不知火宵の憂鬱な一日


※注意!

・ヒトトセ本編未登場キャラ多数
・平和です
・キャラがゆるゆる、崩壊
・無駄に長い






 不知火宵の朝は早い。
 日が昇るのとほぼ同時に目を覚ますと回ってきた新聞配達員から直接朝刊を受け取る。
 
「不知火さん今日も早いねえ!」
「いえいえ、配達員さんに比べれば全然ですよん。朝早くからお疲れ様ですん」

 と、軽い世間話をする。
 それからまだ少し眠たい目をこすりながら目覚ましにシャワーを浴びる。

「あぁの日ぃあぁの時ぃあぁの場ぁ所でぇーきぃーみぃーにぃ会ぁえーなぁかぁったらー」

 なんて歌いながらだ。
 ドライヤー等知らぬ存ぜぬの顔で髪は乱暴にタオルで拭き、あとは自然乾燥に任せる。この場に風香がいたなら「風邪引くでしょ!!」と無理矢理にでも乾かすことになるだろうし、実際過去に何度かそうなったこともある。
 まだ湿った髪を一つにまとめながら軽い朝食を作り、食べながら新聞を流し読みする。髪を乾かさなかったり、新聞を読みながらだったり行儀の悪さが目立つが、どうせ一人暮らし。注意する人などいないため全て宵のやりたい放題だ。
 ようやく世の中が起きだした頃には、本業である仏像彫りに手をつけるため、地下の作業場へ移動する。あーでもないこーでもないとブツブツ独り言を漏らしながらひと彫りひと彫り丁寧に木を削り出していく。

 ピーンポーン。

 呼び出し鈴に手を止め、自ら彫った木彫りの梟がとまっている時計を確認。
 八時を少し過ぎたぐらいだ。こんな朝早くから誰だろうと思いながら「いまいきますよーん」と声を張り上げながら2階の応接室へ向かった。

「はいはーい。新聞ならもう届いて――」

 不用意に扉を開けたのが間違いだった。
そこにいたのは天下の指名手配犯、高杉晋助率いる鬼兵隊の河上万斉が気安く片手を上げながら「不知火殿、来ちゃった☆」と口元が緩ませていた。
パァン! と即座に扉を閉めるも、一手万斉のほうが早く、完全に扉が閉まる前に自分の足を間に挟みんで止めた。

「いきなり閉めるとはひどいでござる」
「ちょっとなんでいるんですかねん?」
「そりゃあもちろん不知火殿を我が鬼兵隊にスカウトするためにでござるよ」
「その話はもうずいぶん前にお断りしたはずですけど?」

 がたがたと立て付けの悪いドアをはさんで宵と万斉の攻防戦が始まる。

「それでも諦められないからこうして再度誘いに来てるでござる」
「何度来ても一緒ですよん。あたしゃあ平和をこよなく愛するただの一般人ですん。あいにくそんな物騒な組織に身を置くつもりは未来永劫ありません」
「まあそう言わず。いまなら1ヶ月お試しキャンペーンもやってるでござるよ」
「新手の通信販売か!!」
「初回限定特典で何と晋助の抱き枕カバーもついてくるでござる」
「誰がいるんじゃそんなものオオオオオオオオ!!!」

 万斉の脛に渾身の一撃を決め、怯んだ隙に扉を閉め、上下二つのロックとチェーンで固く閉じた。

「不知火殿〜」

 扉の向こう側で万斉の懇願するような声が聞こえるが、宵は完全スルーして「あー今日もいい天気になりそうだナー」と何事もなかったかのように地下室へ戻っていった。



 仏像と向き合うこと4時間近く。時計は正午を過ぎ、空腹だとお腹が悲鳴を上げた。

「もうお昼か」

 きゅるきゅるとなるお腹を押さえながら1階の居住スペースに向かう。

「あ、やっと来たネ!」

 お昼はきつねうどんにでもしようと考えていた顔にピシリとヒビが入った。
 2階の応接室に置いてるものよりかは少し綺麗なソファに我が物顔で神威がごろんと横になりながら待っていた。その隣には今朝の新聞に目を通す阿伏兎も。

「……不法侵入って言葉知ってますん?」

 荒れ狂いそうになる心を押さえ付けながらできるだけ平静に問う。

「不法も何も俺とお姉さんとの仲じゃん。ちょっと扉硬かったけど」

 神威の様子から見るに、おそらく2階の扉は力尽くで開けられたのだろう。

「あたしゃぁあなたみたいな犯罪者といい絆結んだ覚えはないですけど?」
「そう? でも俺はお姉さんみたいな強い人好きだな」
「アーハイハイドーモアリガトーゴザイマス。そして人の話聞けよん」
「それよりさ、俺そろそろお腹減ったんだよね。なんか作ってよ」
「それなら他を当たっとくれ。あいにくここには一人分の食料しかないのよん」

