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at the end of the year
(1/5)


クリスマスの翌日。
一月余りもの間、西洋のイベントに沸き返っていた世間が、この日を境に今度は新年に向け年末行事へと突入していく。
俺の家も例外ではなかった。
子供もいないのにリビングに巨大なツリーを飾り、俺を除く家族達(正確に言えば付き合わされている父親も除いた母と姉)は昨日までさんざん浮かれていたようだ。
今日は片づけだ大掃除だと大騒ぎである。
「全く手伝ってもくれないで、男手が欲しいのに。仕事仕事って変わってるわよね、あんた」とブツブツ文句を言う姉を横目に、俺は慌ただしく出勤する。俺に言わせれば既に嫁いでいるにも関わらず、いつもこの家に居るような気がする姉の生活の方が甚だ疑問なのだが、義兄はどう思っているのだろうか、気の毒な事だ。
企業のシステム開発室においてSEとして勤務する俺は毎年のことであるが、今年も最後の月となり元々煩雑な業務が殺人的様相を帯びるに従い多忙を極めた。
休みどころか帰宅することさえ困難な日もあったが、別段不満を感じずそれが当たり前だと思っている。クリスマスだ正月だとお祭り騒ぎは、俺にとっては近年無縁のものだ。
官公庁系、インフラ系、金融系、メーカー系、企業というものは須くそうあるべきとでも言うように年末は毎年この調子だが、参加した今年のプロジェクトは例年よりも過密スケジュールとなった。それと言うのもプロジェクトマネージャーが辣腕過ぎたせいなのだが、彼は顧客とのスケジュール交渉、開発コストの交渉、開発するシステムの要件定義これらを一手に引き受けた上、無茶なガントチャートを提示してきた。
詳細設計、検証など下流工程に当たるプログラマからは当然不平不満が噴出し、均衡を取るのに非常に難儀することとなる。俺は自身の仕事に忙殺され家には寝に帰るだけであり、家族の行事に参加するなど不可能もいいところである。
だが彼のマネジメント能力は奇跡的だった。納期優先の無理なプロジェクトが完璧な結果を持って成し遂げられたのだ。結果俺に数年ぶりの正月休みと言うものが与えられた。





同僚の彼にはなんの落ち度もなかった。だけどトキメキもなかった。特に交際をしているわけでもないのに結婚を前提にと言われてドン引きしてしまった私は、一生結婚なんて出来ないのかもしれない。
「付き合って欲しい」と言われたのは23日の午後だった。即座に「ごめんなさい」をしてしまい、私は今年のクリスマスも独りで過ごすことになった。友人には同情されるやら馬鹿にされるやらで大変だったけど、彼女達は彼女達で当日はそれぞれの彼氏と楽しく過ごしたみたい。
男の人に告白されたのは何も初めてじゃない。だけど私はどうしても首を縦に振る気になれなかった。正直に言えば今更妥協だってしたくない。
お独り様なら実家に帰ってもよかったんだけどクリスマスは平日だったし、恒例となった母の「なまえったら、今年もいい報告はないの?」を聞きたくなくてなんとなく帰りそびれてしまった。
学生時代の友人の半数は結婚した。届く年賀状も数年前からベビーの写真付きが増えてきている。しがないOLをしている私は仕事も頭打ちな、間もなく売れ残りクリスマスケーキのお年頃。
母の心配混じりの愚痴も解るけれどこればっかりは仕方ないでしょう?
今年は暦の関係で冬休みが長い。
土曜日と日曜日を狭い自宅アパートのお掃除に当てて、実家へは30日の今日帰ることにした。それはここ数年毎年、ほぼ変わらないスケジュール。
一時間足らずの道のりを在来線に揺られながら、少し混んだ電車のドアに凭れて外を眺めていると、窓外がだんだんと懐かしい風景になってくる。実家のある町は近いのに歳を経るごとに足が遠のき、今ではお盆とお正月くらいしか足を踏み入れない場所となっていた。
降りる駅が近づくと私の通った高校が見えた。
不意に、本当に不意に古い記憶が甦る。
痛みを伴った古い古い昔の記憶が。
――彼も私も17歳だった。
今でも私の記憶の奥底に眠る彼は、お隣に住んでいて一緒に育った幼馴染みだった。
母親同士がとても仲が良く、同じ歳に生まれた一と私は兄妹のように、と言うよりも双子のように成長した。彼のお姉さんで二つ上の緋紗子ちゃんと幼い頃はいつも三人で一緒にいた。
一は昔から綺麗な顔立ちの男の子だったけれど、成長するにつれ学力運動能力全てに頭角を現し、ちょっとそこらでは見かけないような好青年に成長していく。
色々と普通の私はせめて学力だけでも彼についていこうと必死だったし、双子の兄みたいだった一は決して私を置いて行ったりすることはなく、勉強もよく教えてくれたものだった。
その結果めでたく彼と同じ高校に入学した私は、直ぐにそれを後悔することになる。
中学の頃から既にモテていた一は高校に入学すると、ファンクラブさえ出来るほどのスーパーアイドルとなってしまったのだ。しかし彼本人は生まれつきの天然さからか全くそれを自覚していない。
一が私にとって特別な存在となったのは、一体いつからだっただろう。




