五万打リク第三弾◆風邪
朝から調子が悪かった。
体は重いし寒いししんどいし、最初はやり過ごせると思ったがどんどん悪くなっていき、ランチラッシュの絶品定食も喉を通らず耳郎に心配をかけてしまって、梓は体調不良を隠すようにゆっくり息を吐くとニコッと笑ってみせた。


『大丈夫だよ』

「本当に?熱あるんじゃないの?」

『ないって』


額を触ろうとする耳郎の手をひらりと躱しながらコスチュームに着替えると気合を入れた。
今日も個性圧縮訓練だ。空中ライドはただでさえ神経を使うのだから体調不良でどうこう言っていられない。
授業が始まり次第、持ち場である断崖絶壁の上に向かう。

ぶわりとブーツを風を纏わせ勢いよく地面を蹴り空中を駆け上がる梓を、クラスメートは慣れたように見守る。


瀬呂「相変わらず扱いにくそうな個性だよなァ」

切島「ああ、夜嵐の風とは訳が違うから、ライドもむずいんだってよ」

葉隠「空飛ぶ時の梓ちゃん、かっこいーよね。幻想的!」

上鳴「俺、着地する時にぶわって羽織がはためくのが好き」

「「わかる」」


轟まで同意するように頷いているものだから、思わず耳郎は吹き出すが、
その彼が「あ。」と言葉を漏らしたことでなんだと周りは彼を見た。

相変わらず轟は梓から目を離しておらず、その目が大きく見開き「え?」と小さく呟く。

梓は崖に着陸する寸前にバランスを崩していた。ぶわりと風が吹き、どうにか体勢を整えようとするが、なぜか雷がバチッと弾け空中に体が投げ出される。


「「「!?」」」


コントロールが出来ていない。落ちる。
この高さから落ちたら流石の彼女も怪我じゃすまない。
思わず全員がゾッとし彼女を助けようと駆け出したが、それよりも早く爆音とともに空中を駆け上がった爆豪によって落下した少女は受け止められた。


「何してんだバカ!!」

『〜っ、ごめん、』


ドサっと受け止められ横抱きのまま地上に着陸した2人に、「爆豪速すぎ」「モンペいて良かった」「てか梓ちゃんどしたの!?」とザワつきつつ周りは駆け寄る。
特に緑谷と轟は競うようなスピードで2人の元へ駆け寄ると、未だ爆豪に抱きかかえられている少女の顔を覗き込んだ。


「大丈夫か?どうしたんだ、お前らしくもない」

「かっちゃんナイスキャッチ…!梓ちゃん大丈夫!?」

『あ、いや…足滑らせちゃって、』

「嘘つくんじゃねェよ。…あっちィな」


抱きかかえている少女の体温は不自然に熱くて思わずそうぼやけば緑谷は慌てふためき、轟は心配そうに眉を下げ右手を彼女の額に乗せる。


「熱っ。朝から様子がおかしいと思っちゃいたが、風邪ひいてたのか…」

『ふぁ〜…、つめたい』


気持ち良さそうに目をとろんとさせるものだから手はそのままに思わず固まるが、脛を容赦なく爆豪に蹴られ轟は小さく呻くとうずくまる。


「痛ってェな…!」

「テメーが腑抜けた顔するからだろ半分野郎!氷出せや」

「は?」

「こいつ、保健室に連れてく。その間にとりあえずデコの上に乗せんだよ」

「嫌だ」

「はァ!?」

「氷は出さねえ。俺の手は冷てえから、それでいいだろ」

「なんだその理論!!テメーは圧縮訓練やっとけや!!」

「叫ぶなよ。ほら、行くぞ」

『ちょ、私まだ、やれる…』

「やれねえよ」「バカかお前」

『え、なんでこんな時だけ揃うの…』


さっきまで喧嘩してたじゃん。
熱にうなされ、だる重な身体に呻きながら梓は諦めたように爆豪に身を預け、轟のひんやりした手を感じながらそのまま気を失うように眠りについた。



夢を見た。それは過去の情景だった。
部屋の隅に隠れている少女は、幼い頃の自分だ。
自分は、泣いていた。しゃくりあげながら泣きじゃくっていて、頭からは血が出ている。

ああ、3歳頃だろうか。
どんどん稽古が激しくなってきて、身も心も東堂家の守護の意思に追いついていない頃。



“ひっく…いたいよう。つらいよう。なんでわたしばっかり”

“やだよ、おとうさんもお母さんもこわいよ。なんで、まもらなくちゃいけないの。しゅごのいしってなに。なんでわたしが。せおうってなに。重いよう”


たどたどしくそう泣きじゃくる自分に、ああそんな時代もあったなと梓は眉を下げた。

守護の意思だとか、東堂家が背負うものだとか、理解できないまま続けられるスパルタ稽古に心も体も壊れそうになった。

いつからか、そう言った弱い感情に蓋を出来るようになり、守護の意思を理解し、背負う覚悟が出来た。
それまでは、確かに地獄のような日々だったかもしれない。あんまり覚えていないが。


