君がいる世界で



(!)あさりさん(ビデオテープ様)の論破主、河部蘭ちゃんと大和田くんのお話(名前変換機能はついておりません)。



※ゲーム本編より二年前(普通に学園生活を送っている)設定です
 

Side:大和田紋土


 昔から危なっかしくて目が離せない奴だった。
 落ち着きがなくていつも何かに怯えてるように小さい体をさらに縮こませていた。そのくせ人一倍好奇心は旺盛で、オレの後ろに隠れながらも古い物や使い方もわからない奇妙な物を見かけるとすぐ飛びついてあれやこれやと観察し始める変わった奴だ。
 最初こそなよなよした弱っちい奴だなと思った。だが、ずっと兄を慕う側だったオレにとって頼られるというのは新鮮で誇らしくて、ちょっとむず痒い。
昔から目つきの悪いあいつは全然得意じゃないのにそれでよく喧嘩をふっかけられて、その度にオレが返り討ちにした。本当に小さい頃は、あいつも同じように怪我してんのにオレの傷を見てわんわん泣いたし、でも必ず「いつも助けてくれてありがとう」と最後には笑う、在り来たりな言い方だが他人のために涙を流せる優しい大事な幼馴染だ。



 真昼間だというのに暗く影を落とす廊下を全力で駆け抜ける。途中何人かとぶつかったりしたが、そんなものに構ってる暇はなかった。いまの学校ではあまり世話になってない保健室のプレートが見えてくるとさらに足は早くなる。

「オイ! 倒れたってンのは本当か!?」

開けた勢いで静まり返る保健室に思わず発砲音のような音が耳の奥で木霊する。中にいたのは相変わらず涼しげな顔をした霧切で、カーテンを閉めながらしぃと指を立てて注意した。それでもオレの頭は熱いままで胸ぐらを掴んで「オイコラ、どうなんだよ!?」と霧切に詰め寄る。その白く細い首を折ることもできる気迫にも相当肝が据わっているのか、表情ひとつ変えることなく「静かにしなさい」と気の強い口調で言った。

「わ、悪い……」

 慌てて手を離す。熱くなった頭を冷やすように深呼吸をして、少し落ち着いてからもう一度尋ねる。

「それで、蘭は大丈夫なのか」
「ええ。倒れはしたけど、すぐ近くにいた大神さんが支えてくれたから怪我はないわ。見たところ軽い貧血を起こしたようね。いまは脈も安定してるし、直に目が覚めると思うわ」
「そ、そうか……」

 ひとまず無事なことに深く長いため息が漏れた。
蘭が倒れたと苗木から聞いたときは全身から血が引いていくのをはっきりと感じた。そのときもついカッとなって苗木の胸ぐらを掴んで強く振ってしまった。アイツには悪いことをしちまったな、あとで謝んねェと。

「とにかくいまは安静が第一ね。それじゃあ、あとはよろしく」
「はぁ? よろしくってなんだよ?」

 颯爽とオレの横をすり抜けようとする霧切の肩を掴む。どういうことだと目で言えば、霧切呆れたようにため息をついた。

「目が覚めたとき誰かいたほうがいいでしょう?」
「まあそうだが」
「私よりあなたがいたほうが河部さんも安心するわ」
「でも、」
「大和田君は幼馴染なんでしょう?」

 だったらあなたはあなたの役目を全うしなさい。
 そう言いたいことだけ言って霧切はオレの手を振り払い、すたすたと保健室を出て行ってしまった。
 残されたのは霧切の言葉を理解できずに呆然とするオレだけ。
 蘭が起きたとき何があったか説明しないといけないのはわかるが、それは誰でも、別にオレじゃなくてもいいだろと思った。しかし今更蘭をこのままひとり置いて出て行くのも心配だ。
 やれやれと頭を掻きながら唯一閉まってるカーテンに近づく。ついでにそこらへんにあった丸椅子も持ち込んで。
 入るぞの一言もなくカーテンを引く。そのまま顔が見える位置に椅子を置いてドカリと座った。

「元々白い顔がさらに白いな……」

 血の気の薄い頬に、唇も寒そうな薄紫色をしていた。あまりの顔色の悪さに本当に死んでるのではないかと思わず口元に耳を近づける。規則正しい呼吸音にほっと胸をなで下ろした。霧切はすぐに目が覚めると言っていたが、この顔色を見るに一生目覚めないのではと一抹の不安を覚えてしまう。でも無理に起こすのも忍びない。
 霧切の配慮なのか、ネクタイは外されて、何の花か知らないが一輪挿しが置いてあるチェストの上に丁寧にたたまれていた。

