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Dependent on you


夕陽も沈みかけたある穏やかな日曜日の夕方。

自宅のキッチンに立った俺は、スマホの画面に表示されたレシピを片手に包丁を握りしめていた。

この家に住むようになってから洗い物をするために何度かキッチンへ立ったことはあったが、こうして料理をするために立つのはほぼ初めてと言ってもいいのではないだろうか。

まずは玉ねぎと人参をみじん切りにし、ひき肉とパン粉、卵を入れたボウルの中でよくかきまぜる。

それを俵状に丸め、フライパンで蒸し焼きにすればレシピ通りのハンバーグが出来上がる……筈だったのだが。


「……」

「……」


俺の目の前に座る4歳の息子はハンバーグが大好物の筈だ。

それなのに、彼は俺が作ったハンバーグを一口食べただけで、それ以上は手を動かそうとせず、代わりに付け合わせとして添えたポテトサラダを黙々と食べている。

ちなみに、そのポテトサラダは俺が作ったものではない。


(……まさか、塩と間違えて砂糖を入れてしまっただろうか……?)


無言でスプーンを動かす息子をちらりと見遣りながら、俺は恐る恐るそのハンバーグを一口だけ食べてみる。

そうすれば、息子の手が動かない理由を何となく理解出来たような気がした。


「……あまり美味しくないな」

「そ、そんなことないよ!パパがせっかくつくってくれたもん、ぼくちゃんとたべるよ!」

「……」


俺がポツリと零した一言に大きく肩を震わせた息子は、慌てた様子でハンバーグに手を伸ばす。

ああ、何と言うことだろう。

俺はたった4歳の息子に気を遣わせてしまうほど情けない父親らしい。


「……無理して食べなくてもいい。ポテトサラダならまだたくさんあるから」

「……ごめんなさい」

「いや、謝るのは俺の方だ。折角、楽しみにしてくれていたのにな……」

「……」


皿の上に盛られたハンバーグはハンバーグであってハンバーグではない。

決して不味いというわけではないが、一言で言えば美味くない。

なにより、いつも彼女…俺の妻であり陸の母であるなまえが作ってくれるハンバーグと形は同じなれど味が全然違うのだ。

彼女が置いていったレシピ通りに作った筈なのに、どうしてこうまで変わってしまったのか……その理由が俺にはまったくわからなかった。


「……」

「……」


楽しい団欒となるはずだったダイニングは、壁に掛けられた時計の秒針が時を刻む音だけがやけに大きな音を響かせていて。

そんな沈黙を打ち破るように玄関からがちゃがちゃと大きな物音が聞こえたのは、それからすぐのことだった。


『ただいまー!遅くなっちゃってごめんね?』

「あっ、ママだ!おかえりなさい!」

『ただいま、陸!いい子にしてた?』

「うんっ!」


パタパタと慌ただしい足音を立ててリビングへと駆け込んできた来た彼女の顔を見るのは一日ぶりのことだ。

学生時代の友人と同窓会も兼ねた温泉旅行へ旅立つなまえを陸と一緒に送り出したのはつい昨日の朝のことだったのだから。

息子が生まれてから、ずっと育児と家事に専念してきた彼女にもたまにはゆっくり羽を伸ばして貰いたい。

そんな思いから、家の留守と息子の世話を任されたわけなのだが、たった一日、顔を合わせていなかっただけで、こんなにもその笑顔が懐かしく思えるなんて……

俺はどれだけなまえに依存しているのだろう。


『ごめんね、烝君。色々と大変だったでしょ?』

「いや……」

『あ、ご飯の最中だったんだね。すごい、ハンバーグだ!もしかして烝君が作ったの?』

「……ああ」

『……?』


歯切れの悪い俺の言葉に、彼女が“どうかしたの?”と不思議そうに首を傾げる。

隠していても仕方がないので渋々ながらに事の経緯を説明すると、どういう訳か彼女はごめんと言いながらおかしそうに笑い始めた。


「なっ、どうして笑うんだ!?」

『だって……烝君ってばこの世の終わりみたいな顔してるから、一体何事かと思ったじゃない』

「……」

『ふふっ、ちょっと待っててね』


そう言って愛用のエプロンを手に取り、キッチンへと消えていったなまえの後ろ姿を見送れば、やがてソースとケチャップが混ざり合ったような何とも上手そうな匂いが漂ってくる。