***




それは11月の最後の週末の事だった。

「今、なんと言った?」
「……もう来なくていいって言った」
「どういう意味だ、なまえ?」

私の部屋の小さなテーブルの上に広げられた教科書とノート。私の手が投げ出したシャープペンはコロコロと転がって床に落ちた。それを拾い上げながら一が、信じられないと言うように目を見開いて私を見つめる。
綺麗に澄んだ深藍の瞳が真っ直ぐに私に突き刺さる。やめて、そんな目で見ないで。
パッと目を逸らして私は殊更に冷たく言い放った。

「一は私にもう勉強を教えてくれなくていいし、朝も別々に学校へ行こうってこと」
「何故? 同じ大学に行きたいから勉強を教えてくれと言ったのはなまえだろう」
「大学はもういいの。身の丈に合ったところへ行くよ」
「途中で投げ出すのか? やりかけたことは最後まで、」
「だからっ! 一のそういうところが嫌なのっ!」

一は優しい。
優しいから。
だから辛い。
兄妹みたいに育った私を見捨てられないだけだって、もう解ってるの。だからって無理して付き合ってなんて欲しくない。同情されるのが一番嫌だった。ましてや義務みたいに。
一は知らないでしょう? 私、本当はね……。
その年の私達は受験を控えていて一は難なく志望校を決め、そして私は彼と同じ大学を受けるには少々難のある成績だった。
彼は毎週末家へ来て私の苦手な数学を教えてくれていた。けれど私は今日を最後にしようと決めていたのだ。
いくら受験生だって女子ならば学校でもクリスマスの話くらいはする。
クラスにチラホラとカップルだっていて、クリスマスやお正月くらいは息抜きと称するデートの話なんかも聞こえてきたりして。
中学に上がった頃からかな。毎年この時期になると密かに戦々恐々とした気持ちになるようになったのは。
去年までは一の家と二家族で集まって一緒にクリスマスパーティをしていた。どちらかの家で母やおばさんや緋紗子ちゃんと一緒にケーキを焼いて。一は父達と買い出しに行ったり大きなツリーを飾ったりしてた。
それがすごく幸せで。
年々学校では近寄りがたくなっていく一が、この時ばかりは昔のように身近に感じられたの。
今年はどうするんだろうと毎年思った。
そしてついに高校三年の冬、恐れていたその時が来た。
呼び出されたのはお昼休み。誰もいない調理実習室の流しの蛇口からポトリと落ちた滴の音まで今も覚えている。

「みょうじ先輩、斎藤先輩と幼馴染みですよね?」
「そうだけど……、」
「あの、こんなこと聞いてごめんなさい。先輩は斎藤先輩と付き合っているんですか?」
「付き合って、ないよ?」
「ほんとですか、よかった。斎藤先輩の好きな色、知ってますか?」

