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そして、週末になった。
梓は制服に着替えて共用スペースで歯磨きをしていた。


「梓、おはよ!出かけんのか?」

『切島くんおはよ!ん、週末は家に帰らなきゃなんだ。今日はお客さんも来るし』

「ああ゛!?」


自然に梓のことを名前で呼んだ切島に爆豪は噛み付くように睨みついた。


「切島てめェ、どういうつもりだァ!?」

「え、いや、上鳴も名前で呼んでんだろ!」

「あのアホ面もムカつくが、お前のはなんか…ガチな気がして気に入らねー!」

『かっちゃん何怒ってるの。補習遅刻するよ?ほら、轟くんが玄関で待ってる!』

「チッ…お前も駅まで一緒に行くぞ!」

『いや私は校門のところに九条さんのお迎え来るから』

「エセお嬢様が!!」


文句を言いながら校門までは一緒に行くぞ!と言う爆豪に、どんだけ一緒に行きたいんだよ。と切島と常闇は呆れた目を向けていた。

轟と爆豪3人で寮を出ながら他愛もない会話をする。


「東堂、休みなのに制服でどこに行くんだ?」

『家に帰るの!でも今日お客さん来るみたいでさ、いつもの和装より制服の方がきっちりして見えるかなぁと思って』

「客?」

『うん、誰が来るか知らないけどね!』

「知らないのか」

『うーん、知らない。それより2人は仮免講習かぁ。どんなことするのかな?』

「さぁな。それにしても、爆豪は先生に感謝だな。権利はく奪になんなくてよ」

「うるせェな…」

「早くこいつらに追いつかねェとな」

「だァからうっせんだっつの!後ろ歩けやクソ!!」

『わぁイライラしてる。まだ眠いの?』

「起きてるわボケ!!」


怒りが自分に向き、ケラケラ笑いながら爆豪をなだめる。


『あはは』

「ノーテンキに笑ってんじゃねえ!」

「爆豪、あんまり怒鳴るなよ」


校門には既に爆豪と轟の引率をする相澤がいた。
彼は校門付近に停めている黒塗りの車の運転席に座る男と何かを話している。


「相澤先生、誰かと話してねェか?」

『あれ、私んちの車。九条さんと話してるねぇ』


近づいていけば、運転席を見下ろしていた相澤の顔が上がり視線がこちらに向く。


「来たか」

『先生おはよーございます』

「おはよう」

「聞いたぜ、お嬢!外部へのインターン禁止で、イレイザーに受け入れてもらうらしいなァ!あと、爆豪くんと轟くん、仮免講習ガンバ」

「ども」

「クソが!」


ぐっと運転席から顔を出して笑った九条に梓は「何話してるのかと思ったらそんなこと話してたのか」と笑いながら車に近づく。


『じゃ、2人とも頑張ってね!』

「おー」

「東堂も気をつけてな」


車に乗り込んだ梓を見ながらぽつりと「俺、ガキの頃からアイツ苦手だわ」と九条に苦言を呈す爆豪に、思わず相澤は同意するように頷いてしまうのだった。





車には既に心操が乗っていて、「アイツらに見られたら突っかかられて面倒だから先に乗った」と言う彼に「違いないねェ!」と九条は笑った。


「よし、家帰るぞ!心操はすぐ鍛錬な、今日は泉さんが見てくれるってよ。あと、お嬢は午前中、客が来るから」

「はい」

『客って何?何用?』

「ちょっと面倒なことになっててなァ」


運転をしながらそうため息をついた九条に梓と心操は同じ方向に首を傾げた。

九条は、片手で運転をしながら右ひじを窓淵にかけ、考えるように指を口元に当てると


「お嬢には言うまでもないが、心操、守秘義務…守れるか?」

「えっ、あ、はい」

「よォし、まずは全体像からな」


九条は運転をしながら話し始めた。


「ニュースやらで知っているだろうが、象徴の喪失で今国は混沌としている。徒党を組み計画的に行動する奴らが目立ち始めててな、東堂一族も依頼があれば加勢し制圧しているんだが、敵連合は一向に動きがない。恐らくだが、台頭してくる組織を見極めてるところだろうなァ」

