212邂逅
それからも、2人はすり減らすような日々を送っていた。飲食もそこそこに飛び回る日々。
少しずつ、少しずつ鋭く感覚が研ぎ澄まされていき、それと比例して心の余裕はだんだん無くなり、笑みを浮かべる回数も雑談も減った。

雨の夜。


『っ、』


暗闇に慣れた目で何かを見つけた梓が、ずっと片時も離れなかった緑谷の隣をパッと離れた。


「梓ちゃん?」


彼女の後を追うと、泣きながら身構える大柄な女性が武器を向けられているのが見えて、ハッとする。


『やめろ!』


刀は出さずに、武器から出力された水攻撃を足でパァンっと弾く。
緑谷はそれを見届けると女性に武器を向けていた男の前に立ちはだかった。


「落ち、着いてください!こんな雨の夜、過敏になるのもわかりますが、この人に敵意はありません」

「…!」

『怖さで敵味方の分別もつかないなら、学校(避難所)に行きなよ』


言葉を選ぶ緑谷に対して、吐き捨てる梓の言葉は冷たくて、思わず男たちはグッと押し黙ると「よ…夜中にそんなナリで出歩くからだ!」と逃げ出した。


『……怖くて人に武器向けるくらいなら、逃げればいいのに』


男達が去っていった背中を厳しい目で見送る梓に、助けられた女性はへにょりと眉を下げたまま、「ごめんなさい、ありがとう」と呟く。


「避難が遅れたの…」

「『…』」

「この街は、最初そんなに変化なくて…だから家に篭っていればその内落ち着くと思って…。でも…あちこちで被害が出るようになって…怖くて…、ヒーロー学校に行かなきゃって飛び出しちゃって…。ごめんなさい、本当に。急に恐ろしくなって…!」


大きな身体を震わせるし彼女に梓はかける言葉がなく黙ったが、緑谷はふわりと浮くと彼女に傘を傾けた。


「きっと…みんなも怖いんだと思います…」

「…元に…戻るのかしら」

「戻します」

「…え」

「すみません、もう行かなきゃ…。梓ちゃん、」

『ん。きたよ』


話終わり振り返った緑谷に梓はオールマイトの車が来たことを視線で知らせる。
雨の中、車は水飛沫をあげてキッと停まると、


「大丈夫かい」

「オールマイト、彼女を避難所にお願いします。僕は一緒にいられない」

「待て!これ持ってきな!トンカツ入ってるから元気出るぞ!」

「ありがとうございます!」

「痛みやすいから早めにな」


オールマイトから2人分の弁当を受け取りながらにこりと笑う緑谷。梓も少し頬を緩めた。





トンカツ弁当を2人で食べ、
緑谷が歴代継承者と脳内で話す独り言をぼーっと聞き、私は継承者の記憶とかないなぁ、と梓はのんびり考えながら雨空を見た。


「……はい!!」

『っ、びっくりした。いい返事だね』

「あ、ごめんね。ここからは加速してくって言われたから」

『いいなぁ、継承者と話せるの』

「いいかな?でも、直接個性のアドバイスをもらえるのはありがたいよね。そういえば、梓ちゃんと同じこと言ってる人いたよ」

『?』

「時代が逆行してるって」

『…超常黎明期みたいだもんね。文献どおりだ』

「不安定な時代に、いつも、あの花の家紋は現れるって、言ってた」

『ウチの事知ってる人がいるのか』


弁当を仕舞いながらそう呟いた梓は『じゃあ、先人達の言うとおり、少しギア上げていかないとだね』と固い表情の緑谷を安心させるように笑った。


「そうだね」

『いずっくん、サポートアイテム使う敵ってどう倒してる?なんか威力が半端ないのない?』

「あー。デトラネット社のサポートアイテムが度を超えた過剰性能で、使用者の身体に負担がかかってるように思うんだよね」

『あっそうなんだ。じゃあ私が初手で気絶させた方がいいね』

「うん、そういう相手にはスピード勝負でいこう」


食べ終わった弁当を緑谷が仕舞うのを確認すると、2人は再度、街に飛び出していった。

すり減る日々の中、緑谷と梓は今か今かと待ち望んでいた。
奴に、オール・フォー・ワンに繋がる敵が現れるのを。


(どうか、いずっくんの存在に人々が気づき始める前に。動きにくくなる前に接触しに来てくれますように)


ブルル、とホークスに貰った秘匿回線デバイスが震える。
いつも使っている携帯は出発時に破壊した。
自分が今、連絡をとっているのはエッジショットとホークスの2人だけ。ちらりと画面を見て、う、と呻く。


(…いずっくんの情報が、少しずつ漏れ出してる)


後手後手な状況に焦ってしまう。


(ここからは、ますます私が、しっかりしないと。私がいずっくんの影武者になるって決めたんだから)


少しずつ闇が梓の心を侵食していることに、彼女自身も気づいていなかった。




そして、その瞬間は訪れた。

酷い雨の日だった。


オールマイトに連絡を取る、と言って取り出した緑谷の秘匿回線デバイスが何者かによって撃ち抜かれ、ズガンッ!と対面の建物の壁に突き刺さった。


「『!!』」

《緑色の…少年…、おまえをつれていく》


((きた!!))


