36


 季節は春。春と言えば桜。桜と言えば花見一択。
 麗らかと漢字を読みも書きもできないが、『うららか』ってこんなものなのかーと肌で感じることはかの子にもできた。頭上を覆う薄紅の桜。青空に手を伸ばすように咲き誇るその姿は見る者の心に春特有の穏やかな色を添える。

「ハーイ お弁当ですよー」

 わりと真面目に桜を愛でていたかの子だったが、お妙のその一言に視線はすぐにそちらを向いた。
 今日は志村姉弟に誘われて万事屋は仕事を放棄――もともと仕事など桜の花びらと違ってそう舞い降りてくるものではない――して花見に同席させてもらっていた。

「ワリーな、オイ。姉弟水入らずのところ邪魔しちまって」
「いいのよー。二人で花見なんてしても寂しいものねェ新ちゃん?」

 銀時を始め花見と聞いて胸を膨らませてやってきた。銀時も口ではそうは言っても目は完全に欲にまみれている。誰の目から見ても花より団子であった。そもそもこの中で花を愛でるという風流を嗜む者など最初からいないに等しい。
 確かに早くに親を失い、ふたりだけの花見は寂しいものだ。例え目的が食べ物であろうと、賑やかなことに越したことはない。しかしお妙は暗い顔をひとつせず、思い出を語る。

 ここでひとつ、かの子は気になっていることがあった。

 先程から新八が一言も発しない。それどころか微動だにせず、目も眼鏡特有の反射で様子がうかがい知れない。お妙に同意を求められた時も何一つ反応しなかった。
 これは何かあるなとかの子の直感をよそに、銀時と神楽はお妙が持参した漆塗りの綺麗なお重を開けた。

 悲劇の幕は上がった。

 いくつにも仕切られたお重は周りの桜にも負けないほど鮮やかで様々な料理が並んでいるものだと思っていた。そうでなくともちょっと凝ったおむすびだったり、いなり寿司が行儀よく並んでるものだと信じていた。

「なんですかコレは? アート?」

 中身は、内側の赤漆との対比が妙に美しい黒い何か。
 かの子は、新八が黙っていた原因がこれだなと気づき、彼を見やれば、すーっと視線をそらされた。

「私、卵焼きしか作れないの〜」

 これが、卵焼きとかの子は言葉を失った。新八は黙って俯いてちょっとズレた眼鏡の位置を正す。

「“卵焼き”じゃねーだろコレは。“焼けた卵”だよ」
「卵が焼けていればそれがどんな状態だろーと卵焼きよ」
「違うよ。コレは卵焼きじゃなくてかわいそうな卵だよ」
「いいから男はだまって食えや!!」

 うじうじと男らしくないとお妙は自分が作った卵焼きを素手で掴み、銀時の口に押し付けた。いっぽう、食べ物を粗末にしてはいけないと神楽は「これを食べないと私は死ぬんだ……」と暗示をかけながら一心に卵焼きを消費しようとし、その呪詛がかの子の脳内で風香の声と重なり、被害はさらに拡大する。

「ガハハハ。全くしょーがない奴等だな。どれ、俺が食べてやるからこのタッパーに入れておきなさい」

 一瞬の静寂。
 からのお妙の強烈なビンタが突如現れたゴリラ(真選組局長こと近藤勇)にクリティカルなヒットが炸裂。

「急にゴリラが現れたんだけど、いったいどこの動物園から脱走してきたんだろ」
「すげえよな、ゴリラがストーカーしてんの。つーかまだ被害にあってたのか。町奉行に相談した方がいいって」
「いや、あの人が警察らしーんスよ」

 花見の和やかな雰囲気には似合わない鈍い音。馬乗りになったお妙が容赦なく近藤を殴っている音だ。

「なんだっけ、桜がこんな綺麗な色してるのは血を吸ったからって聞いたことあるんだけど、これでいっそうキレイになるかな?」
「かの子どうしたアル。急にそんなサイコパスみたいなこと言い出して」
「サイコパスとは失礼な!」
「もしかして姉上の卵焼きがかの子さんの脳細胞に何らかの影響を与えたか……」
「ねえ、ふたりとも酷くない……?」

 と三人がギャーギャーしているのを見ながら銀時は「ゴリラはゴリラだし、世も末だな」と呟いた独り言に「悪かったな」と低い声が返ってきた。
 全員が何事かと振り返ると、ゴリラが束ねる世も末な政府お抱えの組織、真選組がこぞってそこにいた。ただいつもと違うのは周りを威圧するような目立つ黒の隊服ではなく、私服であることだ。といっても大半のものの着物は如何にもそちらの道にいそうな人間の柄ばかりでやはり目立つことに変わりはない。

