可愛いあの子の寝顔を


 しとしとと細い雨が降る中、使い慣れた唐傘を差しながら廃墟群を歩く。ひんやりと少し肌寒い空気。人の手を長く離れたその土地は雑草が好き放題に生えており、雨にしっとり濡れた葉が衣服に擦れてじわりと滲む。そのすぐそばでは紫陽花が色とりどりの花を咲かせている。
 阿伏兎はそれらに目もくれずひたすら黙って歩き続けた。
 そしてある一つの廃墟の前で足を止める。

「ここだよなあ」

 雨にかき消されてしまいそうな小さい声で言う。
 それから一息入れてから錆びて赤黒くなった階段を一段一段慎重に登る。時折派手に軋み、いつ崩れ落ちるかハラハラしながら上を目指す。
 ようやく二階部分まで到達すると、建物内の気配を確認してから控えめにノックをする。
 しかし返事はない。

「おーい」

 と声をかけてみるも反応はない。それからまたノックと声掛けを繰り返すも中で動く気配はなにも感じられない。

「ちっ」

 舌打ち一つ。それから深呼吸を2回。覚悟を決めたところでドアノブに手を付け、ゆっくりと回してみる。

「……無用心すぎるだろう」

 案の定鍵はかかっておらず、ドアノブは簡単に回った。そしてそっと扉を開ける。
 電気はついていない。外からの光もこの天気では望めず、室内は暗い。後ろ手で扉を閉めながら中に入る。

「おーい、宵さんよぉいねえのか」

 阿伏兎は「ちょっと遊びに行ってくる☆」と書置きを残した神威を追ってここまで来た。神威がするはずの事務作業を全て部下に任せて地球まで探しに来たが、ここまで全部空振りだ。神威が以前言うには「地球で面白い女を見つけたんだ」と喜々として話していたことを思い出し、神威と直に戦ったことのある宵を思い出した。
 空振りか、と諦めたとき、微かにうめき声が聞こえた。

「……う、んー」

 よく見ると応接用の黒革のソファに沈む影が見えた。

「うー……」

 当然そこで寝ていたのは家主の宵だ。いつもはぴっちり閉じているシャツを雑に開き、上に来ている着物もだらしなくはだけている。への字に空いた口からはこれまただらしなく涎がたれていた。
 よく見るとソファの前にある机には一升瓶とお猪口が複数、裂きイカや柿ピーなどのおつまみの残骸。
 どうやらここで誰かと一杯やっていたようだ。もしかしたらその相手は――。

「おい宵さんよ、おい。おいって」
「うー……これ以上は勘弁してくだせえ……」

 真っ青な顔して寝言を言う。少し体を揺らしながら声を掛けるも、「あー」だの「うー」だの言葉にならないものが返ってくるだけで何もない。

「こりゃダメだな」

 一縷の望みをかけて宵のもとに来たが、どうやら空振りで終わりそうだ。
 もう諦めて帰ろうかとしたとき、ぐいっと後ろにマントを引かれる。ぐえっと潰れたカエルのような声が漏れる。

「……さむい」
「は?」

 締まる首をやっとの思いで動かし、後ろを見ると、寝ていた宵が阿伏兎のマントを毛布がわりに自分の身に寄せていた。

「おいちょっと。なに――ぐええっ」
「んんー……」

 これがまた意外と力強い。本当は起きてるんじゃないかと疑ってしまうほどだ。負けじと宵を振り切ろうとしたが、その気になれば簡単にはがすこともできたが、ほんの数秒で阿伏兎はそれを諦めた。そしてソファとテーブルの間に巨体を縮こませて座り、宵の好きなようにした。

「……やれやれ」

 どうせ団長も遊んでるんだ、俺だってたまにはサボってもいいだろ。
 そんなことを思いながらふうと息を吐いた。
 ちらりと宵を見ると、温かいマントにご満悦なのか顔が緩んでいる。

「……呑気に寝てやがる」

 ちょっとした悪戯心が芽生えたのか、阿伏兎は穏やかに寝ている宵の頬をつついたり軽く引っ張ったりして遊び始めた。もちもちとした肌に終始仏頂面だった阿伏兎の顔が崩れる。些細な悪戯にも宵は起きる気配もなく、阿伏兎のやるがままにされる。

「こうして黙ってれば別嬪なんだけどなあ」

 誰かが言っていた残念美人という言葉を思い出す。
 しかし寝顔というのは自然と人を幼く見せるもので、それは宵も例外ではなくふにゃふにゃと幼子のように笑っていた。

「ま、たまにはこんな日があってもいいか」

 そうして阿伏兎は静かに目を閉じた。

------キリトリセン------
お待たせしました牡丹さんフリリクありがとうございました!
本編ではまだ絡みは先ですが、ついったでこっそり話してた阿伏兎と宵のコンビを覚えてくださってて嬉しかったです!!
顔を合わせれば揶揄う宵も寝てしまえば阿伏兎のやりたい放題ですね。
本当はIfで春雨宵とかも書こうかなとかあったんですけど、それはまた別に機会に……←。
少しでもお気に召して下されば幸いです。
企画参加本当にありがとうございました!

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -