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歓声をあげて迎えてくれるクラスメイト達に梓は嬉しそうに顔を綻ばせた。
添え木で固定している左腕をさすりながら、駆け寄ってくる彼らに『なんとか勝てた』と笑う。


「梓、左腕折れてんのか!?大丈夫か!?」

『うん、折れたけど、ぽっきり綺麗にいったからすぐ治ると思う。切島くん、そんなに心配そうな顔しなくても大丈夫だよ』

「梓ちゃんマジやばかった!最後!地面えぐってたぜ!?」

「地形ごとぶっ壊して相手の地の利をなくすとか正気の沙汰じゃねーよ!しかもあの一瞬で選択するとか、東堂相変わらずお前ってやつは…!」

『上鳴くん、瀬呂くん…詰め寄り方がえぐい』

「みんな嬉しかったのよ。梓ちゃんが期待に応えてくれたから」

「そうそう、ウチらは梓がA組トップ3の1人って思ってるけど、正直B組は半信半疑ぽかったからね。どーだ、うちの梓は!って思っちゃった。ま、無理しすぎだよ。フラついてんじゃん」

『梅雨ちゃん、耳郎ちゃん』


健闘を讃えるように耳郎に背をぽん、と叩かれ、たしかにフラついてる、個性使いすぎたと眉を下げていればタタッと轟が走ってきて、


「相変わらず、格好良かった。俺の好きな東堂だった」

『轟くん…、うん、課題は残ったけどね』

「課題?」

『あいも変わらずコントロールだよ。もうちょっとやりようがあったし、地の利を活用すべきだったかも』

「厳しすぎだろ。…それより、左腕は大丈夫か?」

『全然大丈夫。君は?気絶してたよね』

「ああ、リカバリーされた」


そうか、なら良かった。と轟に笑いかけながら先生2人が並ぶ場に向かう中、ジーッと見ていた爆豪にぐいっと引っ張られ耳元に顔を寄せられ、


「デクの為に無理してんじゃねェよ」

『!』

「アレがなかったら、お前ならもっと早くに勝負決めれたろ」

『んー…、でもやらなきゃって思った。訳はあとで話す』


今から講評である。そう思って小声で返せば舌打ちの後解放され、梓が相澤の元へ着いたと同時、5連戦最期の講評が始まった。


「えーとりあえず緑谷、何なんだおまえ」


ズバリ、最初に核心をついた相澤に周りはソワソワとざわついた。思い出すのは開戦前半の黒い鞭である。暴れたそれは驚異的で、途中からは味方である梓との一騎打ちになっていた。


「凄く黒いのが顕現していたが」

「暴走していたが技名は?」

「新技にしちゃ超パワーから逸脱してねえか?」

「どういう原理?」

「途中から東堂に牙剥いてたよな…」

「ばっかアレは、東堂自身がそう仕向けたってA組が考察してたろ」

「いや、そうするしかなかった状況ってのがおかしいだろ」


ざわつき、緑谷に視線が集まる。
助け舟を出したほうがいいだろうか、でもどう話せばいいのやら、と梓は目を白黒させたが心配はなかった。緑谷は口を開いた。


「僕にも……まだ、ハッキリわからないです。力が溢れて抑えられなかった。今まで信じてたものが突然牙を剥いたみたいで、僕自身すごく怖かった。この力が、周りを傷つけてしまいそうで、」


か細い声でそう紡ぐ緑谷の手が控えめに梓の着ている羽織の裾を掴む。


「でも、梓ちゃんが来てくれて。周りに四散したそれを引き受けてくれて…、あの時は梓ちゃんを怪我させたくなくて、やめてほしいって思ったけど、でも…あのままだったらどうなるかわからなかった」

『いずっくん…』

「梓ちゃん、守ってくれてありがとう。君のおかげで、この力が怖いものじゃないって思えたんだ。あと、怪我させちゃってごめんね」

『ふふ、別に気にしてないよ。それに、結局止めたのはお茶子ちゃんと心操だから』

「うん、麗日さんと心操くんもありがとう。洗脳で意識を奪ってくれなかったら、梓ちゃんに追い打ちをかけてたかもしれなかった。心操くん、ブラフかよって言ってたけど、本当に訳わかんない状態だったんだ」

「本トね!緑谷くんの暴走に対して心操くんはもちろん麗日さん迅速な判断は素晴らしかったわ!そして、緑谷くんの暴走を止めるよりもコントロールさせようと判断し、かつ、味方へ被害が向かないように体を張って行動した東堂さん!なかなかあの判断はできないわ。自分の身の危険を考えると賛否両論あるかもしれないけど、常に先を見通せるその目は評価に値するわよ」