「オウ、オウ。ムサイ連中がぞろぞろと。なんのようですかキノコ狩りですか?」
「そこをどけ。そこは毎年新選組が花見をする際に使う特別席だ」
「ちょっとちょっとムサイってなんですか!」
「どーゆー言いがかりだ? こんなもんどこでも同じだろーが。チンピラ警察24時か、てめーら!」
「自分というまさに花見にふさわしいおなごがここにいるんですが?」
「同じじゃねぇ、そこから見える桜は特別なんだよ」
「ねえ、ちょっと聞いてます万事屋さんに副長。ここに自分というまさに――ふぶぎっ!!」
「なァ、みんな?」
「副長〜そこに自分は含まれますか――ひだぶッ!!」

 銀時と土方の険悪なムードなどものともしないハルがぴょこぴょこと構って欲しいウサギのようにアピールするがすげなく地面に伸された。かの子はそっとそれに近づいてお妙の卵焼きを食わそうとしたが新八に止められた。
 一方で土方の同意も虚しく、全員が声を揃えて「酒が飲めればそれでいい」と宣う。沖田に至っては「アスファルトに咲く花のよーになれますぜ!」と謎のアピールまでする始末。

「あれ、おきたくんってお酒飲める年齢――おごげっ!!」
「いや〜桜が綺麗ですねェ〜」
「あ、そこはご法度なんだ」とかの子が突っ込むも沖田はどこ吹く風。

 結局土方としても酒が飲めればどこでもいいのだが、わざわざ銀時がいたがために場所を変えるのがたいそう気に食わないからだった。

「うわぁ私情もいいところだ……うちの上司横暴すぎない?」
「芹野、もう一回地面と熱い接吻でもするか?」
「あ〜いや〜副長のおっしゃるとおりここからの桜は絶景ですね〜是非ここでお花見がしたいものです〜」
「――まあいい。それよりも山崎のやつに場所取りにいかせたはずだろ……どこいった、アイツ?」
「え? ザキさんならあそこでさっきから素晴らしいフォームでミントンの素振りしてますけど?」

 近藤に続いて桜は山崎を犠牲にますます綺麗に咲くことになるでしょう。

「まァ、とにかくそーゆうことなんだ。こちらも毎年恒例の行事なんでおいそれと変更できん。お妙さんだけ残して去ってもらおーか」
「いやお妙さんごと去ってもらおーか」
「いやお妙さんはダメだってば」

 話は一周回って元に戻る。真選組は少しも譲る気はない。

「何勝手にぬかしてんだ。幕臣だがなんだかしらねーがなァ」

 それはもちろん銀時たち万事屋も一緒だった。

「俺たちをどかしてーならブルドーザーでも持ってこいよ」
「ハーゲンダッツ1ダース持ってこいよ」
「フライドチキンの皮持ってこいよ」
「プリンのカラメルソース1リットル持ってこいよ」
「フシュー」
「案外お前ら簡単に動くな」

 新八のツッコミはもっともで、要求が地味に叶えられそうなところが彼らの生活水準を明らかにしていた。悲しきかなという目でハルが彼らを見つめる。

「面白ェ。幕府に逆らうか? 今年は桜じゃなく血の舞う花見になりそーだな……」

 銀時には過大なる借りがある土方は下げていた刀の鯉口を切ろうとした。土方と銀時が初めて会った時同様、ハルは「人柄がどうあれやっぱり一般人に向かって刀を抜くのはまずいですよ!」と間にはいろうとしたとき、まさかの沖田から制止の声が上がる。

「堅気の皆さんがまったりこいてる場でチャンバラたァいただけねーや」
「すげえおっきーくん、そこの白黒ガキんちょコンビとはわけがちげーや。しっかりしてるゥ」
「ここはひとつ花見らしく決着つけましょーや――」

 花見らしくとはなんだろうかとハルとかの子が首をかしげる。
 デデーンと沖田自前効果音が出ると、その正体が明らかになった。

「第一回陣地争奪戦……叩いてかぶってジャンケンポン大会ィィィィィィィィ!!」

 その場にいた全員から「花見関係ねーじゃん!!」という総ツッコミを食らったのは当たり前のことであった。

「花見らしいかは別として、一番平和的でいいかもね。周りからも宴会の延長線だと」
「にしてもどこからそんなもの出してきたんだろ、沖田くん」
「まあ深く考えたらアウトなやつだよ」



「えーではお花見陣地争奪をかけてこれより叩いてかぶってジャンケンポン大会を開催したいと思いまーす!!」
「イエーーーーーーイ!! みんな盛り上がってるゥ?」
「あ、ちょっと貴重な俺の出番取らないでくれる!?」

