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緑谷の新スタイル、フルカウルが綺麗に決まったはずだった。
が、少し刀がかすっていたせいで行動不能になってしまった。


『いずっくん!!』

「パワーが足りない。俺の動きを見切ったんじゃない。視界から外れ、確実に仕留められるように画策した、そう言う動きだった」

『くそ、いずっくん大丈夫!?』

「お前もだ。俺の暗殺術を真っ向勝負で連続で受け止めたのはお前が初めてだった。俺も剣の使い手だ、刀を交わらせればお前がどれくらいの手練れかわかる…おまえ達は…生かす価値がある」


こいつらとは違う。
ステインは吐き捨てるようにそう言うと、飯田のそばまで歩いていき、刀を振り上げた。


「ちくしょう!やめろ!!」

「…うぅ…!」


目の前で飯田に刀が添えられる。
友達が、クラスメートが殺される。
なのに体が動かない。梓は唇を噛み締めていた。
強くステインを睨むと、動け動けと体に念じる。

その時だった。

指先が動いた、それと同時に路地に入ってきた見慣れた姿に梓は一気に頭をフル回転させると、
飯田に添えられているステインの刃を振り払い、そのまま覆いかぶさると、自分ごと水で体を覆った。

刹那、タイミングを見計らったかのように炎がステインに打ち込まれる。


ーゴォッ


「次から次へと、今日はよく邪魔が入る…」

「緑谷、東堂、こういうのはもっと詳しく書くべきだ。遅くなっちまっただろ」


登場した轟焦凍に梓は心強い援軍がきた、と笑みを深めた。


「えっ、梓ちゃんも何か送ってたの?」

『うん、増援欲しくて加勢求むって送った。場所も送るつもりだったんだけど飯田くん死にかけてて時間なくて』

「あ、場所は僕が…!」


梓は飯田と自分を覆っていた水を解除すると、よっこらしょ、と立ち上がり、転がっていた刀を拾って轟の隣で構える。


「梓ちゃん、動けるようになったの!?」

『みたいだねぇ』

「東堂、焦らせんな。エッジショットさん達は、」

『騒ぎの中心にいる』

「轟くん、君こそなんでここに…!それに左!」

「何でって、こっちの台詞だ。数秒意味を考えたよ。東堂は加勢求むだけ、その数分後に緑谷からは位置情報だけ送ってきたから」


小さな声で、俺の動きに合わせられるかと聞かれ、頷けば彼の右足に氷が走った。


「意味なくそういうことする奴じゃねぇからな、おまえらは。ピンチだから応援呼べってことだろ」


氷が地面を走り、ステインを襲う。


「大丈夫だ、数分もすりゃ」


氷は倒れている緑谷とプロヒーローネイティブを巻き込み、空中に迫り上がると、すかさず炎で溶かした。


「プロも現着する」

「わっ」

「だっ」


氷が溶けたことで緑谷とネイティブは梓と轟の後方に転がり、堅守の陣が組めた。


「情報通りのナリだな。こいつらは殺させねえぞ、ヒーロー殺し」


とりあえず人質になってもおかしくない位置にいた2人を回収できたことで轟は一息ついていた。
現在応戦できるのは自分と、入学当初の戦闘訓練から一目置いている女の子。


『轟くん、気ぃつけてね』


そう言って刀を構える梓は、頼もしかった。
最初倒れていたのを見たときはドキッとしたが、どうやらそれは奴の個性らしく、


『たぶん、血舐められたら動けなくなる』

「轟くん、僕もそう思う!血の経口摂取で相手の自由を奪う!みんなやられた!」

『私は飯田くんと同じタイミングでやられたんだけど、1人だけ元に戻った。摂取した量なのか個人差なのか、まだわかんないけど、』

「それで刃物か。俺なら距離保ったまま、」

『危なっ』


ーキィンッ!


