リカバリーガールに治療をしてもらった後、仮眠室に行くように言われ向かえば、
そこにいたのは、幼馴染2人と、オールマイトだった。
「梓ちゃん!さっきはごめんね!大丈夫だった?」
『大丈夫。明日までは固定しとかなきゃいけないんだけど、痛みは全くないし綺麗にくっつくって』
「そっか…!よかったぁ…」
『それより、このメンバーが集まってるってことは、やっぱりいずっくんの個性の話?』
「それ以外に何があんだよ。さっさと座れやバカ」
『ばか!?ひどっ。っていうかなんで怒ってるのさ』
心配そうに眉を下げて駆け寄ってきた緑谷に対し爆豪は何故かキレている。
思わずムッとすれば「心操くんが門下生だったことを知らされてなかったから機嫌が悪いみたい」と緑谷に言われ梓は首をひねった。
『別に嘘ついてたわけでもないのに』
「んん…そうかもしれないけど、」
ほんとは、僕もちょっと傷ついた。
と眉を下げた緑谷は、困ったように笑った。
彼は、複雑な爆豪の気持ちがわかっていた。
幼い頃から一緒にいた、大事な幼馴染のことはなんでも知っておきたいのに。
幼馴染という一番近い存在なのに、いつのまにか得体の知らない奴がするりと梓の隣に立ったことが気にくわないのだ。
梓との関係の過程を見ていた轟や切島は兎も角、その過程を見ていない心操が突然現れてただならぬ関係だったことを今日知って、嘘だろ、と思った。
横からかすめ取られた気がしてムカついた。
緑谷には、爆豪の心情が理解できていた。
対して梓はあまりよくわかっていない顔で爆豪と緑谷の間にすとん、と座る。
当然のように真ん中に座った少女にオールマイトはくすりと笑みを浮かべた。
きっと、幼い頃からこの定位置だったのだろう。喧嘩ばかりする2人の間に座るのが梓の役目。
そして、3人揃ったところでオールマイトは口を開いた。
「今日呼んだのは、勿論、緑谷少年の個性の暴走について。緑谷少年、そして、東堂少女、起こったことを具体的に話してくれないか」
「あ、はい。えっと、物間くんに挑発されて、個性を発動しようとしたら黒い物が溢れました。制御できなくて、振り回されて、痛くて、怖くて…。敵味方関係なく傷つけそうだったのを、梓ちゃんが一手に引き受けてくれてからは少し冷静になれたんですが、それでも制御はできませんでした」
『…いずっくんが辛そうだったから、最初は気絶させようと思ったけど…でも、この前いずっくんが背負ってるものを知って、この黒い何かもきっといずっくんの力なんじゃないかって思って、だったら、先のことを考えるとコントロールできるようになるべきだって思った』
「そうか。東堂少女、あの得体の知れない力相手に、よく恐怖を抱かず対処しようと思ったね。何か感じ取ったのかい」
『いや、別に感じ取ったわけじゃないですけど…でも、元はオールマイト先生から受け継いだものでしょ?それが、いずっくんが出てきたんですよ?このいずっくんから。絶対悪いものじゃないって思ったの』
ぱんぱんと緑谷の背を叩きながら目をキラキラさせて自信満々に言うものだから、思わずオールマイトと爆豪は吹き出し緑谷は照れ臭そうに下を向く。
『この前ワン・フォー・オールの個性の話を聞いて、脈々と受け継がれてきた意思を感じて、うちの精神に個性が乗っかったみたいだと思ったんです。だから、きっとこの黒いのも、先代達の意思の一つなんじゃないかって思ってね…、きっといずっくんを守るために出てきたんだと思っていずっくんを攻撃したの。だって、そうすれば、黒いやつは私を狙うでしょ?』
「東堂少女の行動の意図は薄々察していたけど、冷静になって聞くと随分危険な賭けだね…。緑谷少年がコントロールできないとわかっていながら標的になるとは」
『結局、隙突かれて怪我しちゃったんですけどね。そういえばいずっくん、洗脳解けた後何か言ってたけど…』
「あっ、そうだった。えっと、洗脳されている時に不思議なものを見たんです」
そう言って話し始めた緑谷の話は摩訶不思議だった。
洗脳された時に見た夢。誰かの記憶を見た後に、スキンヘッドの男に話しかけられた。
恐らく彼は個性の継承者の1人。
夢と片付けるには随分とリアルで、そのスキンヘッドの男が言っていたのだ。ワン・フォー・オールそのものが成長している、と。
「先代の個性…ワン・フォー・オールそのものの成長…か」
「てめーは見たことねーんか。継承者の記憶」
『継承者の記憶かぁ…見たことないな』
「えっ?」
『え?』「あ?」
