Are you an angel? | ナノ
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01 お母さんで奥さんな日本男児


はじめさんが何だかそわそわしている。
数日前からカレンダーを見ては溜息をついたり、と思うと私に目を移して窺うように見つめたり、やけに体調を気遣ってくれたり、以前は仕事の内容なんてたいして気にしていなかったのに、ここのところ帰りが遅いだとか、仕事を減らせないのかとか言うようになった。
そういえば前以上に食事の好き嫌いに煩くなったようにも思う。
私は骨の多い魚が苦手で、煮干しを丸ごと食べろと言われて悲鳴を上げたのに、以来容赦なくシシャモとかきびなごとかの小魚系のおかずが増えた。
せめて佃煮にして、と言ったら塩分が多いから駄目だと一蹴される。
次に苦手なのがレバーで、嫌いと言ったらとても巧みに紛らわして調理してくれるけれど、食感も匂いもダメな私にはすぐに解る。
そっと除けたらはじめさんが少し怖い顔をした。
私達は二人ともお酒が大好きなので、仕事から戻ると夕食にははじめさんが作った料理と、それに合うお酒を用意してくれていて、お疲れ様の乾杯をしてゆっくり楽しむのが日課だったのに、ここのところお酒の出てこない日がある。
私が不満を言うと「あんたは呑み過ぎだ。少し酒量を減らすべきだ」とか言い出す始末。
彼自身も好きなくせにその時は呑まないので、腑に落ちないのだけれどそれ以上は言えず、渋々我慢している。
いわゆる干渉が多くなったと言う状態。そして時折見せる気づかわしげな顔。
前から薄々は感じていたけど、もう、本当にお母さんみたい。

「お母さんみたいで奥さんみたいで、ものぐさななまえちゃんにはちょうどいいってわけ?」

この間遊びに来た沖田さんはそう言って皮肉っぽく笑い、僕ならそんなこと言わないよ、なまえちゃん僕に乗り換えたら? と付け加えて、はじめさんに速攻で追い出されていた。
まあそれはともかくとして、はっきり言って家事全般も標準以上の腕前の彼は、奥さんにだって余裕でなれるだろう。
左之さんや山崎さんから聞いたはじめさんの天界での様子や、実際にこれまで経験した一連の出来事を見ても、彼が仕事だって人並み以上に出来る人だっていう事くらい、簡単に想像出来てしまう。
とすると、私の立場って一体。
そんなふうに零せば、彼は私を抱き締めて愛おしげに「なまえがなまえでさえあれば、それでいい。俺は幸福だ」と言う。
そりゃ、私だってはじめさんさえいれば幸せだよ?
幸せなんだけど、でも、その……釣り合いってものもあるでしょう?
かつては自分の存在価値なんてあまり考えたことがなかったけれど、出来過ぎて一人何役もこなす恋人を持つのも、なかなか悩ましいことだと近頃思う。


一か月と少し前から彼と本格的に一緒に暮らすことになり、それまで私が一人で住んでいたアパートに少しずつはじめさんの持ち物が増えてきた。
彼には天界に自宅があり、生活用品のほとんどはそっちにあったのだけれど、大天使さんに呼ばれた時以外戻ることもなくなり、今は地上の私の部屋を本拠にして、人間になりすまして生活している。
どんな裏技があるのかはよく解らないけれど、戸籍だってちゃんとあって運転免許さえ持っているのだ。本当に天使って凄い。
ここで暮らすことになって最初にはじめさんが拘ったのは寝室だった。
彼は寝心地をとても気にして(実際に私の寝相の悪さから彼を床に落としてしまったことがある、恥)さすがにこれまでのは狭過ぎると主張し、新しいベッドを買いに行こうと提案してきたけれど、面倒くさいのでなんとなくのらりくらりとしていた。
そんなある日仕事から帰った私は、着替えに入った寝室で仰け反った。
そこに鎮座ましますダブルベッド様。
驚愕する私を嬉しげに見つめ

「これで落ちる心配はない。それにやっと思う存分……」
「きゃ……、きゃーっ!」

口角を上げて瞳に怪しい光を揺らし始めた彼から、私が必死で逃れたのは言うまでもない。
ベッドが広くなったのに対し、当然のことながら寝室は狭くなった。
以前は彼の着替えなどは床にバスケットを置いていたのだけど(彼は何しろきちんとしていて、服を一枚一枚物凄くきっちりと丁寧に畳むので、かなり入るけど)それさえもちょっと場所を取るし、彼の衣類自体も増えたのに新しい収納を置くスペースもないということで、私の服を整理してクローゼットを半分空けたり古着の処分をしたりと、休みのたびに結構忙しくしていた。
片づけや整理のセンスゼロの私だから、もちろん彼の指示のもと。

