「爆豪くん、俺の合図に合わせ爆風で…」
「てめェが俺に合わせろや」
「張り合うなこんな時にィ!東堂、大丈夫か!?」
『ひぃ!もうむり!痛ぃ〜…!!』
そういえば掴んだ腕は銃で撃たれた方だった。
やべ、と爆豪は梓を抱え上げると脇の下に手を入れぎゅっと抱き込む。
「首に手ェ回せ!」
『っ、おう!』
爆豪に抱きついたことで後方の状況が見え梓は顔を引きつらせた。
Mr.コンプレスがものすごい勢いで飛んできたのだ。
『あ〜…!ヤバイ!かっちゃん離して!、私が足止めを、』
「ハァ!?」
「梓ちゃんダメだ!!!」
梓が動く必要はなかった。
盾になるように大きくなったMt.レディにぶつかり、Mr.コンプレスは地に落ちる。
「っだ!?」
「Mt.レディ!」
「救出…優先。行って…!バカガキ…」
Mt.レディが倒れ、マグネ達はもう1発人を飛ばそうとするが現れたグラントリノがそれを阻止し、2発目が撃たれることはなかった。
ーズザザッ!!
無事、戦地を脱出し、
大ジャンプから着地した一行はこのまま避難区域まで走り抜けようとするが、梓はそうもいかなかった。
『っ…』
爆豪に支えられるように立つ彼女は痛みを耐えるように歯を食いしばり、あぶら汗を流している。
「梓ちゃん…!」
『いず、く、大丈夫、!』
「大丈夫な訳あるかよ!東堂、背負うから乗れ!」
『切島くん、ごめ、』
無理もない。
あの怪我から2日、応急処置のみで耐えきり、先ほどの戦いを切り抜けてみせたのだ。
とっくに限界を超えてもおかしくない。
骨が折れていないから動けているだけで、普通の人間じゃ痛みで動けるはずがないのだ。
よいしょ、と梓を背負えば、
遠慮がちだが体重を預けてくれ、切島は気合いを入れる。
「っし!このまま走るぞ!」
「切島くん、こっちだ!誘導するよ!」
「おう!」
切島の背に揺られながら、梓は痛みで意識を失ってしまった。
ー
「「勝てや!!オールマイトォ!!」」
聞いたことがないほど泣きそうな幼馴染2人の叫び声で梓はハッと意識を取り戻した。
いつの間にか人混みの中におり、繁華街の大きなディスプレイには激戦を繰り広げるオールマイトが映っている。
そのフォルムはいびつ。
右手だけがマッスルフォームになっているそれに梓は覚醒しない頭の中で動揺した。
皆んなが彼の勝利を願っている。
その言葉だけが彼の背を押し、動かないであろう体を無理やり動かしているのだ。
まさに平和の象徴。
その彼が激戦の末に、空に拳を掲げた。
「「「オールマイトォ!!!」」」
歓声が湧く。
嬉しさ、安堵、涙ながらに叫ぶ者もいる。
梓は笑えなかった。
彼が背負ってきたものが少し垣間見え、その悍しいほどの重圧に気が動転しそうになった。
しぼんで、やせ細ったオールマイト。
きっと出し切ったのだろう。もう戦えないのかもしれない。
(オールマイトがいなくなるかもしれない)
たとえオールマイトがいなくても自分のすべきことは変わらない。が、抑止力がなくなることは敵の活性化を意味する。
ぺしゃんこに潰れてしまいそうな重圧を感じた。
『っ…、』
「東堂、目が覚めたのか」
『ん…。』
「身動きが取れんな。轟くん、八百万くんらと合流したいが…」
「とりあえず動こうぜ。2人のことヒーロー達に報告しなきゃいけねーだろ」
「梓ちゃん、もうちょっと頑張れる?」
『ん。』
《次は、君だ》
大型ディスプレイにこちらを指差すオールマイトが映り、短いメッセージを発する。
それは一見、まだ見ぬ犯罪者への警鐘、平和の象徴の折れない姿に見えた。
が、緑谷の表情を見て梓は違うのだと悟った。
彼は泣いていた。
オールマイトがいなくなると、彼は確信したように泣いていた。
『…いずっくん…、大丈夫?』
「う、うん、大丈夫」
『本当に?』
「お嬢!!」
『「「あ。」」』
切島に背負われたまま、泣く緑谷の頭をぽんぽんと撫でていれば聞き覚えのある声が辺りに響き5人は振り返った。
人混みをかき分けながらこちらに全力疾走してくるのは梓の部下の1人である水島という青年だ。
和装に下駄に帯刀という、時代錯誤な出で立ちでかなり目立っている。
彼はキキーッと梓の前で止まると、
「ハァ…!!馳せ参じようとしたらお嬢飛んでったからビビった!まさかお嬢のクラスメートがあんな真似すると思ってなくてよ!」
『み、水島さん、なんでここに』
「そりゃあお嬢の守護にお力添えをと思ってな。警察から協力依頼もあり現場にいたが、脳無とやらで大変でよ。とりあえずエンデヴァーに任せて俺と九条さんは市民の避難誘導がてらお嬢追ってた。にしても、派手にやられたなァ!」
『うっ…なんかごめんなさい』
「何謝ってんだ、お嬢の意志に間違いはねえよ。ま、九条さんは詰めが甘いって怒るかもしんねえけど。それよりお嬢、さっき向こうで九条さんが轟と女の子保護してたぜ」
『女の子…?』
あの大氷壁で轟が来てくれていることは察していたが、他にもいるのか?オウム返しに聞き返せば「八百万がな」と意外な名前が出た。
『百ちゃんが…!?』
「おー、まぁ色々あってな」
全部落ち着いてから話すよ、と言いながらよっと抱え直す切島に梓は申し訳なく眉を下げる。
『切島くん…、手間かけてごめんー…。九条さん達と合流したいんだけど、』
「おー、謝るな!轟達も気になるし、合流すっか。えーと、水島さん、九条さんはどっちに?」
「ああ、こっち!、と、向こうから来たわ。おーい!」
手を振ってかけてくる九条の後ろには轟と八百万が見える。
向こうもこちらの様子が見えたようで、轟はまるで犬の耳が立つようにハッと反応すると足を早めた。
ほぼ全力疾走で切島に背負われている梓のそばまで行くと、
「東堂!!」
無事か確かめるように梓の頬を両手で勢いよく挟んだ。
『え、いたっ』
「大丈夫、じゃねえよな。敵に何かされたのか?体は痛むか?つうか、靄に飛び込むんじゃねえよ!」
『エッ』
「俺が、俺や緑谷がどんな思いで、」
『エッ、轟くん泣いてる?』
「泣いてねえ」
いや、泣いていたと思う。
乱暴に目元を拭う彼にびっくりしてぽかんと口を開ける。
もう一度顔を上げた時、彼の目から涙は無くなっていて、一呼吸置くと、
「……心配した」
『…ごめん』
「すげえ心配した。生きた心地しなかった」
『ごめん…。かっちゃん、守るつもりだったけど、あんまりうまくいかなくてさ。考え無しに飛び込んだこと、反省してる』
「梓ちゃん…。と、轟くん、気持ちはわかるけど梓ちゃんとかっちゃんを警察に送り届けなきゃ、梓ちゃんを病院に運べないよ」
「あ、そうだな…。爆豪も無事でなりよりだ」
「俺はついでか舐めプ野郎!!」
あからさまな態度の違いといつも通りな爆豪のツッコミに切島は思わず吹き出していた。
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