 本音を言うと、そういうのは風香に頼めと言いたかったが、もし彼女に万が一のことがあっては困るのでそれは飲み込んだ。

「なあ団長。それはさすがにマズイですって」

 ここでようやく新聞を読み終えた阿伏兎が口を挟んできた。
 ようやく保護者のお出ましか、とため息が漏れるが、

「ただでさえ食料ないんですからここは俺らが持参しないと」

 と、どこから持ってきたのか、スーパーの袋4つ分にもなる食料がドンッと宵の目の前に置かれる。

「さっすが阿伏兎!! 用意がイイネ!!」
「伊達に副団長やってませんからね」
「いやいやそういう問題じゃないでしょん。きみたち何しにきたのん?」

 空腹も相まって胃の辺りがキリキリする。それを我慢する宵の額には脂汗がにじんでいた。

(なんなんだ朝のグラサンといい春雨といい、こいつら暇かよん……そんなユルユルでいいのか鬼兵隊、春雨……)

 こんなのにいちいち構っていたのでは体が持たない。
 ちらりと時計をみやり、少し早いが宵は自分が開いている書道塾に逃げることにした。



「せんせい大丈夫?」
「なんか顔色よくないよ?」
「ああ、大丈夫だよん。ちょっと粗大ゴミ掃除してたら疲れちゃって」

 心配そうに近寄ってくる子供たちに宵のげっそりとやせ細った心が癒される。
 
(やっぱり子供はいいなあ……)

 そんなことを思いながら次々と自分の書いた半紙を持ってくる子供達を相手にする。

「先生、書けました」
「んーどれど――」

 本日二度目、再び宵の顔に亀裂が入った。ン゛ン゛と下唇を噛みながら突っ込みたいと早る気持ちを抑える。我慢のあまり唇が切れてほんのり血の味が広がる。

「えーっと……ボク、お名前は?」
「朧」
「ボク、書道教室初めてだよね? 一応ここ15歳未満の子が対象なんだけど、ボクどう見ても三十路は行ってるよね? って言うか天下の八咫烏がこんなところでなにしとじゃああああああああああ!!!」

 がたんと長机をひっくり返さんばかりの怒声が響き渡る。

「おかしいやろ!? あんさんモロ裏側の人間でしょ!? お天道様元歩けない人でしょ!? どぉおお考えてもこんなところで呑気に書道してていい人じゃないよねん!? 馬鹿なの死ぬの!? いや馬鹿だね死ね!!!」

 一息ですべてを吐き出した宵は勢いのあまり呼吸が乱れ、肩で息をする。普段怒らない彼女の姿に周りの子供たちも「あの不知火先生が……」と目を丸くして唖然としている。
 すると本来悠々と、ここにいてはいいはずがない天照院奈落の首領である朧がちょんちょんと宵の気を引く。

「ああ?」
『短気は損気』

 と墨で書かれた半紙を見せる。
 
……。
…………。

「だぁあああれのせいだと思っとるんじゃこのボケナスッ!!!!!」

 渾身のビンタが朧を襲うが、混乱した宵の一手など避けるのは容易い。あっさりと躱される。

「ええ何、一体何なんの? もう無理おうち帰りたい……引き篭りたい……」
「先生」
「はい?」
「修正を」

 もうどうにでもなれ、と宵も腹を括り、朧の書を見る。
 一体どんな物騒な言葉が書いてあるのか、と見るとそこに書かれていたのは、なんてことはない、『陽』の一文字だった。
 思わず朧と書を見比べる。すると裏の人間とは思えない、やけにキラキラした目で宵の視線に応えるものだから、ふうと一息はいてから修正用の朱色の筆を持った。

「全体のバランスはいいけど、中心がずれてるねん。それからこざとへんの縦線の止めがちょっと甘いかな。つくりの昜のはらいは勢いがあっていいよん。でもちょっと惜しいのがはね。もう少ししっかりはねようねん」

 横から変わらず期待の眼差しを受けながら口頭で注意したところを朱液で訂正を入れる。

「まあ、こんなところか」

 すると朧は訂正の入った半紙をそっと持ち上げた。「どうしたのん?」と朧を覗き込んで見れば、やっぱり汚れた人間には相応しくない、どこか嬉しげな表情を浮かべていた。

「……先生と生徒というのはこういうものなんだな」

 そうぽつりを呟いた。わずかに口元が緩んでいるのを宵は見てしまい、最初あった怒りは鎮まった。
 それから朧は半紙が乾くと丁寧に折りたたみ、そっと胸にしまい、静かに教室を出た。



