学校がある日でも、朝鍛錬は欠かさない。
梓があくびを噛み殺しながら寮を出れば、外で待っていた心操に「おはよう」と声をかけられた。
『わ、心操!?どしたの?』
「別に」
いつもは稽古場に現地集合なのに、何故迎えにきてくれたのか分からなくて驚くが、彼は少し感情を隠すように顔を逸らしつつ、「早く行こう」と梓を急かした。
『行くけれども』
「ほら、早く」
ぐいっと手を引かれ、なんだか強引だなと思いつつ稽古場に連れていかれる。
そして、着いて早々パパッと稽古着に着替えた梓を、なぜかそわそわと落ち着きなく待っていた心操は、
満を辞して、とばかりに梓に向き合った。
「、梓」
『なに、どしたの?今日変だよ』
「た、誕生日おめでとう」
『…………誕生日??』
照れ臭そうな彼にそう言われ、やっと梓は今日が自分の誕生日であるということを思い出し、『アッ今日か!!』と大声をあげた。
「忘れてたのか」
『忘れてた!!そっか!私今日から結婚できるんじゃん!』
「言い方。そうなんだけど、ちょっとヒヤッとするからその表現の仕方はやめてくれ」
『何でひやっとするの。それより、心操なんで私の誕生日知ってるの?』
「九条サンに教えてもらった」
『なるほど、ありがとう。心操が言ってくれなきゃ忘れてたよ』
少し嬉しそうにお礼を言う梓に心操はコクコクと頷きつつ、後ろ手に隠していた小さな木箱をずいっと差し出す。
『木箱?何コレ?』
「一応、誕生日だからな。なんか、贈り物があった方がいいかと思って」
『えっ!プレゼントってこと!?私に?』
「それ以外に何があるんだよ。アンタが欲しいものとかわからねえし、趣味もわからないから、いらなかったら捨ててもいいから」
早口でぐいっと押しつけられ、梓が嬉しそうに木箱を開けるとそこには、綺麗な白い布に包まれた刀の鍔が入っていた。
群青と金色でリンドウがあしらわれたそれは、まさに当主にふさわしい装飾が施されていて、思わず『うわぁ…!』と感嘆の声を上げる。
『凄い…!綺麗な鍔!!こっこれ、心操が!?』
「デザインは俺が……金は、九条サンとか、他の一族関係の人と割り勘で、」
『うわぁぁーありがとう!!心操とても嬉しいよ!』
感極まり、ぎゅっと鍔を胸に抱く姿がとても可愛らしくて、ボソボソ喋っていた心操はぽかんと口を開けた。
『心操のデザイン、とてもかっこいい!ありがとう!私これつけて戦う!』
「!!」
感情が抑えられなくなったらしく、ぎゅっと抱きついてきた梓に今度は開いた口が塞がらなくて心操は顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせた。
『心操も九条さんたちもありがとう
…!!』
なかなか離れないものだから、緊張で息の仕方を忘れそうで、心操はぐりぐり頭を胸に擦り付ける梓をやっとの思いでベリッと引き剥がすと、「そう!良かった!!」と顔を真っ赤にして言った。
動揺のあまり声量の調整がバカになっている。
『うるさっ』
「サ、サプライズはこれだけ。さ、稽古するよ」
『するけれども。心操、』
「なに!?」
『今日テンション高いな。心操、稽古するなら早く着替えなよ』
「アッ」
デザインを喜んでもらえるか、嬉しいと思ってくれるか、という心配でそわそわして着替えるのを忘れていた心操は、恥ずかしそうに手早く着替えたのだった。
ー
その頃寮内では。
朝から騒がしくて、耳郎は何事だろうと首を傾げた。
緑谷と爆豪が何故か喧嘩をしながらバタバタと騒がしく動いている。
喧嘩とはいっても、一方的に緑谷が怒鳴られているだけだが。
「どけ、デク。邪魔すんな」
「じゃ、邪魔はしてないよ。僕はこっちでリンゴを切ってるだけで、」
「後でもいいだろーが!」
「えっ、だめだよ。もうすぐ梓ちゃん、稽古から帰ってきちゃうし」
「起きてすぐからずっとあの調子だぜ?」と半笑いの上鳴が隣に並び、耳郎はああ、そういえば、と思い出した。
「今日、梓の誕生日か」
「そ。あの2人幼馴染だかんな、緑谷曰くリンゴスペシャル朝食を作ってるらしーんだけど、爆豪と目論見被ったっぽくて結局一緒に作りはじめてんの!めっちゃウケる」