「よく見りゃ、酷ェクマだな」

 不覚にも少し笑ってしまった。ただでさえ眼力だけはあるのにクマなんか作ったら余計怖がられるだろうに。酷い顔してやがる。起きたら華の女子高生がこれでいいのかとからかってやろう。

「……しかしなァ」

 こんなになるまで無茶しやがって。今までだったら周りの目など気にせず「紋土くん助けてえええ!!」と泣きついてくるのに。
 そういえば最近まともに話した記憶がないことに気が付く。この頃は男の友情を交わした石丸や不二咲とつるむことがほとんどだった。

「……ん」

 もぞもぞととろい動きでまだ眠たそうな目を擦る蘭。

「お、気づいたか?」
「あれえ、もんどくん……?」
「おう」
「え!? あ、あれ!? 私教室でみんなと話してたはずなんだけど……?」

 起き上がって両手で頭を抱えて混乱する蘭に軽く説明する。どうやら自分が倒れたことは覚えてないらしい。

「あとでちゃんと礼言っとけよ」
「う、うん。そうする」

 ひとまずちゃんと目が覚めたので安心した。それからクマのことをいじってやろうとした矢先、急に「ああああー!!」と叫びだした。

「うおっどうした!? なんかどっか痛むのか!?」
「ない!? ない!? ないの!!」
「あ゛あ゛? ない? 何が?」
「ないの!! 私のネクタイピンが!!」

 この世の終わりのような悲壮な顔で何を言い出すかと思えば……。なんだネクタイぐらいなんでもねェだろ。それが顔に出て伝わったのか、「一大事だよ!?」と目をぐるぐるに回しながら胸ぐらを掴んでぐらぐらと揺らす。だが力などたかがしれてるのでびくともしない。

「わーったわーった!! よく見ろ! そこに置いてあるだろ!!」

 ぴたりと手を止めてオレが指差すほうを見れば、ぱぁと安心したように頬を染めて飛びついた。

「あ、ああ、よかった……あった……」
「別にネクタイぐらいなんともねェだろ」

 ネクタイぐらいなくなっても学校からまたもらえばいいだろと言ったが、そういう問題ではないらしい。

「違うの! ネクタイじゃなくてネクタイピン! わかる!?」

 ぐいっと目を刺すような勢いてピンを突きつけてきた。

「危ねえだろ!!」
「も、紋土くんにはわからないよ……私にとってこれがどんなに大切なものか」
「あ゛あ゛?」

 聞き捨てならない言葉に額に血管が浮き出る。長い付き合いもあってそれぐらいじゃ怯えない蘭は壊れ物を扱うようにピンを胸の前で抱きしめる。

「紋土くんはもう忘れたかもしれないけど、紋土くんは決まって、私がまだ希望ヶ峰学園に進むって決まってない中学三年の誕生日の時に初めてプレゼントしてくれたんだよ」
「バカ野郎。それぐらいオレでも覚えてらァ。まだ一年も経ってねェだろうが」

 覚えてる。
 頭も素行も悪いオレは蘭と同じ高校になんて入れねェ。当然だと思ったし、まあ家も近いから別々になってもいつでも会えるだろと思って過ごしてた冬の日、珍しく兄貴の口から蘭の名前が出た。言うには「今まで世話になったんだから今年の誕生日ぐらいなんかプレゼントしてやれ」と。十年近く一緒にいて今更そんなこと必要はないってオレは答えたが、「な?」と凄む兄貴に頷くしかなかった。
 しかし蘭に、女に何をプレゼントするかオレにわかるわけもなく、言いだしっぺの兄貴に聞いても「自分で考えろ」の一点張りで困ったもんだ。悩みに悩んだ挙句、恥を承知でこっそり蘭の父親に聞いた。

『私に似て骨董品以外あまり興味のない子だから実用的なものがいいんじゃないだろうか。確か目指してる高校がブレザーだったから願掛けも兼ねてネクタイピンとか』

 そのとき初めてネクタイピンという言葉を知った。それからオレなりに探し回った。シンプルなものが多い中で、ひとつ花のモチーフがついたものを見つけた。女が使うからちょっとでもそういうのがあったほうがいいだろうと購入。でも今更渡すのも正直恥ずかしくてついぶっきらぼうに押し付けてしまった。最初こそ目を丸くした蘭だったが、まだ開けてもないのに少し涙ぐみながら「だ、大事にするね!」と言った。