つれていく。偶然居合わせただけではない、緑谷狙いだ。やっときた。
奴に繋がるダツゴクが。


《大人しく従えば、手足は残してやる》


銃弾から聞こえる声を聴きながら、梓は高揚感と共に、緊張も感じていた。
感覚が研ぎ澄まされ、飛び道具にも苦手意識を持ったことがない自分が、緑谷のデバイスが撃ち抜かれるまで敵の存在に気づけなかった。

雨とはいえ、これだけ警戒している自分の意識の外から撃ってくるなんて。

まだ見ぬ敵に対する畏怖を感じつつも、
その敵に検討がつく。


『ナガンだ』

「…、うん、元公安直属ヒーロー、レディ・ナガン」


出発前、会ったら逃げるようにホークスに言われてたその人物。
確かにとんでもないスナイパーだ。私はどうやったら対抗できるだろうか、と梓は頭で考えながらも身体は動いていた。

緑谷を掴み、建物の影に一瞬で引き摺り込む。


「梓ちゃ、!」

『ホークスさんは逃げろと言ったけど、無理だ。最初の一撃で察した、“2人”は逃げられない!』

「でも!」


2人は逃げられないのはわかるけど、梓を置いていくことはできないし、オールマイトたち後続隊とナガンが鉢合わせてしまうかもしれないし、
ぐるぐるする緑谷の思考をぶった斬りようにダークブルーとピンクの弾丸が飛んでくる。

それは曲射というにはあまりにも曲がりすぎていて、梓は一瞬で嵐を高出力すると、
弾丸を刀でガギィィン!!と受け止めた。


「受け止め…!?」

『クソッ斬れない、弾けない!!!』


いつもなら弾丸程度嵐を纏わせた刀で真っ二つなのに、弾丸の威力で体が後ろに飛ぶ。
後ろに下げていた緑谷ごと弾丸の威力で吹き飛ぶ最中、2発目が放たれた。


ードッ!!


緑谷の危機察知が反応するのと、研ぎ澄まされた梓の戦闘勘が2発目を意識するのは、同時だった。

1発目を堪えている梓の代わりに緑谷がギリギリで2発目の軌道から身を逸らす。


ーガッ!!


『ごめん!』

「大丈夫ッ、避けた!!」

『私も、、もうすぐ、!!!』


ギィンッ!!
時間が経ち威力が落ちたところで梓が刀で弾丸を弾く。2人でどうにか2発を防いだところで、緑谷と梓は同じ方向に目を凝らした。


「場所がわかった!!」

『遠ッ、あんなところから撃ってきたの!?1キロあるよ!?』

「レディ・ナガンの射程は3キロだよ!」

『そうなの!?じゃあ、!』


凌ぐより詰めよう!!
緑谷が梓に考えを伝える前に梓は動き出していた。

ナガンに高速移動は出来ない。
場所が把握できた以上、3キロの射程外に行くより、1キロ詰めてしまった方がよい。


『斜線を切るには蛇行し這い寄るしかない!二手に分かれた方が斜線は分散できるけど、奴はいずっくんだけを狙うだろうから…!』

「うん!!」


フルカウルと嵐の超スピードで一気にナガンとの距離を詰める。
が、

緑谷の危機察知と梓の感覚が同時に後ろに反応し、状況を理解するよりも先に梓は緑谷をドン、と押し退け彼女の肩を弾丸が掠めた。


『ッ!』

「梓ちゃん!!」


悲鳴を上げる緑谷をよそに、梓はなぜ後ろから、と考えをフル回転させる。


(サポートアイテム、?仲間!?なんでこの角度から!?高速移動はできないはずじゃ、)


その思考に答えをくれたのは緑谷だった。


「梓ちゃん…多分、“与えられてる”…!」


ああ、自分たちが相手にしているのはオール・フォー・ワンの死角だ。
当然与えられている。

頭をガン、と殴られたような気持ちになりながら、梓は作戦撤回だ、と苦虫を噛み潰したような顔をした。


「どうする、距離詰められたら、危機察知でも対応しきれない」

『…、私が囮になる』

「だから、ダメだって!僕の盾になることは考えないで!」

『いや、囮になるしかない。ただ、普通に真正面からナガンに向かったって私は撃ち落とされるだけだ。いずっくん、私がナガンの気を逸らすから、何かいい案ない?』


そう呟いた彼女の目は据わっていた。
覚悟し切った目だ。

そして、緑谷も、彼女の言わんとしていることは理解していた。

レディ・ナガンは、オール・フォー・ワンに繋がる手がかりだ。
向こうがこちらを生け捕りにしたいのと同じように、自分たちだってナガンから奴へ近づきたい。

確かに相手が手強すぎるけれども。
弱い相手を待つ時間など、もうこの世界にはないのだ。

いますべきことは、
レディ・ナガンを倒し、捕えること。
そしてそれに必要なのは一瞬の隙。

その隙を、梓が作ると言っている。
しかし、今物陰を飛び出していったところできっと梓はナガンの狙撃の何発目かに致命傷を喰らってしまうだろう。

だから、何かいい案がないか、と緑谷に助言を求めているのだ。
緑谷は頭をフル回転させた。
この状況で、目の前の幼馴染の生存率を上げるために。

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