「すんごい量になりそうなんだけど。てか、リンゴ臭凄いな」
「な!」
上鳴と耳郎が苦笑していれば、当の本人が疲れた様子で帰ってきた。
『ただいまぁー疲れた…』
「梓ちゃんおかえりぃ!おはよ!そんでハッピーバースデー!!」
ハイテンションな葉隠が突然目の前に現れ、同じくハイテンションな芦戸が「ハッピーバースデーとぅーゆー!!」と大きな声で続き、2人同時に梓に抱きつく。
『わぁ!?』
「なぁに驚いてんの!今日は東堂のたんじょーびだよ!テンションあげてこ!」
「そうそう!夜はヤオモモがケーキ用意してくれてるんだって!!梓ちゃん勿論私らにもくれるよね!?よね!?」
「三奈ちゃん、透ちゃん、梓ちゃんがびっくりしてフリーズしてるわ。離れてあげて」
「あははっ、梓ちゃんびっくりしすぎやろ。カチンコチンに固まっとる!」
嗜める蛙吹とお腹を抱えて笑う麗日は手に“happy birthday!!”とデコレーションされたボードを持っていて、ご丁寧にリンドウの絵が散りばめられている。
A組女子ズの全力のお祝いを受けて未だフリーズしている少女に、耳郎と八百万はお互い目を合わせると苦笑し、彼女の側に向かった。
「おーい梓、生きてる?」
『………』
「ふふ、固まってますわ」
「そんなにびっくりすることやったっけ?クラッカーもしてないんだけど」
「あれ?三奈ちゃん特大クラッカーの準備するんだって意気込んでなかった?」
「それがね麗日、準備しようとしてたけど、なんか東堂のことだから、発砲音とかと間違うんじゃないかって思って自粛したんだよね。反撃食らうのやだもん」
「何それブラックジョーク?三奈ちゃんの想像してる梓ちゃんキチガイすぎじゃん」
ぶふっと葉隠が吹き出し微妙に悪口を言ったところでハッと梓が我に返る。
『み、みみんな、ありがとう…!!』
「どもりすぎじゃん!びっくりしちゃった?」
『耳郎ちゃん、うん、びっくり。あの、こういうの初めてで』
こくこく頷く梓の頬は少し赤く染まっていて、びっくりよりも嬉しさが勝ってきたのかどんどんゆるゆると口角が上がっていく。
『さ、さっきね、心操におめでとって言われて、わ、私誕生日か!っておもって』
「うんうん」
『でも、あんまり祝ってもらったことって、ないから!まさかこんなにみんなに祝って、もらえると思ってなくて、』
「うんうん!」
嬉しくて頬を緩めて珍しくたどたどしく喋るクラスメイトがとても可愛くて女子全員で囲んで相槌を打っていれば、ふと梓の目に少しだけ涙が溜まっているのに気づいて耳郎は相槌を打ちながら「うん、うん!?」と声をひっくり返した。
「ど、どうした!?」
『わ、あ!?ちょ、泣かない!泣かないよ!?でも嬉しくてちょっとうるっときてしまって!!』
「わあもう梓ちゃん可愛いよお!!!」
「ねぇ、東堂!最高の誕生日!?最高でしょ!?夜にはケーキもあるんだよ!?」
『うん!最高の誕生日!』
私らにもちゃんとケーキ分けてね!と芦戸に念を押されていれば、見かねた蛙吹が「梓ちゃんまだ朝ご飯食べてないでしょう?」と手をひいてくれる。
蛙吹がエスコートしてくれたテーブルには、搾りたてリンゴジュースとリンゴジャムの乗ったパンケーキ、ウサギ型に切られたリンゴが並べてあって、
梓は思わずぐるん、と共同談話室内を見渡すと端っこでこちらの様子を窺う緑谷と爆豪を見つけた。
2人ともエプロンを付けており、やっぱりこの2人だと梓は全力で顔を綻ばせ、ダダっと駆け寄り、
『いずっくん、かっちゃん、大好きっ!!』
「「!?」」
2人に勢いよく抱きつこうとした、のだが、
“大好き”という言葉に緑谷の顔がボンっと赤くなった瞬間、器用に隣の爆豪が彼の膝裏をガンッと蹴ったことで、緑谷が「あ痛っ」と膝をつく。
そのタイミングで抱きついたものだから、結局梓は爆豪1人に抱きつき、爆豪は難なくそれを抱きしめ返しており、
梓に気づかれぬようにベーッと舌を出す爆豪のしたり顔を、膝をついた状態で呆然と見上げる緑谷の表情は哀愁漂っていた。
(((緑谷可哀想…!!)))