「それがどんなに嬉しかったことか」

 愛おしそうにピンを小さな手で包む蘭を見て、何かもやもやとした気持ちがぽつりと胸に落ちる。

「なんだよ。心配してるオレよりそのちっせェプレゼントのほうが大事だっていうのかよ」
「そ、そういうわけじゃない! けど!」
「『けど』ォ? なんだよ」

 キレ気味に詰め寄ると、視線を逸らしながら「言っても笑わない?」ともごもごと言う。どうせくだらない理由だろと半分横に聞き流して適当な相槌を打っていると「ほんとのホントに? 本当に笑わない?」としつこく念を押してくる。

「わーったって。笑わねェからさっさと言え」
 ぐっと息を飲み、じっとオレの目を見つめる蘭。真剣な表情に実はオレの想像を遥かに超える深刻な理由を抱えているのかもしれない。ついオレもぐっと息を飲んだ。ゆっくりと蘭の口が開く。

「……これがあると紋土くんがいなくてもすぐ傍に感じられるの」
「…………は?」

 思考が停止するというのはこういうことなんだろうなともうひとりのオレが冷静に告げる。

 いまコイツはなんて言った? 身構えていた自分がバカみたいなこと言わなかったか?

「……テメェ、バカか?」

「ば、バカってなんだよ!! くっ!! こっちは大真面目だよゴルァ!! 少なくともてめえより自頭はいいからナ!?」

 さっきまでの病人の顔色から一変、火が出そうなほど真っ赤に染まっている。耳まで赤くしやがって。くっだらねえ理由だなと笑おうとしたとき、先に蘭が「ブッ」と吹き出した。なんだと眉をひそめる。

「紋土くん、いま自分がどんな顔してるかわかってる?」
「あ?」
「耳まで真っ赤だよ?」

 そこでようやくじんじんと熱を発する耳に気づく。な、なんだこれ。

「どゅふふ、紋土くん真っ赤!! ブフォ!!」

 なんだよ。笑うなって言ったのはテメェのほうだろ!! クッソ!
自分も大差ないのに棚に上げる蘭に手が動く。不格好に笑う蘭の頬を両手で掴む。

「この野郎テメェも人のこと言えねェだろ!!」
「いひゃいひゃい!! にゃにしゅりゅのみょんもくん!!」

 摘む柔らかい頬をこれでもかとぐいぐい伸ばしたり、ぐるぐる回す。日本語にならない言葉で抵抗も虚しくされるがまま。しばらく跡が残るまで遊んでやった。

「酷いよ紋土くん……乙女の顔にこんな跡を残すなんて」
「ケッ、目の下にひっでえクマ作ってるテメェに乙女なんて言われてたまるか」

 はあとため息が出た。

「ため息つくと幸せが逃げるって言うよ」
「……うるせー」

 なんだろうすごく疲れた気がする。それでも元気になった蘭を見ると、まあ仕方ねェなと簡単に片付けてしまう自分は思いのほかこの幼馴染に弱いのかもしれない。
 ……いまはぐらかされそうになったが、

「ところでお前、さっきも言ったが、目の前にオレ本人がいるってンのにそんなチンケなもんのほうが大事だっていうのか?」
「え!?」

 面白いぐらいにぴしりと固まる。

「つまりそういうことだよなァ? ああァ?」
「えっと、それはぁ……」

 ようやくオレの後ろに隠れなくてもいいように強くなったのかと思っていたが、その一方でどこかやるせなさが繊細とはかけ離れた俺の心にひっかかったのはぜってェー言ってやらねェ。



Side:河部蘭


 何故か目が覚めるとそこはさっきまでいた賑やかな教室ではなく、消毒液の独特な匂いがする保健室ですぐそこに紋土くんが心配そうな顔で私を見つめていた。

「お、気づいたか?」
「あれえ、もんどくん……?」

 抗いがたい眠気とあまり働かない頭。心なしか体もだるい。いつもと違う視点の違いに自分が横になっていることに気づく。ゆっくりと起き上がると少しずつ今までの記憶が戻ってくる。

「え!? あ、あれ!? 私教室でみんなと話してたはずなんだけど……!?」

 午前の授業が終わって、ご飯を食べたあと陽のあたる暖かい窓側で苗木や霧切さんたちと話してたはずなのになんでいま保健室にいるんだ!? えっどういうこと!?
 状況がわからない私に紋土くんが簡潔に説明してくれた。どうやらいきなり貧血で倒れたらしい。全く記憶にない……。虚弱体質でなければ、貧血なんて起こしたこともないのに一体……。