二年生の千鶴ちゃんが私を呼び出してそう聞いて来たのは一週間くらい前の事。
彼女は誰もが認める美少女で一が主将を務めていた剣道部のマネージャーをしている。成績のいい一はほとんどの三年生が引退した今でも、時間が許す限り部活に顔を出しているのだ。
可愛らしい指先を合わせて口元に当て頬を真っ赤に染めた彼女の、ピンク色の唇から紡ぎ出された無邪気な言葉は私を打ちのめした。

「セーターを編みたいんです。斎藤先輩に」

朝は私と登校する一が千鶴ちゃんと並んで帰るのを見てしまった事がある。いつもはもっと早くに学校を出るのに、つい友達と話し込んでしまって遅くなった日。暮れかけた校門までの坂道を並んで歩いていく二人の後ろ姿を私の目が映し出した。
見たくない見ちゃいけないと思うのに、私の目は釘付けになっていた。
それはとてもお似合いの二人で、まるで映画のワンシーンのように、悲しい程に綺麗な光景だったのだ。
信じたくはなかったけれど、でもそれが現実なんだってこと、ほんとはずっと前から知っていた。いつか必ずこんな日が来るって。私と一はただの幼馴染み。
どんなに頑張ったってそれ以上には、なれないのだ。




***




何カ月ぶりかの朝寝から覚めリビングに続くドアを開ければ、今日も居座る姉がパンを頬張りながら意外そうな顔を向けてくる。

「あら珍しい。会社は遅刻?」
「休みだ」
「へえ、信じられない。ワーカホリックの一にも休みなんてものがあったのね?」
「煩い。起き抜けに大きな声を出さないでくれないか。大体あんたは何故ずっとここにいる? 義兄さんはどうしているのだ」
「今夜来るわよ?」
「あら、まだ寝ていていいのに」

キッチンから顔を出した母が、テーブルに俺の朝食を整えながら嬉しげに笑った。

「今年は一もいるから賑やかな年越しになるわ。何年ぶりかしら」

俺一人が増えたところでたいして賑やかにはならぬと思うが。
心なしかはしゃいだ様子の母を前に、何年も忙しく過ごしてきたがたまにはこのような年末を過ごすのも悪くはないと、俺は久方ぶりに穏やかな気持ちでテーブルについた。
父はと聞けば早くも外に出て洗車をしていると言う。父と共用で使っている車だ。早く食事を済ませ代わってやらねばと思いつつ、新聞を手に取り一面から目を通していると、母がコーヒーを注ぎながら誰もいないキッチンの方向を振り返る。壁の向こうには隣家がある。

「そう言えばお隣のなまえちゃん、今日帰ってくるって言ってたわね」
「みょうじのおばさん、嬉しそうだったよね」
「綺麗になったわよ、なまえちゃん」

母と姉の会話を耳にした途端、心臓が小さく跳ねた。
――なまえ。
数年ぶりに聞くその名は記憶の底に埋もれながらも、決して忘れたことのない名だった。
隣に住んでいたと言うのに、高校を卒業してから家を離れた彼女と俺は、あれ以来すれ違う事はあっても、一度もまともに顔を合わせてはいなかった。




***




俺にとって全く腑に落ちなかったなまえの言葉の意味がようやく解ったのは、冬休みに入る直前だった。
それは同じクラスの沖田総司の発した言葉からだ。

「一君、なまえちゃんと喧嘩でもしたの? 最近一緒にいないよね」
「別に喧嘩などしていない」
「ふうん。それなら単刀直入に聞くけどさ、君達ってどういう関係なの?」

俺は口ごもる。なまえと自分がどういった関係かなどと、取り立てて考えたことがなかったからだ。生まれた時から共に育ち、互いのことを何でも解っている兄妹のような、一番居心地の良い存在。なまえは俺にとって実の姉である緋紗子よりも身近だったような気がする。
暫し考え込んだ俺に追い打ちをかけるような総司の科白が、思いがけず俺に衝撃を与える。