クラスメイト達は幼馴染3人の関係性の縮図を見た気がした。
ー
その日の職員室。
プレゼントマイクは何か書類を見て難しい顔をしている旧友を見つけた。
そーっと近づき、手に持っているのが生徒の個人情報などが書かれた個人票だと気づく。
そしてそれは、1年生で1番厄介な事情を抱えていると言っても過言ではない女子生徒、東堂梓のもので、マイクは面白そうに口角を上げた。
「またなんかやったか、その問題児」
「……、いや」
「やったんだろ!?じゃないと個人票なんて眺めねェだろ。問題児だけど、手のかかる奴ほど可愛いとはこの事だよなァ!」
「何もやってねェよ、今回はな」
可愛い、という単語には否定せずそれだけ言った相澤にマイクははて?と首を傾げる。
では何故彼はこれを眺めて難しい顔をしていたのだろう、と考えていれば、
すぐ近くにいたミッドナイトが「彼女、今日が誕生日なんでしょう?」と肩をすくめた。
「…そうすね」
「なんだ!そういうことかよ!」
「マイク、耳元で叫ぶな。うるせェな」
「相澤君、何かプレゼントはあげないの?」
「一生徒に誕生日プレゼントですか?流石にそれは贔屓が過ぎるでしょう」
「なーるほど。そこに悩んであんな顰めっ面してやがったのかイレイザー!」
ポン、と肩に手を置けばパシッと払われるが、恐らく図星だろう。
普通の生徒の誕生日はあまり意識しないが、この子は違う。
普通の生徒であれば、実家から誕生日プレゼントや手紙が送られてくるが、梓の場合両親はすでに他界しているため勿論それは無い。
彼女が家族と呼べる者から、純粋に誕生日を祝われることはないのだ。
「相澤君がほぼ親代わりだものね」
「他の側近どもからはなんか届いてねーのか?」
「ない。心操が一族関係者に声かけてプレゼントを用意したらしいが、そもそも心操が声かけしなけりゃ何もしない予定だったらしいしな」
「マジかよ!?今までどうしてたんだ!?」
「去年までは特に何も無しとの事だ。九条曰く、生きている年を数えることに何の意味がある?と」
「……守護の道に徹する一族だとは聞いていたけれど、そこまで自分の生き死にに関心がないとは思わなかったわ」
「どうせそれも悪気無しだろ!?東堂カワイソー…」
完全に引いているミッドナイトとマイクに相澤も同意するようにコクリと頷く。
ミッドナイトは憂うように梓の個人票を眺めると、「なにかあげようかしら」とポツリと呟いた。
「は?」
思わずポカンと口を開けた相澤に、マイクも「俺もなんかやろっと」と考えるように腕を組む。
「は?マイクも?いやいや、一生徒だぞ」
「一生徒だけど、ちょっとくらい配慮してもいいだろ?なー香山先輩!」
「ええ。そんなに高価なものはダメだと思うけれど、ジュースとかそんな感じなら他の生徒も理解してくれるんじゃないかしら」
「……」
そう彼女が言えば、相澤の目が少し揺れ動く。
公正公平であるべき教師として私情を挟むのはご法度だが、色々と考慮したうえで誕生日を祝ってやりたい気持ちもある。
そんな狭間で揺れ動いているからこそ、悩むように個人票を眺めていたのだろう。
それを察したミッドナイトとマイクは面白そうに目を合わせる。
2人とも、旧知の仲である彼の性格は他の者よりはわかっているつもりである。
合理的でちゃんとした理由がないと動けない彼に助け舟を出すように、ミッドナイトは静かに口を開いた。
「相澤君、誕生日っていうのは節目でしょう?それを祝う習慣がなかった東堂さんは、きっと年を重ねることに何の思い入れもないと思うのよ」
「はぁ…」
「東堂家が自分の危険を顧みない動きをすんのは、そこにも原因があんじゃねーか?」
「!」
ハッと顔を上げた相澤は確かに、と考えるような顔をしていて、ミッドナイトはニヒルな笑みを浮かべるとマイクに同意するように続ける。
「私も一理あると思うわ。年を重ねることに思い入れを、誕生日を向かえる楽しみを与えてあげることで、自分自身の未来に執着を。些細なきっかけかもしれないけれど、彼女が自分自身を大事にするようにする為に誕生日を祝ってあげる。これも教育のひとつだと思うわ」
「…そう、ですかね」
「そーそー!って訳で俺、食堂のデザート券でもやってくるわ」
納得したように顎に手を当てる彼に、
ここまで言えば流石の堅物も何かしら動くだろう、と安心したマイクは「何にしようかな…プリンとかでいいか」と考えながら相澤の側を離れようとするが、
ーガッ
「待てマイク」
「痛」
「アップルパイにしろ」
「は?」
凄い強さで肩を掴まれて言われた一言はそれである。
