65神野の悪夢

東堂家で鍛錬後の夕飯を食べていた心操は、向かいに座って一緒に食べている九条と話していた。


「お嬢、合宿頑張ってるかな〜。怪我してねえか心配になってきたわ。心操、お前に連絡きた?」

「きてませんよ。強化合宿っつってたし、怪我の一つや二つはしてるんじゃないですか」

「お前相変わらず冷めてんなー」


ーピリリリ


ケラケラ笑う九条の携帯がなって彼の表情が少し変わった。
警察の番号だ、と眉間にしわを寄せる彼に仕事の話だろうかとあまり気にせずお味噌汁に口をつける。


「はい、九条ですが。…ええ、お世話になっております。…ええ、はい……は?」

「?」

「合宿中に敵連合が襲ってきたァ!?は!?」

「!?」


九条の声が響き、心操はぽかんと箸を落とし、
台所にいた水島はバタバタと部屋に入ってきて、
別の部屋にいたらしい泉ですら慌てた様子で駆けてきた。


「「なんだって!?」」


なんだかんだで心配らしい。
一瞬で集合した彼らに驚きつつも、心操も心臓の音が大きくなっていた。


「いったい何故そんな…ええ、……は?お嬢が、攫われた…?」


時が止まった気がした。
サァッと顔を青ざめさせた九条に冗談じゃないんだ、と唾を飲む。

水島も泉も同じだった。
言葉を失っていて、九条の電話の声だけが聞こえる。


そして、しばらくして電話を切った彼はハァ〜、という大きなため息とともに頭を抱え込んだ。


「……、夜、みんなで肝試しをしているところに敵連合の開闢行動隊と名乗る輩が襲ってきたらしい。プロヒーロー6人に対し、敵は確認できただけで10人。しかも実際森で戦闘に参加できたヒーローはイレイザーとワイプシの2人だけだったらしい」

「ワイプシの他の2人は?」

「ブラドキング先生は?」

「マンダレイと虎は敵2人と戦闘したらしいが、ピクシーボブは不意打ちで重体、ラグドールは大量の血痕を残して失踪、ブラドキングは避難してきた生徒を守るために施設に籠城したらしい」

「なんだいその状況は…後手後手じゃないか」


唖然とする泉に心操は息を飲む。
そんな状況で敵が襲ってくるなんて尋常じゃない恐怖だっただろう。


「生徒40名のうち敵の毒ガスによって意識不明の重体が15名、重軽傷者11名、無傷で済んだのは13名のみ。そして行方不明が爆豪君とお嬢だそうだ…」

「「「…。」」」

「お嬢は最初割と安全な場所にいたらしいが、みんなを助けるために森の中に入ったらしい。そして、B組の子と一緒に毒ガス敵を倒した」

「…お嬢らしいっスねェ」

「その後、爆豪君が狙われていることを知ったお嬢は、爆豪君を襲っていた死刑囚の殺人鬼ムーンフィッシュと交戦、その後、トガヒミコ、Mr.コンプレスと交戦後、攫われそうな爆豪君を追いかけて重傷の状態で黒霧のワープゲートに飛び込んだらしい」


つまり、攫われたというよりは、自分から飛び込んでいったみたいだわ、と何度目かわからないため息をついた九条に、「…バカ、なんですかあいつは」と心操は震える声で呟いた。


「そんな、立て続けに敵と戦って、まだ見習いのくせに、重傷で追いかけていっちまうなんて、バカなんじゃ」

「バカだよなァ。きっと、守る一心だったんだよ。守るために毒ガスに突っ込んで、守るために殺人鬼に立ち向かって、ぜーんぶ誰かを守る一心だ。お嬢は、複数人を立て続けに守る戦いは今回が初めてだったはず。必死だったろうよ」

「そんな、でもプロヒーローにまかせておけば」

「実際、プロヒーローにまかせてお嬢が避難してりゃ毒ガスも収まらず人が死んだかも知れねえ。お嬢のことだけ考えりゃ、バカだなの一言だろうが、今回のお嬢の働きは必ずしも悪い方向に働いたとは思わないよ」

