数日後、
梓は朝早く共同スペースでぼーっとしていた。
昨晩、水島が死穢八斎會の密偵から戻ってきたのだが、入手した情報で眠れなくなったのだ。
(なんか急激に事が進んでてついていけない…)
ぐだーっとソファに座りながら、携帯を眺める彼女の表情は冴えない。
そこには水島から状況説明が記録されていた。
死穢八斎會の事務所に敵連合が現れた事。
手を組んだのか、決裂したのかはまだ不明だが、敵連合を迎え入れたところを見るに死穢八斎會全体が敵グループと化している事。
死穢八斎會の若頭、治崎廻の事。
若頭補佐と本部長、八斎衆の事。
そして、本部には壊理という少女がいる事。
《密偵中に緑谷君見かけてよ、跡をつけたらナイトアイにたどり着いたわ!こりゃナイトアイも探ってんな。連絡してみるわ》
と、水島は電話を切った。
それ以降眠れずにずっとソファに座っていた。
壊理という子は水島の見る限り酷く怯えていたらしい。
そして今の死穢八斎衆は極道者でも侠客でもない、ただの凶暴な指定敵団体だ。
その凶暴性は八斎衆の面子を見るだけでわかる。
(どれも手配書に載るような輩ばかりだったなぁ)
ぐっと首を逸らし、天井を見る。
(なんで、女の子が1人で八斎會にいるんだろう…。なんで、怯えてたんだろう)
想像を巡らせば巡らすほど悪い方向に意識がいき、梓はぐっと目を瞑り、思考を一掃するようにパッと目を開けば天井だった視界に轟が覗いていて思わず『うわぁ!?』と驚きの声を上げた。
「早いな」
『とっととろきくん』
「トトロじゃねえ」
噛んだだけなのに。冷静に否定した彼はお茶片手に梓の隣に座る。
「たまたま早く起きたのか?いつもこんなに早くねえだろ」
『うん、たまたま。轟くんも早いね』
「俺もたまたま早く起きた」
のんびりお茶を飲む姿がおじいさんのようでおもわず笑ってしまう。
『あはは、』
「なんだよ」
『いや、おじいさんみたいだと思ってさ』
「ひでェ」
『ごめんて。それより、補習の傷良くなった?まだ痛そうだけど』
「痛みは引いた。そういや、夜嵐がお前に謝っといてくれって。…あいつもあの時のこと気にしてたみたいだ」
『夜嵐くん?』
「ほら、俺と夜嵐が喧嘩しただろ。それで、東堂に迷惑かけたから」
『あぁ〜、べつに気にしなくていいのに』
けろりとしている梓に轟は少し不思議そうな顔をした。
あの件で彼女のことを傷つけてしまったし失望させてしまったと思っていた。
だから、夜嵐に対しても厳しい目をするかと思っていたがあまり気にしていないようで。
思わず「夜嵐には怒ってなかったのか?」と聞けば梓は少し考えるように、んーと唸ったあと、
『だって、夜嵐くんのことそんなに知らないから、』
「は?」
『私は轟くんのことは、ステイン戦から超絶ヒーローだと思って信頼してるので、嘘だーこっちみてよー!てショックだったけど。夜嵐くんのこと知らないし、べつにショックもうけないっていうか、むしろ、轟くんのこと見誤ってるな〜くらいにしか思ってないから謝られても…』
ぽつぽつ零した彼女の言葉に思わず轟は(夜嵐ザマアミロ)と思った。
実は昨日、「梓ちゃんと俺は兄弟みたいな個性なんス!だから仲良くしてーなって思ってて!」と3回くらい言われたのだ。
うるさすぎて爆豪が「誰がてめえと兄弟だクソが!」とキレるくらいに。
『轟くんは轟くんで、エンデヴァーさんはエンデヴァーさん。なーに細かいこと気にしてんの、ってびっくりしてさ。夜嵐くんは夜嵐くんで色々あったのかもしれないけど』
「ぶふっ」
『なぁに笑ってるの。私真面目に言ってるの!夜嵐くんが、轟くんとエンデヴァーさんの目が一緒って言ってたけど、似るの当たり前じゃんね!』
「だよな。血繋がってんだしな。東堂も親父さんに似てるって言われんのか?」
『んー、最初は全然似てないって言われるけど、九条さんとかは戦い方が超似てるって言われる。お父さんの真似してるんだから似るの当たり前だよね』
「たしかに。東堂の親父さんはどんな人だったんだ?」
『クソ厳しくてクソ怖かった』
「一緒だ」
『あははー!』
どうでもいい会話をしているうちにパラパラとクラスメート共同スペースに降りて来はじめ、梓達は一旦会話を中断させると学校に行く準備を始めた。
ー
教室では昨日のクラスメート達の活躍で持ちきりだった。
「切島コラァ!おまえ名前!ネットニュースにヒーロー名!のってるぞスゲェ!!」
どどどっと走って画面を見せる上鳴に周りの注目が集まる。
芦戸もネットニュース画面を見せていて、
「梅雨ちゃん麗日ぁ!すごいよー名前出てる!」
