(冬のインターン後)
その日、梓と心操は相澤と共に街中を歩いていた。
「用事を終わらせたらすぐに帰るぞ」
「すみません」『はぁい』
ため息混じりにそう言う相澤の後ろを心操と梓は追いかける。
今日は、心操の袴を新調しに来たのだ。
毎日の稽古でボロボロになった上、身長が伸び体格も良くなったことでサイズが合わなくなってしまったらしく、随分前から相澤に外出申請を出していたのだが、なかなか了承をもらえず。
今日やっと行く事ができたのだ。
袴の新調なら心操だけでもいいだろ、と言われたが、ついていきたい一心で普通に駄々をこねてなんとか動向を許してもらった梓はご機嫌だった。
反対に心操は相澤に対し申し訳なさそうにしている。
「なんでついてきたんだよ…」
『だって私も新しい袴ほしかったんだもの』
「頼めば届けてくれるだろ?俺と違ってアンタはサイズ変わってないんだし」
『暗に成長してないっていいたいの?身長伸びてると思ったんだもん』
「伸びてなかったけどな」
『なにおう』
「やかましい」
相澤にぎろりと睨まれ慌てて2人揃ってお口をチャックする。
面倒見が良くなんだかんだで甘いが、基本的には厳しい担任である。
怒られないように黙ってようね、と少し背伸びして耳元に口を寄せてきた梓に心操はコクコクと同意しながら、ふと街を行き交う人々の視線が自分達に向いていることに気づいた。
「ね、あの2人雄英の制服だよね…?」
「てかあの子、東堂梓じゃん!エンデヴァー事務所にインターンしてる1年のうちのひとり!」
「リンドウだ。制服姿超かわいい。ということは、隣の子もヒーロー科かな?」
「てか先導してるのってヒーロー?もしかしてあれ、会見してたイレイザーヘッド?野暮ったくない?」
こそこそと周りの会話が聞こえてくる。
あまり人通りの多くない道を選びはしたが、どうやっても目立つのだ。
((こいつのせいで))
思わずぎろりと梓を見た心操と相澤の心の声が一致した。
こいつのせいで自分達まで目立ってしまう。
なのに当の本人は警戒心ゼロの顔でルンルン歩いていて、
『先生ぇ、あっ』
さっき黙っとこうね、と話したばっかりなのにすぐに忘れて気軽に話しかけようとして口を覆っている。
心操が、アホなのかこいつ、と辛辣な目を向けていると、ふと相澤の歩みが止まった。
『「うわっ」』
ーぼす、
突然止まった黒い背中に心操と2人でぶつかるが、相澤はぴくりとも動かなくて、流石の体幹だなぁと思っていれば、
ふと、彼の手が首に巻いている捕縛布に伸びた。
「………、東堂」
『はい?』
「刀は持ってるか」
『はい。背中に2本下げてますよ』
外に出る時は基本的に敵対策で刀とブーツは所持している。抜き打ちチェックだろうか?と呑気に頷けば、
よし、と頭を撫でられて、
「指名手配されてる敵らしき奴がいた。俺は少し後を追いかけるから、お前はここで待機。何かあった時は好きに戦え、いいな」
『えっあっはい』
「心操、くれぐれも東堂を頼んだぞ」
そう言って、ダッシュで居なくなってしまった相澤に梓は少しの間ぽかんとし、そして『なんで心操に私のこと頼むの!?逆じゃん!東堂、心操を頼んだぞ、って言うところじゃん!』と憤慨するのだった。
(あの人に、好きに戦えと言われるほど戦闘において信頼されてるのがすげーと思ったけど)
(そんなことよりヒーローって指名手配犯の顔も覚えとかないといけないんだね。私できるかな)
(そんなことって)
ー
その頃、具足ヒーローヨロイムシャからラーカーズへのチームアップ要請によって、そこにインターンをしている1年A組の上鳴、瀬呂、峰田、芦戸、青山、葉隠は一堂に会していた。
目的は、最近ここらの地域を荒らす組織的犯罪を行う敵チームを炙り出し、一網打尽にするため。
インターン組も補佐役としてアジトに潜入し、敵の親玉達はエッジショットやシンリンカムイによって捕縛されたのだが、
「…、ちょっとすみません。捕り漏れてましたよ」
仁王立ちするヨロイムシャの後ろから声をかけた黒づくめのヒーローに芦戸はびっくりした。
「相澤先生ぇ!?」
「イレイザーヘッドか。ああ、すまなんだ」
抵抗する男を捕縛布でひきづりながら現れた相澤にヨロイムシャは軽く礼を言うと、男を捕まえる。
どうやらアジトから逃げ出したところを居合わせた相澤が捕まえたらしく、状況を理解した芦戸は「先生が近くにいて良かったぁ…」と安堵した。
