無事合格し、今日は入学式だ。
合格発表があった日、合格通知をハヤテに見せてもおめでとうの一言もなく、当然合格しないといけないのにお前何喜んでんだという冷たい目で見られた。
父親らしいことを何一つしたことのない、相変わらずひどい父親である。
『ね、九条さん!』
「まぁ、あの人はああいうお人だからなぁ。お嬢のこと心配してねえわけじゃないんだぜ?」
『どうだか』
今日は入学式だからきちんとしておけよ、第一印象大事だからな!と九条に髪を梳かしてもらい、身だしなみのチェックを受け、今日もかわいいぞ!と外を掃いていた父の部下の水島に褒められ、上機嫌で学校に向かった。
が、
登校後すぐに制服から体操服に着替え、梳かしてもらった髪は無造作に結い、梓は不機嫌な顔でグラウンドに立っていた。
入学式もオリエンテーションも省いて突然グラウンドだなんて。
とても先生には見えない風貌だし、突拍子のない人だな、と自分の担任になる黒づくめの男をじとっとした目で見る。
(せっかく九条さんに髪整えてもらったのに…)
「ねぇ、あんた。ウチのこと覚えてる?」
バラバラとグラウンドに集まってくる今日同じクラスになった同級生のうち、見覚えのある女の子に声をかけられ、梓は担任である相澤から視線を逸らすと声をかけられた方を向いた。
『あっ、ハンカチの子』
「そーそー、お互い受かったんだね。ウチ、耳郎響香」
にかりと笑ったショートカットで耳に特徴がある女の子は、試験の時にハンカチを拾ってくれ緊張をほぐしてくれた女の子だった。
『私、東堂梓!よかったー、君が合格してると良いなぁって思ってたんだよ』
「梓ね、覚えた。ウチも同じこと思ってたよ。これからよろしくね」
『こちらこそ!』
それにしても入学式無しでいきなりグラウンドはビビるわー、と苦笑気味に言った耳郎に梓も頷く。
『うん、第一印象大事だからってせっかく身だしなみ整えたのにまさかこうも早く制服を脱ぐことになるとは!』
「ははっ、そこ?そういえば梓さ、朝のホームルーム前にあの2人と話してたけど知り合いなの?」
『え?どの2人?』
「ほら、あの乱暴そうなのと地味めの」
『あぁ!2人と幼馴染なんだ』
「うそ!?幼馴染!?3人とも雄英のヒーロー科に受かって同じクラスになったの!?」
『うん、すんごい偶然だよねえ』
「すんごい偶然だし、すんごい仲悪そうじゃん。本当に幼馴染?」
『うーーん、3人でいるときはそんなに険悪じゃないんだけどねぇ』
それはアンタがいるからじゃない?
梓の楽観的な雰囲気に耳郎はすぐに関係性を察したのだった。
ー
生徒の如何は先生の“自由”。ようこそ、これが雄英高校ヒーロー科だ。
そう言われ、はじまったのは、最下位除籍処分の個性把握テストだったものだから、梓は顔を青くした。
思わず隣に立つ幼馴染にすり寄る。
『いずっくんやばいどうしよ私まだ調整下手くそ』
「梓ちゃん真っ青…!」
『担任の先生めっちゃ目が怖いし絶対あれ本気だよ!かっちゃんはいいよなぁ、絶対上位じゃん!』
「だよね、あーー僕もやばい…ほんとどうしよ」
つい最近まで一緒に無個性だった幼馴染にひと通り弱音を吐くと、梓はダメ元で考え始める。
嵐の個性、風水雷の放出操作は微調整が難しい。
50メートル走を風の力を無理に使って個性に集中力を使って走るより、培ってきた俊足で自力で走った方が意外と早い。
他のテストにはあまり嵐の個性は役に立たない。
(水は今回使い物にならないし、雷でどうこうなる問題でもないし、無理に使って自分が使い物にならないのは一番ダメだし)
そもそも今まで戦闘訓練ばかりしてきたせいで、個性を使っての身体測定なんて発想がまずないのだ。
どうしていいかわからないし、不安定な個性を無理に使うよりも普通にやったほうが意外と実力を発揮できるかもしれない。
元々身体能力が人よりずば抜けて高いこともあって、梓はあえて個性を多用しなかった。
無難に全てをこなしていき、真ん中より少し下くらいの位置で迎えたのは、最後の種目ボール投げである。
(ここで、特段失敗しなければ最下位は免れるんじゃないかな…)
不測の事態が何も起こりませんように、と青い顔で順番待ちをしていれば、とんとん、と控えめに肩を叩かれた。
振り返ると、見たことある金髪の男の子がにっこり笑っていて、
「よ!俺のこと覚えてるー?」
『あっ、ピカ、じゃなくて上鳴くん!』
「え、いまなんて言おうとした?ピカチュ◯て言おうとしなかった?」
『ごめん、間違えた。あれ?同じクラスだったの?テストに夢中で気づかなかったよ』
「嘘だろおい。俺は梓ちゃんが教室に入ってきた時から気づいてたんだぜ?なかなか声かけるタイミングがなかったからさぁ」
「次、順番だぞ」
偶然受験の時に会った上鳴と再会を喜んでいればいつのまにか順番が来ていたらしく梓はサッと顔を青ざめさせた。
(あー…ここで少しでも大きな記録出さなきゃ、)