思わず「は?」と素っ頓狂な声を上げるが、彼は厳しい表情のままマイクを睨むと、
「アップルパイ。もしくはリンゴ系の何かだ。ミッドナイトさんも、ジュース買うならリンゴジュースでお願いします」
「お、おう」
「わかったわ。アドバイスありがとう」
了承すれば、静かに肩から手が離れる。
(ど可愛がりしてんじゃねーか。逆になんで誕プレ渡すの悩んでたんだコイツ)と友人の梓に対する線引きがよくわからなくなったマイクであった。
ー
お昼休みにプレゼントマイクからデザート券を貰い、ミッドナイトからリンゴジュースを貰ったことで、1年A組の東堂梓は今日が誕生日らしい、という噂が校内にジワジワと広がった。
当の本人は気づいていないし、たとえ気づいていても何も危機なんて感じないだろうが、この噂が広まったことを危険視しているのはA組のクラスメイト達である。
放課後、切島は上鳴、緑谷、耳郎と真剣な表情で話し合っていた。
「耳郎、それマジ?」
「マジだよ。さっきトイレ行った時、普通科の人が、梓が誕生日らしい、今からでも購買でなんかプレゼントを
とか言ってた。ちょっと心配になって色々“聴いたら”、放課後手紙渡すとか私物上げるとか、梓のファンっぽい奴らが鼻息荒くしてた」
「梓のファンって過激な奴らもいるんだよな?私物とか、なんか余計なもん混じりそうで怖いんだが、俺の考えすぎか?」
「いやいや切島、考えすぎじゃないって!フツーにヤベェもの渡そうとする奴いると思うよ!?特に、当日準備できるものなんて限られてるしな…」
「そして1番困ったことは、それを梓ちゃんは何の警戒もなく受け取るし食べちゃうし使っちゃうところなんだよね……」
「「「ヤバいじゃん」」」
緑谷の発言で上鳴、切島、耳郎が顔を青くする。
「何入ってるかわかんないもの食べちゃうのはダメだろ」とゾッとし、緑谷は難しい表情でこくんと頷くと考えるように顎に手を置いた。
「事前にこういう事態が予測できてれば、プレゼント回収BOXを設けて、チェック済みの物だけ梓ちゃんに渡してあげられるんだけど」
「そんな時間ねェし、飲食物のチェックは無理だろ。そもそも爆豪が片っ端から爆破しちまう」
「そうだよね…。でも、僕たちが四六時中張り付くわけにもいかないしなぁ」
「善意でくれるプレゼントを跳ね除けるのも、申し訳ないしね…」
どうしようか、と4人がため息をついていると、
ーガラッ
教室に相澤が入ってきた。
もう帰りのホームルームが終わった後に彼が教室に戻って来るのが珍しくて4人で目を丸くすれば、
彼は教室を見渡した後に、「そこの4人、東堂は?」と首を傾げた。
「梓ならトイレ行ってます。すぐ戻って来ると思いますけど」
「そうか」
耳郎の答えにそう相槌を打った相澤は、楽な姿勢をとるように壁に寄りかかった。
どうやら、彼女が戻って来るのを待つらしい。
と、そこで、緑谷がぴーん!と思いついたように立ち上がった。
「あ、あの、相澤先生!梓ちゃん、今日誕生日なんですけど、」
「ああ」
「過激ファンの人たちにもそれが知られてるみたいで、プレゼントとかあったら大丈夫かなって僕ら心配してて、」
「ああ」
「どうすればいいですかね!?」
緑谷がまあまあな勢いで聞けば、相澤は予想していたような顔で肩をすくめる。
「善意を跳ね除けるのはよくないが、いかんせんこちらは準備不足。となれば、受け取る機会を作らないのが最善だろう」
「なるほど…!断るよりは、角が立ちませんね」
「でも先生、どうやって?寮までの帰り道や稽古の行き来でたくさん会いそうなんスけど」
困り顔の切島に対して相澤がなんてことないような顔で「それは俺が、」と言いかけたところで、梓が戻ってきた。
『あれ?先生?』
「おかえり」
『どうしたんですか?』
「…前に言ってた刀鍛冶、今日なら行けるが、どうする?」
『い、いいんですか!?うわーい!!』
聞いた瞬間思いっきり飛び跳ねた梓に相澤は騒ぐな、とため息をつくが、その少女は柔らかくて、見ていた耳郎、緑谷、切島、上鳴は((なるほど))と納得した。
ずっと行きたがっていた刀鍛冶。
連れて行くと言うことは、つまりこれから彼女は寮に帰るまで相澤の庇護下である。
確かにこれではプレゼントなど渡せない。
行きたがっていた場所に連れて行くというささやかな誕生日プレゼントと、教え子の護衛を兼ねたその提案に、思わず緑谷は「合理的だなぁ」と感心するのだった。
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