He is an angel. | ナノ
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21 抜け出せない迷宮


このマンションには他に居住者がいないのか?
コンシェルジュもおらずデスクはもぬけの殻だった。
静まり返ったエントランスからエレベーターへ乗り込めば、妖気がますます濃くなり、その分酸素が薄くなっていく気がした。高速エレベーターは程なくして最上階のランプを点灯させる。
静寂に包まれたフロアに降り立つと、廊下には大理石のタイルが敷き詰められ、殊更に大きく靴音が響く。
突き当たりの一際豪奢なドアが全開していた。
三人は辺りに注意を払い警戒を強めながらも躊躇う事なく進んだ。
一体どのくらいの広さなのか、長い廊下に幾つもの部屋が並び、その一つ一つに侵入し探索するもその奥にまた別のドア。
何処まで行っても無人の部屋ばかり、それも似たような設えで、現在地が何処なのかさえ把握出来ない、まさにラビリンスだ。

「これはまた。外から見たのと全然違うじゃねえか」
「明らかに普通のマンションの居室じゃないね、面倒くさいなぁ」

左之も総司もおどけた声を発するが、その眼は少しも笑ってはいない。
この中の何処かになまえはいるのか?
斎藤の瞳に焦りの色が浮かび始めた頃、紫の靄がかかったような妖しげな空気を醸し出すドアの前に辿り着く。
斎藤が手を掛けるがノブは回らない。
後ろに控える左之と総司の顔を、確認するように見つめてから一つ頷く。
厚く重厚なドアを何度も蹴りつけ体当たりを繰り返し、ジョイントがやっと少し緩んだところで最後の一撃で蹴破った。

「予想よりも早かったではないか」

捜し続けた男は果たして其処に居た。
待ち構えていたであろう風間は、不遜な笑みを口元に浮かべ鷹揚に言いながら、組んでいた足をゆっくりと外すと、如何にも高級そうなベルベット張りの肘掛椅子から立ち上がった。
直ぐに斎藤が詰め寄り、燃え立つ蒼い瞳で貫くように睨みつけると、胸倉を掴む。

「なまえは何処に居る」
「まあ慌てるな。それよりも話をしようではないか」
「話す事など俺にはない」
「弱い犬ほど吠えると言う。先ずはよい物を見せてやろう」

斎藤の手を優雅に振り払うと、三人の横を通り過ぎてドアの外へと促す。
振り返りもせずに歩き出すその背を追いながら、すぐにでも斬りかかりたい衝動を斎藤は必死で抑えていた。

「……はじめ……君?」
「平助!」

壁掛けの照明の淡い光の下に、顔を膨れ上がらせた平助が倒れていた。
奥の薄闇の中に赤毛の男と黒い巻き毛の男が立っているが、斎藤達の入室には何の反応も見せなかった。

「俺の飼い犬だが、牙を剥いたのでな」
「貴様っ!」

いきり立つ左之と黙って剣を構えた総司を一瞥すると、風間はさも可笑しそうに唇を歪める。

「だが、勘違いしてもらっては困る。俺はこの犬を可愛がっていた。貴様らの裏をかく為に随分働いてくれたからな」
「どういう意味だ」
「犬に聞くがいい」
「平助……、」

ぐったりと横たわった平助が僅かに身じろいだ。
身体を起こそうとするがままならず、見下ろす風間は薄笑いを絶やさない。

「俺は……、誰も裏切るつもりなんて、なかった……」
「だがあの女を呼び出したのは貴様だ。偽りのトラブルを口実にこの俺の為にな」
「あ、あれは……だけど、はじめ君、俺は……」

斎藤は日曜の事を頭に浮かべる。
順を追って考えれば、確かにあの事件は辻褄が合っていなかった。
平助のパソコンに保存された資料に不備のない事を、なまえが頻りに不思議がっていた事を記憶している。
根底では全てが繋がっていた事にも気付かずに、土方さんの連絡を受け新たな懸案事項の発生で結局うやむやにしてしまった、あの時。
俺は一体幾つの過ちを繰り返してきたのだ?
あの件でなまえに呼び出しの電話を掛けてきたのは雪村千鶴だ。
だが平助が千鶴を使い、それを口実になまえを呼び出したと言うのは、真実にも聞こえる。
それがこの風間に与しての行為だったと言われれば、万死に値する報復を与えたい程の憎しみすら湧いて来るが、しかしそれならば何故、なまえが部屋を出てから直ぐに、平助は俺に連絡を寄越した?
前言を撤回するかのようになまえの出社の必要はない、とこいつは俺にわざわざ告げたのだ。
先刻風間の言った事も恐らくは全くの嘘ではないだろう。斎藤は深い理由があっての平助の逡巡と苦悩を見た気がした。
そしてそれは取りも直さず、千鶴の為だったのではないか。その事が何故千鶴の為になるのかまでは解らないが、これもまた恋に翻弄された男の姿だったのではないかと斎藤は考える。
目を閉じて深いため息を漏らした。
だとすればその心は己にも、悲しい程に理解出来るのだ。
翌日平助が昼休みになまえを呼び出して語ろうとしていた言葉を、俺は最後まで言わせなかった。
あの時も神経を尖らせて、なまえと己れ以外を敵だと思い込んでいたのだ。
総司の時と同じようにこれも、やはり己の傲慢さ故に招いてしまった事だったのかも知れない。
事の次第を考え合わせれば悔恨の気持ちに苛まれかける。
だが、それは後回しだ。
懺悔も反省も後で幾らでもしてやろう。
今はなまえを取り戻す事が先決なのだ。
再び開いた眼は新たな光を湛えて、風間に一直線に向けられる。