飛んできたナイフを避ける前に梓が弾いた。
お礼を言う間も無くステインが距離を詰める。


「いい友人を持ったじゃないか、インゲニウム」


一瞬で眼前に。咄嗟に氷で防御するが、


ーガギィンッ


めり込んだそれに刀身スピードの速さと力を思い知った。ちらりとステインが空に視線をやる。
刀が投げられていた。それは轟に向かって真っ逆さまに落ちていき、
刹那、サバイバルナイフで頬を切られそうになる。


(しまっ…)


が、ステイン越しに梓と目があった。
彼女はいつのまにか回り込んでいて、ステインの首に巻いてある布を思いっきり引っ張った。


『っらァ!!』

「小癪な」


バランスを崩したステインは今度は標的を梓に変える。目で追うのもやっとな程の高速の太刀筋。
ガギィッという、金属同士がぶつかる音があたりに響く。

刀だけじゃない。
靴の刃、隠し持っているサバイバルナイフ、全ての動きが攻撃へと連鎖する暗殺術。


『くっ…あ、っと!』


舞うように全てを避け切った梓に轟は開いた口が塞がらなかった。
強いとは思っていたが、今の攻撃を避けきるのか。
が、最後の一撃が梓の右腕を掠める。


『やっば…!』


咄嗟に雷を纏った左足でステインの横腹を思いっきり蹴り、その勢いのまま体を横にくるんと反転させ次は右足でステイン横っ面をドゴォッと蹴る。

雷を帯びたトリッキーな蹴りにステインがふらついた瞬間、自分の血のついた刀を持つ方の手を左手で掴むと一瞬で関節を極め、


『轟くん!!!』


余裕のない叫びに轟はハッとすると、ステインと梓めがけて炎を打ち込んだ。


ーゴウッ!!


炎が路地を包む。
ダンダンダンッ!と壁を連続で蹴ってそれを回避した梓は風を炎の渦に打ち込むことで自分の体を轟の方に飛ばした。


「東堂、無事か!?」

「梓ちゃん!」


くるん、と一回転して勢いよく着地した梓の左手にはステインからもぎ取ったであろう自分の血のついた刀が握られていた。


『セーフ…、また動けなくなるところだった』

「お前…なんかすげえな」

「梓ちゃんまじか!!凄すぎるよ!!」

『右腕刺されためっちゃ痛い』


初めて彼女のガチの戦闘を見た。
本物の殺気に対する、東堂一族の戦い方。
幼い頃からの訓練の賜物。

ステインの刀を水でジャーっと洗って捨て、あいたたた、と右腕を抑えている。
可愛らしい見た目からは想像できない戦闘慣れしたクラスメート。
その目が休むことなく鋭く前を向き、


『くるよ、轟くん!』


咄嗟に轟は大氷壁でバリアを張った。


「何故…2人とも、何故だ…やめてくれよ…兄さんの名を継いだんだ、僕がやらなきゃ、そいつは僕が…」

「継いだのか、おかしいな」


重い、引きずるような声。
飯田の憎しみと悔しさを押し殺した声と相反して轟は淡々としていた。


「俺が見たことあるインゲニウムはそんな顔じゃなかったけどな」

『…うーん、飯田くん家もなんか色々あるんだねぇ。私も、この人も、色々あるよ』


この人ってなんだ、と言いつつも、たしかにお互い色々あったなぁ、まさかこんな所ではじめての共同戦線を張ることになろうとは。
自然と、轟は左肩、梓は右肩を合わせるように斜めに立った。


ーガガガッ!!


大氷壁が切り裂かれる。


「己より素早い相手に対し自ら視界を遮る。愚策だ…」


その光景は一度見たことがあった。最初の戦闘訓練で梓にくらった。
だったら、


(対処法も、知ってんだろ…東堂!!)


ちらりと見た横顔は好戦的に笑っていた。
血が流れている右腕でぐっと刀を握った瞬間、その腕に風が巻き起こり水が発生し雷がバチバチと纏い、それが一気に刀に圧縮され、
ステインから投げられたナイフごと、真横に対し叩っ斬った。


ーズガァンッ!!


まるで小さな水上竜巻。一気に圧から放たれ剣撃の衝撃を加えられたそれは必殺技と呼ぶに相応しいものだった。
が、しかし、砕けた氷がチリになるほどのそれを、ステインは避けた。


「そう何度も食らわん」

((上か…!!))

「お前も良い…」


刀を下に向け、突き刺さんと向かってくるステインだったが、動けなかったはずの緑谷が空中に現れ、ステインを壁に押し付けたまま引きずった。


ーガガガッ!!


