35.5


 これはここだけの話なんだけど。
 そう! ここだけの話!
 宵と風香には内緒にしておいてほしいんだけど。ん? なんでかって? それはまあ、やっぱり余計な心配かけたくないからだよ。かの子はいいのかって? いやいやこれは自分とかの子の話だからなにをいまさらなんだよね。おおげさに言うとこれはきっと榎かの子と芹野ハルの話だから。あ、でも話して気持ちのいいものじゃないからやっぱり言わないでね? なんでそんな話をするか? うーん、自分の中に閉じ込めておくことはできなくて、でもそれでみんなに嫌な気持ちさせるのも嫌だなって。そう、ここだけの話ってやつなのだ! 長くなるだろうけど、できれば最後まで吐き出せてほしいな!

 その日も雨が降ってたね。岡田似蔵の傷がまだ全然治らなくて、たぶんちょっと熱もあったと思う。もうふらふらでさ〜。寝てるから頭の中がって意味でね。あんまり雨は好きじゃないんだけど、火照ったそのときの自分にはさわさわした雨の音が気持ちよく聞こえたよ。意識はぼわわぁ〜としてた。雨音は聞こえてたし、あ、いま自分寝てるんだ〜って、寝てるけど起きてる感じ。わかるかな〜? まあとりあえず夢見てたわけじゃないってことは確かだよ。
 そんな中で、雨音に紛れて足音が聞こえてきた。実はってほどでもないんだけど、足音だけで誰かわかるんだ! すごいでしょ? ……っても屯所内限定で、このときは頭ふわふわしてたから誰かわかんなかったんだけど。ちなみによく来てくれるのがザキさん! 監察方だからわかりづらいんだけど、逆に浮いてるからわかりやすいだよねー。で、驚きなのが次が副長。意外だった。意外も意外。あ、でも自分の部屋まで来ることはほとんどないからこれは数に入らないかな?
 話逸れたね。えーっと、どこまで話したんだっけ。そうそう誰か来たってとこだね。その足音は引き返さなかったし、そろそろお昼時だったからお昼ご飯もってきてくれたのかなーって思ってた。
 でもそんな自分の予想とは違って、ちょっと部屋の前で足が止まった。珍しく土方さんがきて、曲がりなりにも自分は女だからあれこれ葛藤してるのかな? 自分はでりかしー? とかそういうものはよくわからないから気にしなくていいんだけどなぁ。
 ところが立ち止まったのはほんの数秒で障子が開いた。

 空気が変わる。
 飲み込まれると思った。

 そっからはもうびっくりの連続連続!

 入ってきたのはかの子だった!
 でもいつもと違った。

 入ってきた瞬間、乱暴に馬乗りになってひたりと冷たいものが自分の首に当たった。
 怒りと憎しみで研ぎ澄まされたかの子の気迫に起き上がるどころかもう目を開くこともできなかったよね。本能的にそんなかの子を見たくなかったのかも。
 かの子はあんな風に怒る子じゃない。
 なーんて思ったけど、それっていままで自分に見せてくれなかっただけの話なんだよね。今時で言うこんなふうに怒るかの子地雷ですー! 解釈違いですー!! なんてね、ほんと笑える話だよね!
 ……正直に言うとね、このときかの子になら今ここで殺されてもいいと思ったんだ。ひしひしと伝わってくる怒りと憎しみの感情の根源は悲しさに溢れてたから。なんでわかるかって? そりゃあかの子、泣いてたもん。ちゃんと物理的にだよ! 雨漏りにしてはあまりに熱すぎたからね。
 うっすら目を開けば、想像したとおり涙でぐずぐずになったかの子が必死に歯を食いしばりながら自分を見てた。すごい近かったからかの子の瞳に自分が映ってたのがわかったよ。我ながらすごい静かな顔してたな〜。沖田くんからとか「キモッ」ってひとことでばっさり切られそうだなって。うめき声が雨音のすきまから聞こえた。底から湧き上がるいろんなものを押さえ込んでるような声。そんな我慢しなくてもいいのに。そんなもの全部吐き出しちゃえばいいのに。
 かの子はたぶんわかってたんだと思う。
 いま支配されてる感情のもとが榎かの子のものだって。そして芹野ハルへのものだって。自分たちであって自分たちじゃない。この感情を自分にぶつけるのは間違ってるってわかってるんだ。

 でも結局自分たちに変わりはないんだから、そんなこと気にしなくていいのにね!

 自分は誰よりもみんなを殺してるはずだから。
 そしてかの子は誰よりもみんなのために動いていたから。
 こうなるのは当然のことだったんだ。
 さっきも言ったけど、殺されてもいいって思った。だからこれは間違いなんだってわかってて「ごめんね」って謝った。きっと一番聞きたくなかった言葉だと思う。でも逆にそれが必死に押さえ込んでるかの子の理性を食い破って楽にさせることができる唯一の言葉だったんだ。

 見開いた目に映った自分はうっすら笑ってた。

 いっそうかの子の顔がぐしゃっと歪んで、首に突きつけられてた冷たいものに力が入る。目を瞑る。

 それでどうなったと思う?

 ここでびっくり第二弾!
 