「はああああああああー……今日は何かと疲れたな……」

 書道教室からの帰り道。
 早朝から度重なる厄介者どものせいで宵の体力はほぼ尽きた。家に帰ればまだ神威たちがいるのではと警戒したが、家に明かりはなく、人の気配も感じない。
 夕飯をすっぽかしてさっさと寝ようと入口へ続く階段の手すりに手をかけたとき、「不知火ちゃーん」と誰かが呼んだ。
 ややおぼつかない足取りでこちらにくるのは、商売先で懇意にしてもらっている親父さんだった。

「おやっさんじゃないですか」
「不知火ちゃん今夜暇?」

 そう聞く親父さんはすでにアルコールの匂いに出来上がった赤い頬。

「じっつはさぁ、近所の連中集めて飲み会やってんだけど、どぉにも花がなくってねぇ。いてももう70超えたババアどもしかいなくてよぉ、そんなババアどもが三味線ペンペン鳴らしても全っ然盛り上がんねえだろ? 不知火ちゃんたしか三味線できたよな?」
「え、えーっと、できるといっても唄とかはできませんよん?」
「いいっていいって! それで十分! 頼むよ、不知火ちゃんにはいつも迷惑かけっぱなしだけど、俺らを救うと思って!!」

 「なあ頼む!」と土下座までされては宵も「嫌です」とは言えなかった。正直気は名乗らなかったが、嬉しさのあまり鼻歌を歌いながら夜道を歩く親父さんに、まあこれも何かの縁かと割り切り、そのあとを続いていく。

「お前ら喜べ!! 不知火ちゃんが来てくれたぞ!!」
「よっ! 待ってました!!」
「ひゅーひゅーっ!!」
「どうもお邪魔しますん」

 すでに出来上がってる男たちから熱烈な声援を受ける。「まったくニヤニヤしちゃって」と言うのは奥様方で、「疲れてるのにごめんなさいねえ」と彼らの代わりに宵を労った。それから三味線を手に用意されていた座布団に腰を下ろした。

 ベンッとひと鳴らし。

「それじゃあみなさまのご希望に応えまして、拙いながらひかせていただきますん」

 そこからはもうドンチャン騒ぎだった。宵が三味線を鳴らすたびに笑顔が咲き、手拍子が混ざり、あるものは歌い、あるものは即興で踊り始め、たいそう賑わった。
 気が付けば、騒ぎ疲れた男たちはすっかり夢の中。奥様方はそんな彼らを足で移動させながら飲み散らかした一升瓶や空いた皿を片付けていく。

「宵ちゃん今日は本当ありがとうねえ」
「いえいえ、こちらもずいぶん楽しませてもらいましたから」

 そう言う宵の頬は一滴も飲んでないのにも関わらず、酒盛りの空気でわずかに赤く染まっており、表情もどこかふにゃふにゃと柔らかかった。
 ちょっと頼りない足取りで会場となった茶屋の一室を出る。
 せっかく久しぶりに出した三味線だ、もうちょっと弾きたい気持ちに空気に酔って気分が高揚してるのもあって、そのまま受付で新しくひと部屋借りることにした。

「ん?」

 夜風にあたりながら最初こそひとり気ままに鳴らしていたが、ふと気が付くと別の三味線の音が混じってくる。

 ベンッ。
 ……ベンッ。
 ベンベンッ。
 ベンベンッ。

 ひとつ鳴らせば後に続く。さらに二回目は音を変えて。

「これは、もしや?」

 宵は弦を軽く弾くのをやめ、ゆったりとした面持ちで曲を弾き始めた。
 やや遅れてもうひとり、壁の向こう側か。先に流れる曲を壊さぬようにそっと静かに重ねた。
 予期せぬ奇妙な二重奏は窓から外へ広がった。
 宵の引く軽やかな主旋律に、素知らぬ誰かは地がしっかりした副旋律で支える。

 (どこのどなたかは存じ上げませんが、素敵な方なんでしょうなあ)

 名前も顔もどんな人かも知らない二人の即興二重奏は秋の夜長にひっそりと響いた。



「晋助、今戻った。ん、三味線?」
「おう、ご苦労だったな。ああ、ちょっと鳴らしてたのさ」
「朝方はいたんだが、追い出されてしまってな。そしていま行ってもいなかったでござる」
「そうか」
「……晋助」
「なんだ?」
「えらく機嫌がよいのではござらんか?」
「フッ、なにかと思えば。まあ、悪かねえな」
「何があった?」
「いや、なんてことない、ただの音合わせだ」
「そうでござるか……」



------キリトリ------
ねこまさん、約一年お待たせしましたすみません!!(開幕土下座
そのうえ文字数もとんでもないことになってしまって……ここまでお疲れ様です。
宵の一日、ということでこれでもかと今後絡みが予想されるであろうキャラをほぼ全員つ売っ込んでみました(長くなったのはほとんどこいつのせい)。
メンツがメンツなので普段ボケ側の宵には少し大変だったかもしれません(笑)。
長い付き合い(と私は思ってます)ではありますが、これからも何卒よろしくお願いします!!

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