「それ、捨てちゃ嫌だ、」
「このようなものをまだ着るというのか」

と言って彼が非情にも古着屋に持って行ってしまった洋服多数。
ノースリーブとか、胸が開き気味のカットソーやミニスカートなど、気のせいか露出の多めの服ばかりだったような気がする。
家賃の事でも少し揉めた。
はじめさんは「俺が支払う」と聞かなくて、この部屋は私の名義だし結局半分こにしましょうということで落ち着いたけれど、全然納得していないようだ。

「そもそも手狭だから、俺の名義で新しい部屋を探そう」
「ここでいいじゃない、引越せばまたお金もかかるし」

正直部屋探しなんてベッド以上に面倒くさいので、軽く受け流せばとっても不満げ。
そう言えば天使さんの収入なんて考えたこともなかったけれど、天界での役職に応じてきちんとお給料は支払われていたらしい。
彼は幹部天使なのでそれなりの収入も貯金もあるのだと言う。

「だけど今はほぼここにいて天界に戻っていないし。天界にも有給ってあるの? あっても日数が限られてるでしょう?」
「…………、」
「あ、あ、勘違いしないで。はじめさんのお給料を当てにするとか、そんなんじゃ全然ないからね? 家事とか全部してもらってるんだから、私が外で稼いてくるのが筋だと思ってるし、はじめさんの貯金使う必要なんて全くないよ? ……で、でも、ほら私ってしがないOLだから、高給取りじゃないし……って、あれ……はじめさん?」
「…………、」
「あの、……もしもーし?」

彼は物凄く暗い顔をして黙り込んだ。
彼と過ごすうちに、なんとなくだけれど感じ始めたのは、彼には微妙に亭主関白な一面があるのかもしれない、という事。
亭主関白というよりも、俺にすべて任せておけ的頼られたい性格と言うか、男気があるというか、日本男児的性格……と言えばいいのかな。
天使なんだけれどね。


金曜日、休日の前なんだから今日くらいは美味しいお酒を呑めるよね、と楽しみにいそいそと帰ってくると、ドアを開けるなり玄関まで迎えに出てきたはじめさんが、私をぎゅっと抱き締めて言った。

「なまえ、地上での仕事が決まった」
「……え?」
「これからは俺があんたたちを養っていく。だからもう仕事を辞めていい」
「は? ……あんた、たち?」
「なまえは家にいて家庭を守ってくれればいいのだ」
「ちょ、ちょっと……意味が……、」
「異論はないな?」

いつぞやもこんなことがあった。
確かあれは、彼がこの部屋に同居すると決めた日。
あの時と全く同じ口調で瞳をキラキラさせ、私の反応をしっかりスルーして、抱き締めたまま彼が高らかに宣言した。





あれから早一か月以上が過ぎた。
“あれから”というのは、この部屋でなまえと共に暮らすようになり、そして、その、何と言ったらいいのだろうか、要するに、……、彼女と身が結ばれた日から……と言うことだ。(赤面)
以来、なまえに気付かれぬよう、俺は密かにチェックをしていた。
それは、つまり、……、彼女の月の障りの日、など……を、だ。(また赤面)
事後になまえが恥じらいながら確認してきた時、きっと彼女も想いは同じであろうと考えたのだが、こういったことを言葉にして改めて話すのは、なかなか面映ゆいものがある。
本人には確かめにくい事柄故、俺はカレンダーを見ては日にちを数えていたのだ。
俺と言う男は変態なのだろうかと一時悩んだが、断じてそれは違うと思い直す。
何故なら恋人の全てを愛しく思うことや、その身を求めること、体調を案じることなど至極当然の事だろう?
彼女は俺の全てを受け入れてくれた、かけがえのない人だ。
初めてなまえを抱いた日、俺が彼女の中に己を注ぎ込んだのは、気が昂ぶりすぎたための過ちなどではない。
俺は生涯彼女と共にあることを誓う上で、二人の愛の証を強く望んだのだ。
そして無論、愛しいなまえに男として欲情もする故に、毎晩でも彼女を抱きたいのだが、そんなのは普通じゃないと拒否され、遠慮をして二日に一度ならばと持ち掛ければ首を振り、では折れに折れて三日に一度と言えば、なまえは何故か怒ってしまった。
すぐに機嫌を直してはくれたのだが、触れることだけは一週間以上も許してもらえておらず、自身で確認は出来ていないのだが、なまえにここ暫く不調な様子はない。
よって俺が導き出した結論は、きちんと家を構え、父親として我が子に恥じない職に就かねばならぬ、という事である。





