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02


なまえに連絡を取ることもままならぬうちに虚しく数日が過ぎた。
文字通り明けても暮れても仕事に追われ、今年も残すところ3日となってもなお、クリスマスイブの前日に起こったトラブルが片付いていない。
だが今夜は交代要員のおかげで一時的に時間が生まれ、終電前に退社することが出来た。
明日は午後からの業務となる。
あの夜言いたいことを言い尽せぬままなまえとの通話は切れ、困惑を感じながらも時間が深夜帯であった為にかけ直すことが出来ず、それどころか翌日、翌々日も激務に追われ余裕が全く持てなかった。
世間一般にクリスマスというものが、恋い慕う者同士共に過ごすイベントであるという認識程度はある。仕事の所為とは言え彼女との約束を反故にしてしまった俺は、寂しげななまえの声を思い出しながらも、時間的に為すすべがなく焦燥は募るばかりであった。
一般企業は明日から年末休暇に入る筈である。
なまえは昨年と同じように30日から実家に滞在すると聞いていた。
出来るなら今この足でなまえに会いたい。僅かの時間でも彼女の顔を見、彼女を抱き締めたい。彼女の温もりに触れることが俺にとってたった一つの癒しのように感じていた。
年末が殺人的に多忙なのは例年通りであり、それは逃れられない事実である。それ故、俺は早い時期から考えていたことがあったのだ。
恋人として落ち度があり過ぎることは理解している。だが彼女への愛情に嘘など微塵もないのだ。
例のホテルに空き室があるか調べようと取り出したスマートフォンの、着信履歴や受信メール、LINEをまず確認する。なまえの名はどこにもなかった。
例の如く緋紗子からの連絡は入っているが、それを開くのにひどく逡巡する。
姉の言いたいことは先刻承知だ。如何になまえが可哀想かと説教をしたいのに決まっている。
言われなくとも解っている。時間さえ許すのならばなまえに寂しい想いなど、俺が好んでさせたいわけがないだろう。
忌々しく思いながら、スマートフォンをコートのポケットに戻そうとした時だった。
手のひらにバイブレーションが伝わる。
なまえか?
反射的に今一番聞きたい声の持ち主を頭に浮かべ、食い入るように画面を見た。

『電話に出るってことは、今仕事中じゃないんだ?』
「……何の用だ」
『やだな、なんなの、その怖い声』

ついうっかりと受信してしまってから後悔しても遅い。無駄に明るい声で喋る総司の声を聞きながら俺は肩を落とした。
昨年は偶々年末年始の休暇が取れたが、今年はまだ予定が立っていない。大方新年会のことでも言い出すのだろうと先手を打ち、参加は無理だとストレートに断れば総司は予測にないことを言った。

『その話じゃないんだ。ねえ、今どこにいるの? 迎えに行く』
「何を言っている。今あんたと会う暇など、俺には」
『なら、今度は僕がなまえちゃんをもらっちゃうよ。泣かせてるの知ってるんだよ、一君?』
「何?」

虚言だと思った。あの高校時代も、昨年もそうだった。この男には惑わされ欺かれるのが常なのだ。だが疲労により判断力が欠如していた俺は、又ぞろ総司の口車にいいように乗せられる羽目となる。
それから程なく、驚いたことに車で現れた総司は、運転席から一度下りて回ってくると助手席のドアを開け俺を中に押し込んだ。
エンジンを切らぬままの車はすぐに走り出す。

「何処へ……、」
「こんばんは」
「…………?」

訳が分からずにいる俺の背後からかかる声は女性のそれで、驚愕のあまり肩を跳ねさせ振り返れば、はっきりとした顔立ちの女性が明るい笑顔を浮かべ、身を乗り出して俺を見た。

「その子、同僚でインテリアコーディネーターをしてるんだ。因みに僕の彼女だから手を出さないでよね」
「は? あんたは先刻、なまえのことを、」
「そんなの一君を呼び出す方便に決まってるでしょ。君って素直じゃないからそうでも言わないと」
「千と言います。総ちゃんがいつもお世話になっています。よろしくね、斎藤さん」
「…………、」

状況が全く理解できない。狐につままれたようなとはまさにこの事であろう。この現状の何処にも理解の端緒がない。にやにやと笑いながらハンドルを操る総司の横顔からは、何も伺うことが出来ない。
夜の街を抜ける車の中で俺は憮然としたまま、どことも知れぬ先へ結局は黙って運ばれていくしかなかった。
そしておおよそ二時間後。
プロの仕事を見せつけられた俺は唸らされ、不覚にも総司に感謝することになるのである。