「え!?東堂少女も継承者!?え!?」
「…言ってなかったんか」
『あ、言ってなかったかも。そういや、相澤先生にしか言ってないかも』
「梓ちゃん、相澤先生と仲良いよね。いっつも相澤先生がハラハラ見守ってる感じ」
『エッそれ仲良いの?』
ハラハラ見守られていることのどこが仲良いんだ。
たしかに相澤には頼りきっているが、これでも、厄介な生徒で申し訳ないと思っているのだ。
眉を下げつつも未だびっくりした顔を崩さないオールマイトに向き直り、梓は今更ながら自分の境遇を彼に伝えた。
『私、もともと無個性だったんです』
「…それは、聞いていたよ。東堂一族は確か、個性に恵まれないだろう?ただ、君は突発的に個性が発現した珍しいタイプだとばかり」
『確かに、うちは血筋的に戦闘タイプの個性に恵まれません。ただ、随分前に戦闘タイプの個性を発現した者がいたそうです。その者は、病弱で、自分の個性に飲み込まれて死にました。その情景が、水、風、雷が入れ乱れまるで嵐のようだったことから、その個性は“嵐”の個性と呼ばれました。そして、個性を無機物に封印することができる個性を持った者が、嵐を封印しました』
「…、嵐、まさか」
『はい。ずっと、その個性は封印されていました。何故なら、今まで封印を解き継承させる個性を持つ者がいなかったからです。時は経って、私の祖父に個性を調べる個性が発現し、父の個性を調べたそうです。父の個性は、血縁者から血縁者に個性を継承させる個性でした』
「あぁ…そうか、巡り巡って、君が、」
『そうです。その個性を去年、継承しました。だから、私はいずっくんの気持ちが少しだけわかる。私の個性も人のものだったから』
「……。」
人の個性。しかも前の持ち主はその個性に殺されている。
思っていた以上にヘビーな内容を平然と話すものだから思わずオールマイトはフリーズするが、梓と爆豪は話を進めていて、
『前の人の記憶なんて一度も見たことないし、気配を感じたこともないよ』
「お前が鈍感なだけじゃね?」
『失礼な!ほんとだもん!ね、オールマイト先生は今回の黒い個性のこと、知ってたんですか?』
「あ、いや…私も初めて目にした。スキンヘッドの継承者…お師匠の前の継承者は黒髪の青年と聞いている。歴代継承者の個性が備わっていたこと、恐らくお師匠も知らなかったはず」
「じゃあ現状てめーが初ってことだなゴミ。オイ何かキッカケらしいキッカケはあったんか」
いつもは粗野な言動が目立つのに、意外と場をまとめ話を進行してくれる爆豪にオールマイトが関心する中、緑谷が口を開く。
「ううん、全く…、ただ時は満ちたとだけ言ってた…。何か外的な因果関係があるのかも…」
「オール・フォー・ワンが関係してんじゃねぇのか?」
『ん?どういうこと?』
「ワン・フォー・オール、元々あいつから派生して出来上がったんだろ。複数個性の所持、なるほど、あいつとおんなじじゃねぇか」
「言いたくなかったことを…」
『たしかに。でも、そもそもワン・フォー・オールも謎だらけだし、そこから状況を紐解くよりは、いずっくん自身から解明した方がいいんじゃない?』
「それもそだな。おいくそデク、訓練場に行くぞ」
「えっ!?」
『なるほど、そりゃいいね。私は参戦できないけど、かっちゃんなら』
「テメーも来いよ。見とけ」
『もちろん、腕もこんな状態だし、2人を見守るよ』
「え、なに?2人とも何するつもり?」
『だからぁ、かっちゃんがいずっくんの相手をしてくれるんだよ。いずっくんに攻撃して危機を生み出して無理矢理、黒いのを引きずり出すの』
「「出さない為の練習じゃなくて!?」」
『えぇ…出さない方にシフトするの?またああならないように力を知るためには、コントロール必須だと思うけどなぁ』
「梓に同じく」
「「うーん…」」
爆豪は同じ考えのようだが緑谷とオールマイトは微妙な顔で見合わせていて、彼らなりに考えがあるのかもしれないなと頭を納得させる。
そして、4人で訓練室へ向かおうと部屋を出た。のだが。
道すがら、横から「東堂、今ちょっといいか」と呼ばれ、梓は振り向いた。
『轟くん』
「少し、話してェことが」
『ごめん、今からいずっくん達と訓練室に、』
「あ、いいよ。梓ちゃんは怪我もしてるし、今度付き合ってくれれば」
「ハァ!?おい梓、」
「まぁまぁ、爆豪少年。轟少年も彼女のことを探していたことだし、ここは譲ろうじゃないか」
轟の方へと背中を押す緑谷に対し爆豪は憤慨するが、オールマイトに窘められ不服そうだが押し黙る。
