『いたた…なぁに、これ?』
心操は己の目を疑った。目の前には齢5歳くらいの少女がいる。
何が起こったかわからず、心操はパニック気味に先ほどの出来事を振り返った。
先ほど、自分と梓が稽古場に行くため、二人並んで廊下を歩いていたら、階段の上から悲鳴が聞こえた。
ハッと見れば階段から落ちてくる生徒がいて、梓が受け止めた時、何故か光が走ってその光がやんだ頃に梓がいた所に彼女とそっくりな5歳位の幼女がいたのだ。
「ご、ごめんなさい!!焦って、個性が暴発しちゃって!うわよりによってヒーロー科の東堂さん…!」
慌てる生徒の言葉で心操はやっぱりこの幼女が梓か!と顔を引きつらせる。
ぶかぶかになってしまった制服の所為で色々と際どい状況で、心操は少し顔を赤くしつつもぶかぶかの制服ごと梓を抱き上げた。
『だあれ?』
「…エッ、心身も後退かよ。チョット、これどういう状況」
梓を抱える心操にギロリと睨まれ、暴発させてしまった生徒はバツの悪そうな顔で俯く。
「し、心操くん…ごめん」
「俺じゃなくて梓のこと、聞いてんだけど。戻るんだよね、これ?どういうギミック?」
「触れた人を数分間10年後退させるんだけど…パニックで暴発させちゃったから、多分1時間くらい…」
「1時間で元に戻んの?後遺症は?」
「後遺症は、ない」
「ならいい。じゃあ俺行くから」
『ねえってば。だあれ?』
ぐいっとネクタイを引っ張られ、大きな目が興味津々でこちらを見ており(なんだこいつクソ可愛いな)と思いつつ「心操人使。アンタの眷属」と伝えれば、
『けんぞく?お兄ちゃんが?へんなの!わたし、まだひよっこだからけんぞくいないよっ』
「そう?あと10年経てばわかるよ」
弾けるような笑みは幼い頃から変わっていない。
心操は大事そうに梓を抱えると相澤を頼って職員室まで急ぐ。
『ふうん、ねえお兄ちゃん、ここどこ?』
「学校」
『おうちじゃないの?お稽古しなきゃ怒られちゃう』
「しなくていい」
薄々知ってはいたがこの時期からイかれてんのか。と若干九条の顔が頭をチラつきムカつきつつ職員室からのそっと出てきた相澤に駆け寄った。
「先生!!」
「ん。……ん?」
「この子、梓です。普通科の生徒が階段から落ちた時に個性が暴発して、助けたこいつが巻き込まれちまった。心身共に5歳児まで後退してて、暴発したせいで1時間くらいはこのままだそうです」
「………事情はわかったが、服をどうにかしないとな」
相澤はしばらく梓をガン見すると「八百万に掛け合おう」と梓を受け取ろうとするが、
『だあれ?真っ黒だ』
「…お前の先生だ」
『せんせ?ようちえんに真っ黒のせんせーいないのに』
「………。」
子供の相手は苦手である。
どう反応していいかわからず固まっていれば、大きな目がこちらを見、緩く口元が弧を描く。
『せんせ!』
こちらに手を伸ばし笑う梓がいつもの笑顔と全く変わっていなくて、相澤は緊張を解いた。
心操から梓を受け取り、際どくなっている部分を隠すようにぎゅっと抱え上げる。
心配そうにこちらを見る心操に対し「あとは任せろ」
と伝えるが、彼は動かなくて、
「どうした、もう行っていいぞ」
「…5歳の梓に会うことなんてないんで、」
「ああ…」
個性が暴発し被害を被ったのは可哀想だが、確かに気持ちはわからないでもない。
高校1年生の彼女は過激派ファンクラブやファンサイトができる程の美少女だったこともあり、5歳の彼女もとても可愛らしい。
あまり感情の出にくい心操の目が梓に釘付けである。