 ワァァと盛り上がる周りにかの子は小さなラムネが入っていたマイク型のお菓子のそれをわざとらしく小指を立てて向ける。山崎の存在はなかったかのように、十分な盛り上がりにうんうんと頷きながらマイクを自分に戻す。

「司会進行はワタクシ榎かの子が務めさせていただきます!」
「実況解説はワタクシ芹野ハルが務めさせていただきやす!」
「ちなみに勝敗は我々含む両陣営代表5人による勝負で決まります」
「ちょっと待ってください、5人ってもしかして僕も頭数に入ってるんですか!?」
「だって、うちが入ったら4人で決着つかないじゃん? やるからにはうちだって参加したいし〜」
「でもそれじゃあ審判に公平性が……」

 ごもっともなことを言う新八にかの子はマイクを遠ざけ、新八にこう耳打ちする。

「この人選でまず公平なんて言葉が成り立つと思う?」

と。
 口をいーっと食いしばりながら「それもそうですね」とケロッと彼は開き直った。
 その隙を狙った山崎は見事かの子からマイクを奪取。

「こほん。勝ったほうはここで花見をする権利+お妙さんを得るわけです」
「何その勝手なルール!! あんたら山賊!? それじゃ僕ら勝ってもプラマイゼロでしょーが!!」
「……いやここはお妙さんカッコ料理カッコトジルかもしれない」

 ハルのぼそっとしたつぶやきに、あっそれは大歓迎だと新八は口を綺麗に縫い合わせた。しかし「じゃあ君らは+真選組ソーセージだ!!」と沖田が沖田なら山崎も山崎でどこから出したのかわからない、しかも屯所にあったの冷蔵庫にあったという賞味期限不明のそれに突っ込まざるを得なかった。ちなみにそのソーセージでやる気があがる銀時と神楽にもまた。

「それじゃあぱちぱちしんくんのツッコミも一通り終えたところで記念すべき初戦は〜」
「近藤局長VSお妙さん!!」
「我らが大本命がなんと初手で当たります――!!」

 最初からクライマックスな組み合わせに盛り上がりはさらに加速する。それを尻目に新八は心配でお妙に交代を提案するが、自身が行かねばならぬと答え、静かにこう続けた。

「あの人、どんなに潰しても立ち上がってくるの。もう私疲れちゃった――すべて終わらせてくるわ」

 新八だけに見せた笑みは彼に死を覚悟させるのに十分だった。

「それじゃあ第一回戦、最初の〜ハイ!! 叩いてかぶってジャンケンポン!!」

 最初の一手はお妙の勝利。しかしお飾りの真選組局長ではない。持ち前の反射神経で素早くヘルメットで防御する。

「おーっとセーフぅ!!」
「さすが局長! 次狙ってこ次!」
「セーフじゃない!! 逃げろ近藤さん」
「え?」と近藤。
「え?」とハル。
「あっ」とかの子。

 近藤の目の前に立ちはだかるはお妙ではない。
ひとりの修羅がそこにいた。

「ちょっ……お妙さん? コレ……もうヘルメットかぶってるから……ちょっと?」

 ヘルメットは地割れのごとく亀裂が入り、一発で近藤を沈めた。
 再び訪れる一瞬の静寂。だがあのときの陽気さはかけらもなかった。
 そして誰もが思った、ルール関係ねーじゃんと。
 すぐさま我に返った隊士たちが近藤に駆け寄り、なんてことをしてくれたんだと相手が一般女性にも容赦なく罵詈雑言をぶつける。
 しかし修羅にただの人が敵うはずもなく、次の瞬間には全員がひれ伏していた。

「お、お妙さんかっけぇ……」
「いやかっけぇ通り越してやべえよ。ぱちしんくんよくこれまで五体満足で生きてこれたね……?」
「うん。新八君、君も大変だね」
「もう慣れましたよ」

 慣れとは恐ろしいものだとハルはすくみあがった。あんな化物がこの世に存在していいのか。

「えーと、局長が戦闘不能になったので一戦目は無効自愛とさせていただきます」
「うん、妥当な判断だね。尊い犠牲を超えて我々は進まねばならぬ」
「そういわけで二戦目の人は最低限のルールを守ってください」
「いや、沖田くんがいる時点でルールもクソも野糞レベルしかないような気がするんだけど」
「ハルさんシッ!! 女性が公然とそんなこと言っちゃダメでしょ!?!?」

 司会進行実況解説組が一抹の不安を抱えながら次の試合に移ろうとしたが、それはすでに苛烈を極めていた。

「なにあれ!?!?」
「やば、はっっっっっや!?!?」
「速ェェ!! ものスゲェ速ェェ!!」

 沖田VS神楽はお互い一切表情を変えることなくまるで早送りを見ているかのようにヘルメットとハンマーを持ち替え、ついにはふたりともそれを持ったままのやっているように見えた。

