黒点

「……そんなことをして、何になる」

 背後で風間が、真夏の日差しをもろともしない冷めた声で問いかけた。もともと小柄な体をさらに縮めて小学生と見間違えそうな伊吹は慰霊碑の前にしゃがみ込んだまま。その両手は身体同様に微動だにせずにぴったりと合わさっている。
 風間とて故人を偲ぶ気持ちがない非情な人間ではない。現に彼は兄をすでに亡くしている。だからこそというべきか、風間は”彼らが守ってきたものを自分たちが今度は守るべきだ”。”そのためにはいつまでも、必要以上に過去に目を向けることはーー”

「”無意味だ”」
「……そうだ」

 伊吹がその後を引き継ぐ。風間は少し目を閉じて再び小さな背中に向かって肯定する。こうして伊吹に頭の中を覗かれることにもう慣れた風間は今更驚くことはない。戦闘において思考を読まれることも多いが、最近は風間が勝ち越すことが増えてきた。ただやはりこういうときの伊吹はいつも風間の何枚も上を行く。

「でも僕には無意味という意味があるんだ」

 それは屁理屈よりもっと質の悪いほうへ行く。また彼の悪い癖が出てきたなと風間は伊吹が振り返らないのをいいことに顔を顰めた。この悪癖は当人も自覚しているも直す気はほぼない。嫌な顔は隠さないが、それを嫌うオーラは出さずに風間はその暴論の続きを待った。

「僕は蒼也たちみたいにかけがえのない大切な誰かを失ったわけじゃない。そうだ、故人をどれだけ偲んだところで彼らが生き返るわけでも喜ぶわけでも殺された恨み辛み、どんなものであれ彼らから何か僕らに返ってくる感情も言葉もない」

 だから我々は今あるこの街を、人々を守るために戦うのだ。これ以上誰かの大切な人を失わせないように。そのことは言わずもがな彼はわかっている。わかったうえで、

「僕がどうやったってどこまでいってもどうしようもない偽善者でしかないって、それこそ無意味な自戒のためって意味があるんだよ」

 なにものも遮ることのない正午の日差しが作る丸い影がふたつ。
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