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07 萌芽  


早朝稽古を早めに終えると名前は足早に勝手場に向かった。食事の支度は賄い方の役割であるが、幹部の口にするものは基本千鶴の手によるものだ。持ち回りで誰かが手伝うという形で賄われていた。
名前は諸事情から千鶴を含めた幹部達と共に食事をとるよう土方に言いつけられているが、入隊直後は勝手場への立ち入りをやんわりと禁止されていた。斎藤も、土方さえも何も言いはしなかったが一時は間者の疑いを持たれていたのではないかと思う。調理に手を出しても良いと言う事は少しは信用されてきたのかも知れない。
健康診断以来千鶴とも少しずつ交流が出来ていた。彼女に対してはまだ男のままでいるのだが、何故ばれないのかと思う程千鶴は何の疑いも持たないようだ。

「おはようございます。遅れてすみません」

千鶴は既に調理に取りかかっていた。釜戸に火が熾こされ井戸から水も汲んできてある。味噌汁の具の豆腐を用意しながら千鶴が笑顔を向けてくる。
出汁の良い香りが漂っていた。

「あ、苗字さん、おはようございます」

屈託なく笑う千鶴の隣に並ぶと桶の水で手を洗い、何をしたら良いのかと考える。

「土方さんが言ってました。苗字さんお勝手は苦手だって」
「……すみません」

厳密に言えば名前は料理が出来ないわけではない。
ただこの時代の調理器具の使い方や火の熾こし方が解らず、尻込みする気持ちがあったのだ。だがよく考えると食事の内容は非常に簡素で切る、煮る、焼くくらいの単純さなのである。やれば出来そうだと思い直す。

「でも、皆さんがやってる事です。苦手などと言えません、私もやります」
「男の方は苦手な方もいますよ。気にしないでください。斎藤さんみたいな人の方が珍しいくらいで……」

斎藤さん、と言う部分で千鶴の頬が赤くなった。

「斎藤が何だって?」
「原田さん、おはようございます」
「あれ、原田さんどうしたんですか」

ひょっこりと原田が顔を出した。

「いやな、名前が使い物にならねえと千鶴も困ると思ってよ、手伝いに来たんだよ」
「助かります。ならもう一度水を汲んできてもらえますか」
「おう、任せとけ」
「あっ、私が行きます」

名前がハッとして原田の手から桶を取る。先ほど何も考えずに汲み置きの水で手を洗ってしまった。千鶴は何も言わなかったがあれは調理用の水だったのだろう。早速の不手際に落ち込みかける。
だが落ち込んでいる場合ではない。急いで井戸に向かった名前の後を原田が追ってきた。

「名前、大丈夫か? 持ってやる」
「だっ……大丈夫です!」

木で出来た桶はそれだけでかなり重い。まだ慣れぬ井戸を使い水を一杯に満たしよろよろと運ぶ名前に、原田が手を出すがその好意を固辞する。小柄な千鶴でもこれくらいやっているのだ。自分だけ楽をするわけにはいかない。

「持ってやるって言うのに。お前、負けず嫌いか?」
「…………、」

白い頬を赤くして名前が桶を運び歩く横で、手を伸ばしながら原田がくくくっと笑った。



鍛練を終え汗をかいた身体を拭おうと井戸に向かう斎藤の目に原田と名前の寄り添う姿が映った。
思わず足が止まる。
いつもとは全く違った顔で名前が笑っている。出会って以来彼女のそんな表情を見るのは初めてだった。
斎藤は隊務や稽古でしか彼女と接する機会がない。名前は男として任務に当たっているわけで、斎藤から見た彼女はいつでも凛とした印象しかなかった。それを美しいと思ってはいたが、今自分の視線の先で左之に対して寛いだ笑顔を向けるのを目にして、胸の奥がきりと痛むのを感じた。

「苗字」

我知らずその名を口にし奥歯を噛む。



朝っぱらから膳を前にした藤堂、永倉、原田の面々は賑やかだ。目刺しが皿を行ったり来たりしている。

「相変わらずうるせえ奴らだな。黙って食えねえのか」

土方が苦々しい顔をするが気にも留めず、戦利品を腹に収めた永倉は上機嫌だ。

「今日の味噌汁もうめえな。千鶴ちゃんまた腕を上げたか?」
「あ、それは苗字さんがお味噌の加減をしたんですよ。美味しいですよね!」
「なんだお前、やれば出来るんじゃねえか」

土方が意外そうに名前を見た。曖昧に笑う名前の目の端にいつも以上に無口に黙々と食事を続ける斎藤が見える。

「斎藤さん、お味噌汁どうですか?」
「ああ……」

千鶴が話しかけるが反応も薄い。名前もそっと伺い見るがやはり無表情のままだ。
さっさと食事を済ませると斎藤は膳を下げに行き、そのまま広間を出ていってしまう。千鶴が心配そうに後ろ姿を見送っていたが、名前も気にかかり心許ない視線を斎藤の消えた廊下に送っていた。


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