相澤は、心操が梓が幼女になった場面に居合わせて不幸中の幸いだなと感じていた。
もし別の場面で周りに過激派と呼ばれるファンがいたら何されたかたまったもんじゃない。
「心操、」
名を呼んでも顔を向けず梓をガン見する心操に相澤は呆れたようにため息をつくと、
「東堂、未来の眷属が稽古をサボってるぞ」
『んっ?わたしのこと?』
「そう。ほら、未来の眷属が稽古サボっててもいいのか?」
『えー!だめだよ、だって守るためにはつよくないと!それに、う゛ぃらんに殺されてほしくないから、つよくなって』
「だそうだ、心操」
「ぐっ…相澤先生、ズルイですよ」
わかったらさっさといけ、とシッシッと手を払う相澤に、自分が梓と一緒にいたいだけなんじゃないかと悪態をつきながら心操は重い足取りで稽古場に向かうのだった。
ー
八百万の作った可愛らしいワンピースを着た梓は大騒ぎするクラスメート達に囲まれて固まっていた。
「マジか!幼女!クソ可愛い!梓ちゃん、俺のことわかる!?」
『だれ』
「ばか上鳴!心身も後退してるからわかんないって先生言ってたじゃん!」
耳郎に押しのけられひっくり返った上鳴に峰田が「将来有望。東堂は度がつくほど純粋だからな、この時期から色々覚えさせれば」とぶつぶつ話したところで聞こえていたらしい尾白と葉隠が峰田を部屋の隅にぶん投げる。
「峰田くんサイテー!」
「考えていいことと悪いことがあるだろ」
「東堂、こっち見てくれ。俺のことわかるか?」
『だれだ』
「轟、詰め寄るなって!」
ぐいぐい詰め寄る轟を砂藤が抑えるが彼は止まらず「俺は轟焦凍、東堂の10年後の相棒だ」と謎の自己紹介を始めるが、梓に『だれだ』ともう一度言われ周りは思わず吹き出す。
「「ぶふっ」」
「それにしても、みんな一気に群がりすぎよ。梓ちゃんもびっくりしてるわ」
「そうですわ!こういう時こそ、幼馴染である2人を…」
さっと周りを探す八百万に瀬呂が頭を抱え「あ、爆豪さっきどっか行ったぜ。緑谷は?」と飯田を見るが
彼も緑谷を探しているようで、梓と視線を合わせるように屈んで頬をプニプニしていた切島が仕方ない、と立ち上がる。
「多分部屋にいたと思うから、俺呼んでくるわ」
切島が緑谷の部屋に向かおうとしたところで、タイミングを見計らったように張本人が共同スペースに入ってくる。
「わ、皆一箇所に集まって…どうしたの?」
『!』
緑谷の声に反応するように梓が勢いよく振り返った。もし耳があれば、ぴーん!と立っているのだろう。
緑谷もクラスメート達の中心にいる梓に気づき、
「えぇぇええええ!?!?梓ちゃん!?!?」
「お。すぐ気づいた、流石」
『いずっくんだー!!!』
たたたっと駆け寄り勢いよくぴょーん!と抱きついた梓を慌てて受け止めながら緑谷は目を白黒させる。
「え、梓ちゃん!?子供の頃の!?なんで!?」
『あれ、いずっくんなんか大きいね』
「梓ちゃんが小さいの!!」
「普通科の個性暴発に巻き込まれて1時間はこのままなんだと。さっき相澤先生が来て八百万に服作ってもらったら、しばらく様子みとけって預けられてさァ」
「き、きき切島くん、かっちゃんはこのことは」
「すげェ動揺してるな!爆豪はたまたまどっかいっててさ」
『いずっくんなんでそんなに大きいの?わたしとおんなじくらいなはずなのにっ』
「え!?えーーー、と。うーん、色々あって」
『そっか!』
え、納得したの?と思わず耳郎は吹き出すも梓はさほど気にしていないようで、緑谷から離れ、彼の手を引っ張り椅子に座った。