「緑谷!!」

『いずっくん!!』

「なんか普通に動けるようになった!」

『え、じゃあ摂取量で時間が決まるわけじゃない!私といずっくんの舐められた量そんなに変わんなかった!』

「別の条件か!?」

「とりあえずー…」

『「下がれ、緑谷(いずっくん)!!」』


ステインに抵抗されバランスを崩し地面に転がった緑谷を守るように氷と雷がステインを襲う。


「ひえっ!…ゲホゲホッ」

「東堂と緑谷は比較的短めで解けたっつーことは、」

「僕と、梓ちゃんの共通点が鍵だ。…な、なんだろ」

『素直なところ』

「ぷっ」

「梓ちゃん真面目に考えて!轟くんも吹き出さないで!」


真面目な顔で素直なところなんていうものだから笑ってしまいそうになりながらつっこめば(轟は笑っていた)、でも他にあるっけ?と梓は首を傾げた。


「うーん…」


自分と梓を見比べてみるが、共通点なんて見当たらない。
というか、


「花が咲いたように笑ってとても可愛くて優しくて強くて、僕のヒーローな梓ちゃんが僕みたいな根暗と共通点があるわけ、」

『いずっくんまたブツブツ始まってる』

「そういやお前ら何型なんだ」

『「O型、あ!」』


血液型だぁ!!
と嬉しそうな声を上げた梓にぽかん、と話を聞いていたネイティブと飯田がBとAだと告げる。


「血液型、正解だ」

『わかった所でどうにもなんないけどね!』


けろりと言った彼女に相変わらずさっぱりしてるなー緑谷は苦笑した。


「さっさと2人を担いで退散してえとこだが…氷も炎も雷も避けるほどの反応速度だ。そんな隙見せらんねえ。プロが来るまで近接を避けつつ粘るのが最善だと思う」

『そうだね、まぁ、あいつ距離詰めてくるから近接避けらんないけど』

「梓ちゃんは血を流しすぎてる。僕が奴を引きつけるから梓ちゃんは轟くんと一緒に後方支援を!」

『いーや、止血はしたし、1人じゃ瞬殺されるよ。いずっくんのフォローをしつつ、私も前に出る』

「相当危ねえ橋だが…たしかにこの中であいつの攻撃見切ってんのは東堂だ。いけるか?」

『もちろん、でも、2人も気づいてると思うけど、あいつまだ本気じゃないよ』


梓の目は、鋭くステインを射抜いていた。
瞬きすらしない。
本気じゃないステインの攻撃ならギリギリ対応できる、が、これ以上早くなったらどうなるか。
梓は後ろ向きになりかけた思考を一掃すると、


『2人とも、一緒に守って』

「!…ああ、3人で、守るぞ」

「3対1か…甘くはないな」


ステインが戦闘態勢に入る。
梓と緑谷は対抗するように勢いよく地面を蹴った。


ーゴウッ!!


炎と氷の合間を縫うように2人が飛び出す。
が、ステインの動きがさっきまでの比ではなく速くなっていた。

金属がぶつかる音、刃物が風を斬り、炎と氷、そして嵐が路地に巻き起こる。
命がけの戦場、地面に転がりながら飯田は怒りとも悲しみともつかない激情に唇を噛んでいた。


「止めてくれ…、もう……僕は、」


泣きそうな声が轟にだけ届く。
彼の前には命を危険に晒しながら守るために戦うクラスメートが2人いて、必死で2人のフォローをしながら叫んだ。


「やめて欲しけりゃ立て!!!」


彼にしては乱暴に感情をぶつけるような大きな叫びだった。
彼は、少し前の自分を飯田と重ねていた。
緑谷に救われたから轟だからこそ言える一言。

緑谷の血が舐められステインの個性が発動する。


「ごめんっ、梓ちゃん…!」


ードガッ!


咄嗟に梓はステインの頭に全体重をかけたかかと落としを食らわし、強引に倒れている緑谷を脇に寄せるとステインを後ろに追いやるように自分を中心に爆発的な竜巻を発生させた。


ーゴォォオッ!


『うぅ〜…!くっ、!』


が、その竜巻を壁を蹴って跳躍し避けると、梓を突破し轟の眼前に現れ、


『ごめ、轟くん…っ!』

「なりてえもん、ちゃんと見ろ!!!」


想いをぶつける彼の叫びが路地に響いた。


_42/261
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