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次の日のヒーロー基礎学。
昨夜の相澤と梓の不穏な空気が尾を引き、A組は神妙な面持ちで席に着いていた。
当の本人である梓は、硬い表情で目の下にはクマが出来ている。どうやらあまり寝れていないらしい。

だが、轟が何度か声をかければいつも通りの元気の良さで特に何かを悩んでいる様子ではなくて、その様子にクラスメイト達は少し安心していた。


チャイムがなり、ガラリと相澤が教室に入ってくる。
彼もまた寝不足のようでいつも以上に顔色が悪い。
教室の扉を閉め、全員揃っていることを確認すると、
彼は「今日のヒーロー基礎学は、予定を変更する」と教科書を机の中に仕舞うように指示をした。


「相澤先生、一体何を」


困惑する飯田に相澤は年度末なのに授業を進められなくて悪いな、と一言断りを入れると、


「お前達に説明しなければならないことがある」


と、神妙な面持ちでクラスを見渡した。
ごくり、と誰かが生唾をのんだような音がし、教室内に緊張が走る。

相澤は、静かに黒板にある日付を書いた。
その日は、“遠征”があると、インターン生に連絡のあった日だった。


(クラス全員、同じ日に遠征)

(不自然すぎるよな。相澤先生から説明があるっつーことは、学校行事かなんかなのか?)


全員同じ日に遠征だなんておかしい。
しかも、全国各地に散らばっている事務所にインターンしているのに、である。
学校行事の何かか?と考えているのは切島だけではなかった。
殆どの生徒があまり重く受け止めてはいなかったが、相澤の次の言葉で教室の空気は一変した。


「この日、全国規模の掃討作戦が行われる」


ざわついていた教室が、シン、と静まり返った。
は…?という空気の漏れる音だけ響き、教室内に未だかつてない緊張が走る。

相澤は、一呼吸置くと、


「端的に言えば、学徒動員だ」


と、続けた。


「学徒、動員…ってなんだっけ」

「簡単に言えば、学生が、戦いに参加することを言いますわ…。学生とは言え、私たちは仮免ヒーローですから…敵を捕縛する為に戦いに参加することに抵抗はありませんが、全国規模の掃討作戦とは…一体」


フリーズする峰田の疑問に答えつつ、困惑を隠しきれない様子で眉を下げた八百万に、飯田も同感のようで、動揺しつつもビシッと挙手をした。


「全国規模…!?全国にこれだけのプロヒーローがいる中、学生である僕らも動員される掃討作戦とは、一体敵は何なんですか?」


今はヒーロー飽和社会。
そんな中、全国規模で、しかも学徒動員込みで行われる掃討作戦。
その、相当する敵とは何なのか、クラスメイト達の大きな疑問を相澤にぶつければ、
彼はギリッと歯痒そうに、イラついたように


「……“超常解放戦線”だ」


それだけ告げた。


「超常解放?」

「戦線?…何それ?ウチ、てっきり敵連合関係かと思ったけど」


聞き慣れないワードだった。
怪訝な顔をする瀬呂と耳郎に、周りも同じように困惑したまま顔を見合わせる。
相澤は、生徒達から注目を浴びる中、チラリと1人の生徒を見ると、


「超常解放戦線については、俺よりお前の方が詳しいだろ、東堂」


その言葉で、クラス中の視線が梓に向いた。
彼女は、意を決したような面持ちで真っ直ぐに相澤を見つめていて、


『連合については、先生のほうが詳しいです』

「ああ、ただ、超常解放戦線となると話は別だ。奴らの思想をお前ほどはわかっていないよ」

『………』


周りからも視線が梓に突き刺さる。
彼女はそれに応えるようにクラスメイト達を見渡すと、


『詳しいところは、長くなるから、聞きたければ後で話すけれど…端的にいれば、古より燻っていた思想を持つ者達が再結成しちゃって、敵連合と合体した』

「「「「…は??」」」」

『古より燻る一つの意志の下に集結した兵と、連合…、兵の数は恐らく10万。それが、超常解放戦線、ですよね』

「ああ、そうだ。このヒーロー飽和社会で、それと同等またはそれ以上の力を、アイツは…死柄木弔は手に入れた」


兵の数が10万と言われ、
正直A組の面々は想像が全くつかず、フリーズ状態のまま話を聞いていた。
いつもふわふわゆるゆるしたクラスメイトが、戦いの最中にしか見せないようなギラついた目をしていて、
それで、ああ本当なのか、と1人、また1人、と理解していく。

