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「返せ!!」


緑谷の叫びと、電光石火で飛び出した梓の刃が敵に届くのは同時だった。


「なっ…」


瞬きをする一瞬のうちに眼前に現れた少女に
マジシャンのような出で立ちの敵、Mr.コンプレスは顔を引きつらせながら一歩退く。


(個性もわからない、得体の知れない敵に対する初動がそれかい!?)


「梓ちゃん!」

『返せや!!!』

「返せ?妙な話だぜ、っと!」


後先考えない梓の雷撃がコンプレスを襲う。
爆発のようなそれは木々を燃やしそうになるが、
梓と目が合い彼女の意図が伝わって轟はハッとした。


「どけ!」


間一髪、木に燃え移る前に氷が覆う。
両脇に現れた氷に梓はニヤリと口角を上げると


『相棒、ありがとう!!』


ダンダンダンッと、氷の壁を蹴ると嵐を爆発させ氷ごとガリガリと削り、
Mr.コンプレスめがけて嵐と氷の破片が混じった斬撃を放った。


ーズガァンッ!!


それはとんでもない威力だった。
下で見ていた蛙吹や麗日が唖然とするほどに。


(梓ちゃん、こんなに強かったっけ…!?)

(敵が強ければ強い程、梓ちゃんの実力も引き出されるのね)

(相棒?相棒って聞こえたぞ?やべえ嬉しい)

「轟くん何そわそわしてるの!次くるよ!」


緑谷に諭され、慌てて氷結を発動させようとするが、


「いやはや、乱暴なお嬢さんだ。堅気の目じゃないねぇ。お嬢さん、爆豪くんは誰のモノでもねえ」


煙が晴れ、怪我ひとつしていないMr.コンプレスが現れたことで、あの攻撃をどうやって防いだんだと一同絶句するが、梓は気にすることなく立て続けに攻撃を仕掛けようとしていて、


(ホント、惚れ惚れするほどの戦闘脳だ。だが、)


Mr.コンプレスの指がパチリとなる。


「彼は彼自身のモノだぞ!エゴイストめ!」


刹那、放ったはずの斬撃が自分の方に向かってきて
梓は思わず『いっ!?』と悲鳴をあげた。

咄嗟に避けようとするが、


(この斬撃、絶対轟くんの氷結じゃ受け止められない!)


自分で放った斬撃の威力は自分が一番知っている。
これは氷結で受け止められるほどの威力ではない。


(相殺するしかない!!)


が、もう一度斬撃を振る暇などなかった。


ーズガァンッ!


『ぐァっ…!?』


避けることも出来ず、相殺する隙もなかった梓はモロに食らった。
受け止めようとした刀は折れ、辛そうなうめき声とともに体はフラリと傾き、


「「梓ちゃん!?」」

「東堂…!」


氷結で支えられていた身体がずるりと落ちる。


(やべぇ、)


轟は背負っていた円場を麗日に預けると走った。
敵がどうやったが知らないが、重力に従って落下する少女はきっと自分で受身は取れない。

俺が、あの子を支えて、助けて、守らなきゃならねえ。
必死だった。
ぐっと腕を伸ばして、身体ごと飛び込み、地面に叩きつけられる前に自分より一回り小さい体をキャッチする。


ーズザザッ!


「っ…!東堂!?おい!生きてるか!?」

『ッ…』

「轟くん!梓ちゃんはっ!?」

「ひでえ怪我だが、意識はある!」


そのボロボロな姿を見て轟は激しい怒りが湧き上がってくるのを感じた。
ぐったりと自分にもたれ掛かる少女を横抱きにすると、木の上に立つMr.コンプレスを睨みつけた。
相手を射抜くほどを鋭い眼光だった。


「てめえ…、」

「我々はただ凝り固まってしまった価値観に対し、それだけじゃないよ、と道を示したいだけだ。今の子らは価値観に道を選ばされている」

「爆豪だけじゃない…常闇もいないぞ!」


爆豪、常闇を音もなく攫い、梓の攻撃を跳ね返すなんてどんな個性だ。
轟は未知の敵から少女を守らんと、必死に頭を回転させた。
とりあえず、情報を引き出さなければ。


「わざわざ話しかけてくるたァ、…なめてんな」

「元々エンターテイナーでね、悪い癖さ。常闇くんはアドリブで貰っちゃったよ。ムーンフィッシュ…、歯刃の男な、アレでも死刑判決控訴棄却されるような生粋の殺人鬼だ。それをああも一方的に蹂躙する暴力性。彼も良いと判断した」

