斎藤先輩とわたし | ナノ
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act:07 一生の不覚


今週はお互い結構仕事が忙しくやっと訪れた週末、いつも通りの斎藤さんの部屋。
彼には持ち帰った仕事があったので、洗濯だけして雑誌を見ながら大人しく待っていたけれど、昼頃には終わったみたい。
斎藤さんが長い指で眼鏡を外す。眼鏡姿は滅多に見られないレア物で、その仕草に密かにドキドキしてしまった。
私の作ったパスタで昼食を済ませ、やっと寛いだ表情をした彼が、この後どう過ごす? と問いかける。
私はどちらかと言えば出歩くよりも家でゆっくりするのが好きなタイプ。
映画を借りてきて家でゆっくりワインでも呑みませんかと提案すると、彼も同意をし微笑んで頷いた。
お馴染みのショッピングモールのレンタルショップで、彼の好きな巨匠N氏原作の幕末物と私の好きな動物ハートフル物語の2本を借り、食料品売り場でデリカテッセンにビールやワインなどを買い込み帰宅する。
玄関ドアを開けるなり、彼のお尻のポケットのスマフォが振動音を発した。
取り出して目を落とした彼の顔が急激に曇り、画面に指を滑らせる様子は上機嫌から一転してあからさまに不機嫌になっていく。
「なんの用だ」という無愛想な応えに対し、漏れ聞こえるのはおそらく高校からの友人の沖田さん。
同じ剣道部だったので、かなり昔のことだけど私も面識はあった。
あの頃斎藤さんとはろくに話したこともなかったのに、人懐こい沖田さんはよく気さくに声をかけてくれていたものだった。
煩いとか、断るとか、声を荒げている感じから察するに多分誘われているのだろうなと思いながら、キッチンで買ってきたものを冷蔵庫に入れつつ、脇に立つ彼の声を聞くともなく聞いていた。

「俺は忙しい。切るぞ」

さも煩わしげに言った後、ふいに彼が黙りこむ。手を止めて振り仰ぐと困惑げな顔になっている。やがてゆっくりと青ざめていった。
スマフォの向こうからは高笑いが聞こえた。





ソファに浅く座る土方部長が、斎藤さんと対面キッチンに立つ私に、とてもばつの悪そうな顔で言う。

「悪いな、斎藤……みょうじもな、せっかくの休みのところを」
「……いいえ」

という割りには全然いいえ、という感じでない斎藤さんは憮然とした顔。
クライアントになってからと言うもの、部長はどこかしら斎藤さんに対して遠慮がちで、なんだか可笑しくなってしまう。
まだ夜には間がある時間。
ローテーブルのど真ん中に、でーんという感じに『天辰の汐雲丹』と書かれた和紙のかかる高級そうな木箱が置かれ、その隣には涼やかな青色をした上善如水純米大吟醸のボトルが数本鎮座した。
そう言えば先週部長は、新潟に出張に行っていたんだった。

「住所を控え忘れちまってな、俺んちに送っといたのを届けようと思って来ただけなんだが……、」
「お気遣いありがとうございます。しかし何故、総司まで連れて来るんです」
「いいじゃない。長い付き合いなのにはじめ君の部屋に招かれたの、これが初めてだよ? ねえなまえちゃん、酷いと思わない?」
「今日とて別に招いてなどいない」
「でも驚いたよ。君がこんなに綺麗になっていたなんて、ね」

既に缶ビールを片手に、ベランダのレースをめくって外を眺めていた沖田さんは、斎藤さんをスルーして私を振り返り、全く悪びれずに笑っている。
斎藤さんの肩がピクリと跳ね、顔には解りやすく不快そうな色が浮かんだ。
買ってきたチョリソーやモッツァレラチーズとトマトのサラダ、魚介のカルパッチョなどをお皿に盛り付け運びながら、私は答えに困って、はは、と笑うしかない。
新潟で買ったお土産が今日クール宅急便で到着し、斎藤さんに届ける為に家を出ようとしたところで沖田さんの襲撃を受けたと言う土方部長は、心底申し訳なさそうだ。

「じゃあ、な、俺はこれで……、」
「え、せっかくだからみんなで一緒に、」

軽く腰を上げた部長を引き留めた私は、隣からの殺気に似た空気を感じて慌てて黙る。

「土方さんはいてください。総司は帰れ」
「ええっ、何その言い草? 僕に一言の断りもなく抜けがけして勝手になまえちゃんと付き合っといて」
「あんたに断る必要がどこにある」

険悪な雰囲気を随所に醸し出しながらも(醸しているのは斎藤さんだけだけれど)、結局このメンバーの酒盛りが始まった。
上善如水はすっきりとしていて仄かな酸味があり、日本酒はそんなに嗜まない私にも、とっても美味しいお酒だった。