頑張れと声をかけてくれる上鳴に頷き、少し心配そうな顔で見守る耳郎と緑谷に手を振ると、サークル内に入り担任である相澤からボールを受け取った。
少し重いボールをぎゅっと握り、枠の中に入って行こうとしたところで「…ダメだねェ」と後ろから呆れた呟きが聞こえたものだから思わず足を止める。
『へ?』
自分に向けられた相澤の目は、呆れと厳しい光が混じっており、思わずぐっと奥歯を噛んだ。
「俺の記憶が正しけりゃ、お前の個性は嵐だったはずだがな」
クラスメート達には聞こえない呟くようなトーン。
声音から、咎められていることがわかる。
「嵐の個性?全く使いこなせていないどころか、個性把握テストの意味わかってんのか、お前。このままだとお前が除籍処分だぞ」
『えっそれは困ります』
「なら、なんで使わないんだ」
ぎろりと睨まれ梓は思わず下を向いた。
息が詰まる威圧だと思った。
少し目を見て向かい合って、ああこの人は幾多の戦場を切り抜けてきたんだと感覚でわかる。
だからこそ、この人が厳しい目をしている理由がわかって梓は後ろめたい気持ちになった。
きっと、一丁前に力を温存しやがって、ということなのだろう。
そんなこと、このテストでするべきではないのは自分だってよくわかっているが、違う。恥ずかしながらそうじゃないのだ。
追求する相澤の目から逃れるように目線を下に向けると『使わないんじゃなくて、使えないんです…』と小さく呟いた。
「は?」
『ま、まだ微調整ができないので、無理に使って周りを巻き込んだり自分がダメになるよりは、今まで培った自力でテストをこなした方が、』
「……そりゃ確かに正論だな。だが、そんな消極的な理由で雄英でやっていけると思ってんのか?そんなんじゃ誰も守れないぞ」
相澤の言ってることは最もだった。
だが、“誰も守れないぞ”という単語を聞いて、梓は先ほどまでの自信なさげな表情を消し、はて?と相澤を見上げた。
『個性に頼らずに、最下位から抜けてもだめってこと?』
「は?」
思わず相澤は素っ頓狂な声をあげていた。
まさか、そう返ってくるとは思わなかったのだ。
このテストの趣旨を説明したとき、大抵の人間は個性を無理にでも使って記録を伸ばすことに集中する。
が、この目の前の少女は、あえて個性に頼らない選択をした。
個性を使うテストで、だ。
バカだと思ったが、
純粋に最下位にならないつもりで身体能力テストを受けていた彼女の思考が同時に面白いと思った。
「素の身体能力で最下位にならねェ自信があったのか」
個性を使わない消極的な考えは好きじゃない。
が、自分の個性の性質上誰よりも体術を磨いてきた相澤だからこそ、梓の考えが抵抗なくスッと入ってきたのだ。
個性テストに戸惑った目はしているが、最下位を見据えているわけではないし、目は全く死んでいない。
現に少女は強い光を放つ目で相澤を見上げている。
『…物心ついた頃からの、親の教えです。個性のみを過信し個性にすがるような者より強くあるために、死ぬ気で身体能力をあげろって』
聞いたことのある単語だった。
思わず瞠目し、この子の名字を思い出し、ある一族が頭を過ぎった。
(まさか、)
眉間にシワを寄せ、じろじろと少女を見下ろす。
『?』
(いや、あの家に戦闘個性持ちは生まれないはず)
きっと偶然だ。相澤は頭によぎった一族を振り払うと、「お前どんな家に生まれてんだ。まぁいい、最後の種目くらい個性使ってみろ」と目の前の生徒に個性使用を促した。
『えっでも情けないけどまだ微調整できないから、』
「お前が暴発してもとめる。俺の個性でな」
どうやって止めるのかは知らないが、中学までに出会ってきた先生とは全く違うタイプの先生に戸惑いつつ、梓は言われるがままに個性を使おうと覚悟を決めた。
その様子をクラスメートたちは(話長いな?)と不思議そうに顔を見合わせて観察していた。
個性を使わず、素の身体能力で中々な成績を出す梓は地味に目立っていたのだ。
「あの子、地味に瞬発力とかすげーよな」
「ケッ、運動神経バカなんだよあいつは」
爆豪にそう返され、切島は梓から目を離さず首をかしげる。
「知り合いなのか?同中?」
「幼馴染だクソが」
幼馴染なのか、と会話を聞いていた周りが納得するものの言葉遣いの悪さに顔を引きつらせたとき、
相澤と話し終わったらしい梓を中心に風が吹き荒れた。
一度大きく渦を巻いたその風はどんどん凝縮されていき、それに水分が加わっていく。
『くっ、わ、まちがえた…!』
背丈の半分ほどの大きさになったその竜巻のような暴風の塊を薄い水が覆い、竜巻の中に稲光が見え始める。小さな竜巻の中に小さな雷が発生していたのだ。
左手にのるそれはまるで小さな嵐だった。
『うぅ…!くそっ、この、』
梓は唸るように眉間にしわを寄せて余裕なさげにボールを握ると、ぽいっと前に投げ、
瞬間、
居合斬りの型のように腕左下から右上に勢いよく振り抜いた。
ーゴゥッ!!
