04ヘドロの日

時は流れ、梓は中学三年生になった。

幼馴染との関係は変わることもなく、緑谷とも爆豪とも仲良くする日々が続いていた。
爆豪とはよく喧嘩するが。

毎日の稽古も欠かさず、顔を合わせばヒーローになるなと言ってくる爆豪をへらへら笑ってごまかして。
緑谷をいじめる爆豪を見つけたら、割り込んで止めて爆豪が不機嫌になって、そんなある日だった。


「きゃああ!!!敵(ヴィラン)よー!!!」


複数の悲鳴に梓はハッと顔を上げた。

逃げ惑う人々がこちらに流れてくる。


(敵…?)


どうやらこの先で敵が暴れているらしく、あちこち爆発して建物から火の手が上がっており、梓は思わず立ち止まる。


「嬢ちゃん!なに突っ立ってんだ、逃げるぞ!」


商店街のおじさんに声をかけられ、人の流れが自分を押し流そうとする中、ドォン!とまた一際大きな爆発音が鳴った。


(敵が暴れてる)


このヒーロー飽和社会。きっとすぐにヒーローが駆けつけてくれるだろう。
まだ足手まといの自分は、邪魔にならないように逃げなきゃいけない。

色々な感情を押し殺して、人の流れに身をまかせるように、騒動と反対側を向いた時だった。


「子供が1人、敵に取り込まれてるらしい!!」

「なんでも、この爆発音はその子の個性らしいぞ、ヘドロの敵が操作してるらしい…!」

「ヒーローは!?なんで誰も手を出さないのっ?」

「子供を取り込んでるから下手に手が出せねぇんだよ!かわいそうに、ありゃあ死ぬぞ!」


子供。
個性が、爆破。
そして、


「折寺中の制服だったな」


ドンピシャな人物に心当たりがあった梓は、考えるよりも先に体が動いていた。


(かっちゃん!!!)


人の流れに逆らって必死に足を動かす。
すぐに現場は見えてきた。

そこ彼処から火の手が上がり爆発している。
ドォン!という音は幼い頃から聞き慣れた幼馴染の個性の音だ。


『どいてください…!』


野次馬を押し除けて、小さい体をぐいぐい滑らせて前に出れば、やっと全貌が見え梓は愕然とした。


『っ、かっちゃん…!』


大きなどす黒いヘドロに飲み込まれ、苦しそうにしているのは、やはり幼馴染の爆豪勝己だった。

彼の苦しそうな顔を見て、ぶわり、と怒りが湧き上がる。

無個性だと馬鹿にしてくるくせに、意外と面倒見が良く優しいところもある彼のことが、梓は大好きなのだ。
大事だから、絶対に苦しい思いをして欲しくないし、死んで欲しくない。


周りのヒーローが手が出せないでいるこの状況、さっきまでは足手纏いになるから、と冷静に考えられたのに。梓は、周りの制止を振り切って、規制線の内側に勢いよく飛び出した。


『「かっちゃん!!」』


梓が人ごみを掻き分けて前線に飛び出したのと、緑谷が別方向から飛び出したのは全く同じタイミングだった。


「馬鹿ヤロー!!とまれとまれ!!」


野次馬たちの怒声を背に、お構いなしにぐいぐい進む。


「梓、ちゃん…!?」
『いずっくん!?!?』


お互い驚きで見開いた目と目が合うが、
互いに性格を知ってるからこそ、そりゃ居合わせたら飛び出るよね、と妙に納得した。

緑谷は闇雲に前進、梓は素早い身のこなしで爆破を避けつつ転がっていた鉄パイプを掴んで、


『このッ!!』


緑谷を捕まえようとしたヘドロを横にぶった切った。


「ごめっ、すご!?」

『いずっくん足止めるな!』


(ヒーローでもない自分が飛び出したところでなにもできないのに、私何してるんだろう…!?いずっくんも何してるの、危ないのに)

頭の半分は状況に対して冷静で、
もう半分はいま目の前の敵の攻撃に対して冷静だった。


(ヘドロに捕まったら終わりだ、間合いの内側に…入らなきゃ…!)


周りにプロヒーローがたくさんいるのに、無個性の私達が出る幕じゃないのに、と思いながらも並列思考でヘドロ敵の攻撃を予測し間一髪で避ける。


「ひっ…しぇい!!」


梓のアシストで開いた隙間で、緑谷はヘドロにリュックをぶん投げる。

そこに隙ができた。


((ここだ…!))


一瞬で二人ともヘドロの懐に飛び込む。
後のことなんて何ら考えちゃいなかった。


『「かっちゃん!!!」』

「なんで!テメェらが…!!」

「足が勝手に!!何でって!わかんないけど!!」

『守んなくちゃだもん!!!』


驚愕と怒りと苦しさで声を震わせる爆豪に、なぜか知らないけど足が動いたのだと伝えようとするが、それを遮るように梓がきっぱり言うものだから、緑谷もハッとした。
そうだ、守んなくちゃって思ったんだ。

だって、


「、君が!!助けを求める顔してた!!」


緑谷の叫びが辺りに響き、震えた。
その場にいたオールマイトの心をも震わせた。


「もう少しなんだから邪魔するなぁ!!」


ヴィランのヘドロが爆豪の側にいる梓に襲いかかる。


「梓、逃げろッ」

『絶対やだ!!』


駄々をこねるような声音なのに、
大人顔負けの太刀筋で、ギリギリでヘドロをぶった切る。

一度ならず二度までも、無個性な彼女が厄介な個性持ちの攻撃を防いだ。


“てめーはムコセーなんだから、強くなったって無駄だ!”