(小学校の頃は、もう一族のことは理解してたもんなぁ)


それ以前なんてほとんど覚えていないが、辛かったことだけは心に刻まれていた。


“なんで、わたしだけがみんなを守らなきゃいけないの。わたしのことはだれかまもってくれないの?わたしは、ずっとたたかわなくちゃいけないの。やだよう。こわいよう。いたいのはいやだよ”


随分弱虫だったんだな。今じゃ口が裂けても言えないし言わないし思わないことをぽろぽろ零す少女に、それが自分だということを忘れて憐れみの目を向ける。

よくぞまあ、ここから今の精神状態に持ってこれたものだ。
それもそれも、幼馴染のおかげだろう。彼ら2人が大事だったから、守るという感情に覚悟を持ち一族の意思も理解できるようになったのだ。

それ以来、こういう弱い感情に蓋をするのは慣れている。時々ぱっくり傷が開いて相澤に迷惑をかけるが。


梓は夢の中で、少女の背中を叩いた。


『しっかりしろ。今をお前が耐えれば、救える人は増える。強くなれ。じゃなきゃ、守れるものも守れなくなるよ』

“わたしのことはだれが守ってくれるの”

『自分の身は自分で守るんだよ』

“なんで、わたしはいたいおもいをして人をまもらなくちゃいけないの”

『それが使命だし、何より、守りたいと思ったものを守る力がほしいとは思わない?お前にもすぐにそれがわかる。大切な人ができるから』

“だれか、わたしを守ってよう…”


ぐずぐずと泣く幼い日の自分を根性無しめと思いつつも、随分前に蓋をした弱い感情に少し動揺した。






受け持ちの生徒が訓練中に倒れたと聞き、相澤は保健室に様子を見にきていた。
そこには40度という高熱を出して寝込んでいる問題児がいた。


「随分魘されてるな…」

「疲れさね。近づいても問題ないよ」


やっとうるさい奴らを追い払ったところだから、しばらく寝かせてやんな。と笑うリカバリーガールに、うるさい奴らはアイツらだろうな、と目星をつけ鼻で笑う。
額に大きな氷を乗せられう〜ん、と魘される少女は随分と苦しそうだった。


「ずっと魘されてるよ。…この子、あの東堂の子だろう。無理もないねェ。疲れに加えて重圧が精神を追い詰めてんのかもしれないね。近頃の様子はどうだい?」

「近頃は…、特に変わった様子はなかったんだが、」

「そうかい。まぁでも、しっかり見といてやんな」


言われなくても見ているつもりである。
受け持ちの生徒の中でも特別見ているつもりだが、朝からの体調不良を見抜けなかったことに相澤は舌打ちした。

相変わらず、弱い部分に蓋をするのが上手い。
幼い頃からの癖であるそれは、自分で気づいていない無茶を自分に強いていると相澤は思っていた。
だからこうして身体に不調が出る。


(インターン後も休まず鍛錬してやがったからな)

「はぁ〜…」


ため息混じりに大きすぎる氷をどかしてやれば、起きたのか、ゆっくり瞼が上がり熱のこもった双眼が真下から相澤を見つめた。
その目は虚ろで、熱に浮かされ潤んでしまっていて思わずどきりとする。


「…、起きたか」

『………ん、』


意識が戻っているのかいないのか。
よくわからなくてじっと見つめ返していると、ぶわりと少女の目に涙が溢れ相澤はズザッと後ずさった。


「!?」

「あらあら」

「バアさん、こいつ大丈夫なのか…!?」


あまり動揺していないリカバリーガールに思わず聞くが、「熱は下がってないけど、命に別状はないよ」とカラカラ笑っていて、ホッとしてもう一度梓を見るがやはりどばどば泣いていて相澤は困ったように頭をかいた。


「な…、どうした、おい」

『うう…いたいよ、つらいよう…。まもるって、なにをまもるの…。しらないひと、まもるの?いたくて、こわいのに、まもんなきゃいけないの…?ねえ、なんでわたしだけ、』

「っ、」


舌足らずに吐露された言葉に相澤は絶句し立ち尽くした。
梓の手が弱々しく相澤の黒い服を掴み、その虚ろで熱のこもった目涙溢れる目に縋るように見つめられる。


「東堂…、」

「寝ぼけてるだけさね。口調からして、幼い頃の夢でも見てんのかね。手ェ握ってやんな」

「…幼い頃、か」


なんとなく、合点がいった。
ゆっくり手を握り、ベットに腰をかけると落ち着かせるように汗ばんだ頭を撫でてやる。


『こわい、つらい…いたい、おもいの。しゅごのいしってなんなの。おとうさんもおかあさんも、どうして、まもれというの?…わたしのことを、まもってくれるひとは、いないの?』