そして、ものの5分足らずでダイニングへと戻ってきた彼女の手には、先程までハンバーグを焼いていたフライパンが握られていた。


「そうか、ソースか!」

『当たり。パパはソース作るの忘れちゃっただけなんだよね?ほら陸、フォークどけて?』


ハンバーグの上にトロリとしたソースが掛けられれば、ずっと止まっていた息子の小さな手が嬉々として動き出す。

どうやら俺はハンバーグばかりに気を取られて、ソースのことまで頭が回っていなかったらしい。

口の周りにべったりとソースをつけながら“おいしい!”と満面の笑みで微笑む陸の笑顔につられ、気付けば俺の顔にも自然と笑顔が戻っていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



風呂を終え、寝間着に着替えてからリビングへと戻れば、既に陸は眠ったのだろう。

天井のライトは消され、間接照明の灯がぼんやりと彼女の横顔を照らし出していた。


「陸はもう寝たのか?」

『うん、もうぐっすりと。陸ね、昨日も今日もパパとずっと一緒にいられたことがすっごくうれしかったみたい。でも、逆に烝君は大変だったよね?本当にありがとうございました』

「……いや、なまえはいつも陸と一日中いっしょに居るんだ、それに比べたらたかが二日くらいどうってことはない」


本音を言えばかなり疲れたけどな、そう苦笑しながらソファーに座る彼女の隣へ腰掛ける。

一日中、4歳児のパワーについていくのはかなりの体力が必要だ。

そう思えば、毎日毎日家事をしながら息子の面倒を見ている彼女には本当に頭が上がらない。


「ところで同窓会は楽しかったのか?」

『うん!みんなと会うのもかなり久しぶりだったからすっごく盛り上がっちゃって、朝までほとんど寝ずに喋ってたの。その代わり、帰りの電車ではほとんど寝てたけど』

「……そうか」

『ご飯もすごく美味しかったし、温泉も美肌効果で有名なお湯でね?あ、見てコレ』


彼女がスマホで撮ったという写真を見せようと俺のすぐ側へ身体を寄せた刹那、ふわりと漂うシャンプーの甘い香りに図らずも心臓がドクリと大きな音を立てる。

たったひと晩、君が隣にいなかっただけでよく眠れなかった、などと言ったら彼女は笑うだろうか?


『……烝君、聞いてる?』

「ああ、聞いてる。ならば早速、温泉の効果を確認させて貰おうか?」

『え……?』


目の前に差し出されたスマホを奪い取り、不思議そうに俺を見上げる彼女の唇を無理矢理塞ぐ。

そのまま体重を掛ければ、その身体は意図も簡単にソファーの上に転がった。


『え、ちょっ……どうしたの?』

「これからはもっと家事を手伝うよう努力する。君がしばらくの間、家を空けるようなことがあっても陸とふたりで生きていけるように」

『うん?家事を手伝ってくれるのはうれしいけど…しばらくは何処にも行く予定なんかないよ?』

「……いや、予定ならある。というか、正確に言えば今から作る」

『え……?』


怪訝そうに俺を見つめる瞼にそっと口づけ、パジャマの裾からするりと手のひらを侵入させれば、彼女の口から上擦った声が漏れる。

数日ぶりに触れる素肌は、温泉の効果だろうか確かにいつもよりツルツルしているような気がした。


『ちょっ、烝君!?』

「……息子もかわいいが、次は出来れば娘がいいな。料理上手で君によく似た笑顔のかわいい女の子がいい」

『なに、言って……?』

「言わなくてもわかるだろう?」

『……っ!』

「それに、ちゃんと留守番をしていたご褒美を貰わないといけないしな」


真っ赤に染まった耳朶をかぷりと噛みながら意地悪く囁けば、組み敷いたその身体が大きく跳ねる。

“烝君のいじわる”そう呟いた彼女の抗議は聞こえない振りをして、俺はパジャマのボタンにそっと手を掛けたのだった――。




おしまい♪






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まりえさんのお宅の大好きな『パパ萌えシリーズ』山崎さん編です。このすすむんがとっても可愛い!私の位置づけでは山崎さんはクーデレキャラだと思っていたんですが、そして何でもそつなくこなせそうに思ってたんですが、すすむんの奮闘と小さな失敗可愛い!ギャップ萌えしました!
まりえさんのこのシリーズはどのキャラもほんとに萌えるんですが、ちー様もオススメ!!そして言うまでもないですがはじめパパ(*ノωノ)←もうほんとに大好き!!!
改めましてまりえ様、50万打おめでとうございます!

aoi




MATERIAL: SUBTLE PATTERNS / egg*station

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