「ホゥ、総悟と互角にやりあうたァ何者だあの娘? 奴ァ頭は体が腕は真選組でも最強とうたわれる男だぜ……」
「副長、珍しく沖田くんのことあげてると思ったら地味に貶してますよね。あとでチクッたろ」
「互角だァ? ウチの神楽にヒトが勝てると思ってんの? 奴ははなァ、絶滅寸前の戦闘種族“夜兎”なんだぜ。すごいんだぜ〜」
「なんだよウチの総悟なんかなァ……」
「うわ急になんかうちの子自慢が始まったんですけど」
「オイッダサいから止めて!! 俺の父ちゃんパイロットって行ってる子供なみにダサいよ!!」
「ちょっと新八くん! それは全国のパパイロット(パパ+パイロット)の子供に失礼じゃないかな!?」

「……っていうか、ふたりともなんか吐息臭くない……?」とかの子がきゅっと顔の中央にしわを寄せ、鼻を摘む。新八はそういえば……とよく見ればふたりの手には酒の入ったグラスが握られていた。そりゃあ普段滅多に出ない褒め言葉も出てくるわけである。「次はテキーラだ!!」と酒瓶を開ける土方に銀時は「上等だ!!」と受け手たち、もはや完全に土俵が変わってしまった。

「これだから酒屑は……」

 この場に風香がいなくてよかったと思うかの子とハルであった。

「さてさて、そんな人間の屑共はさておき、沖田くんたちは――ってなにやってんの!?」
「最初ヤベー速度でハンマーとヘルメットやってるなと思ったけど、あれもともと被ってたんだね。そりゃ当たらねえわ」
「ジャンケンもしてねーぞ!?」
「だめだ、完全にゲームバランスが崩壊している」
「もはやゲームじゃないよね、あれ。殴り合いだよね? 殴り合いだよね!?」
「だからルール守れって言ってんだろーがァァ!!」
「……だめだこりゃ。仕方ない、二戦目も放棄して次は銀ちゃんとふくちょーさんだけど――」

「オ゛エ゛エ゛ッ」

 ズゴゴッと全員が派手にこけた。

「うっっっっわ吐きやがった!! 吐きやがったよ!! こいつら吐きやがったで!!」
「オイぃぃぃ!! 何やってんだ!?」
「きっっっったね!! 銀ちゃんたちきっっっっっっったねえ!!」

 せっかくの花見のなかでツンとした胃液の臭いが一気に一帯を支配する。かの子にいたっては貰いゲロをしそうなほど顔が青ざめている。その横でハルがよしよしとその背中を撫でていた。

「心配すんじゃねーよ。俺ァまだまだやれる。シロクロはっきりつけよーじゃねーか」

 ここでなんと銀時は酒が回った勢いなのか、『叩いてかぶって』ではなく『斬ってかわしてジャンケンポン』というとんでも発言が飛び出した。もちろん土方がそれを拒む訳もなく、ノリノリで承諾。
 もう何がなんだかわからない、急に命をかけた戦いにもはや口を出すものはいない。もはや放棄していた。
 完全に酒に呑まれたふたりは立つのもやっとな状態で真剣を握る。

「いくぜ、斬って」「かわして」「ジャンケン」

――ポン!!



「おーい」
「あ、風香さん!」
「やっほー風香! どしたのこんなところで?」
「店主さんと常連の方と一緒に来てたんだけど、ハルたちの姿が見えたからちょっと見に来たんだ」
「あら風香ちゃんじゃない」
「こんにちはお妙さん。それに山崎さんまで。あ、これ店主さんがみんなにって」
「おおおおおおおお!! 花見団子!!」
「いいの? 店主や常連さんと食べる分じゃなくて?」
「もともと作りすぎちゃってたの売って歩いてたので……余り物ですけどよければ」
「やったぁ!!」
「ところでそこに転がってるのは……」
「あ、気にしないでちょうだい。お酒の飲みすぎて倒れてるだけだから」
「お酒っていうより完全に白目むいてあと頭にとんでもない大きさのたんこぶ」
「あーあーお妙さんの言うとおり気にしなくていよそこのゴリラは。それより本当にそのお団子食べていいの?」
「あ、じゃあどうせなら一緒に食べよ!」
「いいの?」
「もちろんよ、ね、新ちゃん?」
「はい。花見は大勢でやるものですから」
「ふふ、じゃあお言葉に甘えてお邪魔させてもらおうかな」
「イエーイ!」


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