数え切れないほど爆豪に言われてきた。
それでも幼い頃から鍛錬を怠ることはなかったのは、守りたいと思っていたからだ。
この、大事な幼馴染たち、友達を、自分が守りたいと思うものを、守る力が欲しかった。


『かっちゃん、無駄じゃなかったでしょーが!!』


こんな危機的状況で絶望的で命が危険にさらされているのに、そう言って彼女は笑った。

この状態で、笑った。





『かっちゃんは褒められていいよなー、私すんごい怒られたんだけど』


自分は昼のヘドロ事件で死にかけた。
そして隣を歩く少女もまた、命を危険に晒した。
無個性のくせに、敵の前に飛び出した。

なのに、いつもの学校帰りのようなテンションで話しかけてくるものだから爆豪は調子が狂った。


つい先ほど、怒りや悔しさを綯い交ぜにした口調で緑谷に助けてと言った覚えも助けられた覚えもない!と豪語したばかりなのに。

それに自分は「無個性の出来損ないが見下すんじゃねぇぞ」と、幼馴染二人を罵った。
が、てんで堪えていないようで梓ヘラヘラと楽しそうに笑っている。


『どうよ、私まあまあかっこよかったでしょ』


ドヤ顔にムカついてべしんと叩けば、あいた!と悲鳴があがる。


「今回のでわかっただろーが。無個性のテメェは敵にゃ勝てねぇ」

『有望個性のかっちゃんも勝ててなかった』

「クソが!!!」


触れられたくないところにズケズケ踏み込んでくるところは昔から変わっていないが、まぁまぁ新しい傷にも容赦なさすぎんだろ、と爆豪は盛大に顔を引きつらせた。


『いやぁ、にしてもオールマイトさんはやっぱ強いね。いいなー個性持ち!』

「…まだ諦めてねーのか、ヒーロー」

『諦める?なにをおっしゃる。私は一度決めたことは曲げないよ』


知ってる。
知っているが、曲げさせたいのだ。

どこのヒーロー科に行こうかなぁ〜とるんるんしている梓に爆豪が諦めにも似たため息を吐いた時。
キキーッと黒塗りの車が二人の隣に止まり、ゆっくりと窓が開いた。

顔を出した人物に爆豪は目を見開く。


「梓、随分と無様だったな」


今まで数回しか目にしたことのない、梓の父、東堂家当主、東堂ハヤテだ。


『…、』


梓の顔が曇る。悔しそうに、きゅっと拳を握っていて、爆豪は静かに顔をしかめた。

2人の会話は聞いたことがないし、梓から父親の話を聞くこともない。
ただ、底抜けに明るい彼女のことだから、きっと親子関係は良好なのだろうと特になにも心配はしていなかった。

が、今のこの状況はなんだ。
敵と果敢に戦った無個性の娘に対して、無様だと?
爆豪の眉間にシワがよる。


「おい、あんた、」

「すまないね、爆豪君。うちの出来損ないが」


にこりと笑った顔は梓に似ていて、ますますムカついてくる。


「はぁ??」

「友人二人満足に守れんとは、東堂家としての自覚が足りん。無個性は、言い訳にするなよ」


ハヤテは、爆豪に見せた笑みを消すと冷たい目で梓を叱責し、その内容に絶句した。


(無個性は言い訳にすんな…?こいつはなにを言ってやがんだ!?東堂家?知るかそんなもん)


「おい、オッサン。俺はこいつに守られるほど弱くねぇ!」


ムカつきが頂点に達し思わず割り込んだ爆豪に梓は『わ、かっちゃんいいよ、私が悪いし』と宥めるが、爆豪の苛立ちはそんなものじゃ治らない。
それどころか、私が悪いし、と言った梓にその怒りは向いた。


「テメェ調子のんな。上から目線で守るなんて言ってんじゃねぇぞ無個性が!!」

『めっちゃ怒鳴るじゃん』


いつものことながら派手に怒鳴るが、梓は困ったように笑うだけで、それにまたイライラが増して思わずガッと胸ぐらを掴む。


「ヘラヘラしてんな、クソが!無個性は無個性らしく、俺のサポートでもしてりゃ、」

「その話だが、爆豪君。少し個性のことで梓と話があるんだ。少し外してもらえるかな」

『「は?」』


胸ぐらを掴まれた状態の梓とこれでもかと目がつり上がってる爆豪はそろって素っ頓狂な声を上げた。
無個性の梓に個性の話?よくわからないが、父親が外せと言っているのであればそれに従うしかない。

胸ぐらから手を離せば少し不安そうな顔をしている幼馴染はハヤテに促されるように車の後部座席に乗り込んだ。


『…、かっちゃんごめんね、一緒に帰るところだったのに。また明日ね!気をつけて帰ってね!』


まだ話は終わってないしムカつくし少し心配だし、なんと返したらいいかわからずとりあえず仏頂面で頷くと、話は終わったとばかりに車は発進し、爆豪はぽつんとそれを見送るのだった。


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