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土曜日
梓は朝から共同スペースで心操に電話していた。


『そう、今日から練習がっつりやるんだって。だからね、家には帰れそうにないんだよね』

《ああ、そう。話題になってるもんね、A組が馬鹿騒ぎするらしいって》

『伝わり方が悪意ある!』

《俺も準備があるから、夕方から俺1人で梓ん家行って稽古するね》

『うん、連絡しとく』


それじゃあ、怪我しないようにな。と言われ、そっちもね、と返し電話を切ると、隣で興味津々でこちらを見る芦戸に苦笑した。


『なあに』

「東堂、お家に電話してたの?イケメン部下?」

『ちがうけど、イケメン部下ってなんだ』

「ほら、九条さんだっけ?」

『ええ、あの人イケメンか?おっかないよ?時々相澤先生並みに目つき悪いかんね』

「あぁ〜、おっかないといえばさ、九条さんと先生ってめっちゃ仲悪いんでしょ?麗日がびっくりしたって言ってた」

『あはは、うん、なんか九条さんがめっちゃ嫌われてんの。面白いよね』

「あ、先生が嫌ってるんだ?意外!ま、でも相澤先生キビシーけどさ、東堂のことはちゃんと見とこうって意識がこっちにも伝わってくるから私たちもなんか安心感あるんだよね。東堂は時々危ういからさ!」


危ういってなんだよーと笑う梓に芦戸は言葉のままだよ、と座っている彼女の腕を引っ張る。


「よし、じゃあ東堂も練習しよ!とりあえず箒!ヤオモモに作ってもらった!乗れる?」

『わあ』


まるで魔法使いが乗っていそうなフォルム。
柄と箒の変わり目には可愛らしい赤いリボンが結ばれており、梓は早速やってみよう、と箒を受け取り芦戸と一緒に外に出た。

甚平姿で箒に跨る少女に、芦戸と、興味本位でついてきた轟はわくわくと固唾をのんで見守っている。


そして、


『いく、よ!』


ぶわり、彼女を中心に風の渦が巻く。
それは一瞬広がりそうになるものの、梓の目が鋭くなったところでコントロールされ、箒を下から押し上げるようにふわっと浮く。


「「おお!」」

『よしキタ!』


浮いた。
数メートル上がり、ぶらん、と足を下げた梓に芦戸の歓声が上がった。
轟も表情を明るくさせると手を叩く。


「すげえ、コントロールが随分安定したな」

『うんっ、これならある程度は自在に飛べそうだ』


ひゅん、と降下したり、
ぐわりと高度を上げたり、くるりと転回したり。
期待以上の動きをした梓に轟は目を輝かせると、「これを活かせる演出を考えねえと」と目を爛々と輝かせていて。


「そうだよ、東堂の魅力を生かすも殺すも轟次第!」

「!」


そわっとする轟の元へ梓が降りてくる。
そして、その勢いのまま、


『手ぇかしてー!』


ビュンッと芦戸の前を風のように飛ぶ。
言われるがまま出した轟の手を梓が掴み、


ーぱしん!


そして、彼女に引っ張られるように空中へ舞い上がった。


「うわああ最高じゃん!!」


芦戸の目に映るのは、梓に引っ張られるがまま箒の後ろに横座りした轟。
一瞬驚いた表情をしていたがいつもクールな表情が明るくなり、落ちないように、と前に座る梓の腰に手を回している。