『どこと手を組めば敵連合にメリットがあるのか?でも、それは他からしても同じことだよ。今、一番有名なのは敵連合だけど、自分が代わって支配者に登りつめたいと思う奴もいるはずだ。文献でもどこの時代でもそういう奴いたし』

「お嬢の言う通り。敵同士で抗争もちょいちょい上がってきてる。そこで嫌ァな動き見せてんのが、極道者だ」

『極道者!?どこ』

「死穢八斎會…意外だろ」

『えぇー…あそこの組長、そんな意識なかったよね?極道者の中でも、侠客を重んじる人だったと…。だって、指定敵団体って呼ばれ方も嫌ってたって』

「組長はな。噂じゃ、今は物言えぬ植物状態で実質権力握ってんのァ若頭と、その派閥。おう心操、ポカンとしてんな」

「いや、話についていけなくて」


むしろなんでこいつついていけてるんだ、と梓を見るが彼女はあまり見ない真剣な表情で考え込んでいて。


「心操、極道って知ってっか?」


九条に話を振られ心操はハッと梓から視線を外すと彼が映るバックミラーを見た。
話には聞いたことあるが、詳しくは知らない。首を横に振れば、だよなァと彼は笑って、


「極道も、始まりは東堂一族と似通ったところがあってな。かつては弱気を助け強気を挫く、侠客を極めた者を極道と呼んだんだ。ただ、時代とともにヤクザやら暴力団やら、ウチと別の道を辿っていってなァ…東堂は国に認められ正義の為に命を賭したが、今や極道者は指定敵団体だ。始まりこそ一緒だったんだがな」

『そこで国は、ヒーローの台頭と共に裏社会を取り仕切るヤクザや極道を解体していったんだって。尻尾捕まえられなかった生き残りが指定敵団体として監視されてるんだ。そして、東堂一族は警察と一緒にその極道者を監視する役目も担ってる』

「そゆこと。お嬢はガキの頃からそーゆーの頭に叩き込まれてっからな」

「はー…イかれてる」

『ひっど!それより九条さん、話の続き!八斎會が変な動き見せてるって何?』

「そうそう、この前敵連合と八斎會が接触しやがった」

『エッなんで?』

「そりゃ、考えられるのは2つだろ。手ェ組むか、どっちかが取り込むか」


苦虫を噛み潰したように言った九条に梓は盛大に顔を歪めた。
彼の話は続く。


「八斎會がまさか動くとは思わなくて内部で何か起こってんじゃねえかと思って、水島が隠密して調べた結果、若頭がやべーってことはわかった。まだ調べ中だけどな」

『…なーるほど』

「あともう1つ、若頭の思想はまだ読めてないんだがな、組長と考えが全く違うみてェでな、薬物系のシノギも削ってるって話だ」

『薬物?麻薬とかでお金儲け?』

「麻薬っつーか…水島の話だと、個性をブーストさせるヤベエ薬とか?」

『えっ、それ売りさばいて世を混乱させて、かつ、資金を集めるつもり?』


自分で喋りながら気づいた。
梓はハッとした後気に入らないとばかりにチッと舌打ちをするとドリンクホルダーに置かれていたりんごジュースをずずずっと飲む。


『やだなァ…だから、接触したのか』


その嫌悪感にまみれた声音はいつもの天真爛漫な彼女とは真逆で、戦闘のように目は鋭い光を放っている。


『八斎會はそんなに大きな指定敵団体じゃないし、大きく動くにもお金やら知名度が足りない。から、敵連合を取り込もうとしたんだ。なんか…裏に、若頭の思想を基にした大きな計画がありそうだね』