「まーったく、一君らしいよね」

そう言って爆笑するのは沖田さん。
落ち込んだはじめさんをこれ以上追い詰めてはいけないと、私は一緒に笑ってしまいそうになるのを堪えていた。
沖田さんは週に一度はやってくる。
土方さんからの伝達事項を持ってくるというのは表向きで、なんだかんだとはじめさんをからかって楽しんでいるらしい。
「君が抜けた穴を僕が埋めてるんだからね」と言われてしまえば彼もそうそう邪険には出来ないようで、いつも渋面を浮かべつつも一時間程度は相手をしている。
そんな中、普段は極めて口数の少ないはじめさんが嬉しさのあまり(と沖田さんは言った)チラリと漏らしてしまったのだ。
私が妊娠した、と。
笑みを浮かべるはじめさん、何故かショックを受けたような沖田さん、そして茫然とする私。
一瞬、形容しがたい空気が流れた。
いつものように、スキンシップと言って私の頭を撫でたり、肩に触れたりしていた沖田さんに「もう気安くなまえに触れるな」とダメ押しする。
そして直後はじめさんに訪れたのは恐らくダブルの悲劇。
だって確認してくる沖田さんに、いくらなんでもこんなことで嘘なんてつけない。

「あの……はじめさん。その、なんて言ったらいいか……私、出来てないんです。……ごめんなさいっ」
「…………!」
「……ほんとに、ごめんなさい」
「…………いや……そ、そうか、」

瞬時にして地下にめり込むかと言うほどに肩を落とし表情を陰らせたはじめさん、何故か勝ち誇った顔をする沖田さん、そして私はもう顔が上げられなかった。

「だ、だが、それなら……こっ、これからまた、頑張ればいい、だろう……?」
「……え、」
「何を頑張るのさ。ていうかもうそういう関係になってたんだ。案外手が早いんだね、一君も」

意地悪く言われ、めり込んだままで全身発火するはじめさん、そしてもうここから消えてしまいたい私。
彼を見て沖田さんが笑い出した。
だんだん私も可笑しくなってきて、つい肩を揺らしてしまったら、はじめさんが怒ったような悲しそうな、何とも言えない表情で私を見たので、笑いはすぐ引っ込んでなんだかまた切なくなってしまった。
その夜、ベッドで彼が私を腕の中に収めて首筋に唇を寄せながら、ばつが悪そうに言った。

「……その、すまなかった。勘違いをした」
「そんな、私の方こそ……、」
「いや、なまえは何も悪くない。だがこれからは障りの日の事を、その、出来れば、」
「え?」
「なまえのことは何でも知っておきたい。解っていればもっと気遣ってやることも出来る」

言葉の意味を理解した私は真っ赤になってしまう。
私だって女の端くれなんだから女の子の日が来たなんて、いくらなんでも恥ずかしくて報告しづらい。
彼が腕に力を込めた。
愛情と優しさからくる言葉なんだと信じられるけれど、やっぱり恥ずかしくて黙ってしまうと、彼が体の位置を変え、私を上から見つめる。
肩先から流れる艶やかな髪に、前髪から覗く濃いブルーの綺麗な瞳。
真摯なその瞳に映る私を見ているうちに、気が付けば小さく頷いていた。
彼はとても穏やかに微笑んで私の頬を両手で包むと、今宵は触れてもよいかと囁く。
もう一度頷き、唇が近づいてくるのを見つめ瞼を閉じかけて、不意に思い出した。
彼の昼間の科白、確か、これからまた頑張るとか、何とか、言っていたような気が……。

「……あ……っ、ちょ……っと、ちょっと待って、はじめさ……っ」
「もう待てぬ」

聞き届けられずに唇を塞がれてしまい、それでも私が必死で逃れると、彼の顔にサッと不機嫌そうな影が差す。
見下ろす瞳がまるで刺すように鋭くなってしまった。思った以上に本気モードで怒らせてしまったのかもしれない。
そう言えばずっと、ごめんなさいをしてきて、もう一週間以上になるんだ。

「何故、あんたはそうやっていつも拒否を……、」
「ち、違うの……っ、あの、あのね? 赤ちゃんはまだ、待って、」
「何故、」
「だってまだ結婚もしてないし……っ」
「問題ない。明日にでもしよう」
「そういう事じゃなくて……っ」

再び組み敷かれ、もうなんて説明したらいいのか解らなくて彼の首に腕を回し、まだはじめさんと二人きりでいたいよと呟けば、彼が顔を上げて虚を突かれたような表情をする。
その頬がゆっくりと緩んでいき少し照れたような笑みに変化して、再び重なった唇の隙間で、そうか、そうだなと、この上なく優しい吐息が答えた。
だって、私たちの生活はまだ始まったばかりなのだから。
彼の温かい腕の中で、これから先ずっとずっと長く続いていく筈のこの幸せに思いを馳せながら、私は彼の愛情を受け入れた。


This story is to be continued.

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I am in love with an angel every day!



MATERIAL: blancbox / web*citron


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