「東堂、お前いつの間にこんなに…!」

『あはは!努力したんだよ私も!よぉし、相棒、上まで行くぞー!』


地上にいる芦戸の元まで突風が吹き荒れる。
少し雨が混じったそれはすぐ収まると梓の周りに集約させまたぐわりと高度が上がる。


「うわぁ、何これ!?すごい!飛んでるやん!」

「梓ちゃん、俺も!俺も乗せて!」


いつのまにか見物人が増えている。
麗日と上鳴が手を振っているのが見え、梓はますます表情を明るくさせると『轟くん掴まっててね』と伝え、高度を下げた。

ヘリコプターが着地するときのようにぶわっと風が地上へ吹く。それに合わせて梓は着地すると、轟を箒から降ろした。


『っと、まぁこんな感じだ!』

「梓ちゃんマジでカッコよかったぜ!ふわふわってよりはヒュン!って感じだったけど」

「梓ちゃんゆっくり飛ぶこと出来るん?」

『んー、ちょっと難しい!コントロール下手だからスピードに乗ってるんだ。だから、ゆっくりの方がよければ練習する!』

「東堂ーダンスも練習しててよ!箒は演出のひとつなんだからね!」

『えぇー私がやること多すぎない?』

「そりゃそうよ!梓ちゃんはファンもいるからな!」

『いないよ、そんなの。でも、楽しんでもらいたい子がいるから、その子のために頑張る!』


ぐっと拳を握った梓はもう一度箒に跨り飛び立った。馴染むまでずっと、反復練習。

しばらくしてバンド隊も練習を始め、ダンス隊も本格始動した。
午後になっても各隊それぞれ練習に力を入れる。

しばらく飛んだ梓は、演出隊に混じって椅子に座って休憩していた。
轟と切島に挟まれ、爆豪に買ってもらったりんごジュースを飲みながら演出隊の話を聞いている。


「でさ、ここをこうやって。青山がミラーボールになるってのはどうよ?」

「いいんじゃねえか?東堂、疲れてんな。大丈夫か?」

『うーん…ゆっくり飛んだら頭いたくなってきた』

「だ、大丈夫?」

「マジかよ、ゆっくりの方がコントロール難しいのな」


心配する口田や瀬呂を安心させるように梓はへらりと笑う。


『今まで勢いで誤魔化してきたからな』

「回復したら俺も乗せてくれよ」

『切島くんも乗りたいの?揺れるから酔うよ?』

「いーんだよ。明日でもいいからさ」

『いいよ、体力戻ったら乗せたげる』


よっしゃ、とガッツポーズをする切島に轟が微妙な顔をしていれば、相澤が玄関からひょっこり顔を出した。


「切島!東堂!ちょっと出てこい」


呼ばれ、目を見合わせ首を傾げた2人は相澤を追いかけるように外に出る。

ダンス隊が練習していた玄関前。
そこにはワイワイしているダンス隊に混じって通形と、エリがいた。

緑谷や麗日、蛙吹に声をかけられ、飯田や尾白を始めとしてダンス隊に囲まれたエリは表情が強張っており、通形の後ろに隠れてしまっている。

その不安げな目が、開けられた寮の玄関に向かい、
梓を見つけると、ゆっくり通形の背から離れ、駆け出した。


「梓ちゃんっ」

『おお、エリちゃん!』


子供特有の短い足でととと、と梓に駆け寄ると、勢いのままお腹に抱きつく。
受け止めた梓は嬉しそうに頬を緩め彼女を支えてくるんっと回った。


『元気だね!』

「オッスオッス!って俺のことは知らねーか!」

『あ、エリちゃん、この人も一緒にエリちゃんを救けに行ったんだよ』

「あ…ありがとう、ございます」

「いいっていいって!無事でいてくれてよかった!」


にかりと笑う切島にエリは強張っていた表情を緩めるが、梓から離れずぎゅっとお腹に抱きついてる。


「東堂君に随分心を許しているんだな」

「…うん、エリちゃんにとって梓ちゃんは光の象徴みたいなものだから」

「緑谷君もそうじゃないのか?」

「僕もそうなれてるといいけど、あの時、ほんとに梓ちゃんかっこよかったんだよ。エリちゃんを救ってなお死なない、最高のヒーローだった」

「飯田くん、途中私も見とったんやけどね、超かっこよかったよ。あの背見せられたら、エリちゃんも惚れるわ」


絶賛する緑谷と麗日の隣で飯田は2人がそこまで言うのなら見てみたかったな、と興味深げに梓を見る。
周りのクラスメートたちもエリが梓に懐いている状況に微笑ましげで、


「可愛い×可愛いって正義だわ」

「葉隠に同意」

「なんか、姉妹みたいだな」


『それにしてもエリちゃん、どうしてここに?』

「あのね、ぶんかさいに行く前にね、慣れてたほうがいいって。ルミリオンさんたちが、連れてきてくれたの」

「そういうこと!これから学校内回る予定なんだけど梓ちゃんも一緒に回らないかい?」

『えっ、私も?いいんですか?』

「もちろん!エリちゃんもその方が喜ぶよ。ね?」

「…もし、いいなら…梓ちゃんも来てほしい」

『おお…ご本人からのお誘いとあれば、行くしかないね。みんなごめん!ちょっと行ってくるー!』


エリの願いとあれば引き止めるわけにもいかない。
クラスメート達は快く頷くと、梓たちを笑顔で送り出した。

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