『いずっくん、わたしもうおけいこの時間だから帰らなきゃ』
「あーー、今日は九条さんが稽古はお休みって言ってたよ」
『そうなの?でも、おとうさんがおこるし』
「ハヤテさんも、休んでいいって言ってたよ」
『んー…でも、自主練しなきゃ』
「……梓ちゃん、」
突然の5歳児になったクラスメートの登場でわいわいしていた共同スペースだったが、まさかこの幼さで稽古に執着する程とは思わずしんと静まり返る。
緑谷が眉間にしわを寄せ切なそうな顔をするものだから、麗日もつられたように眉を下げ
「梓ちゃん、あんなちっさい頃から稽古ばっかしとったんやねぇ」
「だから、あんな身のこなしが出来るんだろうな」
「稽古の賜物ってのはわかるけどさァ、なんか切なくない?」
障子と芦戸を始め周りが微妙な顔をする中、緑谷は梓が心配そうに自分を見ていることに気づく。
『いずっくんどした?かっちゃんにいじめられたか?』
「っ、ううん!大丈夫!」
「え、緑谷5歳の頃から梓に守られてたの?」
「耳郎さん言わないで!」
優しくて緩い大きな目がこちらを見ている。
大丈夫と言えば安心したようで5歳に若返った幼馴染はにこにこと人懐っこい笑みを浮かべている。
その笑みが可愛くて、昔から花が咲いたようにパァッと笑うんだよな、とでれでれ手を繋いでいれば、
寮の扉が開きハウンドドックが入ってきた。
「あ、ハウンドドック先生や」
「グルルル…東堂梓の個性事故の件で、話を聞きに」
『!?』
突然現れた二足歩行の犬のような出で立ちをした男。
生徒指導の先生だとわかっているから周りは違和感なくハウンドドックを受け入れるが、梓は違った。
鍛えられた体躯と逆立った長髪により相当威圧感を感じる容姿であり、牙を剥き出した際の迫力は凄まじい。
彼女は一瞬怯えたように緑谷の服を掴むが、すぐに我に返ったように離すと、
『いずっくん…下がって…!』
震える両手を広げ、ぐわりと古武術の構えをし、
恐怖を押し殺してハウンドドックから自分を守ろうとする梓に緑谷は目から大量の水滴を零しながら膝から崩れ落ちていた。
「梓ちゃんかわいいいいい僕のこと守ってくれるのうわああん」
「デクくん感極まりすぎやん」
「いや、でもクソ可愛い…!怖いのに緑谷のこと守ろうとしてるところとか天使じゃん!!」
「これはどういう状況だ」
ハウンドドックが一歩近づく。
梓は後ろの緑谷が泣いている理由が目の前の犬のような男が怖いせいだと感じていた。
もちろん自分も怖いが、その怖さを押し殺し、
ぐっと身を低くし臨戦態勢に入る。
『これいじょう…、いずっくんにちかづいてみろ…』
そのハウンドドックを見る目。
その目が、クラスメート達が見たことある誰かを守る時の梓と一緒の目をしていて。
この頃からその意識とその目をしていたのか、と周りは震えた。
状況が理解できていなかったハウンドドックも何故か自分に向けられる殺気にぽかんと突っ立っている。
『いずっくんを、こわがらせるなら、このわたしがようしゃしない』
「東堂…」
『東堂は、まもりたいと、おもったものを全力で、まもるんだ!』
「ああ、そうだな。お前はそういう奴だ」
啖呵を切った小さな梓の横に立ったのは轟だった。彼は膝を降り、優しい笑みで彼女の隣にくると、
「一人で守らなくていい。背負わなくていいからな」
『……』
いつも梓のイケメン発言にやられている轟だったが、今回は逆。彼のイケメン発言に周りはワッと沸き立つが、当の本人は、