「ッ…見てられねェな…。おいバアさん、これどうにかならねーのか」

「叩き起こしゃいいんじゃないかい」

「叩き起こすって…」


出来る訳ないだろう。
だが、とてもじゃないが見ていられないしかける言葉も見つからない。

梓の大きな目からぽろりぽろりと涙が溢れる。


「だれか、守って」

「…ハァ…もう駄目だ。」


別に彼女に特別な感情がある訳ではないが、生徒と教師という手前、手を握るに留めておきたかったところ。だが、そう言われて、相澤は留めることが出来なかった。
手を引っ張り上半身を起き上がらせると、少々強引にぎゅっと抱きしめる。


「よォく聞け。お前は、俺が、死んでも守ってやる。だからお前は好きに生きろ」

『うぅっ…ひっく、…』

「いいな?」

『う、うん…、うわぁぁん…!』

「よし、わかったんなら泣け。我慢するなよ」


少女の腕が相澤の首にまわる。
ぎゅっと抱きつき肩に顔を埋めてしゃくりあげて泣くその背をゆっくりと撫でた。


「世話がやける子だねェ…」

「全くです。…ったく、なんでこいつ俺の前でよく泣くんだ」

「それだけアンタが信頼されてんのさ。離れそうにもないし、そのまま寮に連れ帰っておやり」

「…ハイ」


毛布に包んでお姫様抱っこのように横抱きにすると、泣きながら首にぎゅっと抱きついている梓に「寮に帰るぞ」と声をかけて扉を足で開けた。

まだ学校は終わっていないため、面倒なことにならずに済みそうだと内心ホッとしながら相澤は寮へ向かうのだった。





その日の夜。
A組寮のリビングは梓の話題で持ちきりだった。
40度の高熱が出たが、今は少し下がっているらしい。耳郎と八百万がおかゆを食べさせたり身の回りの世話をしたらしい。など。

そして今地味に注目を浴びているのは、キッチンでせかせか何かをしている爆豪である。
眉間にしわを寄せて何かを切ったり絞ったりしていて、
しばらくすると、一口サイズに切られたリンゴと生搾りリンゴジュースの入ったコップをお盆に乗せてしれっとエレベーターに向かうものだから彼のしたいことが全員わかり思わず吹き出した。


「ぶふっ…アイツの、あんなところ初めて見た…!!」

「爆豪特性りんごセット!!全部りんごだよ!」

「梓ちゃんのこと大好きすぎだろ…!!」

「黙ァってろアホ面!!」


上鳴や切島、瀬呂に吠えつつ梓の部屋に向かった爆豪だったが、
彼女の部屋に轟が先に来ており、りんごセットの載ったお盆を落としそうになった。


「てめっ」

「お、爆豪。八百万の話だとさっき寝付いたらしい。熱は下がってきてるみたいだが、寒そうなんだ」


梓が眠り込んでいるベットのそばに座り込んで頬に左手を当てているところを見るに、暖めようとしているのだろう。
爆豪は眉間にしわを寄せるとズカズカと室内に侵入し、ゲシッと轟を蹴った。


「何我が物顔でそこにいんだ!どけよ」

「痛えな。あんまり大声出すなよ。起きちゃうだろつが」

「てめーが出ていきゃ全て解決だっての」

「なんでだよ。…それにしても、寒そうだな。眉間にしわ寄ってる」

「……」

「あ、俺がいっしょに布団に入ればいいのか。湯たんぽだ」

「俺が、許すと、思うか!?」


ど天然発言に思わず爆豪は3回ほど轟に蹴りを入れるのだった。
結局騒ぎすぎた2人は、気づいた蛙吹や八百万によって部屋の外に連行されるのだった。



数日後、すっかり体調が良くなった梓はへらへらと笑いながら教材を持って相澤の後ろをついて行っていた。


『先生、私、子供の頃の夢を見たんですよ』


思い出したようにそう言った少女に相澤はやっぱりかと内心合点がいきつつも悟られないように「ほう」と適当に相槌をうつ。


『3歳くらいのころの夢でね、ずっとちっさい私が泣いてるんですよ。めっちゃ情けないことで』

(情けない事ってこいつやっぱ思考矯正しないとだな)

『それでね、私、自分に言ってやったんですよ。しっかりしろって』

「ほう」

『しっかりしろ。今をお前が耐えれば、救える人は増える。強くなれ、って。自分の身は自分で守るんだって』

「それで?」

『ずっと泣きやまないんですよ、ちっさい私。そんなんじゃダメなのにさ。自分が情けなくなっちゃって…』

「……」

『でも、夢の中で、誰かに守るって言われて、ちっさい私が泣き止んだんです。誰に言われたのかはわかんないんですけど、でも、聞こえたんです。それで、ちっさい私は泣き止んだんですけど、私が泣けてきちゃって』

「そーか…」

『相澤先生、』

「なんだ」

『ありがとう』

「何が」

『いえ、なんとなくです』


肩をすくめてへらりと笑う少女に、こいつは本当に手がかかる。と相澤はため息混じりにふと笑うのだった。

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