「そゆこと。それを今、水島に探らせてるって訳だ」


まるで先代のようなその目と大局を見る思考回路に、性格は真逆でも親子だなァと前の主人を懐かしんでいれば、心操が顰めっ面のまま「置いてくなよ」と膨れていた。


『ごめんて』

「で?その八斎會の若頭が大きな計画立てて、それに金や知名度が必要だから敵連合を利用するために接触したってことか?」

『ザッと話すとそういうことだね』

「本題に戻るけど、客って誰なんです?」

『あ、そうだ。聞くの忘れてた。警察?』

「いいや、俺が呼んだんだよ。BMIヒーロー、ファットガム」


関西の方で有名なヒーローの名前に心操と梓は驚きで目を見合わせた。


『ファットガム!テレビでファットさんって人気の…!』

「すげー、プロヒーローが来るのか。それにしてもなんでファットガムを?」

「あの人ァ、違法薬物に詳しくてな。八斎會の薬物売買について何か知ってねーかなと思ってさ。丁度午前中に関東に用事があったっぽくて帰りに寄ってもらうんだよ」

『「へぇー」』


さ、ついた。
車が駐車場に停まり、梓と心操は一週間ぶりの屋敷に足を踏み入れる。


「じゃ、俺は泉さんと鍛錬してくる。くれぐれもファットガムに失礼のないようにね」

『お母さんかよ』


心操に背を叩かれながら応接室に向かえば、既にファットガムがいて梓は飛び上がった。


『ファッ…えっ!?ちょ、もう来てる!?』

「お嬢、遅かったですね。では、ファットガム、僕はこれで」

「おー体育祭見てたで!ハヤテさんのお嬢さん!知っとるみたいやけどファットガムいいます!よろしくなァ。職場体験、エッジのとこ行ったんやろ?どやった?」

「お嬢、しっかり。九条君は?僕は心操の所に行きますからね」

『く、九条さんは荷物置きに行ってる…』

自分の家の応接室にファットガムがいる状況にぽかーんとしていれば泉に肩を叩かれ、ハッとすると遠慮がちにファットガムの前に座った。


『は、はじめまして…東堂梓です。アッ、24代目です。えーっと…、エッジショットさんはとても優しくて勉強になりました』

「ハハッ、初々しいなァ。ホンマにハヤテさんの子かいな。真逆やん。ま、座り!」

『ファットガムさん、この度はわざわざお越しいただいてすみません』

「気にすんな!別用のついでやし、お嬢ちゃんのこと気になっとったしなァ!」


たこ焼きを食べながらファーッ、と笑うファットガムにコテコテの関西人だと少し和みながら梓はへらりと笑った。


『ファットガムさんは、お父さんと知り合いだったんですか?』

「おぉ、昔警察と協力して薬物やらの違法売買をぶっ潰し取った時に世話んなったわ。それまでは、この家のことは噂には聞いとったけど都市伝説やーって思っどったんやで。初めて会うたときは無個性なんにバリバリ武闘派で戦うもんやから、まービビったわ」

『そ、そうですか…』

「梓ちゃんは個性持ちやねんな?嵐やったっけ?」

『あ、はい!』

「体育祭で雷ぶっ放しとったの見たで。まだコントロール出来とらんようやったけど!」

『うっ、今もです』

「ファーッ、ホンマ、ハヤテさんに似とらんなァ!」

「ファットガム、うちの当主虐めんなァやめてください」


書類を持って部屋に入ってきた九条に「親交を深めとっただけや!人聞きん悪いなァ」とファットガムは慣れた様子で笑っていて。
ああ、そうか。先代と知り合いということは九条さんとも知り合いなのか、と頭の片隅で納得していると、


「じゃ、本題入っていいですか?ファットガム」

「おー、まだ呼ばれた理由聞いとらんしな。始めよか」

「よし、お嬢。いけ」

『エッ』


急かされ、戸惑いつつもおずおずと話し始めた。
先ほど九条に聞いた話や、今まで勉強したことや敵連合の事。順を追って説明していく。

ファットガムは黙って聞きながら、少し感心していた。

体育祭で見た東堂梓という少女。
嵐の個性を全く使いこなしていないが、プロであるからこそわかる尋常じゃない身のこなしと戦闘センスにすぐに東堂の子か!と確信した。
そして、爆豪に泣かされているのを見て、ハヤテが死んだことを思い出した。