それでも言葉が出なくて、静まり返る教室の中で、
一番最初に口を開いたのは意外にも爆豪だった。
彼は1人だけあまり動揺しておらず、肘をついたまま面倒そうに梓を見ると、


「その10万人のクソどもは、死柄木に付いてんのか」

「爆豪…、」

「そ、そりゃそうだろ。アイツが敵のリーダーだろ…!?」

「…た、たしかに爆豪さんの言う通りですわ。少数だった敵連合のリーダーが突然10万人を率いるなんて、違和感が、」

「確かに、八百万君の言う通りだ。東堂君、君はさっき、“古より燻る意志の下に集結した兵”が10万と言ったが、意志に集っていたものが、あんな悪党に突然リーダーを変えるとはどうにも思えないのだが、」

『百ちゃんと飯田くんの言う通り、私も意味がわかんなくて色々調べたんだけど、どうやら、既存の仕組みを討ち滅ぼす、即ち、ヒーロー社会を根底から覆し、ヒーローを殲滅したいっていう利害が一致しちゃったみたいなんだよ。ちなみに、10万という数を統一できたのは、リ・デストロとデストロの血のおかげだと思う。すんごい嫌なんだけど、ウチと似てるんだよなぁ…“意志”とか“血”とかさぁ…』

「確かにな。お前ら一族は俺たちヒーローと利害が一致し、奴らは連合と一致した。両極端ではあるし、奴らの思想が良いものとは思わんが、構造はお前ら一族と似ている」


嫌だなぁ、と梓が顔を顰め、相澤が同意する中、クラスメイト達はその前の発言に気を取られていた。


「ヒーローの殲滅…!?」

「ヒーロー社会をぶっ壊そうとしてるってことかよ…!」

「その10万人ってのは一体どういう奴らなんだよ…」

「それは一旦置いておけ。俺からは詳しい作戦について説明する」


カカカッと相澤が黒板に何かを書き始める。
色々と気になるところはあるものの、クラスの意識は徐々に黒板に向かっていった。

書かれたのは、
“蛇腔病院”と“群訝山荘”という文字。


「戦線は大きく分けてこの2つ。距離は80キロ離れている。お前達は、自分が所属する事務所がどちらに振り分けられているかによって、どちらに配置するか決まる。今のところわかっているのは、…チームラーカーズ、」


最初に名指しされたのは上鳴、瀬呂、峰田で、3人はビクッと背筋を伸ばす。
どちらがどう危険かもわからないし、敵が何なのかもいまいちわかっていないが、緊張が走る。


「お前達は群訝山荘だ。勿論、前線ではなく後方支援。前の部隊が捕り漏らした奴を捕まえてもらう」

「と、捕り漏らしたやつって…、全国のヒーローが出張るんだよな!?捕り漏らしなんてないよな!?」

「峰田、勿論捕り漏らしなどないよう人員配置には余念はないが、何が起こるかはわからん。お前も仮免ヒーローの1人だ。仮免ヒーローとしてできることをしてもらう」


きっぱりそう言った相澤に、「後方支援とはいえ、戦う可能性はゼロじゃないってか」と瀬呂も上鳴も顔を引き攣らせる。
相澤はそれに軽く頷くと、「続いて、ギャングオルカ」と点呼のようにA組メンバーの配置を発表していった。

そして、最後に、


「エンデヴァー事務所」


はい、と梓、轟、緑谷の声が重なり、爆豪は視線だけで相澤を見る。
相澤はジッと紙を見つめていたが、すぐに顔を上げると4人を見渡し、


「蛇腔病院だ」

『っ、先生と一緒だ』


思わず立ち上がりそうになった梓にクラスメイトたちは、昨日の会話はそういうことか、と納得した。
あの時、相澤は“病院側”と言っていた。
それは蛇腔病院の事だったのだ。


「そうなるな。まァ、俺は最前線だが、お前たちは、住民の避難誘導がメインだ」

『そうですか…』

「ただこれは、あくまでも事務所の配置だ。ここからまた少し変わる可能性はある。今回ばかりは直接学校に連絡があるので、自分から事務所への問い合わせはしないこと。仔細についても、学校から話す事以外にお前達に説明できる事はない。絶対に自分から事務所へは連絡するな」