今年最後の数分間。テレビから除夜の鐘が厳かに鳴り響き、間もなく新しい年がくると知らせていた。
両親はまだお隣の斎藤さんのお宅にいる筈だ。引き留める緋紗子ちゃんに少し体調が悪いのだと言い訳をして、早い時間に戻っていた私は独りずっとソファに俯せていた。
今日の午前に数日ぶりで一からメールがあった。それは私が拗ねて電話を切ってしまったあの時以来の連絡だった。

『まだ仕事が立て込んでいる故遅くなるが、必ず今日のうちに戻る』

ばつの悪い気持ちで自分からはLINEもメールもしづらく、ただでさえ忙しい一に負担をかけることも辛く、私の方からはあれ以来一度もコンタクトをとることが出来ないままだったのだ。
短い一文だけで私は舞い上がりそうだった。
本当に馬鹿みたいに嬉しかったんだ。
一に逢いたい。
言葉を交わしたい。
直接、触れたい。
どんな時間、どんな場所でだって構わない。
僅かでもいい、逢えるだけでいい。
一に逢いたいよ。
今度こそ抑えることのできない涙が零れてくる。
仕事のことは解っている。一と言う人に不誠実なところなんてないことだってよく知っている。
それなのに寂しくて、悲しくて。こんな気持ちは多分私の我儘なんだと思う。一には絶対に言えない。
顔を埋めていたクッションからのろのろと頭を上げ、午前に受けたメール以来ずっと黙り込んだままのスマホを見る。隣に置いていたリモコンを取り上げてチャンネルを変えた。
一転してライブ番組のカウントダウンが賑やかに流れてくる。
それは同時に私の大切な人の生まれたその日への秒読みでもある。
いよいよ我慢の出来なくなった私は子供の様に声を張り上げた。自分の嗚咽を聞くのが嫌で手にしたリモコンの音量を上げる。
その時だった。

「なまえ!」
「………え?」
「俺だ、開けろ!」

正面のテレビから僅か首を左に傾ければ、一瞬夢かと思うほど信じられない場所から聞きたかった声がテレビの大音量に紛れて聞こえてきて、と同時にドンドンと窓ガラスを叩く音がした。厚手のカーテンが揺れる。
ハッとして起ちあがり駆け寄って窓の鍵に手をかける
暗闇の中、真剣な顔をして窓を叩く人が見える。

「はじめ、なの……?」

そこにいたのは今一番逢いたい人だった。
開け放った掃き出し窓から身を滑り込ませた一は、まるで全力疾走でもしてきたみたいに肩で息をしている。

「どうして……、こんなところから、」
「灯りがついていた故、こちらの方が早いと思った。……なまえ、テレビの音を下げろ。外まで聞こえた」

言いながらきつく抱き締める彼の胸に、多分涙でぐちゃぐちゃになっている筈の顔を押し付けてくぐもった途切れ声で問えば、一の返事は意味がよく解らない。
どうして玄関じゃなく庭から来たの?
私の腕で強く抱き締め返すコート越しの引き締まった背中も、頭上から降ってくる愛おしい声も間違いなく一のもので、後で聞いた時には一秒でも早く顔を見たかったからだなんていわれて絶句してしまったけれど、その時の私は理由なんてもうどうでもよくなって、安堵からさっきと違う意味の涙をまた零した。
コクコクと頷きながらもしがみついて泣きじゃくる私の肩に両手を当て、苦笑した一がほんの少しだけ身体を離して見つめる。「泣かせてしまったな。すまない」という言葉に首を振るけれど、お化粧をしたままで沢山涙を流した私の顔はきっと汚れているに違いない。
急に恥ずかしくなって顔を叛けるより早く、一の顔が近づく。「見ないで」と言いたかったのに言えないまま、少し冷えた唇が涙を吸い取り、滑るように私のそれに重ねられた。
その瞬間耳に届く。

「ハッピーニューイヤー!」

言いたかった。大好きなあなたに。この瞬間に。
顔を離して伝えようとした言葉は音にならないうちにまた飲み込まれた。
頭の後ろに回された彼の手がより強く二人の唇を密着させ、滑り入る舌先は優しく咥内を擽り、それはやがて狂おしいほど官能的なものに変わって行った。
蕩けるようなキスは私の頭を空っぽにした。
言葉よりもずっとずっと強い想いを注ぎ合う。
長い時間の後やっと顔を離した一は私を抱き締めたまま、足元に落ちていたリモコンに手を伸ばしテレビを消した。その動きに少しよろめいて体勢を崩した私を受け止め損ね、一が尻餅をつく。その拍子に意図せずに彼の上に跨るような格好になってしまった私の顔が発火する。