ハヤテからは感じたことがなかった重圧を彼女の背に垣間見た。


(色々言われちゃおるが、環の2個下の女の子やもんなァ)


プロヒーローになるまではあまり表には出ないと聞いて、それがいい、と思った。
それまでは九条や水島に任せておけばいいのだ。
少しずつ強くなっていけば。

と、思ったところでそういえばこの子は敵連合に狙われているんだった、と思い出す。


(焦るやろなァ)


体育祭以来彼女が戦うところを見ていないが、攫われているのを鑑みるに、敵連合に対抗できるとは思えない。
だからと言って、この一族の特色を見るに、自分がヒーローや警察に守られるという意識はない。

つまり、この子は、敵連合の手に落ちるかどうかはあくまでも自分の実力次第だと意識しているだろう。


(雄英も守るつもりやろうが、最近は後手後手やしなァ)


『っというわけで、ファットガムさんに死穢八斎會の違法薬物売買の入手ルートや売買方法、そして取引団体の構図を聞きたいんです』


地図や資料を見せながら自信なさげに説明を終えた梓にファットガムは一旦自分の思考を終わらせると昔の記憶を思い出すように唸った。


「んんー…個性をブーストする薬ァ、日本じゃ禁止されとるからな。アジア系の粗悪品が出回っとるが、尻尾掴むんは難しいで。それはそちらさんも把握済みやろ?なんでそんなピリピリしとるん?珍しいわ」

「さっきも言ったろ。天然記念物の極道モンがその薬に手ェ出してるっぽくてよ、加えて敵連合に接触したときた。こりゃなんか裏があるね」

「なんや、わからんわ。根拠は?」

「俺たちだからわかんだよ。あの死穢八斎會っつー極道は、侠客だった。任侠を重んじる弱気を助け強気を挫く義賊の様な、な。ま、法に反してることしてんのは認められることじゃねえから肩持つつもりはねえが、絶対に薬には手ェ出す組織じゃなかったし、ましてや敵連合に接触するような組織じゃなかったんだよ。それが、若頭の元で変わっちまってる」

『勘です、けど。きっと若頭は大きな計画を持った思想犯だと思うんです。だから、敵連合にも接触した。まだ計画とか思想はわかんないけど…、その、売りさばいてる薬が、そこに行き着く唯一の鍵だと思うんです!』


大局を見る東堂一族の勘。
まだ判断材料は少ないが、彼らが危険な雰囲気をぴりぴりと感じ取っているのであれば、それは注意しないといけないと漠然と思った。

ヒーローよりも長い歴史の中、守護に携わる者たちへの敬服の意味もある。


「そォか…しゃあないな!ちょいと調べてみるわ!」


パンっと膝を叩けば梓の表情が嬉しそうに緩む。


「悪いな!こっちは八斎會への密偵で手ぇまわんなくてよ!」

『ありがとうございます、ファットガムさん!』

「ええよ、気にすんな。ほな、また詳しいことわかったら連絡するわ」


よろしくお願いします!と頭を下げる梓に、本当にハヤテと似ていないなと笑いながらファットガムは重い腰をあげ、お暇しますわと玄関に向かう。


「そういや梓ちゃん、ウチは雄英生のインターン受け入れてんねんで。もしエッジのとこ断られたらおいでや」

『うっ…行きたい。でも私、外部のインターン禁止されてて』

「あぁ、それもそうか!残念やなァ。うちに今来とるインターン生、天喰環っつぅ豆腐メンタルなんやけど知っとる?」

『エッ…その人って雄英ビッグ3って言われてるすごい人じゃないですか…!』

「ははっ、雑魚メンタル鍛えりゃそんじょそこらのプロヒーローより強いんやけどなァ。そういや、今日昼から環が1年生のインターン希望者連れてくる言うとったわ」

『え、誰だろ…』

「梓ちゃんのクラスメートかもしれんなァ!楽しみにしとくわ」


梓はA組だろうか、B組だろうか?と考えながら、
引き笑いをするファットガムが大きな体を折り曲げて門を出ていくのを見送った。

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