ぱちん、とウインクをするミッドナイトに思わず照れていれば麗日もこくこく頷いていて、


「うん、私もちょっとパニックやったけど、梓ちゃんが冷静だったから安心したんよ!」

『お茶子ちゃんはやかった』

「麗日びゅーんってすぐ飛んでったもんねえ。はやかったもんねえ。ガッと抱きついたもんねえ」

「…わ、私ももうちょっと冷静にならんといかんでした…。でも、何も出来なくて後悔するよりかは、良かったかな」


芦戸に囃し立てられ赤面しながらも隣の梓をちらりと見れば、ありがとうと笑っていて、
ああ今回は隣に並べたのか、彼女の力になれたのか、と麗日は嬉しくなった。

インターンのあの日、強くなりたいと思ったキッカケは救えなかったナイトアイと、傷だらけで救った同級生の梓だ。

地上から地下に降りた時、梓とすれ違って、羽織のリンドウの花を見て、全部終わった後に疲弊した彼女を抱えた。
みんなを守る為に必死で、傷だらけで、その大きな存在とはかけ離れた軽さ、不安になるほど華奢な体に刻まれた傷は痛々しかったが、エリは救えた。

その時に思ったのだ。


「梓ちゃんみたいにはなれんかもしれんけど、梓ちゃんと同じで、全部助けたいって思っとるから…デクくん助けられて良かった」

『お茶子ちゃん…、うん、駆けつけてくれてありがと』

「いい成長をしてるな、麗日」


相澤に褒められ嬉しそうに梓と麗日が笑いあっていると、反対側から「俺は別に緑谷の為だけじゃないです」と心操の声がした。


「梓に指示されて動いただけで、ていうか、梓が無理してあの攻撃一手に引き受けてんのはわかってたし、もし梓が止められないなら、あの黒いのはB組の人たちにも危害を及ぼすと思ったから…。俺は、緑谷と戦って勝ちたかったから、止めました」

「…。」

「偶々そうなっただけで、俺の心は自分のことだけで精一杯でした」


眉間にしわを寄せ反省の弁を述べる心操だったが、
カツカツと心操の元に向かった相澤が捕縛布で首をキュッと締めたことで場は騒然となり「暴力だー!!PTA!PTA!」とブーイングが起こった。

はらり、と捕縛布から手を離しながら相澤は「誰もお前にそこまで求めてないよ」と静かに口を開く。


「ここにいる皆、誰かを救えるヒーローになるための訓練を日々積んでるんだ。いきなりそこまで到達したらそれこそオールマイト級の天才だ。人の為に、その思いばかり先行しても人は救えない。自分1人でどうにかする力が無ければ他人なんて守れない。その点で言えば、お前の動きは十分及第点だった」

「…。」

「心操くん、最後アレ、乱戦に誘って自分の得意な戦いに戻そうとしてたよね。パイプ落下での足止めもめちゃ早かったし、移動時の捕縛布の使い方なんか相澤先生だったし、梓ちゃんの刀を止めたし…」

『え、パイプ落下?なにそれ、すごい』

「うん!第1セットの時は正直チームの力が心操くんを活かしたと思ってた…!けど、決してそれだけじゃなかった。心操くんの状況判断も、その、“動き”も、ヒーロー科のみんなと遜色ないくらい凄くて、焦った!梓ちゃんみたいだった」


少し悔しそうに、そう眉を下げて言った緑谷を心操は鼻で笑った。
「…冗談だろ。お世辞はやめてくれよ」と言うが、頑固な彼は譲らない。


「梓ちゃんの刀を受け止めることが、どれだけ難しいことか…A組の人たちは知ってるよ。一度ならず二度三度と止めたあれは、マグレじゃないでしょ。それに、誰かのための強さで言うなら僕の方がダメダメだった。仲間に頼りっきりになっちゃったし」


そうだな、と相澤が緑谷の講評を肯定したところでブラドキングがくるりとヒーロー科の生徒の方を向く。


「これから改めて審査に入るが、恐らく…いや、十中八九、心操は2年からヒーロー科に入ってくる。おまえら中途に張り合われてんじゃないぞ」


“2年からヒーロー科に入ってくる”そう突然言われ、諦め気味だった心操はブラドキングの言葉がスッと理解できなくて唖然と立ち尽くした。


「…は、?」

「「「おおー!!どっちー!?Aー!?Bー!?」」」


ワッと歓声が上がる中、やっとこさ言葉の意味を咀嚼して、今度は手が震える。
良かったな!と背中を叩いてくる物間にこくりと頷きながらも彼の手はぎゅ、と胸元を握った。
その中にある、誓いのリングを感じるように、体操服ごとぐしゃりと握って、