「…そうだねぇ。今回、お嬢は自分に出来る限りの使命を果たしたし、爆豪君を追いかけていったのも彼にとっては光だ。お嬢をなめちゃいけない、きっと無事で敵連合をかき回してるさ」


自分を納得させるようにではあるが、そう言った泉に心操は首を振った。
違うのだ、一族のこととか、守護の使命とかそういうことを考えれば彼らがいうこともわかる、が、


(あいつは、俺と同じ子供なんだ…。プロに守られなきゃいけねえんだよ。なんであいつばっかり守る側に、)

「とりあえず俺、警察に行ってくるわ。心操、ついでに家まで送るから支度しろ」


九条に背中をバン、と叩かれおもむろに立ち上がり言われるがままに帰路につくが、
その日は一睡もできなかった。


(また隈が濃くなった)



次の日、家でじっとしていられなかった轟は病院を訪問していた。

あの天真爛漫な笑顔と隣に並んだ時にだけ見える挑戦的な表情が、頭からチラついて離れないのだ。

かっこよくて可愛くて、父親やしがらみを笑えるくらい全く全く気にしていなくて、気兼ねなく接せる唯一の存在。


ずっと隣にいたいと思う。


それと同時に、そんな彼女にのしかかる運命や責任を少しでも楽にしたい、と、
守ることしか考えてない彼女を、守りたいと、ずっと思っていた。

あの幼馴染2人が一緒に守る事を選択したのなら、
自分はあの子を守る唯一の存在になりたいと思ったのだ。
轟にとって梓はヒーローだから、今度は梓が自分のことをヒーローと思ってくれるように。ピンチの時に助けてと言ってもらえるように。