「あとでちゃんと礼言っとけよ」
「う、うん。そうする」

 ここで「謝っとけよ」じゃなくてお礼っていうのが情に厚い紋土くんらしいなと思う。迷惑かけてごめんなさいも大事だけど、助けてくれてありがとうって言わなきゃな。人は謝られるより感謝されるほうが気持ちいいらしいし、謝ったあとちゃんとお礼も言うようにしよう。
 はあといつもの癖でネクタイをいじろうとしたとき、そこにあるはずのものがないことに気がついた。……あ、あれ、ない? ない!?
 思わず悲鳴が上がった。

「うおっどうした!? なんかどっか痛むのか!?」
「ない!? ない!? ないの!!」
「あ゛あ゛? ない? 何が?」
「ないの!! 私のネクタイピンが!!」

 まさかここに運んでくれたとき落とした!? どうしよう!?
 全身から血の気が引いて今にも泣きそうになるのをこらえていると、紋土くんはそんなの別に何でもないだろみたいな顔をしていたので、思わず「一大事だよ!?」と紋土くんの胸元を掴んで怒鳴った。
 紋土くんはわからないんだ、あれが私にとってどんなに大切なものか!!

「わーったわーった!! よく見ろ! そこに置いてあるだろ!!」

 食いつくように紋土くんが指差す先を見ると、そこには丁寧に折りたたまれたネクタイとちょこんとピンが添えられていた。へたりと全身の力が抜けるのと同時に体温が戻ってくるのを感じた。

「あ、ああ、よかった……あった…」

 両手でその存在を確かめる。はあ、と安堵の息が漏れた。
 でも紋土くんはどこか面白くなさそうに、たかがネクタイぐらいでギャーギャー騒ぐなと言うが、

「違うの! ネクタイじゃなくてネクタイピン! わかる!?」

 ぐいっと目を刺すような勢いで見せつける。ネクタイはいくらでも代わりがあるけど、こればかりは何物にも替えられないんだ。
 本当は言うつもりなんてなかったのにあまりに紋土くんの反応が悪いからつい口が滑る。

「も、紋土くんにはわからないよ……私にとってこれがどんなに大切なものか」

 そういうと目に見えて紋土くんの機嫌が悪くなった。額に血管まで浮き上がらせて「あ゛あ゛?」と威嚇してくる。しかしそれももう慣れたものだ。

「紋土くんはもう忘れたかもしれないけど、紋土くんは決まって、私がまだ希望ヶ峰学園に進むって決まってない中学三年の誕生日の時に初めてプレゼントしてくれたんだよ」

 いまでもはっきりと思い出せる。
 まだ進路が決まらなくてひたすら勉強に明け暮れてたあの時。今年の誕生日は勉強に追われて終わりそうだなと思ってたらある日、お父さんから「今年の誕生日は期待していいぞ」と言われた。私がいま瀬戸際だってわかってるのに何を張り切ってるんだこの父親は……! と思ってたが、その日はあっさりと来た。
 誕生日の帰り道、珍しく紋土くんが一緒に帰ろうと誘ってくれた。他愛ない会話をしながら帰路に着いた。先に私の家に着いて玄関に入ろうとすると「蘭」と呼ばれたかと思うといきなり何かを投げつけられた。とっさに顔を庇うようにそれをつかめば、ハッピーバースディと書かれたタグと赤いリボンが彩られた白い紙袋。まさかという思いに紋土くんのほうを見れば、「なんだ、その、高校別れてもよろしくな」とそっぽを向かれた。でもほんのり赤く染まった耳を見て、無性に胸に込み上がるものを感じた。用は済んだと言わんばかりに早足で帰ろうとする紋土くんに精一杯の感謝をこめて叫んだ。

「それがどんなに嬉しかったことか」

 それ以来、このピンは命にも代え難い大切なものになった。紋土くんにとって、プレゼントなんてただの気まぐれで、意味なんてこれっぽっちもないかもしれない。でも悲しい時、辛い時、もうダメだと思った時はいつもピンに縋って何度も心の支えにしてきた。まるで神に祈る聖女のように。絶対的な心の聖域だった。
 しかし紋土くんはやっぱり面白くないような表情で、

「なんだよ。心配してるオレよりそのちっせェプレゼントのほうが大事だっていうのかよ」
「そ、そういうわけじゃない! けど!」
「『けど』ォ? なんだよ」

 キレ気味に詰め寄られる。本当のことを言いたい。だけどきっと女子に無神経な紋土くんはきっと笑うだろう。でも今言わなければ一生わかってくれないような気もして「言っても笑わない?」と先手を打つ。返されるのはやっぱり気のないものでつい念を押してしまう。

「わーったって。笑わねェからさっさと言え」

 しかたない。覚悟を決めて言うしかない。息を飲み、紋土くんの薄紫色の目を見つめる。さすがにその真剣さは伝わったのか、紋土くんもゴクリと喉を鳴らした。

「……これがあると紋土くんがいなくてもすぐ傍に感じられるの」

 長い長い沈黙のあと、紋土くんの口から出たのは「は?」の一文字。それから喉から搾り出すように、

「……テメェ、バカか?」
 と、返ってきた。
 笑われなかったが、真顔で「バカか?」は酷い!!

