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「#エロ」のBL小説を読む
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触れたら溶けると思います


「アイス奢るからさ」

その一言で掃除当番を押し付けられた私。
文句を言いながら校舎の裏のダストボックスまで教室のゴミ箱を抱え歩く私は、手を合わせて謝って見せながら踵を返しぎわ、チラリと舌を出した総司の顔を思い返してまた苛つく。

「くそう、総司め。アイス一個くらいで冗談じゃないよ」

総司は幼なじみの腐れ縁。
そりゃあ、アイスは好きだ。冬でも私はアイスの買い置きを欠かさないほどアイス好き。だけどそれとこれとは別なんだからね。
とぶつぶつ言いつつも結局断れなかったのは決してアイスなんかのためじゃなくて……。
ゴミ箱の中身を処分し空になったそれを片手に下げて歩きながら脇の体育館の入り口を見やる。
開放されたそこからは部活中の剣道部のすさまじい気合いの声が響いてくる。

「だってさ、一君、もう部活に行ってるんだ。僕が相手をしなきゃ稽古を始められないんだよ?」
「ぐ……」
「彼の実力は知ってるでしょ。僕くらいしか練習相手がいない。だから早く行かないと、ね?」

潜めた声で耳打ちされた私の断れない理由。
総司は私が斎藤くんにとても弱いということをよく知っている。斎藤くんの為と言われてしまえば断れない。ずっと秘めてきた想いを総司だけはかなり早い時期から簡単に見抜いていた。
斎藤くんは総司と違って女の子から見ればとても敷居の高い人。勤勉で実直で文武両道、その上眉目秀麗。彼のファンはみんな遠巻きに眺めているけれど、実際は総司に優るとも劣らない人気を誇る人なのだ。
クラス内だけでなく全校女子から集める二人の人気は拮抗している。
私は斎藤くんに憧れる山ほどの女の子の中の一人に過ぎなくて、時々遠くから眺めるだけで満足するしかない、その程度の存在だ。でも私は結構本気。本気で斎藤くんに片想いをしているのだ。
だけど私ごときがと考えると気後れしてしまい、この気持ちは未だに誰にも明かせない。既にばれてしまった総司を除いてはね。
斎藤くんなら絶対に部活を理由にしたり人の秘密をネタにして掃除当番を押し付けたりなんかしないだろうな。総司の科白なんか全然言い訳にならないよ。
どういうわけかさっぱりわからないが斎藤くんと総司は親友だ。性格も行動も正反対の二人だけど双璧と呼ばれる二人の剣道の腕に遜色はない。言わば戦友みたいなものかもしれない。
まあそれはさておき。
早く教室に戻って掃除を終わらせてしまおう。そしていつものようにそっと、憧れの斎藤くんの練習風景でも眺めて……。
その次の瞬間だった。正面に向き直った私の身体がなにかに当たった。それはとても柔らかく華奢で、相手は可愛らしい悲鳴を上げた。

「……きゃ、」
「……あ! ごめんなさいっ」
「………っ」
「大丈夫か」

慌てて目を向けた先、目に映るのはにわかに信じがたい光景。

どうして?
どうしてこんなところに?
……斎藤くんが。

そこには剣道着姿の斎藤くんがいた。だけど問題はそこじゃない。驚く間もなく私の目がキャッチしたのは斎藤くんの腕の中に収まった美少女。
転びそうになり斎藤君に受け留められた彼女に私の目は釘付けになった。たった今私がぶつかった相手、それは男子の間で大人気の女の子で学年が一つ下の千鶴ちゃんだった。
ゴミ箱を抱え振り返った私と彼女はかなりの衝撃でぶつかってしまったのだ。