「この野郎!!もらうなよ!」

「緑谷、落ち着け」

「ああ、それと、君が大事そうに抱えてるその子。ウチのボスがずっと写真眺めててねェ…。回収命令は出てないが、貰っていったら喜ぶかな?その子の生き方を鑑みるに、洗脳でもしなきゃ此方側につきそうにないか」

「誰が渡すかよ!!!」


緑谷を上回る激昂だった。
爆発するような怒りとともに足元から放たれたのは大氷壁。
ズオッと出力されたそれをMr.コンプレスは難なく避けた。


「悪いね、俺ァ逃げ足と欺くことだけが取り柄でよ!ヒーロー候補生なんかと戦ってたまるか。開闢行動隊!目標回収達成だ!短い間だったがこれにて幕引き!!予定通りこの通信後5分以内に回収地点へ向かえ!」

「幕引き…だと」

「ダメだ…!!」

「させねえ!!絶対に逃すな!!」


木を跳んで渡るMr.コンプレスを追いかけるように一同駆け出した。


「何あれ、ぴょんぴょん木の上飛んでるけど!?」

「ちくしょう速え!あの仮面…!」


逃げ足の速さと自分で謳うだけある。
一気に距離を離され轟たちは悔しそうに顔を歪めた。
このままでは行ってしまう。

そのとき、


『と、どろきくん、』


抱き抱えていた梓が痛みに顔をしかめつつも呻いた。


『わ、たし、が追いかけ、る』

「は、お前その怪我で、なにを」


轟の腕からどさり、と落ちるとゆっくり立ち上がり、
少女は痛みの生理現象で目に涙を溜めており、泣いているようにも見えた。

が、色が変わるほど唇を噛み締め、ゆっくりと立ち上がると大きくふたつ深呼吸をする。
周りが声をかけるのを躊躇うほどの洗練されたオーラ。


『…やつの、個性はたぶん、触れたものを小さく閉じ込める…、だから、かっちゃんも、常闇くん、も、私の攻撃も、閉じこめ、られた』

「梓ちゃん、あの状況でそこまで分析できていたのね…」

『奴から、2人を取り戻さ、なきゃ』

「…梓ちゃん、血が、」

『ここで、動かなきゃ、守りたいものを守らなきゃ、生きてる意味がないんだ!!、ハァ、ごめん、みんな、先に行く!!!』

「待て!」


痛む身体に鞭を打つとはまさにこの事だろう。
折れた刀を投げ捨てて、一族の当主の証である首飾りをぎゅっと握りしめた梓は、勢いよく木に登ると、枝と枝を跳ぶように渡ってMr.コンプレスを追いかけた。


「東堂!!」

「とっ、轟くん無駄だ!梓ちゃんは、止まらない!僕たちも追いかけなきゃ!」

「追いかけるって、どうやって!?」

「麗日さん!僕らを浮かして。早く!」

「!」

「そして浮いた僕らを蛙吹さんの舌で思いっきり投げて!僕を投げられるほどの力だ!すごいスピードで飛んでいける!障子くんは腕で軌道を修正しつつ僕らを牽引して!麗日さんは見えてる範囲でいいから、奴との距離を見計らって解除して!」

「成る程、人間弾か」

「待ってよデクくん。その怪我でまだ動くの…!?」

「お前は残ってろ。痛みでそれどころじゃあ…」

「痛みなんか今知らない、動けるよ…早くっ!!梓ちゃんの隣に並ぶにはこれしかないんだ!!」


そして、梓がMr.コンプレスとの距離を詰めた頃。
頭上を人間弾が通った。


『マジ、か!』


追いかけるようにスピードを上げれば、開けた場所に敵らしき複数の影とMr.コンプレスを下敷きに地面に派手に叩きつけていた。


『ひぃ、みんなカッコい…!』


が、着地して体勢が崩れている3人に手をかざす敵が見えて、梓は極限まで気配を消すと後ろから継ぎ接ぎだらけの男の後頭部に飛び蹴りをお見舞いする。


ードガァッ!