「念を押しますね。何故ですか?」

「……敵方に、ネットワークを掌握している人間がいる。電子媒体はハッキングの恐れがある」


あまりにも“事務所に連絡するな”を連呼する相澤に八百万が怪訝にそう問えば、予想の斜め上を行く答えが返ってきて、「は?…マジかよ……」と峰田が愕然とする声がやけに響くほど、教室内はシンとした。


「当然だが緘口令も敷かれている。家族であろうと、相手がヒーローであろうと言うな」

「相手がヒーローでも!?同じヒーローならいいんじゃないッスか!?」

「バカか切島。……ヒーローん中にも、敵がいるって事だろうが」


ーガタン、


「そういう事、だったのか」


いきなり立ち上がったのは、今までずっと黙って聞いていた轟だった。
彼の顔は真っ青で、その視線が一点を、梓の方を向いていて、相澤は予想していたようにため息をつく。
ちらりと緑谷を見れば、彼も同じように真っ青で呆然としていた。


「お前がエンデヴァー事務所にインターンすることになったのは、その為か」

『…うん』

「梓ちゃんや、九条さん達、エンデヴァーさんが警戒していたのは…敵だけじゃなくて、ヒーローの中にいる、敵方の人間だったんだね……」

『…うん』

「事情が事情だったので、お前らには不明瞭な指示をすることになって悪かったと思ってるよ。今まで東堂が罠にかからなかったのは、お前ら3人が目を離さなかったからだ」

『うん、本当に、それはそうだと思う。多分何回かやばい時あった。本当ありがとう』


事情は知らなかったけれど、なんとか役には立ててたし、守ることができていたらしい。
轟はそれだけで安心したように、ガタン、と席に座った。
まさかここまで彼女に危機が迫っていたとは思わなかったし、本当にエンデヴァー事務所にインターンすることで彼女を守れていたのであればそれは自分の父親のおかげだ。
嫌いだが、感謝の気持ちが勝って複雑な顔になる。

相澤は沈む空気を断ち切るようにパン、と手を叩くと、


「さっきも言ったが、状況が変わればすぐに伝える。“掃討作戦”の決行日はもうすぐだ。各々、準備しておくように」

「「「「はい!」」」」

「では、以上」


切り替えるように教科書を出した相澤に、
周りは((こんな状況で授業が頭に入るかよ…))とげんなりするのだった。




その日の夜、夕食を食べたA組の面々は、神妙な面持ちで談話スペースに座っていた。
彼らの視線の先には巻物を読み耽る少女がおり、意を決して八百万が彼女に近づく。


「梓さん、」

『百ちゃん?』

「先ほどお話しされていた、超常解放戦線について、梓さんが知っていることをお話しいただけませんか?」

『………、』


梓はびっくりしたように目を見開くと、八百万を見上げ、そして同じような表情をするクラスメイト達を見、
ゆっくりとその表情を変えた。
真剣な、強い眼差しで彼らを見ると、


『…、私も、みんなに伝えたいと思ってた』

「……」

『でも、内容が複雑で、重いから、作戦決行日の前の日に掻い摘んで話そうと思ってた』

「梓さんの事ですから、そうでしょうと思ってましたわ」

『え?』

「何故戦わなければならないのか、わからない状態で戦場に行くような人ではありませんもの。そして、それを仲間にさせるような人でもありませんわ」

『……』

「私たちも、梓さんと一緒です。何故戦う必要があるのか、それしか道はないのか、何を守るのか。何が、ぶつかり合っているのか……それを知らずして、敵か何かもわからない者相手に仮にもヒーローとして戦うことはできません」

『……、凄い』


眉を下げ、少し安心したような小さな梓の呟きは八百万に拾われており、彼女はふわりと優しげに笑った。

伊達に、守護の意志をこの目で見てきたわけではありませんわ。と言う彼女に、見守っていた葉隠も「ここ最近梓ちゃんが忙しそうにしてたのってもしかして私たちのためなんじゃないかって話してたんだ!」と明るい声を出す。


