバレたんじゃないですか?」
一方水櫁はテーブルいっぱいにトランプを広げてひとりソリティアをしていた。最初は2人でポーカーをやっていたのだが、こういうのが滅法弱い上、勝敗に変化がないと早々と双蓮が投げ出したせいである。ちなみにソリティアの前はフリーセル。
「はっ? 馬鹿だろ?」
「何言ってるんですか、お酒は遥か昔から百薬の長として――」
「そんなウンチクなんぞ誰も聞いてない。ほら、今日はこれで終わりだ」
「あ、ちょっ!」
いつのまにか隣にいた双蓮がもう半分もないボトルと氷だけ残ったグラスを取り上げた。
「まだ半分しか飲んでないんですよ!?」
「バカ野郎。半分『も』だ」
「酷い!! 鬼!! 鬼畜!! 悪魔!! このあんぽんたんのすけぽんたん!!」と何の捻りもない罵倒を送るが、双蓮は華麗に聞き流す。酒飲みの戯言にいちいち付き合ってられるかと言わんばかり。
しかし珍しく引かない水櫁に、
「じゃあ言わせてもらうがな、全部飲んじまってもいいけど、これがラスイチだぞ? しかも今の様子だと最低もう一日は新しいものは手に入らない。それでもいいのか?」
「ぐ、ぐう……」
そう言われると引き下がるしかない。自称最低一日一回はコップ一杯分の酒を摂取しないと死ぬ病に冒されている水櫁は何も言えなくなるのだ。これも酒飲みの戯言だ。
「……もう静かになりましたけど、寝ないんですか?」
お酒は諦めたところでソリティアに飽きたのか、神経衰弱をしている。
「目が覚めた。そこじゃない」
ぺらりとめくられていくカードに、当然双蓮は高みの見物だ。彼女の言うとおり、水櫁が開いたのは違うカード。
「じゃあババ抜きでもしません?」
「負けるからヤダ」
「そんなのやってみなきゃわからないじゃないですか」
「第一2人でやる意味がわからない。相手の手札まるわかりじゃん」
「運もありますよ?」
「その運がないからヤダ」
「わがままですねえ」
「アンタの運の振り値がおかしいだけだろ……ん?」
一瞬の寒気。そしてドンという鈍い音と振動が2人を襲った。
窓側の双蓮が素早く外の様子を確認する。
「こんな夜更けにお客さんですかー」
「のようで」
隣の部屋から扉を叩きつける音が聞こえた。
「やれやれ、せっかく3回連続決めてたんですけどねえ」
名残惜しそうにカードを捲った。
「うわっ、マジかよ」
「平和にいきたいものです」
スペードの4が水櫁の手からこぼれ落ちた。