泣きそうになるのを耐えるように下を向く。


やっと。

やっとスタートラインだ。
周りよりも10歩も100歩も遅れたが、あの子が差してくれた光をがむしゃらに追って、同じような戦闘スタイルの相澤に弟子入りして、なんとかここまで来た。


「心操」


相澤に呼ばれ、顔を上げると、少しだけ優しげな目をしている彼が、「ま、正式にはまだ決まってないが、よくやったな」と労ってくれていて


「イレイザーヘッド…、ありがとうございます」

「……、報告してこい」

「はい」


顎でしゃくられた先にいるのは、「門下生とか初めて聞いたんだけど!?」「怪我大丈夫?」「相変わらず命何個あってもたりねー戦い方だな!」とクラスメイトたちに群がられている梓がいる。


体操服越しにリングを握りながらゆっくり歩いていけば、何かを察したらしいA組の面々がモーゼの海割りのようにわらわらと道を開けてくれて、

道を開けてくれたのはいいが、なぜか注目も集まっていて、心操は少し気恥ずかしい気持ちになりながらも真っ直ぐ梓の方に向かう。


「…来年、ヒーロー科だってさ」

『ちゃんと聞いてたよ』


当然のようにそう言うものだから少し面食らって「あんまり驚いてないんだな」といえば、梓は挑戦的な目で心操を見上げると少しだけ口角を上げた。


『そりゃあ。ウチの筆頭門下生が認められないわけないでしょうが。このステージに来た時点で、編入は確信してたよ』

「冗談だろ。俺は、不安しかなかったよ。ヒーロー科のみんなはやっぱ強いし…、舐めてたわけじゃないけど、場数の違いを見せつけられた」

『……』

「編入出来たのは嬉しいけど、ここがスタートであって、みんなよりも凄く遅れている以上この後の道は生半可なもんじゃないってのはわかってる。手放しで喜んでる場合じゃあない」

『うーん…とりあえずは喜んでいいんじゃない?』

「いや、今日の内容も別に良かった訳じゃないだろ。アンタに助けられたし、反応だって遅かったし、やれることの半分も出せなかったし、抜刀だってもっと早く出来たはずなのに…」


眉を下げ、唇を強く噛みしめる心操に梓は困った。


『心操、』

「いや、悪い。ここで話すことじゃないな」

『……。』


彼はくしゃりと前髪をかくようにあげると「人の目が集まってるし」と苦笑い気味に辺りを見回した。
もともと内面をさらけ出すようなタイプじゃないし、ましてや、ヒーロー科の人間が見ている前で弱音など吐きたくないのだ。


「着替えてくる」


弱音を吐いたところで強くはなれない。
精進するしかない。心操はぎゅっと体操服の上から首にかけているリングを掴み、じゃ、と梓に一言いうと背を向けた。

その背を、梓は呆然と見ていた。


(なんでそんなに落ち込んでるんだろう。)


もっと喜ぶと思ったのに、今回の戦闘訓練は彼の自信をそぎ落とすものだったらしい。
決して悪い内容ではなかったのに。

相澤も十分及第点だ、と言っていたし、梓もそう思っていた。
たしかに、彼が言っていた先程の反省点について、そうかもしれないとは思ったが、今回目的は達成したのだ。
ヒーロー科に編入するという目的が。

ずっと、あの日からずっと追い続けていた目的を達成したのに。


(もっと、喜べばいいのに。まるで追い詰められてるみたいだ…)


心操は、眉間にしわを寄せ、視線を下げ、申し訳なさそうにこちらを見ていた。

その理由がなんなんだろうと考えて、
遠ざかっていく心操の背中をじーっと見て、

梓は気づいた。彼がずっと体操服の胸元をくしゃりと握っていたことに。


(眷属のリング、)