「あ……っ、ごめ……、」
「大胆だな。今ここでくれるのか、なまえを?」
「ち、違……、」

そんなわけないでしょう? ここリビングなんだよ、私の家の。
一の瞳は悪戯っぽく笑んで、動揺する私を見上げる。意地悪なことを言う彼を軽く睨んで離れようとすれば、腰に回された腕が引き寄せて拘束する。
意地悪な癖にその藍色が切なく揺れた。
目をぎゅっと閉じそっと唇に触れる。自分からキスをしたのはこれが初めてだった。

「お誕生日おめでとう、はじめ。愛してる」
「ありがとう。最高の誕生プレゼントだ」

自分が真っ赤に染まるのを自覚しながら顔をずらして彼の耳元に小さく囁けば、私の髪を左手で撫でながら一は嬉しげに笑った。





「連れていきたいところがある」
「今から?」
「すまないが明日も仕事があるのだ。なまえが嫌でなければ、今から」

泣いた所為でぐちやぐちゃの化粧を素早く直しコートを羽織って一の後に続き家を出れば、門の前に一台のステーションワゴンが停まっていた。
「総司に借りてきた」と聞いて驚いてしまったけれど、私の驚きはそれでは留まらなかった。
年が改まったばかりの深夜の幹線道路は空いていたけれど、窓の外の景色は私の知る場所ではなく「ねえ、何処に行くの?」と聞いても一は小さく笑うばかりでその横顔は何も答えてはくれない。
30分も走って小さな住宅街に入ると間もなく前方にマンションが見えてくる。一は地下駐車場に車を入れる。
訳も解らないままに私は彼の横顔の輪郭をじっと見ていた。
ある一角に綺麗なハンドルさばきで駐車させた一はエンジンを切り、ゆっくりと一つ呼吸をすると静かな声で告げる。

「ここの11階に、部屋を借りた」
「え?」
「ちょうど知り合いに不動産屋がいてな。どういうわけか俺が部屋を探したいとずっと思っていた事を察したらしく、」
「……それってもしかして、」
「年末だと言うのに夫婦で暮らすのに程よい部屋を幾つも紹介してくれたのだ」
「……え、夫婦……?」
「総司は意外にいい奴なのだな」
「待って、はじめ、……あの、夫婦って……どういう、」

そこで初めて私に振り向けた一の顔は薄暗闇にも解るほどはっきりと赤く染まっていた。
つられて私の顔も赤くなる。

「そっ……それは無論、なまえと……俺、」
「……っ」
「お、俺は……、俺はこれから先もなまえを待たせてばかりになるかもしれない。だが帰る場所はなまえのところがいい。少しでも長く二人でいたい、ゆえに、お前と共に暮らしたい。俺が自立をし、俺自身がお前の生活を守りたいと思う。電球など俺が替える。……だからその……俺とでは、嫌か?」

僅かにどもりながらも今まで聞いたこともないような早口で語られる一の言葉に、私はぶんぶんと首を振る。事の経緯は未だよく見えてこない。解らない事も聞きたいことも沢山ある。
けれど一の想いが確かに伝わってくる。それは温かく私の心を満たしていく。
一緒に生活をしたい。
ほんの少しでも長く二人でいたい。
擦れ違う日々の中でも一と私、ずっと同じことを考えていたんだね。
一の手が伸びてきて私の頬に触れる。指先が涙を拭ってくれる。

「な、何故、泣く……」
「ご、ごめ……、泣いて、ない、」
「また化粧が崩れてしまうぞ」
「崩れて汚くなったら、一に嫌われてしまう?」
「嫌いになるどころか、時が経つほどになおのこと好きになる。お前は泣いていても綺麗だ」
「……バカ」



私もだよ。
時が経つと共にあなたへの愛情がもっと強くなっていくのだと。
私もそう思うよ、一。
この先もきっと、ずっとそう信じていける。
あなたとなら。



As time goes by, our love grows stronger.
HAJIME B.D.2015 Congratulations!


―Happy end.
2015.01.28




MATERIAL: SUBTLE PATTERNS / egg*station

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