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 のんきな蝙蝠と


手を引いて歩く斎藤さんが時々振りむいては面映ゆげに目元を緩める。慣れない細いヒールでの踏みつけ道はとても歩きにくい。踵が一足ごとにぽすっぽすっと土にめり込んでいる。
ただでさえこんな格好は気遅れがしているのだ。けれど私の足が遅くなるたびに彼が振り返っては「大丈夫か?」と瞳で問うので曖昧な笑みを返す。
千鶴ちゃんの家を出て少し進んだあたりから鉄製の外灯は消え、進むべき道のところどころに置かれた黄色いかぼちゃのランタンが増えてきた。大きな月を背後にする感じで一本道を進んでいく。
秋草がさわさわと音を立てて揺れていた。ランタンの届かない脇の風景は闇に沈んでいて、色のない空間はかなり不気味だ。
それにしても、フェイクファーのケープを羽織って今は隠れている胸元が恥ずかしい。ケープの脇から入り込む風に撫でられてスースーしている。ドレスの胴が細すぎたせいで胸は寄せて上げて仕様になっている。いつもの自分からは想像もつかない程の見事な谷間が千鶴ちゃんの手でそこに作りだされていた。
スカートの裾から露わになった太腿が目に入れば思わず逸らしたくなる。さっきまで括っていた髪がふわふわと靡く感触と、自分では見えないけれど頭に生えている筈の猫耳。
こうなってしまえばもう自分の姿のどの部分に羞恥を感じていいのかもわからなくなってくる。夢とは言うものの、これは一種の試練に近い。けれど胸が高鳴るのもまた事実だった。
これまでに出会ったこともない美しい男の人に手を引かれ、生まれてこの方一度もしたことのない恰好でドキドキしながら暗い夜の道を歩いていく。私はどこに連れて行かれるのだろう。今ここで頼る人はもうこの人しかいない。掴まれた手に自然に力が入ってしまう。
そんなことを考えながら一生懸命歩いていると、もう一度私を振り返った斎藤さんが前方を指さした。

「なまえ、あそこだ」

顔を上げて見れば、そこには暗い空を背負った煉瓦造りの大きな洋館が、おばけのように枝を不気味に伸ばした大きな木々に守られて建っている。
水の出ない噴水の鎮座した小さな庭園を前に正面中央の扉は黒くぽっかりと開かれ、三段ほどの石段が周りに置かれたおびただしい数のジャックオーランタンのオレンジの灯に浮かび上がっていた。
ハロウィンそのものの何とも言えない雰囲気に息を飲んでいると、私の手を力を込めて握り直した斎藤さんが「行こう」と耳元に囁いた。
その時。
バサバサバサッと耳を塞ぎたくなるほど大きな音を立て黒い影が何処からともなく飛来する。

「きゃ……っ!」
「なまえ、」

今の、何……?
一瞬見えた複数の黒いそれらはぞっとする程大きかった。
斎藤さんが咄嗟に私を庇うように抱き締める。恐怖のあまり私は彼の胸に顔を埋めた。包まれたそこが慣れない男の人の胸で、それが今まで目の前にいた綺麗な男の人のものだと悟れば今度は別の驚きですぐに我に返る。「ご、ごめんなさい」と慌てて離れようとすると「構わぬ」と彼は、離れないように右腕で私の肩を強く抱き寄せた。

「おっと、脅かしちまったか?」
「わりぃわりぃ。斎藤がこんな可愛い黒猫なんか連れてやがるから、ついはしゃいじまってよぉ」
「左之、新八、所作に気を付けてくれ。なまえが驚いている」

気がつけば三人の男の人に囲まれていた。波打つ心臓を手で押さえ、彼と親しげに言葉を交わすその人たちの姿をビクビクと眺め遣る。
三人が三人共それぞれ整った容姿をしていた。しかしそれよりも私を驚かせたのは彼らの背中に広がっている巨大な羽。それはギザギザした蝙蝠の羽みたいだった。
この人達は、まさか……。頭の中にレトロな映画の“バッドマン”が過ったけれど、あんなマスクは被っていなくて、彼らの身に着けているのはマオカラーのブラックスーツだった。

「これでも俺達なりに歓迎してんだぜ。よお、俺は平助ってんだ、よろしくな」

中でも小柄で長い髪を頭頂部で括った男の子が人懐こい笑顔を浮かべ、私の尻尾に手を触れて屈託のない声で挨拶をくれた。瞬間「あ……、」と思わず仰け反ると斎藤さんが私の肩に回していた手の力を強め、さっきまで見たこともなかった険しい表情でその彼を睨み付ける。
触れられた尻尾はまるで私の身体から直接に生えているみたいに、生々しい感覚をもたらした。