『え?』

「だってさ、梓ちゃんはもう大体の全貌掴んでるんでしょ?それでも忙しそうにしてたのは、私たちが同じ場所に立つからじゃない?」

『……うん、』

「昨日、爆豪くんに情報は武器だからって言ってたもんね!私たちのために、私たちが持てそうな情報(武器)を探してくれてたんじゃないかなって三奈ちゃんと話してたんだけど、」

「そうそう、東堂は意味のない戦いに仲間を巻き込んで平気でいられるタイプじゃないからね。私らが何故動員される必要があるのか、敵がなんなのか、誰に、何に注意が必要なのか、ずっとずっと調べてたから、忙しそうだったんじゃない!?当たり!?」


くるん、と目の前にキラキラした目で現れた芦戸に毒気を抜かれて思わず『うん』と笑って仕舞えば、やっぱりねー!という彼女の笑顔と、クラスメイトたちの納得したような笑顔が視界に入った。

そこで、梓はやっと自分の肩に力が入りすぎていたことに気づき、ふと、息を吐く。


『…、あたり。三奈ちゃん、透ちゃんすごい』

「でしょ!東堂が考えてることは大体わかるよ!」

「なァ、それってもしかしてこの前、緘口令敷かれてるーって言ってたことか?」

『瀬呂くん、うん、でも……今日、相澤先生から情報の解禁があったから、それに付随する事であればもう話しても大丈夫なんだ』

「そっか。あの時も、今度話すって言ってたもんな」

『うん、時が来た。私、説明すんの下手だけど、頑張ってみんなに伝わるように説明するよ。相関図持ってくるからちょっと待ってて』

「「「相関図」」」


え、そんなに複雑なの?と顔を顰めたのは上鳴などの勉強嫌いメンバーである。
大丈夫だよ、私が混乱しないように書いたやつだから、と安心するようなしないような事を言ってソファから立ち上がった梓だったが、
玄関の扉がコンコンコン、と3回なったところで足を止めた。


『?こんな時間に誰だろ』

「さァ?」


相澤なら入ってくるのに、ノックがなって誰も入ってこない。
来客?こんな夜に?とA組の面々が不思議そうに顔を見合わせる中、扉を開けにいったのは委員長である飯田だった。

ガチャリ、と扉が開き、その隙間からひょっこりと男が顔を覗かせる。
ダークブラウンの癖っ毛に茶目っ気のある明るい瞳、紋付羽織袴に帯刀した男。
姿を目にした瞬間、一部のメンバーが「アッ!?」と大きく反応をした。


「梓ん家の側近じゃん!?」

「本当だ!えっと、ハルトさん!東の分家の!!」


悲鳴のような耳郎の声に彼を知る緑谷達が「なんでここに!?」と騒つく。
初めて側近を目の当たりにした芦戸と葉隠は「イケメンじゃん!?」「エッ梓ちゃんずるい」と別の方向で驚愕していた。

全員の視線を浴びたハルトは、被っていたハットを胸に持ってくると恭しく膝を曲げ、頭を下げる。


「ご無沙汰しております。姫様」

『ハ、ハル…どうしてここに』

「イレイザーヘッドより、許可が出まして、すぐ参上仕った次第であります。僕だけではなく、西京もおりますよ」


「姫様!?」「エッ姫様って呼ばれてんの?」「東堂がお姫様!」と爆笑する尾白や砂藤、芦戸にちょっと恥ずかしくなりながらも、ハルトの後ろからまたひょっこり現れたクールそうな男に(ああ本当に西京もいる)と慌てて駆け寄る。


『どうして2人がここに、』

「スケプティックの情報捜査を警戒しまして、直接お伺いした次第です。今日に限り、イレイザーヘッドの許可も得ました」

『…何か用が?』

「えぇ、昨日の巻物でお伝えできなかった部分を今日お伝えするのと、今日を逃せば恐らく我々は決行日にあなた様にお会いできそうにありませんでしたので、少し無理を言って許可をもらったのです」

『…西京も同じ理由ですか』

「はい」


こくりと頷く彼はいつも通り無表情で、ハルトは対照的に喜びを隠せていないようでにこにこ笑っている。
突然の訪問に驚きはしたが、丁度いい、と梓は頭を切り替えた。

説明下手な自分が頑張ろうと思っていたが、この2人がいるのであれば、説明をこの2人に手伝って貰えばいい。

2人に事情を話せば、快諾してくれた。

_188/261
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