どうやら行っていいらしい。
梓は少しだけ迷うように視線を揺るがすが、とんとオールマイトに背中を押され、もう一度、行っていいよと緑谷に言われ、
『ん、わかった。あとでまた色々教えてね』
こくんと頷くと轟に駆け寄った。
「わりい、大丈夫だったか?」
『うん、いずっくんが良いって言ってるし。それで、どうかしたの?』
「あ、いや…とりあえず、寮に戻ろう。ここ寒ィし」
『ふふ、轟くんの左はあったかいけどね』
だから左側に立ったのか。
くすりと笑って肩をすくめた梓に轟は目をパチクリさせると、つられたように頬を緩めた。
ー
寮内はいつもよりも賑やかだった。
『B組来てるの?』
「おう、靴脱げるか?」
『やだなぁ、左が使えないだけだよ。っと、』
「あぶねっ」
段差に躓いたところを咄嗟に轟に支えてもらっていれば、広間の奥から「東堂、あぶねーぞー。前見ろー」「轟くん王子様かよ!」「いつもアイツのイケメン発言にやられてるけどね」と瀬呂、葉隠、耳郎の軽口が聞こえる。
『あはは、轟くん王子様だってよ』
「じゃあお前はお姫様か?……随分、活発なお姫様だよな」
『微妙な顔で無理なフォロー!』
でも俺、そういう東堂好きだ、と謎の意思表示をしてくる轟に慣れていないB組の泡瀬と円場は顔を真っ赤にして声にならない悲鳴を上げていたりする。
その横をすり抜けて鉄哲が駆けてきた。
「よォ、東堂!左腕大丈夫か!?轟も!昼間はありがとな!」
『わぁ、鉄哲くん。うちの相棒無理させてくれちゃってこのやろー』
「ははっ、試合は引き分けだったが俺は負けたと思ってる!ヤベェ熱さだったよ!」
『確かに、あれはヤバそうだった。でも、鉄哲くんめちゃ強かった。あの試合見て、私も君とやりたくなった』
「……A組の戦闘狂をやる気にさせちまったな!」
『戦闘狂ってなにさ!それにしても…昼はあんまり話す時間なかったけど、轟くん、』
「ん?」
『熱量上げられたんだね。知らなかった』
目をまん丸くさせてそう言った梓に轟はぐっと黙った。
彼が話そうと思っていたことに自ら触れてきたものだから少しびっくりしたのだ。
「……まぁ、見せたこと、なかったからな」
『すごかった。ね、鉄哲くん』
「おう!ヤベェ熱さで溶けるかと思ったぜ。にしても、東堂も知らなかったんだな。相棒とか言ってたから知ってるかと思ってた」
「だって、上げたら、東堂を側に置けなくなるだろ」
下を向き、少し拗ねたようにそう言った轟に梓を鉄哲は目を丸くし、近くで聞いていたB組の泡瀬と円場が「「え?」」と目を見合わせる。
つまり、轟が熱量をあげられることを梓に黙っていた理由は、彼女との共闘が難しくなることを考えてのことだったのだ。
どれだけこいつはこの子と一緒に戦場に立ちたいんだ、盲信的すぎんだろ、と引き気味に轟を見るが冗談を言っている風には見えない。
『え?私と共闘できなくなるから熱量あげないの?』
「おう」
『そりゃ、たしかに…あのレベルの赫灼は雨のベールも一瞬で蒸発しちゃいそうだけど…』
「だろ?だから、」
『でもさぁ…』
眉を寄せて悩むように顎に手を置き、少し目を瞑ってうーん、と唸る。
そして、次に目を開けた時、その透き通った瞳は大きな光を含んで轟を見上げていた。
『コントロールをもっと上げれば、蒸発を上回るスピードで雨を纏えるかもしれない』
「神業すぎねェか、それ。今のお前のコントロール力からは考えられねえけど」
『でも、私は君の赫灼のその先が見てみたいよ』
「……」
強くなれば、守れるものが増える。
心酔するクラスメイトにそう言われ、その熱が轟に伝播する。
思わず言葉を噤めば、折れていない右腕が上がりその手が轟の服の襟をつかみ、少しだけ屈むように梓のほうへ引き寄せ、
『一緒に上に行こう?』
近距離で魅せられた双眼に思わず轟は顔を真っ赤にすると「オウ…」と小さく返事をし、既読スルーしていた父親に直ぐ様メッセージを送っていた。
その隣で鉄哲は自分に言われたわけでもないのに顔を真っ赤にして口をパクパクし、円場は発狂し、慣れていないB組の面々にあの2人はどういう関係なんだいつもああなのか、と質問責めにされるA組であった。
(何見せられてたの俺たち!?!?)
(轟のやつソッコー携帯で連絡取り始めたけど!!あれ絶対エンデヴァーに赫灼のこと聞いてんじゃん!忠犬かよ!!)
(梓ちゃんの通常運転!?あれが!?)
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