その不器用な愛を待っていた
※数年後(二十歳)設定
「秀次二十歳おめでとー!!」
そう騒いだのももう数時間前。
ボーダー御用達の寿寿苑で盛り上がった誕生会は最初こそ主役の三輪にみんなが次から次へと肉を盛っていったが、酒が入るにつれて、例えば米屋が三輪を笑わそうとして見事な腹筋を使った腹芸を披露したり、ベロベロに酔ってひたすら木虎の良さを語る龍之介がいたり、未だ視界にすら入れられてない出水が愚痴を零したり、収拾がつかなくなったところで解散となった。
「それじゃあ千莉のことお願いねー」
龍之介と緋子を回収しに来た伊吹は、アルコールで鈍った三輪が「は?」と口にする前に走り去ってしまった。同じ徒歩組の米屋たちもいつの間にか姿を消しており、気が付けば千莉と二人きりになっていた。
米屋たちに煽られてハイペースで飲んでいた千莉は足元がおぼつかなく、「見てられん」と肩を貸しながら夜の街を行く。
「ったく、強くもないのに……」
「えへへへへ〜」
完全に酒に呑まれている千莉はいつもの凛とした表情を崩し、気持ちよさそうに笑っている。酔っぱらいの世話を押し付けられてため息が夜の闇に溶ける。面倒だと思う反面、気の抜け切った千莉をほかの奴らに任せるのはどうにも気が進まなかった。
「秀次〜」
「なんだ」
「しゅ〜じぃ〜」
「……はあ」
甘えるように名前を何度も呼び、頭をぐりぐりと首筋に押し付ける。普段の彼女とはかけ離れた甘え方に正直三輪は参っていた。顔が暑いのは決してアルコールのせいではない。
しかし酔いが覚めた明日の朝には全部忘れていることを三輪は知っている。
「千莉」
だから三輪はそれを知った上で言う。
「好きだ」
忘れてくれて構わないから。今だけは本当の気持ちを言わせてくれと思いながら。
「お前が隣にいなかったら、きっと俺は潰れていた」
こんなことを言うのもきっと慣れない酒を飲んだせいだと三輪は自分に言い訳をする。
千鳥足ながらもちゃんとついてきていた千莉の足が止まり、引かれるように三輪の足も止まった。
「千莉?」
訝しむように彼女の顔を覗くと、ほろほろと千莉の目から涙がこぼれていた。突然泣き出した千莉に三輪は一瞬で頭の中が真っ白になる。
「ど、どうした気分でも悪いのか!? えっと、袋は……」
千莉とは幼い頃からの付き合いだが、彼女が泣くなんて初めてのことで、どう対処すればいいかわからず、ただ慌てることしかできない。すると組んでいた腕を解かれ、真正面から抱きつかれた。
「秀次」
その声はとても小さく、震えていた。しかし背中に回った腕は強く三輪を抱く。そして何度も「ありがとう」と千莉は言う。
「その言葉を待ってた」
「え?」
「あたしも秀次のこと、好きだよ」
呆気に取られていると、唇に何かが触れた。
それが千莉のものだと気づくのに数秒。
「大丈夫。忘れないよ」
そう言ってもう一度口づけをした。
おまけ
米屋「あいつらやっとかよ……」
奈良坂「長かったな」
古寺「三輪先輩おめでとうございます、ずびっ(号泣」
出水「くっそ三輪のくせに先にゴールしやがって……」