「ば、バカってなんだよ!! くっ!! こっちは大真面目だよゴルァ!! 少なくともてめえより自頭はいいからナ!?」

 かぁっと顔が熱くなる。頬に留まらず、耳までじんじんと熱い。
な、なんだよ!! こっちは真面目だっていうのに! もうこうなったら一発殴らないと気がすまない!
 手を上げようとしたとき、はたと紋土くんの異変に気づく。そして「ブッ」と思わず吹き出してしまった。

「紋土くん、いま自分がどんな顔してるかわかってる?」
「あ?」

 にやりと1拍置いてから私と同じ真っ赤な耳を指摘する。

「どゅふふ、紋土くん真っ赤! ブフォ!!」

 なんだかおかしくて私のほうが笑ってしまった。お腹を抱えて笑ってると、不意に頬を摘まれる。

「この野郎テメェも人のこと言えねェだろ!!」
「いひゃいひゃい! にゃにしゅりゅのみょんもくん!!」

 引っ張ったりぐるぐる回される頬と日本語にならない言葉、そして抵抗してみるも紋土くんはしばらく手を離してくれなかった。やっと解放された頃には先ほどとは別の意味で頬がじんじんする。これ跡残ってるよ、絶対。

「酷いよ紋土くん……乙女の顔にこんな跡を残すなんて」
「ケッ、目の下にひっでえクマ作ってるテメェに乙女なんて言われてたまるか」

 続けてため息を吐かれるので「ため息つくと幸せが逃げるって言うよ」と付け足す。

「ところでお前、さっきも言ったが、目の前にオレ本人がいるってンのにそんなチンケなもんのほうが大事だっていうのか?」
「え!?」

 まさかの反撃にぴしりと固まった。
「つまりそういうことだよなァ? ああァ?」
「えっと、それはぁ……」

 いや本人に勝るものはないけど……言葉に詰まる。
 本当は目が覚めたらすぐそこに紋土くんがいて、久しぶりにちゃんと顔を合わせて、くだらない会話に花を咲かせて嬉しかった。なんて素直には言えない。
 学園に入ってから紋土くんと少し距離が空いてしまった。最近は石丸や不二咲さんと打ち解けて一緒にいる紋土くんに、もう私だけが紋土くんの理解者じゃないだなと思ってしまった。自惚れてるのかもしれない。紋土くんが私以外の誰かといるのを見かけるとついピンを触る自分がいた。嫉妬、しているのかもしれない。
 そう自覚すると、まるで紋土くんに恋をしているような気がして、同時に愛おしいさにも似ていたのかもしれない。



 昔から危なっかしくて目が離せない人だった。
 常に喧嘩腰で売られた喧嘩は必ず買う。例え格上の相手でも全く怖じけることなく挑んでは勝ちをもぎ取っていった。気が付けば、体中に傷を作っては私が手当したのは数え切れない。まさに猪突猛進を地で行く人だ。
 最初は何て怖くて無謀な人なんだと思った。でも私にはない自分への圧倒的な自信、強さ、それに人一倍情に厚くて本当は優しい心を持っている。いつだって紋土くん私のヒーローで勇気をくれた。
 だけど、もう紋土くんは、私の前からいなくなってしまった。
 悲しくて苦しくて後悔ばかりが募った。
 でもいつまでも紋土くんに縋ってはいけないと、自分の足でしっかり立たないといけない。紋土くんの分まで、なんて大それたことを言えないけど、私は生きていかなければならない、紋土くんがいなくても。紋土くんの死をきちんと受け止めて前に進む。
 それでも悲しさ、苦しさは消えることはないし、これからもずっと、それこそ死ぬまで抱えて生きていくしかないのだろう。
 そんなときだけはこのピンに縋ることを許して欲しい。
 紋土くん。
 紋土くん。
 私の大切な幼馴染。
 また笑って会える日まで、どうか、許して。



------キリトリセン------
既に頂き物で載せていたTwitter企画の時に書かせていただいたあさりさん宅論破主こと河部蘭ちゃんと大和田くんのお話でした。(2016.12.23)


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