が、エッジショットは厳しい表情のまま周りを見渡し、
「捕縛人数が足りない!そいつ以外にもまだ捕り漏らしがいるぞ!手が空いている者全員至急近隣パトロールだ!」
「イレイザーさん、もしお時間があれば助力いただけますか」
「シンリンカムイ、悪いが護衛中でな。すぐに戻らないと」
「あれっ?先生?なんでここに?」
「上鳴…ちょっとな。インターン頑張れよ」
相澤に気づいた上鳴や瀬呂、峰田たちにも手をあげて挨拶すると彼は足早にその場を去った。
逃げ出した敵を軽々捕まえてお礼を聞くのもそこそこにいなくなった彼にクールだな、と思いつつ、
彼らはエッジショットの指示通りにパトロールに乗り出した。
ー
芦戸、上鳴、瀬呂はサイドキックと共に近くの通りを屋上伝いにパトロールしていた。
「大通りはエッジショットさん達が見てくれているから、俺たちは比較的人通りの少ないこの道を見て回ろう」
「人通りが少ないっつっても、結構いますよねぇ。道も狭いし、ここで暴れられたらヤバいっすね」
「そうだね、チャージの個性やピンキーの個性はあまり派手に使えないね」
じゃあ俺の出番だな、と瀬呂が口角を上げていると、すぐに出番はやってきた。
「キャーーッ!ひったくりよぉ!!」
悲鳴を聞き、ハッと下の通りを見れば、女性が倒れており、フードを被った男がひったくった自転車で爆速を始めたところだった。
どうやら、アジトから逃走した男が自転車をひったくって逃走しようとしているらしい。
「まずい!追いかけるぞ!」
サイドキックの号令で上鳴、芦戸、瀬呂はよし来た、と身を乗り出すが、
それよりも早く、ガキィンッ!という甲高い音と共に自転車の前輪が急に止まり、反動でぐるん、と一回転した。
「なにィ…!?」と叫びながら男が空中に投げ出される。
自転車の前輪には脇差が刺さっており、上鳴は「は!?」と混乱した。
「向かいの通りから刀が飛んできた!投げたのは、あの子だ!制服の、男の子!」
見えていたらしいサイドキックの指差す方角には、鞘を握りしめて独特のフォームで刀を投げたらしい少年がいる。
その少年を見て思わず3人は「「「心操じゃん!?」」」と声を揃えた。
「知り合いか!?ってことは、ヒーロー科か!なるほど、どうりで。車通りもある中、あのスピードの自転車の車輪に刀を引っ掛けるだなんて曲芸、」
「違うんですけどね!?」
「っていうかなんであいつあそこに…!」
「あいつがいるってことは、多分いるよ!東堂も!」
確信したような芦戸の言葉に応えるようなタイミングで、下の通りからダンッ!と強い音が聞こえた。
ハッと下を見れば、制服の少女が空中に投げ出された男の胸ぐらを掴み壁に押し付けていて、
『だめだよ、人のもの奪っちゃ』
「ぐううう…、ガキが、!」
ーズオッ!!
ぶわりと男の身体から煙が溢れる。
「やっぱり、梓ちゃんだ!」
「助太刀するぞ!」
突然の煙幕に思わず手を離してしまった梓に、上鳴と瀬呂はサポートしなければ、と飛び出そうとするが、
それよりも早く心操が道路を全力疾走で渡りながら、
「梓!右に1人、俺が見とくから!」
一体なんの合図だろう、と一瞬戸惑うが、すぐにわかった。
彼は、煙幕に乗じて通行人が人質に取られる事を危惧したのだ。
だから、周りの人の人数と、自分が対処する、と意思表示をした。
梓はそれを聞いて迷いなく、淀みなく煙幕の中にいる男に迫る。
見えなかろうが、空気の揺れで位置を補足する一瞬で間合いを詰め、
ーパァンッ、ドッ!
男の顎を下から強く弾き脳を揺らし、ふらついたところを鳩尾に1発。
個性を使わず敵を撃退した彼女は、消えていく煙幕をパッパッと手で払いながら、痛みでうずくまる男を気の毒そうに見下ろした。
『抵抗しなけりゃ殴んなかったのに』
「梓、」
『心操、連携ありがと。縄持ってる?』
「持ってるわけ無いだろ。とりあえず取り押さえたまま相澤先生を待とう」
『そだね。脳も揺れてるだろうし、ぐーが鳩尾に入ったから、当分立ち上がれないだろうし』
慣れた様子で肩をすくめた梓と、ため息をついた心操。
そんな2人に、上鳴達は「コンビネーション良すぎだろ…なんなの…」「あいつマジで普通科かよ!?」「出る幕なかったねー!」と仰天するのだった。
_228/261