「気安く触れるな、平助」
「いや、本当にかわいこちゃんだな」

背後に回っていたのは、スーツの上からでもやけに筋骨隆々としたのが見て取れる身体の大きい男の人で、その人に猫耳を撫でられてまた「ひゃ……あ、」と変な声が出てしまう。
振り返った斎藤さんの怒声が響いた。

「新八!」
「そうムキになるなよ、斎藤」
「そうだぜ、一君、今夜はハロウィンだぜ?」

憮然とする斎藤さんに構うことなく二人は楽しげにクククッと笑う。とそこへ長身で髪の赤い男の人が一歩踏み出し、私の目の前で少しだけ腰を屈めた。
手が伸ばされて目を瞠ればふいに頬に触れる。同時に太腿がさわりと撫でられて、固まる私にグイと顔を近づけ「Trick or treat.」と囁かれたのが、思わず肌が粟立つほど色気のこもった声だった。
私は狼狽えた。

「は……、……あ、あの、」
「キャンディーが欲しいな、お前みたいな甘いキャンディーが、」
「左之……っ!」

斎藤さんが私を離さないまま殺気とも言えるような気を放ち、左之と呼んだ人の手を凄い勢いで振り払った。
掴みかからんばかりに愈々激怒した斎藤さんを意に介さない三人は、声を立てて笑いながら大きな音を立て背にある蝙蝠の羽を羽ばたかせる。バックに背負った満月のなか、逆光になって浮かんでいく禍々しいばかりに黒い影が三つ。

「Let's begin!」
「Have a frightfully fun Halloween!」
「また会おうぜ!」

口々に叫んだ彼らはあっと言う間に小さくなり夜空に溶けていった。
私は今しがた起こった一瞬とも思える出来事に呆然としたまま。いやに身体が熱かった。
尻尾も猫耳も身体の一部というわけでなく作り物である筈なのに、彼らに触られてびくりと身が震えた。それに頬と太腿を撫でられた時のぞくりとした感触が残っている。
この斎藤さんもさっき会った千鶴ちゃんも、多分だけれども一応ヒトだと思う。だけど今の蝙蝠達はいったいなんなんだろう?姿は人に近かったけれど、これまでの人生で羽が生えて宙を飛ぶような人にはお目にかかったことがない。
いや、待って。
これは夢だ。だけど夢とは言え心臓に悪い。男の人に囲まれるなんて私は慣れていない。一向に鳴り止まない胸を両手で押さえていると、再び長い腕が伸びてきて広い胸に包まれる。見上げれば近い距離に揺れる怖いほどに綺麗な青色。

「すまない」
「……、」
「怖がらせるつもりはない。どのようなことが起こっても必ず俺があんたを、」
「え……、」
「俺を信じてくれぬか」
「…………」
「決して俺から離れずに」

これは夢だ。ただの夢だ。それもかなり常軌を逸した荒唐無稽な夢だ。悪夢と言ってもいいくらいミステリアスだけど夢なのだ。
けれど。
身体を優しく抱かれ澄んだブルーの美しい瞳にじっと見つめられ、幾分切なげな声でそんな言葉を聞かされてしまったら、何だか意味不明な勘違いをしそうになる。
斎藤さんの瞳を見つめ返すだけでまるで媚薬でも嗅がされたみたいに、頭の芯から思考の麻痺が広がってく私は、彼の腕の中でただ無言で頷くしか出来ないのだった。ここにいるのは私であって私ではない、もう一人の自分。
優しい笑顔に戻った彼は再び手を握り、ピンヒールの足元を危なげに運ぶ私の肩に手を添え、ゆっくりと石段を上る。

「ここは俺の館だ。なまえと特別な夜を過ごす為の」
「特別……って……、どういう、」
「知りたいか?」

え、と思う間もなく斎藤さんの手が私の頭の後ろに回り、もう片方の手が耳に触れる。優しく撫で擦るそれは羽のように優しく柔らかい触れ方で、私の体の奥がジンと熱を持った。
え……、何、この感覚は何なの?
至近距離に近づいた瞳の奥に青い焔が立っているように見える。なんて綺麗な人なんだろう、この人は。
見据えられて魅入られて私は一切の身動きを封じられた。鼓動の早まる胸だけが激しい音を立てる。
薄っすらと開いた形のいい唇をただ見つめる。彼が長い睫毛を伏せた。唇が今にも私に触れそうになって、なすすべもなく思わず目を閉じる。
心を掻き乱すような低く濡れた声が吐息とともに頬を掠めた。

「望むのならば教えてやろう。あんたは、俺の……、」
「…………っ、」

もう一つの声が聞こえたのはあまりにも唐突だった。首筋に何かが触れたか触れないか、それを感じる前に。
私の全身がビクリと跳ねた。

「待ちなよ、一君。抜け駆けは許さないよ」



You scared me!




MATERIAL: SUBTLE PATTERNS / egg*station

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