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11 会いたい  


以前名前に言った事があった。辛い事があれば話してくれぬか、と。彼女はただ微笑んでいた。部屋に尋ねて行くなど斎藤にとっては相当に勇気のいる事だったが、あの時は名前の不安を除きたい一心だったのだ。
女子への気遣いなどまるで不得手だが、名前に何かがあった時は自分が守りたいと思う。随分前から彼女に特別な感情を抱いていたのだと、今ならばよく解る。左之に抱いたのが嫉妬心だったのだということも理解した。雑念だと、煩わされてはならぬと片付けたかった想いが、いつしか慕う気持ちへと変わっていった。
出来るならば他の誰でもなく、俺が名前を。
しかしあれから名前とは擦れ違うばかりでその心に触れる事が出来ぬままでいる。故意かそれとも無意識なのか、まるで逃れるかのように擦り抜ける彼女を、捕まえる事さえ出来ないままだ。名前に贈るつもりの青い簪も未だ渡せぬまま。向き合って話をしたいと斎藤は強く思う。



副長の命を受け斎藤は大坂へと赴く事になった。監察の山崎と同行するこの任務は内偵調査である。
斎藤は他人に心を悟らせない性質である。役職は副長助勤であり監察方ではないが、彼の持つその特性から土方の腹心として絶大な信頼を得ている。そして斎藤の方も土方に対し絶対の忠誠を誓い幾度も密命を受けた。
新選組にとってなくてはならぬ大幹部伊東参謀、しかしそれは表向きであり、土方は早くから伊東を限りなく黒に近い要注意人物と睨んでいた。
土方が文字通り命を賭して作り上げた新選組は、危険因子であれば蟻一匹すらも見逃さない鉄壁の組織である。先ずは監察が常に内外に目を光らせる。
局長は隊の代表であり顔であるから雑務はせず看板の役割を果たし、実質副長が隊の全ての機能の実権を握る。であると同時に重要な部分を全て担って迅速な指揮を執る、即ち新選組は副長によって動かされている。副長助勤、及び監察方はその手足となる。副長を頂点としたこの組織力こそが新選組の強さの所以であった。
よく飲み込んでいる斎藤は厳命を受けるまでもなく、諜報活動について支配下にある隊士達は愚か同志である幹部にさえ決して公言をしない。勿論名前に告げる事もしなかった。
梅雨も上がったある日の夜明け前、密かに屯所を出た斎藤は予め示し合わせた宿で速やかに町人へ形を変え、山崎と合流すると大坂へと向かった。



早朝から蒸し暑い日だった。
しばらく朝稽古に現れない斎藤組長が外出している事を、名前はその日の隊務が始まってからやっと知った。
三番隊は通称源さんと呼ばれる井上組長の指揮下、六番隊と共に任務に就き市中見廻りに出掛ける。
井上組長はとても柔和な人で、優しい笑顔に安らぐ気持ちがした。

「井上組長、よろしくお願いします」
「おお苗字君、こちらこそよろしく頼むよ。その組長はやめてくれるかい? 私の事は源さんでいいよ」
「いえ、ですが」
「君の事は斎藤君からよく聞いているんだ。私もゆっくり話してみたいと思ってたんだよ」
「え?」
「真面目でとても信用のおける人だとね。それと……いや、こういう事を私から言うのは無粋というものかな」

井上組長がどうしてこんなことを言うのかわからなかったけれど、それよりもあの口数の少ない斎藤組長が自分のことを話して聞かせたということを意外に感じた。

「彼はまた難しい任務に就いているようだが、君が側で支えてやってくれるなら、私も安心だ」
「難しい任務……ですか」

物問いたげな名前を優しく見つめ、源さんは目を細めたがそれ以上は言わなかった。
決められた経路を辿るうち、のんびりした空気を壊すように荒々しい声が辺りに響く。もう見慣れた光景だ。勤皇の志士を名乗る者が商店に押し入って不逞を働いているのだ。
身構える名前の肩に「様子を見よう」と源さんの手がそっと置かれる。数名の隊士が前へ出た。

「新選組だ!」
「ちっ! 相手が悪い、行くぞ!」

不逞浪士達は浅葱色の隊服を目にした途端に怯み、蜘蛛の子を散らすように四散した。

「やれやれ、逃げてくれてよかった。出来れば斬るのは避けたいからね」

源さんがほっと息をつく。これ迄にもこうした場面に出くわした事は何度もあって、それはそう珍しいことではない。剣檄に持ち込まれた事も幾度もある。巡察に回るのも充分に危険な仕事だと思う。
でもそれ以上に危険な任務とはなんだろう。
斎藤組長は今何処で、何をしているのだろう。
名前の胸に急速に湧き上がる感情がある。誠実な碧玉色の瞳、穏やかで静かな低めの声、それらが懐かしくてたまらない気持ちになる。
どうか無事に戻って来てほしい。
彼に。斎藤さんに会いたい。


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