「大丈夫です、すみません……」

儚げな美少女はそう言いながらも身体を退けはせず、斎藤くんの腕の中で彼を見上げている。
呆然とそれを見つめる私と、ふと顔を上げた斎藤くんの目が合った。
同じクラスなのに彼とこんなにしっかりと目を合わせたなんて初めてかもしれない。
彼の瞳が少し揺れた。深い藍色はどこまでも深く澄んでいた。なんて綺麗な目をしているのだろう。
刹那頭が空っぽになって魅入られれば、端整な目元がまるで朱を差したみたいにみるみる真っ赤に染まった。
私は後ずさる。
千鶴ちゃんの細い両手はいつの間にか斎藤くんの首に回されている。

「お……お邪魔、しました………」
「邪魔? 邪魔とは、」
「ぶつかってごめんなさいっ! 失礼します!」
「おい、あんた、みょうじ……っ」

向きを変えゴミ箱を抱えたままものすごい勢いで走りだした私に、斎藤くんの困惑したような最後の声は聞こえなかった。





お昼休みの窓際の席。明けた窓から吹き入る風は春めいていてやさしく髪を揺らす。二階から見下ろす校庭には幾人かの生徒の影がちらほらとして、のんびりムードが漂っている。
だけど私の心はずーんと暗く深く沈んでいた。
きゃいきゃいと騒ぎながらお弁当を食べる友二人の話し声も全然耳に入ってこない。
ふいに視界が遮られた。それは顔を覗き込んできた総司のせいだ。大きく仰け反る私。
友二人の声が「キャー」とか「沖田くーん」とか同時に聞こえ、それはさっきよりも明らかにトーンが上がっていた。総司と幼馴染みであることを熟知している総司フリークのこの二人は、私にライバル心なんか欠片も持たない。それはそれでどうなのって気もするけれど。
次に総司が私の目の前にブラブラさせたのはハーゲンダッツのクリスピーサンドだった。ガリガリ君でもスーパーカップでもなくクリスピーサンド。いったいどういう風の吹き回しなんだろう。
学校の近所のコンビニにこれ売ってたっけ?

「まだお昼食べてないの?」
「総司か、脅かさないでよ。なんか食欲がなくて」
「じゃこのアイスもいらない?」
「いる」

慌ててそれをひったくると総司はにやりと笑い、蓋を開けたまま手つかずだったお弁当の唐揚げを摘み上げ口へ運んだ。

「なまえに食欲がないなんて明日雪でも降るんじゃない?」
「失礼な」
「いらないならそれ食べてあげようか?」
「うん……」
「なまえのおばさんの料理、美味しいんだよね」

クリスピーサンドはしっかりと受け取って弁当箱を押しやれば。彼はいそいそと私のお箸を手に取った。
窓の外は明るく晴れ渡っている。悲しいほどのお天気。私は再び心の旅に出る。

「ちょっとなまえの方こそ、沖田くんに失礼でしょ」
「何が?」
「そんな素晴しいアイスをいただいておいてその態度。羨ましいと言うか妬ましいと言うか」
「こっちは手作りお弁当をあげたんだから」

総司は会話を他所に黙々とお弁当を食べ、二人はキラキラとした瞳で総司を見たりアイスを見たり、だけどこれはあげないよと私はクリスピーサンドの箱を空け窓の外に眼を戻した。
再び考えに耽る。
近くで見たら可愛かったなあ。千鶴ちゃんて確か剣道部のマネージャーだよね。
昨日は動揺していて状況が掴めなかったけれど、立ち去りしなに目に入ったのは転がっていたゴミ箱。剣道部って書いてあった。きっと千鶴ちゃんが部室のゴミを捨てに来たんだ。そして斎藤くんは彼女を心配して付き添ってきたんだろうな。
まるで王子様に守られるか弱いお姫様のテイだった。
どうして気づかなかったんだろう。あれほどお似合いな二人がカップルだったとしてもなんの不自然もない。誰も文句は言えない。
斎藤くんが他の女の子に眼もくれないのは、あんな可愛い子が始終そばにいるせいだ、どう考えてもそうだと考えれば切ないほど納得がいってしまう。
彼女ほどゴミ箱の似合わない女の子ってきっといない。おとなしくて楚々としてか細くて。だからほっとけないんだろうな、斎藤くん。