「マジじゃん」
『わ、切島くんがファットガム事務所に行ったんだ』
「蛙吹さんたちはリューキュウ事務所ですわね」
「うへぇーー嬉しいなァ。本当だ…!」
「どこから撮ったのかしら」
「すっごいねー!もうMt.レディみたいにファンついてるかもねぇえええ!」
ぴょんぴょんと嬉しそうに芦戸が飛び、キュートなルックスだって!と梓が囃し立て、クラスメート達のインターンでの活躍に沸き立っていた。
朝礼後に授業が始まり、お昼になってもその熱は冷めやらない。
インターンはどうだったのか、敵はどんなやつだったのか、麗日や蛙吹、切島の周りに人が集まっている。
『すっごいなぁ、三人とも』
食堂に行くためにお財布を取り出しながら眺めていれば、耳郎がトンッと頭に肘を乗せた、
「梓は相澤先生ん所にインターンかぁ。具体的にどういうことしてるの?」
『耳郎ちゃん聞いて驚け。まだ何もしてないし何も聞いてない』
「マジかよ。ま、そりゃそうかぁ…、先生は本職教師だもんね。ネットニュースに名前が挙がってるところ、雄英関係以外で見たことないし」
『そーなんだよね。ま、私が狙われてる所為で外部に迷惑かけるわけにはいかないから、外部へのインターン禁止ってのはしょうがないよね』
「うーん…世知辛い。梓は何も悪くないのに、学ぶ場所を制限させるのは辛いね」
『弱い私が悪い!しょうがないよ』
頭に乗っている耳郎の肘を退かして立ち上がり、2人で食堂に向かおうと教室の出口に向かえば珍しい人が教室を覗いていて驚いた。
目立たないようにひょっこり教室を覗いている彼は、先日雄英ビッグ3と紹介を受けた3人のうちの1人。
ノミの心臓、天喰環だ。
「わ、気づかれないように覗いてる。あの人、どんだけ人見知りなんだ」
『誰に用だろ…、あ、切島くんかな』
「なんで切島?」
『だって、あの人もファットガム事務所にインターンしてるって』
言ってたし、と言いながら切島を呼ぼうとするが、天喰と目が合って梓は動きを止めた。
その目が「こっちに来てくれ」と言っている気がして不思議に思いつつも近寄れば、
「…東堂さん、少し時間をもらえないかな…。俺なんかが君の昼休み時間をもらうのは申し訳ないけど…、ファットガムに頼まれて」
『へっ?べ、別にいいですけど』
「えっ、梓知り合い?」
「あれ!?環先輩どうしてうちのクラスに!?つーかもう大丈夫なんスか!?」
上鳴や芦戸に囲まれていた切島も駆けつけ、自分に集まる注目に天喰はサーッと顔を青ざめさせると、
「と、とにかく来てくれ」
と、切島と梓の腕を掴んでそそくさとその場を離れるのだった。
ー
人がごった返す食堂の一番端。
なぜか梓も一緒に連れていかれ、切島は戸惑いつつも目の前に座る天喰を見た。
「突然呼び出してすまない…。ファットガムに早く話すように急かされて…」
「えーっと…、環先輩?ちょっと状況がよく読めてないんスけど、梓とはどういう関係で」
「いや、直接話したことはないよ。ただ、ファットガムに東堂さんの事を聞いた。その上で、伝えなきゃいけない事を、」
『死穢八斎會の薬の件ですか』
「!?」
オムライスのケチャップソースを口元につけながら真剣な目でそう言った梓に切島は思わず心の中で(ギャップ!)と思った。
人見知りと緊張で強張ってた天喰の表情も少し緩むが、すぐに周りに聞こえないように向かうの2人に顔を近づけると、
「死穢八斎會の事ではないんだが、昨日、切島くんが相手をした敵は個性がブーストする薬を使っていた。ファットガムの見立てだと、アジア圏で出回っている粗悪品らしいけど」
『んん…、ということは尻尾を捕まえたわけでは、』
「ああ、ただもう一つ情報がある。ファットガムは君にすぐに伝えて欲しいって言ってたんだけど、昨日の敵グループから俺に打ち込まれた薬が…」
「そうですよ!環先輩、その薬打ち込まれてから個性が使えなくなって…!大丈夫なんですか!?」
「ああ、寝たら回復していたよ。でも、ファットガムは今まで見たことがないって驚いていた」
『発動を止める薬ってことですか…!?まるで相澤先生みたい…』
「昨日病院で調べてもらったんだが、個性因子を傷つけるものらしいんだ。銃もバラバラだし打った連中も口を割らないらしいから、東堂さんが欲しい情報としてはあまり使えないかもしれないけど。まだファットガムが調べるって言っていたから、もう少ししたら新しい情報が手に入るかも」
『…その、個性を壊す薬が、何由来なのか…それをファットガムさんが突き止めてくれれば、あるいは』
「ちょ、ちょっと待て梓!お前、何に首突っ込もうとしてるんだよ」