『、あ…』

「梓ちゃん、リカバリーガールが呼んでるよ」

『いずっくん、ちょっと待ってて』


早く治療しに行こうと服を引っ張る緑谷に一言断りを入れ、梓は心操を走って追いかけた。

追いついて、
『待って』と背に触れ、目を丸くして「何?」とこちらを振り返った彼の目をまっすぐに見上げる。



『気負ってる?』

「え、?」

『気負わなくていいんだよ』


最初は首を傾げたが、トン、とリングがあるであろう位置に手を置いてそう言えば、戸惑いで彼の目は揺れた。


「……なに、言ってるんだよ。気負うとかじゃなくて、こんなんじゃだめなんだ」

『なにがさ』

「こんなんじゃだめだ。俺みたいなのが眷属でいていいのかよ。だめだろ。お前の、眷属だぞ」

『まさかそれを君から言われるとは』


震える声に対し梓の声音は随分とあっけらかんとしていて。
思わず心操は目をパチクリとさせて少女を見下ろす。


「へ?」

『なに、君が東堂の重圧に押しつぶされそうになってるのさ。心操は、東堂一族の大いなる意志を重んじるつもりなんてないって言ってたじゃん。私だけの眷属だって』

「あ。」

『心操が、一族を軽んじてくれるから、私の重圧を軽くあしらってくれるから、私は潰れないんだよ』

「……」

『一族も家紋も見なくていい。私と背を合わせてくれればそれで。…眷属の自覚なんて、これっぽっちも望んじゃいないよ』


きっぱり、そう言い切った梓の言葉は、心操の心に突き刺さった。
強い意志に隠れた彼女の望みに気づき、ああそうだと初心を思い出す。

眷属の誓いを立てたあの日。

心操は、梓に誓った。お前の為だけの存在になると。東堂家の信念なんてどうだっていい、と。

それは、当主である梓の、本当の部下や味方が内部にいないと思ったからだ。
泉は父親の部下、九条と水島も今でこそ彼女の直下だが元は父親の部下。
彼らは、良くも悪くも東堂の人間であり、ハヤテの背負っていたものを梓に背負わせる節がある。

つまり、家のことを知る内部のもので、彼女が弱みをさらけ出せる人はいない。

だから、自分がそれになろうと思った。
東堂一族のイカれた思想から彼女を引き剥がせないなら、内部で支えになろうと思っていた。


(東堂一族なんかクソくらえって、)


思っていたはずなのに。


気づかないうちに一族の意思を慮っていた自分に、心操は思わずははっと乾いた笑い声をこぼした。


「え。俺…、毒されてる?」

『うん』

「まさか」

『守護一族の24代目の眷属なんだから、みたいな顔してたよ。マジか心操、と思った』

「嘘だろ。いや、俺はあんなクソみたいな思想に共感なんかしちゃいない。これは九条さんたちの刷り込みのせいで、」

『あはは、刷り込まれちゃってるじゃん。だめだよ。君が俯瞰してみてくれるから、私は深い意志に身を落とすことができるんだよ。きっと、やばくなったら唯一正常な心操が引っ張り上げてくれるもんね』


安心して身を落とせるので当主は安心です!と何故かホッと息をついて笑った梓に「いや、やめてくれよ。落ちんな」と苦笑した心操はすっきりとした気持ちでもう一度梓の顔を見た。


彼女の言葉で初心を思い出した。
自分の役目は、この目の前にいる危うい主人を守ること。外敵からではなく内敵、プレッシャーやイカれた精神論、そして一族のしがらみから守り支えること。


(梓は強い。守らなくたって、俺よりも強い。だから、)


想像を絶するほどの重圧が乗るその肩を、その背を、少しでも軽くするのが自分の役目。
そして、出来ることなら、彼女に守られない存在になりたい。その為には強くならねばならない。


「…、まだまだ、強くならないとな」

『え?』

「俺はまだ弱いから。梓に守られてたら、情けないしな」

『…、心操はよく、自分のことを弱いと言うね』

「本当の事だからね。自分の実力はちゃんとわかってるつもり」

『んー。でもさ、私は弱いと思わないよ』


何を言う。個性を使わない状態でも梓に剣術で勝てたこともないのに。
思わず、嫌味か慰めかとジトーッとした目で梓を見下ろせば、
彼女はなんてことないかのように花のようにパァッと笑って、


『強くなったじゃんか。あの時と今と!』

「!」

『心操が血反吐吐くほど頑張ってたの知ってるし、正直、物間くんを討ち取ろうとした時、本気だったから止められてビックリした』

「…梓の太刀筋はずっと見てきたから」

『心操…、直向きだねぇ。こっから、道は険しいけど、頑張るしかないね』

「ん。…やるしかない。梓、後ろでA組の奴らが呼んでるよ。早くリカバリーガールのところに行けってサ」

『おお、そうだった。それじゃ、心操、またね』


手を振って軽やかな足取りでリカバリーガールの元へ駆けていく梓の背を見送る。


(無茶しがちなアイツのストッパーにならないと)


心操の手は、大事そうに眷属のリングを握っていた。

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