「総司」

ビクリと私の肩が跳ねた。
シャッターを下ろしかけていた私の心がその声にだけは敏感に反応してしまう。反射的に顔を上げれば、教室の入り口から顔を覗かせた斎藤君が総司を呼んでいた。
彼の声は特に感情を表しはせず、だけど低く響いて私の耳にもしっかりと届く。
友二人はそっちを見てまた奇声を上げた。

「ひゃあ! 貴公子がもう一人」
「なーに、一君」
「少しいいか」

斎藤くんが一瞥だけ私に投げた。
その目は昨日と違ってほんの少し、気の所為かも知れないけれど鋭く見えた。
私は身体を固くする。
あれはもしや。大事な彼女にぶつかってしまった私への敵意だろうか。謝り足りなかったんだろうか。もしかして千鶴ちゃん、あの時怪我でもしたのかな。そうだったらどうしよう。
斎藤くんから逃れるように目を逸らし再び窓の外を見下ろせば。
……あれ?
あれは?
目を擦ってみた。
千鶴ちゃんが校庭脇の花壇沿いを歩いている。
間違いない、あれはあの美少女千鶴ちゃんだ。
彼女が男子と二人、並んで歩いている。二階のこの場所からでもはっきりと解るほど頬を染めて。
なにあれ、え、え、なんなのあれ?
咄嗟に降り返れば教室の戸口に斎藤君がまだ立っていて、彼と何か話していた総司が戻ってくるところだった。

「なまえ、一君が呼んでる」
「きゃーっ! うそぉ! 斎藤君がなまえに何の用なのーーっ?」

え?
えーっ、なんで?
ってちょっと、外野うるさい。
動揺と逡巡と猜疑心にくるまれた疑問に頭を占められ心臓が口から飛び出そうになった私は、席を立つことも出来ずにただただ斎藤君のいる方向に呆けた視線を送っていた。





「呼び出してすまない」
「あの、あの……なんのお話、でしょうか。私、用事が、ありまして、」
「その………、」

用事と言うのは嘘だけど。
震え声は不自然に細切れる。
信じられないことに放課後の昇降口の隅っこ、私は壁沿いに斎藤君と向かい合っている。こんな状況も初めてだ。いったいこれはどういうことなんだろう。
斎藤くんに憧れていたけど。憧れどころか胸が苦しくなるくらいに大好きなんだけど、この人のこと。
だけど、怖い。事実に実感が伴わず私は昨日以上に激しく動揺している。
もしや何か責められるのだろうか。やっぱり千鶴ちゃんのこと?
さっきのお昼休みに私に一瞬向けられた視線、あれは何だったんだろう。やっぱり敵意?

「……その……好き、だったのだ、ずっと」
「そ、そうですか……。そうだと思ってました。すみませんでした」
「だが、なかなか口に出せずに、やっと昨日、」

そうか。あの後、千鶴ちゃんに告白したってわけか。鼻の奥がむずむずする。ツーンとする。痛い。やだ、泣きそう。
思わず俯く私の頭上に斎藤くんの切ない声が降り注ぐ。

「俺は男女のそういったことに疎いゆえ」
「…………、」
「……昨日、あの時間にあの場所へゴミを捨てに行くと、総司に聞いて、」
「そう、ですか……」
「しかし不首尾に終わってしまい、その、」

なるほど。せっかくの告白タイムを私が邪魔したせいで失敗したと言うわけなんだね。ムードもへったくれもないゴミ当番がゴミ箱抱えて突進してお姫様を傷つけたからだと、そういうことを言いたいわけ?
しかも総司までがその片棒を担いでいたとは。あいつ、私の気持ちを知っていながら。まあ総司は斎藤くんの親友なんだから仕方ないか。
泣きそうだった気持ちが軽い苛立ちに、というより開き直りに変わってくる。