問いたげな眼差しを切島に向けられる。
梓はその心配そうな目に誤魔化すように笑った。
『環先輩はファットガムさんにざっと聞かれていると思うけど、東堂家が追っている組織が薬物に手ェ出してるっぽくて、それが違和感満載でさ、ファットさん詳しいからこの前聞いてたんだよ』
「追ってる組織…?なんだよ?つーか、それインターンの一環じゃないよな?」
『極道だよ。かつて極道が勢力を広げていた時代より、うちは極道を取り締まる役目もあるから。相澤先生には言ってないよ。だってこれは、私の家の話だから』
「えぇーー、やべぇって。やめとけよ。危ないって」
『いや、私は情報もらってるだけで実際動いてるのは水島さんと九条さんなんだ!まだ当主として実務をこなせるほど余裕はないけど、八斎會は本来東堂が監視し取り締まらないといけない団体だから…、これは流石に当主である私にも本腰入れて話しとかなきゃって2人が』
「なんだよそのしえなんとかって…怖っ。とりあえず相澤先生に話しとけって」
『うん、それは話すつもり』
本当こいつ目離したら危険なところに行きそうで怖いとブルっと身を震わせていれば、天喰がころころを表情を変える梓をぼーっと見つめていて。
「環先輩?」
「え、あ、何?」
「どうしたんスか?梓のことぼーっと見て」
「…いや、ミリオに。ミリオに似てるなと思って」
『「え!?」』
私あんなにムキムキですか!?
梓が似てる?あの通形先輩に!?
と驚き顔を見合わせる2人の向かいで天喰はおずおずと頷く。
病院で検査を受けているときにインターン先のプロヒーローであるファットガムに彼女のことを聞いたのだ。
《環ぃ…、雄英の1年A組に東堂梓ちゃんっつー可愛らしい子おるやろ?その子にこの薬のこと伝えときや。俺からの伝言やーって》
《東堂…、あ、この前短時間だけどミリオと渡り合ったあの子か…。でも、何故?》
《お前知らんのか、あの子の家んこと。戦闘スタイル見とるんやったら違和感感じたやろ。あの、個性じゃ説明つかん身のこなし》
《!…そういえば、イレイザーヘッドが…彼女を見て、あの家の奴は五感で攻撃を見極め避ける、と。努力の子と、言ってました》
《ああ、せやで。俺も昔ポリと協力して違法売買ぶっ潰しとるときにたまたま知り会うたんやけどな》
東堂一族、それは梓で24代目の代々続く守護一族。
戦国時代の最中、その身体能力の高さ故に、何人からも村を、町を守る自警団として活躍しており、
その守護精神の強さから、守る対象はどんどん広がっていき、いつの日からか、国の要人を守る命を受けるほどにまでなったという。
《強大な権力を味方につけようが弱気を助け強きを挫き、侠客を重んじる。常に守護を生きる道とし、人のために強くなり、人のために死ぬ。それがあの一族の役目であり誇りなんや》
《…そういう一族があると噂には聞いたことがあるけど、都市伝説だとばかり…》
《俺もそう思うとったわ。超常社会になって、ヒーローっちゅー職が出来てめっきり目立たんくなったらしいからなァ。東堂の家のもんに戦闘向きの個性が現れんかったらしいわ。それでも、東堂家の守護精神は廃れんかった。ホンマ、褒め言葉だけど頭イカれとんで!》
《…その一族の、子ってことですか》
《そ!俺が関わりあったんは先代のハヤテっつー堅物親父やけどな、この前死んでもうて…次の当主が梓ちゃんっつーわけや。あの子は個性持ちやし、重圧としがらみ半端ないと思うで》
《無個性の一族に満を持して戦闘個性持ち現れるってことか…、もし自分がその立場だったらと考えるだけで動悸が止まらない…!》
《ファーッ梓ちゃんにそのヘボメンタル鍛えてもらい!ま、そういうわけでな、その梓ちゃん家の幹部らがある団体関係で薬物について調べとってん、明日学校行ったら教えてやり。あと、詳しいことはまた九条に連絡する言うとき!》
ファットガムの指示通り伝えたはいいが、見れば見るほど東堂一族の重圧を感じない明るい雰囲気と弾ける笑顔。
まるでミリオのようだ、と何度思ったかわからない事を思う。
「太陽みたいだな…」
『暑苦しいってことですか!?』
「あー…わかる気がします…」
太陽、そう言われてわかる気がして切島は笑いながら頷くもののハッと天喰の方を見て、
「環先輩はサンイーターだから、太陽の梓よりも強いっスね!」
「君も大概太陽みたいだ…眩しすぎて見えない……」
牛丼を食べながら目をしぼめて俯く環に2人は弾けるように笑うのだった。
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