「水の如しっていうだけあって、本当に呑みやすいんですね」
「この汐雲丹も絶品だ」

土方さんのお土産を口にしてお酒を呑みながら、斎藤さんもだんだん和んできたように見えて、私は内心胸を撫で下ろした。
小皿に入れた汐雲丹を、お箸の先でちょこっと掬って舐めるように味わう皆と対照的に、ごそっと口に入れた沖田さんが顔を顰めてお酒を呷る。

「何これ。うえぇ、しょっぱい」
「てめえ、これは斎藤に買ってきたんだ。高級品だぞ。ちっとは遠慮しろ」
「相変わらずケチだね、土方さんは」
「総司。あんたの舌は幼稚園児か」

なんだかんだ言いつつ漫才みたいな部長と沖田さんの掛け合いに、時々静かに突っ込みを入れる斎藤さんの図が可笑しくて、お酒に強いと自負していた私も笑い過ぎ、いつにない雰囲気に酔ってしまう。
そこへインターホンの音。
立ち上がりテレビドアホンを覗いた斎藤さんが固まった。

「あ、さっきトリオも呼んだから」
「総司、あんたは断りもなく……っ」

睨み付ける斎藤さんを無視してあははっと笑いながら、沖田さんがいそいそと玄関へ向かえば、既にお酒の入っているらしい男性3人が、手に手に大量のコンビニ袋を提げて大騒ぎをしながら乱入してきた。彼らは斎藤さんや沖田さんの大学時代の仲間らしい。

「案外早かったじゃない」
「斎藤が彼女を紹介してくれるって聞いちゃあな、取るものとりあえずやって来たぜ?」
「はじめ君、久しぶりだなぁ」
「よう、斎藤。今日は招待ありがとよ! てか、なまえちゃんって、なんだよ可愛いじゃねえか!」

だから招待などしていない、という低い声はかき消され、一気に酔いが覚めたらしき彼と早くも酔い潰れてしまった部長を取り残して、場は改めて盛り上がり始めた。
原田さんと永倉さんの二人は斎藤さん達の先輩、平助君は後輩で私と同級らしくみんな明るく気の置けない感じの人たちだったので、私もつい調子に乗って新たに入荷されたお酒を呑み続けた。
いつもは整然としている部屋のテーブルも床も信じられないほどに雑然としている。
食べ散らかされたお皿を一人片付ける斎藤さんは、出会いはどんなだったのかとか、どっちが告白したのかとか、質問攻撃を浴び口を滑らす私を赤くなったり青くなったりして黙らせようとするのに忙しい。そこへあることないこと口を挟む沖田さん。
斎藤さんがこんなに感情を顕にするところを、滅多に見たことのなかった私は嬉しくなってしまった。私の知らない彼の大学時代のことが垣間見えたようで。
それに普段は二人きりで過ごす週末がいつもと違い賑やかで、すっかり楽しくなってしまったのだ。
トリオと言われた三人は同じ会社勤務で、彼らの仕事の愚痴合戦が始まると、もうとっくにゴロリと床で寝てしまっている部長に斎藤さんがブランケットを掛けながら、赤い顔をした私を窘める。

「なまえ、そのくらいにしておけ。先に寝ろ」
「え〜大丈夫れすよ〜」
「ちょっと、はじめ君。いつも独り占めしてるんだから今日くらいいいでしょ」

彼を遮るようにして隣にやってきた沖田さんが、私にふざけて抱きついた。私は自分が思うよりもずっと酔いが回っていたようで、いきなり掛けられた体重によろめいて倒れる。その時点で私の頭はくらくらと来ていた。
「総司っ!」と声を荒げる彼をかわす沖田さんが、私の上に倒れたまま不適に笑って耳元で囁く。

「なまえちゃんは知らないだろうけど、高校の頃、君に先に目をつけたのは僕の方だよ」
「……へ?」
「はじめ君は狡いよね。いつの間にか掻っ攫っていってさ」
「いい加減にしないか!」

彼が凄い力で沖田さんを引っぺがした時にはもう、私の意識は飛んでいたと思う。
なんだかジタバタしたような記憶があるようなないような、とにかく何もかもが定かではない。
強い口調で叱られた気もするけれど、思考能力なんてとっくの昔に獏に食べさせてしまった私は呂律の回らない口で、それでも気が大きくなっているものだから強気で「どうぞ! ご自由にどうぞ!」と言ったとか言わないとか、もうよく解らなくなっていた。





強い喉の渇きを覚えて目が覚めれば、真っ暗だった。
水……、と呟いて起き上がろうとするけれど、身体が動かない。身じろぎしながら何かに絡め取られているような感覚がした。

「その格好で起きていくつもりか」

耳元で聞こえる斎藤さんの声に、ゆっくりと目覚めていく。
頭がガンガンしているのが解る。これは紛うことなき呑み過ぎだ。そんな頭で私が理解出来たのは、ここが寝室のベッドの中で、電気は消されていて、背中がなんだか温かくて、後ろから身体に巻きつけられているのが2本の腕だということ。腕の力が強まる。
これ、斎藤さんの腕?と見ると、強く締め付けられている私の胸やお腹は、あろうことか裸だった。