なのに。


「…っ、」


あの時の背が忘れられない。

自分が爆豪を取り返していれば、
梓は靄の中に飛び込まなかった。

あの時自分を追い抜いて躊躇いもなく飛び込んだ少女の背がどうしても忘れられないのだ。


「あー!?轟なんでいんの!?」


大声で声をかけられびくりとしながら振り返れば切島がいた。


「おまえこそ」

「俺ァ…その、なんつーか…家でじっとしてらんねー…つうか、」

「そっか…俺もだ」

「…お前は眼前で奪われたんだよな、爆豪も、」


東堂も。
ぽつりと零したその名は、昨日からずっと頭から離れない子の名だった。

息が詰まりそうになる。


「あらましは鉄哲と障子に聞いた」

「鉄哲?」

「ああ、お前らと合流する前は、B組の鉄哲と拳藤と一緒に毒ガス敵と戦ってたんだろ」

「さぁ、詳しくは聞いてなかった。毒ガス吸って銃で撃たれたとは言ってたが」

「……そうか」


黙り込む。
暗い表情の切島に轟は無理もない、と眉を下げた。

彼は何もできなかったのだ。


「お前、爆豪とも東堂とも仲良かったもんな」

「…あぁ」


「あれ、おーい!切島!と、轟!」


後ろから声をかけられ振り向けば今度は鉄哲と泡瀬がいた。
2人とも頭などに包帯を巻いてはいるが、入院はしなかったようで元気そうだ。


「おお、お前らも来たのか!」

「うちのクラスは毒ガスにやられて入院してる奴が多いからな!お前らも見舞いか?」

「あー、クラスで見舞いに行くのは明日なんだけどよ、家でじっとしていられなくてな」


苦笑した切島と俯いている轟に鉄哲と泡瀬は顔を見合わせた。
無理もない。彼らは2人と同じクラスで特に轟の梓に対する執着は噂に聞いていた。

爆豪は狙われて攫われたこともありすぐに殺されることはないだろうが、梓は違う。
鉄哲はぐっと唇を噛み締めた。

毒ガス敵に立ち向かった時に初めて共闘したが、
彼女は恐らく敵に屈しない。もしかしたら殺されるかもしれない。おそらく無事ではいられない。


「俺があの時止めていれば、」


鉄哲が呟いたそれに泡瀬も同じことを思う。
毒ガス敵に向かう彼女を見送ったあの瞬間がずっと頭にちらつくのだ。


《常に最悪の事態の中で、最善を推し量れば、私がこの先に行かなきゃあいけない》

《じゃあ、行ってくる》


それが梓の姿を見た最後だった。
鉄哲も、爆豪を助けに行くと毒の影響と怪我を堪えて走り出した少女の小さな背が脳裏に焼き付いていた。


《ここは頼んだ!私は大丈夫!またあとで!生きて会おう!》


本当に、もう一度生きて会えるのだろうか。
彼女が攫われたという事実は、周りが想像するよりも強く彼らの心に傷を残していた。




その後、B組と別れたあと八百万の見舞いに訪れた轟と切島はオールマイトと警察が彼女と話しているところに遭遇した。

それは、敵の1人に発信機を取り付けたという、彼らにとっては朗報だった。


((受信デバイスを八百万に作ってもらえば、2人を助けに行けるかもしれない!))


目が合ってお互い同じことを思っていることがわかって2人はそそくさとその場を離れた。

聞いていたことが警察や教師陣にバレてしまえば止められるだろう。自分たちが世間一般的にしてはいけないことを考えていると自覚はしていたが、
それでも2人は止まれなかった。

病院のロビーに戻ると、
また視線が交わる。


「俺は、2人を助けに行きてぇ」


悔しそうに唇を噛みしめる切島に轟は強く頷くと「俺も行く」と即答した。


「誰がなんと言おうと、絶対に行く。爆豪は兎も角、東堂は殺されるかもしれねえんだ。しかもあの大怪我で、治療してもらえてるとも思えねえ」

「…だよな。事は急を要する、明日の夜には出発って事でいいか?」

「今日じゃないのか?」

「明日、もし緑谷の目が覚めてたら誘っときたいんだ。多分、あいつの悔しさは尋常じゃねーだろ」


彼は2人と幼馴染。
あの悲痛な叫びを聞いていたからこそ轟もそれには納得だった。

その時、
そうだな、と重い声音で呟く轟の後ろに着流しの和装をした男が立ち、切島はアッと声を上げた。


「なんだ?」

「やぁ、どこかで見たことあると思えばお嬢の友人らじゃないか。いつもお嬢が世話んなっているな」


挨拶するように手を上げた男は、2人とも見たことがある梓の直属の部下である九条という男だった。
主人である梓が危機に晒されているとは思えないほど飄々とした彼に思わず2人はぽかんと口を開けた。


「…ちっス」

「どうも。聞こえてたぜ、助けに行くって」

((やべっ))

「そんな顔をしかめなくたって止めるつもりァねーよ。俺は先生じゃないからな」


意外な返答にキョトンとする2人に向かって九条は笑った。


「まぁ、お互い上手くやろうや」

「…お互い、ってことはアンタも行くのか」

「そりゃあ、ウチのお姫さまが敵方にいるからねェ。助けるつもりはねーが、馳せ参じないとな」

「助けるつもりはない?どういうことっスか?」

「…轟君や他の子達の話を聞くに、お嬢は自分の体の状態を理解した上で爆豪君を守る為に敵方に飛び込んだんだろ。だったら、お嬢はまだ戦いの中にいる。目的はもちろん、爆豪君の守護だ。だったら、お嬢の守護精神に力添えすんのがァ俺の役目ってやつだ」


攫われたのではないのなら、助けない。
むしろ加勢に行くのだと宣った彼にやっぱこの一族イカれてると切島と轟はげんなりした。
東堂自身の心配はねーのかよ、とムスッとしつつも彼がどこに加勢に行くのか気になった切島は首を傾げた。


「でも、どこに行くつもりなんスか?」

「警察が情報掴んでてな、教えてもらった。今回は警察からの任務で今回の掃討作戦にウチも加勢依頼をしてもらっててなァ」

「「へぇー」」

「どこに内通者がいるやもしれん。お前さんらにも内緒にさせてもらうわ」


じゃあ、お互い検討を祈るぜ。
轟と切島の頭を順番にポンポン、と叩いた九条は「そんじゃ、俺はお嬢の代わりに緑谷君のお見舞いに行ってくるわ」と階段を登っていくのだった。


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