 急に暗くなった世界が銀色に煌めいたかと思うと、かの子の背後に副長が! 銀色の正体は土方さんの愛刀で、ぴたりとかの子の首に狙いを定めてた。されるがままだった体がそれを見た瞬間、怪我も忘れて起き上がりそうになったよね。押さえつけられてるから無理なんだけどさ。
 土方さんは相変わらずタバコをスパスパふかしながら「友達の見舞いにゃァ穏やかじゃねェな」って言うの。
 いやもうびっくりですよ。いつの間に副長いたんですか。さすがのかの子もびっくりして振り返ったけど、下手に動くと切れそうでろくに動けなかった。
 で、まだいたんですよ、スタンバってた人が。土方さんがはぁ〜って煙吐いたと思ったら気だるそうに今度はかの子が入ってきた開きっぱの障子にもう一つ影があって。「高みの見物ったぁいい度胸だな。てめぇンとこのはどういう教育してんだ」って言えば、こっちもまた気だるそうにのっそり万事屋さんが出てきた。もうみんないつの間に!? って感じ! 
 これまた正直どうしてこうなった!? なんかもうわけわかんなすぎてぽかーんとしてたよね。いやほんと、どうしてこうなった。そうやっていつのまにか自分とかの子だけの問題じゃなくなって、ホントどうすればいい? ってなった。一触即発っていうのかな、とにかくやばい。かの子に迫られたときはまったくだったのにどばどば冷や汗が出てきてた。
 だれが動いたかというと、まあこの中で一番主導権? 握ってる土方さん。「なんとか言ったらどうなんだ」って、たぶんかの子と万事屋さんの両方に言ったと思ったんだけど、見下ろした目と目があって、自分も含まれてたんだよね。いやもう下手に何も言えないですって。だからこの中で一番動けないの自分なんですけど!!
 そしたら万事屋さんが「あ、高みの見物ってもしかして俺のこと言ってる? いやちげーし。俺ァたまたま居合わせただけでそういうのじゃねーから」っていつもどおりあっけらかんと言い訳するから目ぇひん剥くよね。耳かっぽじって。この状況でそれ言える度胸がすごいわ……。
 と思ったら次に笑いをこらえる声が聞こえてきて。万事屋さんから視線戻せば、かの子が笑ってんの。めっちゃ笑いこらえてた。これには土方さんもぎょっとして。

「ハル、ごめんね」

 その一瞬を突いてかの子が持ってたものを振り上げて、自分の喉めがけて下ろした。

「んごっ!?」

 一瞬なにが起こったかわからなかった。

 だっていきなり口の中にきゅうりとちくわの味が広がるんだもん。

 はいこれがびっくり第三弾。

 実はかの子が持ってたのはちくわにきゅうり突っ込んだものだったんだよ?
 一番のびっくりだよ!! 普通ナイフとかそういうもんだと思ったじゃん? というかそれが普通じゃん? なんでちくわきゅうり? 口にちくわきゅうり突っ込まれたままもうハテナの嵐ですよ。マジでなにが起こってんのかわかんねーってばよ。もちろん土方さんもびっくり。ぽろっとタバコ落としそうになってた。火事になるからやめてほしいよね。
 まあそんな感じでぽかんとしてたら、今度は笑い涙で目を腫らしたかの子が「残念! ちくわきゅうりでした〜!」なんて自分にごりごりちくわきゅうり押し付けてくるからもごもご食べるしかないよね。すっげえ素朴な味がしたよ。

「うちがそんなことすると思った?」って笑ったかの子は間違いなくかの子だった。

 そうやってかの子は自分にちくわきゅうり食わすだけ食わして「んじゃ! お大事に!」ってあっさり帰ってった。ついでに万事屋さんも気がついたらいなくなってて、完全に土方さんと一緒においてかれたね。いや〜もう色々ありすぎてすごかったな〜。こうして口にしてみると改めてあのカオスさが身にしみるというか。うん、すごい破壊力だった。いま思い返してもやっぱすごいわ〜。
 でも自分はちゃんと聞こえてたよ。去り際に「ごめん」って謝ったの。ちくわきゅうりに惑わされたけど、あの気持ちは全部かの子の本心だったんだよね。本当はこんなことしたくなかったんだろうな。でもせずにはいられなかったんだろうな。だってかの子だってちゃんと心があるもん。悲しいとか憎いってもの持っちゃいけないなんて誰が決めたんだろ。いいじゃん、人間なんだから。生きてる人間なんだから。何を思おうが感じようがそのひとの勝手だもん。むしろ自分はかの子が我慢しなくてよかったと思ってる。もし我慢し続けてたらまた繰り返すことになってたと思う。だからかの子が真正面から自分にぶつけてきてくれるのがすごい嬉しかったんだ。その上で殺されてもいいと思ったんだからどんだけかの子のこと想ってんだろうね! これが惚れた弱みってやつかな? なんてね!

 ま、そんな感じですね!

 おっと、そろそろ行かないと沖田くんに遅いって怒られちゃうや。

 また吐き出したくなったら出すからね。よろしくねツボ太郎〜!!



 そうしてハルが蓋を閉めた壺は後日屯所に侵入してきた三毛猫に割られた。

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