「だが、もう……、」

いったいどうしてこの私、好きな人の片想いの相談にのらなきゃいけないの。
いや、愛ってそういうものなのかな。斎藤くんが幸せになってくれればそれでいいのかも知れない。ここは一肌脱ぐべき?
……って、いやいや、私まだそこまで達観出来ない。
出来ないけど……。
でも切なげな斎藤くんの眼差しを見るのは辛い。
それよりも何よりも今日の昼休みに見た千鶴ちゃん。一緒に歩いていた人のこと、明らかに好きなんだと思う。頬なんか染めちゃってどう見てもそう見えた。私も女子の端くれ、これは女の勘ってやつだ。
斎藤くんは失恋するのか。
だけどよく考えたら早計じゃない?
別に諦めなくてもいいんじゃない?
斎藤くんなら千鶴ちゃんだってきっと。だってあの時斎藤くんを見上げた彼女の目は満更でもなさそうだったじゃない?

「俺は、」

ダンッ!

頭の中で何かがプチンと切れる音が響くと同時に、私の右手のひらが斎藤くんの肩スレスレに壁にぶち当たった。
驚愕に見開かれた瞳が私を真っ直ぐに見下ろす。
何かを言いかけた斎藤君の口唇は薄く開いたまま言葉を止め、食い入るように私を見ていた。

「さっきから聞いてれば、そのとか、だがとか、」
「みょうじ?」
「男らしくない。私の好きな斎藤君はそんな人じゃない」
「……は?」

私のそんなに長くない腕に壁ドンされた斎藤君は綺麗なブルーを複雑に揺らしながら、至近距離に迫った私の瞳を見つめ続けている。
開き直ったら肝が座ったというのか、自分が何を口走っているのか自覚もないままに私は捲し立てた。

「ゴチャゴチャ言ってないで、好きならさっさと当たって砕けてきたらどうなのよ!」
「それゆえ、今……、」
「こんなことしている間に、千鶴ちゃん他の人に取られちゃうよ?」
「何故雪村が出てくる。それよりもみょうじ、俺は」
「千鶴ちゃんに好きな人がいたとしても結婚しているわけじゃないんだし」
「待て、何の話だ? 雪村がどうしたというのだ」
「千鶴ちゃんを好きなんでしょ。男ならウジウジしてないで奪い取ってきなよ! 斎藤くんて勉強もスポーツも万能なのにどうして……、」

ダンッッ!!

「……え?」

視界が瞬時に回転した。壁についていた私の右手首が掴まれ強く引かれると同時、大きな音が左耳スレスレに響く。
あれ?
今度は私が目を見開く番だった。
斎藤くんの右腕の肘から先が顔の横の壁にぴったりとくっつき、身体は彼と壁に挟まれている。左手は私の右手首を掴んだまま至近距離で見下ろす瞳はさっきと違う強い光を帯びていた。
あれ、これって。
形勢逆転されてる?

「みょうじ。あんたはどうやら勘違いをしているようだ」
「あの……」
「為になる忠告はありがたいが、」
「あ、の……斎藤くん?」
「いかにも俺は男だ。あんたの言う通り思い悩んでいる場合ではないな。総司のものになる前に……」
「………え、」
「奪い取らねば」
「ち、千鶴ちゃ……え、総司って……、」
「まだわからぬのか? 雪村は関係ない。俺はずっとみょうじの話をしている」
「え、え……?」
「総司には渡さぬ」

全てを理解したのは暫く後になってからだった。
この時の私は揺れるブルーがゆっくりと隠れていくのをただぼうっと見ていた。まぶたを伏せた斎藤君の綺麗な顔がスローモーションみたいに近づいてきて、そして。
口唇に柔らかいものが触れる。
斎藤くんの口唇はとても熱くて、瞬間目を閉じた私の思考はピタリと止まり、脳内どころか全身がまるでアイスクリームみたいにドロドロに溶ける心地がした。


2015.03.17




MATERIAL: SUBTLE PATTERNS / egg*station

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