「ガッ…!?」


雷を帯びた其れは威力抜群だ。


「テメェ…」

「この子も知ってるぜ!死柄木がよく見てる子だ!誰だ!?」

『眼前を警戒して味方の背を守れ!!』

「わぁ、梓ちゃんカックイイ」

「東堂、こっち来い!!」


継ぎ接ぎだらけの男、荼毘の手から噴出された炎が梓を襲うが、間一髪で轟の氷が守り、ふらつく少女の腕を引っ張って自分の方へ引き寄せる。


「死柄木の殺せリストにあった顔だ!そこの地味ボロ君とおまえ!なかったけどな!」

「チッ!!」


守るように氷壁を張り、起死回生の一手を探る。


(爆豪と常闇もだが、敵方の発言を聞くに、東堂も攫われるかもしれねえ…!)


死柄木が梓の写真をどんなつもりで見ているのかは知らないが、執着していることは確か。
絶対に放すか、と梓と背中合わせで戦いつつも腕を掴んでいると、


「3人とも逃げるぞ!!」


障子の声が響き戦闘が止まった。


「今の行為ではっきりした…さっきお前が見せびらかした、右ポケットに入っていたこれが、常闇・爆豪だな。エンターテイナー」

「障子くん!」

「ホホウ!あの短時間でよく…!さすが六本腕!まさぐり上手め!」

「っし、でかした!!」


ぽかんとしている梓の腕を掴んだまま轟は障子達と共に逃げようと駆け出すが、目の前に大きな闇が広がった。


「ワープの…」


黒いモヤ。
見覚えがありすぎる其れに思わず足を止める間に、敵が1人また1人、とモヤに入ってワープしていく。


「合図から五分経ちました、行きますよ、荼毘」

「待て、まだ目標が、」

「ああ…アレは、どうやら走り出すほど嬉しかったみたいなんでプレゼントしよう。悪い癖だよ、マジックの基本でね。モノを見せびらかす時ってのは……」


愉快そうな声が聞こえる。
嫌な予感がして、恐る恐る後ろを向けば、Mr.コンプレスがベッと出した舌の上にビー玉サイズのなにかが二つ乗っていて。


「見せたくないものがある時だぜ?」


愕然とした。
障子が握っていたものが弾け、氷が出てくる。種明かしだ。


「氷結攻撃の際にダミーを用意し、右ポケットに入れておいた。右手に持ってたもんが右ポケットに入ってんの発見したらそりゃー嬉しくて走り出すさ」

「くっそ!!」

「そんじゃーお後がよろしいようで…」


Mr.コンプレスが背からモヤに入る。
間に合わない、全員が何もできずに一歩を踏み出せなかったその時に、横から煌めいたレーザー光線がMr.コンプレスの顔面を掠めた。


『かっちゃん!!』


咄嗟に梓たち4人は走り出す。
障子と轟が宙に投げ出された二つのカケラに手を伸ばし、
緑谷も駆けようとするが痛みで倒れ込んでしまう。


(くそ!!)


なんで体が動かない!
悔しさで目の前が涙で歪む。その横を梓が駆け抜けて、緑谷はハッとした。

彼女は障子がカケラを掴んだのを見届けると、もう一歩大きく踏み出し轟を追いかける。

が、轟の手はギリギリでカケラに届かず、
パシィッとそれを掴んだのは敵側である荼毘だった。


「哀しいなあ、轟 焦凍」

「ッ!」

「確認だ、解除しろ」

「っだよ今のレーザー。俺のショウが台無しだ」


ぱちんと鳴り、カケラが爆豪に変わる。
「問題なし」と呟く荼毘に首を掴まれた爆豪が呆然とこちらを見ている。


「…来んな」


必死に手を伸ばす轟の横を梓が通り過ぎる。


「東堂…!?」

『かっちゃん!!!』


そして、彼女は煌めく速さで小さくなるモヤの中に飛び込んだ。

一瞬だった。一瞬でいなくなった。
モヤがなくなり爆豪も、追いかけてモヤに入った梓もいなくなり、静寂が訪れ、

轟と緑谷は膝から崩れ落ちる。


「あ、ぁあああ!!!」

「ああ…!!、くそ!!東堂!!!」


2人の悲痛な悲鳴が森に響いた。


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