『だれだ。あぶないのでさがっときなさい』
とん、と轟を後ろに押すものだからドッと笑いが起きる。
ハウンドドックですら吹き出したそれに梓が、え!?とパニックを顔に出しキョロキョロしていれば、ガチャンと玄関戸が開いた。
「あ?ハウンドドック…?集まって何して、」
戻ってきた爆豪の目がハウンドドックを見、周りを見渡し、そして、ハウンドドックに臨戦態勢の幼女を見つけた。
「………ハァ!?」
「ナイスリアクショーン」
上鳴がぐっと親指を立てるが爆豪は聞こえていない。
見たこともない慌てた様子で靴を脱ぎ捨てるとキョトンとしている幼女に駆け寄る。
「梓!?」
『かっちゃん!!あんね、おおきなわんちゃんがいるから、いずっくんわんちゃん苦手だからまもらなきゃ!!』
「ハァ!?デクなんざどうでもいいっていつも言ってんだろうが!!つーか、お前なんで幼くなって…!!」
『かっちゃんでかい?』
「お前が小さいんだよ!!」
どういうことだコラァ!と周りを威嚇し始めた爆豪に切島が慌てて事情を説明に走る。
「爆豪、梓な、普通科の個性事故に巻き込まれて1時間このままなんだってよ。ハウンドドック先生はその事情聴取に来たみたいでよ」
「今は事情は聞けそうにないな。時間を改める」
「あ、はい!なんかすんませんっ」
ハウンドドックが寮を出て行ったおかげで梓の警戒心が緩む。
たたたっと爆豪の腰に抱きつくと
「かっちゃんもまもってあげなきゃ!」
「っ!」
いつもなら守れなんざ言ってねェ!と喧嘩になりそうなものだが、爆豪はニヤニヤしそうになる顔を必死に咬み殺すと腰に抱きついている梓を抱き上げる。
「切島ァ…こいつどうすんだ」
「え?ああ、相澤先生は1時間様子見とけって。もう個性にかかって30分くらいは経つかなァ」
「そォか、おいデク」
「えっ、なに?」
「リンゴ買って来いや」
「「「リンゴ?」」」
何故か突然リンゴで緑谷をパシった爆豪に何も知らない周りは首をかしげる中耳郎はくすくすと笑っていて、「梓はリンゴが大好物だからさ」と言えば納得したようで生暖かい視線が爆豪に集まる。
緑谷や麗日がリンゴを買いに走ると、
爆豪が梓を抱えたままドカッとソファに座り「ジロジロ見てんじゃねェ!」と周りを威嚇したこともあり少しずつ見物人は減っていった。
しばらくして、ソファには梓をガン見する轟と切島、微笑ましげに見る耳郎や八百万が残った。
「爆豪さんの隣で、安心しきってますわね」
「まァ、この梓にとっちゃ周り全員知らない奴だからね」
幼女は、爆豪の腕を掴んで眠そうに頭を前後に揺らして船を漕いでいる。
かっくんかっくん頭が落ちるそれが気になり、爆豪は携帯を触る手とは逆の手を梓の後ろから額にまわして自分の方に寄りかからせようとすれば、勢い余って爆豪の膝にすとん、と寝た。
まるで膝枕のようなそれに爆豪を含め見ていた全員が一瞬固まる。
『んん…』
安心しきったように自分の膝で寝るものだから、にやけそうになる顔を必死にかみ殺して頭を撫でるが、
「爆豪ォ、顔」
「とっても優しい顔してますわ」
「爆豪もそんな顔するんだね」
ニヤニヤしている切島と微笑ましげな八百万、今にも吹き出しそうに耳郎に言われ、顔を赤くすると「うるせえ!!」と怒鳴り梓が飛び起きるのだった。
しばらくして無事に元の15歳に戻った彼女は何も覚えていなかった。
(ねえ、かっちゃんなんでこっち見ないの?いずっくん、なんで大量のりんご持ってるの?)
_214/261