「わぁ」
まさか2人ともいるなんて。
梓は朝から玄関前を見て驚きの声を上げた。
昨日試しに3人で行こうと声をかけてみたものの、2人が険悪なのは知っているのでまさか揃って家の前で待っているなんて思わなかったのだ。
『かっちゃん!いずっくん!おはよう!』
嬉しくなって、パァっと花が開いたように笑えば、爆豪の眉間のシワが和らぎ、怯えていた緑谷が釣られて笑った。
久しぶりに並んで駅を目指す。
とはいっても、梓と緑谷が並び、数メートル先を爆豪が歩くという一緒に登校しているのかよくわからない状態ではあるが。
『いずっくん、指名何件来てた?』
「一件だけだよ」
『エッ、いずっくんが!?あんなに活躍したのに!?』
「うーん、こればっかりは僕の力ではどうにも」
『プロったら見る目ないねぇ。その一件はどこのヒーローから?』
「それが、僕もよくわからないんだけど、グラントリノっていうオールマイトの先生だった人らしいよ」
『えっ、オールマイトってそんなに若くないよね?その先生ってすんごくおじいちゃんなんじゃ…』
「うん、僕もそれが不安」
「チンタラ歩いてんじゃねェ無個性どもが!!」
わぁ、悪口だ。
となんてことないような顔で爆豪に駆け寄る梓に、相変わらず動じないなぁと緑谷は苦笑した。
『かっちゃん!かっちゃんはどこいくのー?』
「カッチャンカッチャンうるせえ!」
『教えてよー!やっぱり強いところ?』
「…ジーニアス」
『えーっ!ベストジーニストのところ!?かっちゃんチャレンジャーだね!というか指名来てたんか!すごい!』
「なにがチャレンジャーなんだよ!」
『えーだって、ベストジーニストって素行悪かったら怒られそう』
「俺は別に悪かねえよ!つーかお前はどうなんだ」
『私よくわかんなくてさぁ、学びたいことはあるけど、どのヒーローが一番学びたいことと合致してるのかがわかんない』
「学びたいこと?なんだよ」
『隠密』
「「隠密ゥ!?」」
いつものことだが、突拍子も無いことを言う梓に珍しく緑谷と爆豪の声が揃った。
職場体験で隠密を学びたいなんて意味がわかるようでわからないことを言うものだから思わず言葉を失うが、彼女は至って真面目のようで。
『ほんとはね、個性のコントロールが学びたいよ。でもそれは、学校でもできるし。だから、職場体験でしか体験できないような、雄英の先生には居なさそうなタイプのヒーローのところに行きたい!』
「「…。」」
『それにね、私、自分の気配を消すのが苦手で、隠密とか下手なんだ。だからそれを学びたい!』
力説する幼馴染の目は爛々と輝いていて、緑谷はぽかんとした後にくすくすと笑い始めると、
「僕でよければ、一緒に考えるよ」
『ほんと!?これ!はい!』
「た、たくさんあるね…」
この中でヒーローについて一番詳しいのは彼だ。
梓に信頼しきった顔で紙を渡された緑谷は気合を入れた。
満員に近い電車の中で、日課であるヒーローニュースのチェックを後回しにし、ペラペラとめくる。
窓側に梓を立たせ、爆豪と緑谷で壁になった状態だ。
やはり視線と声かけは多いが、2人で警戒していることもあり盗撮はなかった。
緑谷の隣に立っても爆豪がイライラを爆発させないのは、梓と雑談しているのも理由の一つだろう。
『かっちゃん、昨日より人少ないね。なんでかな?』
「昨日は雨だったからじゃね?」
『あ、なるほど。かっちゃん、ベストジーニストの事務所って、みんなジーンズ履かないといけないと言う噂を聞いたことがあるけど』
「はァ?冗談だろ」
「ね!あそこ、雄英体育祭の準決勝で戦ってた子達じゃない?」
「本当だ。そういやプレゼントマイクが幼なじみだって実況で言ってたね。喧嘩してるっぽかったけど、なんだ、仲いいんじゃん」
「可愛いねぇ、付き合ってるのかな?」
「違うんじゃない?その隣にいるのも雄英の子でしょ?3人で登校してるみたいだし」
(そうだよ違うよ僕もいるよ!?)
存在を消されてもらっては困るし、爆豪と梓が付き合ってることにされるのも困る。
緑谷はパッと梓の方を振り向くと、
「梓ちゃん、エッジショットのところとかはどう?忍者のようなヒーローだよ」
意識をこちらに向けるべく、提案したそれが大当たりだった。パァっと表情を明るくさせると、エッジショットなら私も知ってる!確かにいいかも…!と食いついた。
「デクてめェ…」
「うっ、ごめん」
『いずっくんありがとう!これで相澤先生に提出できるよ』
「どういたしまして!」
睨む爆豪から逃げるように梓の腕を掴むと、学校の最寄駅に降りるのだった。
結局なんだかんだ言いながら一緒に登校してきた3人にクラスメート達は騒然とした。
(あいつらマジで3人で来た!すげぇ、東堂がすげぇ!)
(梓ちゃん猛獣使いやん)
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