圧縮した風が解放される瞬間に刀で斬るような衝撃が加えられ、まるで風は刃のような鋭さになり空中に投げられていたボールにぶつかった。
ーピピピッ、700m
「「「なんだ今の」」」
『あ〜…!ぜんっぜんだめだ、くそ』
粗削りな彼女の個性はある意味一番視線を集める結果となった。
ー
結局、最下位除籍うんぬんは合理的虚偽だった。
のに、放課後、梓は相澤に呼び出され、顔を青くした。
え、まさかどんでん返しの除籍??合理的虚偽ではなかったの?と内心ヒヤヒヤしつつ促されるままに椅子に座る。
「東堂梓、ねェ」
内申書だろうか?紙を見る目は面倒そうだ。
「父親は東堂ハヤテ、母親は十年前に他界。病気か?」
『あっ、はい。うちは代々、短命なんです』
「成る程。父親の名前にも覚えがある。さっきのテストの時にまさかとは思ったが、お前あの東堂一族か」
”あの東堂一族”?
確かにうちは少し有名だが、そのことを言っているのだろうか。梓がはて、と首を傾げれば、相澤は
「親父さん、無個性ながらにヒーローと連携しながら要人の身辺警護してんだろ。頼まれれば誰でも守る守護精神の塊のような人だ」
『父を知っているんですか?』
「一度仕事でな。凄いお人だよ。あの人は、相手が単純な戦闘型の個性相手じゃなけりゃ、下手すりゃプロヒーローより人を守ることに優れてるよ」
父親であるハヤテがまさかイレイザーヘッドと仕事をしていたなんて。ぽかんと口を開けていれば、相澤は続ける。
「しかし、おかしいな。噂じゃあの家系は代々個性に恵まれないと聞いたことがある。ハヤテさんの1人娘も例に漏れず無個性だと」
『あっ、はい。かくかくしかじかで継承しました!』
「はっ?」
『さっきのテストの時、相澤先生の個性を知って、私は個性の暴走を畏れられて相澤先生が担任のクラスになったのかなぁと思いました。私の継承した個性は一度持ち主を殺しているので』
相澤は継承の流れを聞いて、その現実離れした物語のような経緯に開いた口が塞がらなかった。
確かに校長には、不安定な個性を持つ生徒が2人いるけど相澤君なら大丈夫だよね、と言われはしたが、
一度持ち主を殺している個性を今まで東堂一族が封印していたのにも驚きだし、それを娘に継承させたハヤテにも驚いた。
驚いたというよりひいた。
(普通、しないだろ。何が起こるかわからないのに)
家の誇りと掟を守るためならなんでもするのか。
引き気味に口元に手を当てる。
「あの人が異常だという事は知っているが、ここまでとはな。そして、その異常さをお前からも感じた」
『えっ?異常?いきなりの悪口!?』
「東堂一族について詳しくは知らんが、ハヤテさんは事あるごとに東堂一族の守護精神について語ってたよ。東堂の名を継ぐ者は守護に徹さねばならん。東堂の命は国の為、人の為にあり、その身を持って守らねばならん。それが初代からの義務であり生きる意味だとな」
『??そうですよ?その昔、生まれつき身体能力の高い東堂家はその身体能力を鍛錬によって向上させ、町を守る自警団として人々の守護に徹しました。それが東堂一族の教えの始まりらしいです。噂を聞きつけた要人たちが用心棒にと、』
「あーはいはいわかったわかった。代々人を守ることが生きる理由だと教えられてきたんだろ?」
『そうです!』
「ったく、なんだかな」
一種の洗脳じゃねェか、
相澤は微妙な表情で頭をかくと、内申書にクリップで留められた手紙をもう一度見る。
それは、彼女のお世話係をしてきたという九条と名乗る人物から。
くれぐれも、宜しく頼みます。
とそれだけだ。それだけだが、彼女の素性を知れば知るほどその言葉に深い意味があるんだろうと感づく。
父親があの東堂ハヤテなのであれば、この目の前の女子生徒は幼い頃から洗脳のような教育の中鍛錬漬けの日々を送ってきたことは想像に難くない。
相澤は面倒そうにため息をひとつつくと、
「東堂、何かあったら俺んとこ来い」
『???なにかあったらとは??』
「何かあったら、だ。相談に乗ってやる」
『おぉ!相澤先生、思ってたよりも優しいんですね』
パァっと顔を輝かせて少し失礼なことをいうものだから、思わず手に持っていた内申書を丸めて頭を叩いた。
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