職場体験、当日。
「コスチューム持ったな。本来なら公共の場じゃ着用厳禁の身だ。落としたりするなよ」
「はーい!」
「伸ばすな「はい」だ、芦戸。くれぐれも失礼のないように。じゃあ行け」
「楽しみだなぁ!」
「お前九州か、逆だ。あ、東堂、お前は?」
「東京ぉー」
切島にそう答えると、梓はサッと視線で飯田を探す。が、同じ仕草をしている人物が隣にいて、思わずぱちりと目が合う。
『「…。」』
体育祭ではお互い色々ありました。
思わずへらりと笑えば、轟も少しだけ笑みを浮かべる。
『轟くんも気になる?』
「まぁ、な」
『私も…。追い詰められて視野が狭くなるのは、経験したことがあるから』
「…俺も、恨みつらみで動く人間の顔ならよく知ってる」
『心配だねぇ…』
「ああ」
階段を上がる飯田の背を見送り、梓は轟と一緒にホームを目指した。
ー
「よく来たな、“忍者ヒーロー”エッジショットだ」
紺と赤を基調とし、口元は覆面と赤いマフラーで隠しているコスチュームはまるで忍者だ。
『はじめまして、雄英高校1年A組、東堂梓です。数日間ですが、よろしくお願いします!』
「こちらこそ。ヒーロー名は?」
『リンドウです』
「リンドウ…君の家の家紋か。一度ハヤテ殿に由来を聞いたことがある」
あの家の生き様を表すいいヒーロー名だな。
そういって目を緩めたエッジショットに梓はぴくっと反応した。
(お父さんのこと、知ってる)
「あぁ、君のお父上とは国の要人の護衛で何度かご一緒したことがあるよ。無個性ながらに敵と渡り合うあの戦闘能力と守護精神は目を見張るものがあった」
『そう、なんですか』
「ハヤテ殿はよく君の事を話していたよ。出来損ないの娘だと笑って言ってはいたが、とんでもない。体育祭で君の動きを見たときに、ハヤテ殿の子だとすぐ確信した」
『…。』
「素晴らしい戦いだった。思わず指名を入れてしまったが、まさか来るとは思わなんだ」
そう言って肩をすくめたエッジショットに梓は首を振った。
『あの…っ、エッジショットさんから、忍者としての立ち回りを学びたくて!職場体験で少しでも吸収できればと思って』
「ほう、そうか。ならば、充実した職場体験になるだろうな」
『はい!学ばさせていただきます』
エッジショットは微笑ましげに目を緩めると、
ではパトロールに赴こう、と早速仕事が始まった。
ー
街をパトロールすれば、色んなところから声をかけられ疲弊した。
エッジショットは慣れているらしく平然としている。
気づけばもう夜だ。
『ひぃ…』
「リンドウ、ご苦労様」
『あ、エッジショットさんもお疲れ様です…。あの、歩くのも早いし、足音全然聞こえないし、気配も薄い。ほんとに忍者みたいですね』
話しかけられて対応しているうちに随分先に行ってしまってるのだ。普通だったら足音や気配で離れていることがわかるはずなのにそれがわからない。
一日中歩き方を真似したせいでいつも使わない筋肉が疲労している気がする。
「気を使うだろう?」
『はい、とても』
「速さによって足のおろし方が違うからな」
『あぁ、だからちょこちょこ変わってたんですね』
腑に落ちたように反復練習を始めた梓にエッジショットは苦笑した。
「日頃使わない筋肉を使うから、明日に障る。今日はもう上がっていいぞ」
『あっはい』
「近くのビジネスホテルを用意した。明日は朝9時においで」
『はい!ありがとうございました!』
制服に着替えた後、1日目を終えた。
ー
次の日。
「どうした」
『昨日、ちょっと自主練に夢中になってしまって』
朝から眠そうにしている梓にエッジショットは目を緩めた。
ダメだろう、といいつつも目は笑っている。
「今日は午後からパトロール、午前は、」
『?』
「リンドウ、お前の相手をしよう」
パァっと顔を明るくさせた梓に、歩き方の指導じゃないぞ、とエッジショットは訓練室に案内した。
『え?歩き方じゃなければ、なにを?』
「リンドウ、お前の個性を鍛えようか」