「御託はいい。なまえを返せ」
「返せとは? あれは俺の妻だ」

その時、薄闇から一歩踏み出した赤い髪の男が静かに口を開いた。

「風間、これ以上は、」
「黙れ天霧」
「もう一度言う。返せ。なまえは未来永劫俺のものだ」

斎藤が瞳を蒼く光らせて風間を睨み上げ強い声で言い放つと、不意に風間が激昂した。
その姿は炎熱に包まれたように赤く燃え上がり、白く染まる髪と強烈な光を放射する金色の瞳に憎しみを滾らせて、手にした魔剣を忌まわしく光らせながら高く跳躍し斎藤に斬りかかる。
闇に溶ける様な黒い翼が禍々しくはためいた。
それは風間の内心の動揺を如実に語るようだった。
斎藤の聖剣は彼の左腕の一部であるかのように動き、スパークしながら魔剣を受け止める。
巨大な白と黒の交錯する様に左之も総司も息を飲んだ。

「斎藤!」
「手を出すな、なまえを探してくれ!」

加勢しようとした左之を声だけで止める。
眼の前の平助のように拘束されたなまえの姿が脳裏に浮かび、新たな憤怒が身の裡から襲い来る。
この男を倒して、一刻も早くなまえを見つけ出さねば。
その思いだけに突き動かされ、斎藤も全力で剣を振るう。
地が抜け天井が消え、辺りは漆黒だった。
風間は秘かにほくそ笑む。
体勢を立て直した彼の快腕が続けざまに斎藤の心臓を狙って踊り狂うが、軽やかな身のこなしで斎藤は一つ一つかわしていった。

「力の差はないみたいだね」
「風間はルシファーそのものだ。侮れねえよ」
「でもはじめ君が負ける気しないな。なまえちゃんのおかげ? あの気迫」

死に物狂いの闘いである筈なのに、一閃ごとにはらはらと舞い落ちていく白と黒の羽の閃く様は、いっそ芸術的でさえある。
斎藤は言うまでもないが、風間の方も退路を断たれた獣のように猛り狂っている。
僅かの余裕を見せ始めたのは斎藤の方だった。
受け身のようでありながら、風間の動きを見て正確に剣を捌いて行く。
しかしどちらも致命傷を与えるまでに至らない。
剣を交差させ、憎悪に滾る瞳がぶつかる地点から空間を揺るがす波動が起きた。

「風間のこれ程の本気は見たことがねえな」
「彼も不退転の決意で臨んでいます」
「このままじゃ、やべえかな」

不知火が銃に右手をやった。
それにチラリと目を走らせた風間を斎藤の不意打ちの一撃が掠め、その頬に一直線の赤い線が浮かび上がる。と同時に不知火の銃口が火を噴き、斎藤の聖剣が闇に飛んだ。

「これで貴様も終わりだ」
「…………っ」
「残念だが俺の妻は此処にはおらぬ」





廃墟と見紛うばかりの粗末なアパートの一室で、千鶴は氷を砕いていた。
アイスピックに見立てた果物ナイフでは氷の塊を上手く割る事が出来ず、氷を押さえた左手に滑ったナイフの刃が当たり、小さな傷跡が出来る。
その上に涙が幾つも幾つも零れ落ちていく。

「ごめん…………、ごめんね、」
「…………、」
「平助君、私、どうしたら、いい……、」

やっと砕いた氷を氷嚢に入れて苦しげに息をする額に宛がう。
熱が高い。
震える文字で書いた置き手紙を残してアパートを出た。
総司が目指した地点に降り立つと、背中の羽は綺麗に消えている。
闇から現れた山崎が静かに隣を歩いた。

「ちょっとやりにくいんだけど」
「それはこちらも同じです」
「君みたいに難しい顔をしてると、女の子が誰も引っかからないでしょ」
「あなたはここへ何しに来たんですか」
「え、……ナンパ?」
「ふざけないでください」

そう言いながらも山崎の頬は少しだけ緩んだ。
どんな時にもトラップにしかならないと思っていたこの男が、珍しく本気で任に着いている。
先程の失態には腹が立ったが、それは自身も同じ事だ。
口笛を吹きながら上を向いて歩く、いかにも呑気そうな総司を横目で見て小さく笑った。

「……いや、成程。確かにナンパに近いものはありますね」
「ん? 君でもそう思う?」
「って何を言ってるんですか。こんな時間に女子がうろついている筈なんか」

総司が黙って顎をしゃくった。
その視線の先は深夜にも煌々と明かりを灯す、コンビニエンスストアの看板。
店内のカウンターの中でにこやかに接客している姿が遠目にもよく見える。
昨日声をかけた行きずりの女の子から得た情報は、間違っていなかった。

「山崎君。見て、あの子」
「そういうことですか。意外にも探索の才能もあるんですね」
「普段からナンパの能力も高めとくといいよ、山崎君」


This story is to be continued.

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