「ひぇっ、え……むぐ……っ」
「隣に聞こえるぞ」

……は?
彼の片手が素早く動き、手のひらで口を塞がれたまま頭痛の合間に私の脳味噌はだんだんと覚醒し、必死で回転を始める。
こ、この状況は?
私、いつの間に眠ってしまったんだろう。
昨夜は部長やはじめさんの友人達と酒盛りをして……。
え?
酒盛りをしていて、ねえ、どうして今私は裸なの?
眠る前のことを思い出そうとしたが無理だった。ほぼ記憶がない。相当酔っ払っていたんだろう。
不自由な首を恐る恐る左に回して後ろを見れば、ああ、最悪の予想は的中して、ピタリと密着している彼も何も着ていない。道理で背中が温かいわけだ。
待てよ?
リビングの床に土方部長が寝ていた筈だ。
口に当てられていた彼の左手が緩んだので震える小声で聞いてみる。
まさか、とは思うけど。
これは念の為に聞くだけなんだけど。

「み、みんなは、帰った……の……?」

彼は吐息だけで笑って顔を私の髪に埋めてきた。そしてさっきよりももっと腕に力をこめてしっかりと抱き締めてくる。質問の答えはない。
答えはないけど思い出した。さっき隣に聞こえるって言った、この人。
ちょっと待て。
と言う事はまさか、まさか何ですか? 隣のリビングに客人が眠っているというのに(仮にみんな酔い潰れているとしてもですよ)ここでこの人は、私の服を脱がせて、つまり脱がせてから致すようなそういうことを、…………そ、そういうことを致したと言うの?
嘘でしょ? 嘘だよね!?
導き出された仮説に私は絶望しくらっと眩暈がきた。
身体を起こそうすれば彼の腕が更に締め付ける。

「ちょっと、さいと……さん……」
「…………」
「斎藤さんてば、」
「…………」
「もうっ、はじめさんっ」
「なんだ」

小声で怒りの声を上げるが彼は全く怯みもせず、さっきまで私の口元に触れていた手で頬を撫で、喉を辿って下へと降ろしていく。右手も動いて胸を包み込み、髪から顔を上げて耳を食んだ。

「ち、ちょ……っ、や……っ」
「声を抑えろ」
「やめ……っ、」

抗う身体は拘束されて身動きが取れず、拒否の言葉はすぐに熱い唇に飲み込まれた。
しっかりと塞がれて涙目になりながら、私は音にならない声で叫ぶ。
馬鹿っ! 助平っ! はじめさんのド変態――――っ!!





それから小一時間ほど翻弄され。
やっと拘束が解かれ脱力しながら不貞腐れている私を見て、身体を離したはじめさんは枕元の照明を点けながら可笑しそうに言った。

「ご自由にどうぞと言ったのはなまえだろう」
「そ、そんなの覚えてないし……ってはじめさん、声大きい……っ」

目一杯低く抑えた私の怒声を受けてまた小さく笑ったはじめさんが、ベッドからするりと出てボクサーだけを身につけリビングへと続くドアノブに手を掛けた。
え、ちょっと!
止める間もなく音を立てて開かれたドア。ご丁寧に照明のスイッチを押す音まで聞こえた。
やだ! 何考えてるの? やっぱりはじめさんって変態だったの? と思いながら泣きそうになってシーツに頭から潜り込みぎゅっと目を瞑っていると、はじめさんは珍しく声を立てて笑っている。

「総司などに無防備に触れさせたなまえには、この程度の罰は必要だろう?」
「…………、」
「顔を出しても大丈夫だ。皆はとうに帰った」

え、どういうこと?
キッチンまで歩いて冷蔵庫を開閉する音が聞こえ、少しするとはじめさんが戻ってきた気配がして、おもむろに捲られたシーツ。目を閉じた私の頬にひやりと冷たいものが当てられた。
緩慢な動作でそっと見上げると、ペットボトルのキャップを開けたはじめさんが喉を鳴らしてミネラルウォーターを飲んでいて、ふいに私に顔を寄せ口付けてきた。
流れ込んでくる冷たい水。彼は何度も繰り返し口移しで水を流し込んだ。
もしかして、つまり、私は彼にハメラレタということ、文字通り。
水と一緒にやっと事態が飲み込めてくる。
ペットボトルをベッドサイドに置いたはじめさんが口元を緩めた。
「だ、騙したの?」と詰め寄っても彼は笑うばかり。

「騙されたの、私? くっ、悔しいっ! きーっ!」

ジタバタしている私にはお構いなしで、彼が再び覆い被さってくる。

「え、ちょっ、」
「今度は、声を抑えなくていい」
「……はあ?」
「まだ終わっていない」
「馬鹿ぁ! 意地悪っ! へんた……、」

呆気なく手首を取られ、悪態は再びあっさりと遮られて。


…………。


みょうじなまえ、一生の不覚。


はじめさんの攻めは果てしなく続く。
朝は、まだ遠い。

2013.09.13



act:07 一生の不覚

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