エッジショットの提案にぽかんと口を開けた。
「体育祭を見て思ったが、あまり個性を使いこなせていないようだな。風水雷を同時に起こせる嵐の個性だったか。詳細を教えてくれ」
『あっはい、風は自分の周り半径1メートルは操れます。前よりも範囲は広がりました。水は、自分で放出できるんですけど、すぐ脱水症状になります。ただ、触れてる水は操作できます。雷は、体内で生成したものを出力できます。最大出力は前より少し上がりました』
「成る程。水上や水の近く、雨天だったら嵐の個性の本領発揮ができるわけか。同時発生と単独発生はどちらが得意なんだ?」
『勿論同時発生です。ただ、嵐の個性って攻撃以外には使いにくくて周りを巻き込みかねないので、単独発生できるように訓練してます』
「風で仲間を守りたくても雷を帯びていたら使い物にならんからな。見たところ、雷が一番使いやすそうだな」
『そう、ですね。うん』
「東堂家が特に剣術に優れていたことは知っている。個性との組み合わせは?」
『雷を纏わせて破壊力を上げるのは得意です!風を纏わせることもできますが、出力を上げると雷や水が混じっちゃって、刀を中心に渦を巻いてしまうので、使いにくくて』
「ほう…それを斬撃で飛ばすことは可能か?」
『え?』
「え?」
新しい発想に思わず素っ頓狂な声を上げれば、
何故そんなに驚かれているのかわからないエッジショットもそろって素っ頓狂な声を上げている。
九条も水島も自分も、誰も思いつかない発想だった。
個性に執着がないからこそ、思いつかなかったのだろう。
もしもこの刀に纏う小さな嵐を斬撃として飛ばせれば、中近距離だけでなく、遠距離攻撃もできるのではないか。
もう少し、強くなれるのでは。
(ワクワクしてきた…!早速試したい)
刀を抜き、ブワッと風を起こし、刀に纏わせる。
水が混じり、稲光が起こり始める。
それをギリギリまで刀身に沿わせると、
「あの壁に向かって撃て」
エッジショットの指差す鉄筋コンクリート打ちっ放しの壁向かって、ゆっくりと刀を頭上に上げ、一気に振り下ろす。
ーズバァンッ
斬撃は勢いよく壁にぶつかり、縦一直線の傷を入れた。少しではあるが、鉄筋コンクリートが削れたのだ。
「ふむ、まだまだ繊細さが必要だな。もっと薄く、精密に、繊細に、」
『はい…、すぐにでも修正します』
梓の目は燃えていた。
この新しい技を、絶対にモノにして見せる、と。
ぎらぎらと燃える目に、ハヤテの面影を感じる。
エッジショットは肩の力を抜くように背中をポンっと叩くと、後もう一つ聞きたいことがある。と梓のこと視線を自分に向けさせた。
『聞きたいこと?なんです?』
「風を使って体を浮かすことは出来ないのか?」
半径1メートルを操作できるのであれば、
技術とコントロールはいるだろうが、勢いよく循環させれば浮かせられないだろうか。空を飛べるとなればまたやれる事は増える。
が、梓は残念そうに首を横に振ると
『動きに風を合わせて緩急をつける事はできるんですけど、』
「リンドウ、お前は何かを媒体に個性を使うことが得意のようだ。何かを使って浮かせる事は?」
『あ!箒とかですか!?』
箒?はて?
と考えてすぐに彼女が魔法使いの箒を連想していることがわかった。
東堂家当主やらなんやらいろいろ言われているが、やはり中身は女子高生らしいというべきか。
期待に応えるべく、事務所にある竹箒を手渡せば、目が輝いた。
が、跨ってみるも上手くいかず、
「これについては、サポート科に要相談だな。パワーローダー先生ならいい案だしてくれるのではないか」
『うー…もうちょっと挑戦してみます』
「午後からはパトロールだ、支障をきたさんようにな」
向上心の塊のような少女に、
隣に並んで戦う日も遠くないだろうとエッジショットは身を引き締めるのだった。
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