「つき合ってるってわけじゃないんだよね?」

得体のしれない不快感が湧いてくる。
恋人関係かと聞かれればそれは違うだろう。そのような確認は俺達には必要がなかった。意識せずともいつも傍に居た彼女は既に空気のような存在だった。ずっとそれは変わらないと思っていたのだ。
少なくとも俺の方はそう考えていた。

「…………、」
「隠しておくの嫌だから言うけど。僕さ、なまえちゃんにつき合ってって言ったんだ」
「……それで、」
「彼女はいいってさ。一君、構わないよね?」
「何故そのような事をわざわざ聞く。なまえのことなど俺には関係ない」

なまえがもうつき纏うなと言ったのは、このせいだったのか? いつまでも変わらずにいられると思っていたのは俺の方だけだったのか?
せり上がる不快感は俺の腹の中で急激に膨らむ。心と裏腹な言葉を吐き棄てたのは精一杯の虚勢だ。
幼馴染みであることなどとうに超えた、大切な存在となっていたのに気づいたのはたった今、皮肉にも彼女に“恋人”が出来たと知ったこの瞬間だった。
普段冷静で感情を表に出さないと言われていた俺が激情に駆られて行動したのは、今思い出してもあの時が初めてだったと思う。
帰宅した俺はなまえの帰りを家の前で待った。
確かめたかったのだ。確かめてどうなるものでもないと思いながら、それでもなまえの言葉で聞きたかった。
お前は総司を好いているのか?
程なくしてなまえが歩いてくる姿を認めた俺は、自分が何を口走ったのかそして彼女に何をしたのか、その時は全く自覚出来なかった。

「……っ」

唇に残った柔らかな感触と頬に走った痛み、彼女の頬を流れた涙。それがその記憶の全てだ。
最悪な形で俺はなまえを失った。




***




IT業界の技術は医学と同じように日進月歩である。その速度は激しく、開発で新しい技術が必要となるので、勉強を怠れば如何にスキルのある者でも置いていかれる。ベテランであってもプロジェクトのたびに毎回未経験の部分が発生するのだ。
そのような事情から俺は入社以来、数年に渡り常に多忙の中を駆け抜けてきた。プライベートと言うのは無いに等しく、余暇は勉強と休息に当てられていたと言っていい。その為俺は育ったこの家を出ることもしなかった。
女性との交流が全くなかったと言うわけではないが、将来を共にしたいと思う出会いなどはなく、そのような感情を育てる時間もなかった。だがそれは言い訳に過ぎぬのかも知れない。心の奥底に仕舞い込んで忘れていた感情。その癖にほんの他愛のない言葉からいとも簡単に甦る想い。
通勤の為に玄関を出れば、そして帰宅をすれば目に入る隣家は、いつも変わらぬ佇まいではあったが、なまえの姿を目にすることは無くなった。
あの冬から前年まで共に過ごしたクリスマスは打ち切られ、それと同時に俺にとってもその行事は全く無意味なものと成り果てた。
封印をしたのは努力だ。俺はなまえを忘れる為に努力をしたのだ。勉学に明け暮れた大学時代も、仕事に忙殺されたこの数年間もずっとだ。
ごく偶に連絡をくれた高校の同級生から、総司となまえが実際は付き合ってはいなかったと聞いたのは、卒業後何年か後になってからだった。
俺がこの家を離れなかった本当の理由。己で己を騙そうとしていた本心に改めて気づかされる。俺は心の奥深く、無意識の意識下で願っていたのだ。
もう一度きちんと話したい。釈明と説明をさせて欲しい。
もしもなまえがまだ、誰のものにもなっていないとしたら。
だがそれは単なる希望的観測で、彼女がどこでどうしているかなど何一つ知らない。
知っているのは己の本心だけだ。

俺は今でもなまえが好きだ。



This story is to be continued.

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MATERIAL: 戦場に猫

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