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La Vie en Rose


「ねえ、はじめは2限からでしょ? もっとゆっくりしてていいのに」
「なまえと共に行く。あの教授の講義は人気があるゆえ学生が多い。一人や二人増えたとて問題ない」
「もぐりじゃない」
「向学心があると言ってくれ」
「また冷やかされちゃう。ボディガード付きだって」
「あながち間違ってはいないだろう? あんたに何かあってからでは遅いからな」

今日は朝からかよ。
独り身の俺は誰もが認めるヘビースモーカーだが部屋が煙草臭くなるのは好まねえ。このアパートの自宅占有スペース三階のベランダで目覚めの一服に火を点ければ聞こえてきやがる。
エントランスに仲良く出てきて、飽きもせずにいつも似たようなやり取りを繰り返しているもんだから顔を見なくても誰だか解る。
こいつらは俺が経営しているアパートの二階で同棲してる二人だ。学生の分際で同棲なんざ百年早えんだよと本来なら出禁にでもしてやりてえところだが、この二人とは元から少しばかり縁があった。
俺はちらりと目をやって煙草の煙を吐き出す。

「あ、トシさん、おはよう」
「土方さん、おはようございます」
「ああ、おはよう」

こっちを見上げ俺に気づいて明るく笑いかけてきたのはみょうじなまえ。こいつは昔から俺が懇意にしている近藤道場の塾頭の姪っ子だ。その隣でにこりともせず直立不動の姿勢で挨拶してきたのが餓鬼の頃から道場に出入りしていた男で、学生でありながらバイトで指南役を務めている斎藤一。
元々顔見知りのこいつらがいつの間にか恋仲になりやがって、一緒に暮らしてえとか言い出したのが今年の春。近藤さんの了解を得て俺のアパートに入居してきたってわけだ。
なまえはごく一般的な若い娘だが、斎藤の方は真面目の頭に”超”と”生”の二文字がつく程の堅物だ。寧ろ変な虫からなまえが守られると考えればまあいいんじゃねえか、と相談に来た近藤さんにうっかり答えちまった俺にも、少なからず責任があるんじゃねえかと近頃思い始めている。
兎に角こいつらときたら。

「あ、はじめ、どうしてデジカメなんて持ってきたの」
「昨日購入したばかりだからな。その、性能を試そうと、」

カシャ。

「ちょっと、急に撮らないで」
「あんたの今の顔が、なかなか、」

うるせえな。おめえら声がでかいんだよ。三階まで響いてくる程はしゃいでんじゃねえ。近隣に迷惑だろうが。

カシャ。

「はじめったら、やだ……っ」
「怒った顔も……愛らしい」
「もお、やだってば」

見下ろす俺が眼を剥いてるのも知らねえで斎藤の奴は頬なんか染めやがって、道場で門下生に稽古をつけてる時とはまるで別人じゃねえか。お前の掛かり稽古は翌日身体中が痛えって、陰で俺以上に鬼呼ばわりされてるんだぞ。
なまえも嫌だのなんだのと言ってる割りには全然嫌がってる素振りがねえ。なんだよ、その満面の笑みは。

「てめえらうるせえ。さっさと行きやがれ」
「はぁい。トシさん、行ってきまーす」

悪びれなくニコニコ笑うなまえの指に、己の指を絡ませながら一つ頭を下げて歩いていくあいつは、なんだ、本当に俺の知ってたあの斎藤なのか?
俺はやれやれといった気分で吸い差しの煙草を手に持った携帯灰皿に捩じ込んだ。





「パスタとコロッケ定食、どっちにしようか迷う……」
「ではどちらも頼んで俺とシェアすればいいだろう」
「でもわたし蟹クリームコロッケは絶対食べたいな」
「ああ、構わない」
「ほんと? じゃ、付け合せの冷奴ははじめが食べてね」
「ありがとう。なまえは優しいな」

昼時の学食の配膳カウンターは賑わってた。なんで俺はよりによってはじめ君達と並んじまったんだよと頭を抱えたくなった。
はじめ君の横顔がちらっと見えて、そのほっぺたが染まってるのを見て俺は呆然とした。俺の隣に立っている千鶴も薄く口を開けたまま固まってる。

「ね、平助君。あの人、間違いなく斎藤さんだよね?」
「おう、間違いなくあれははじめ君じゃねえ」

千鶴が俺の耳に小声で囁いてくる。俺達の会話がアホみたいに噛み合わないのも無理ねえじゃん?
俺達は高校からの同級生だけど、俺の知ってるはじめ君は見た目がいいせいでモテるわりにどっちかって言うと女の子が苦手で、て言うか女の子なんてもん自体はじめ君の眼には入ってなかったみたいで、どっから見ても硬派が制服着て歩いてるって感じだったんだ。つまりなまえ以外の女の子って意味だけどさ。
あの頃はじめ君がなまえに片思いしてたって総司から前に聞いた気がするけど、いつの間に両想いになったのか今じゃ二人は同棲までしてるらしいし、なんか信じらんねえ。
受け取ったパスタのトレイを持って振り向いたなまえが気づいて俺達を見た。はじめ君のやつ、手を伸ばしてなまえのトレイにサラダなんか載っけてやってる。
千鶴が何となく羨ましげな目になって俺に視線を刺してくる、勘弁してくれよ。

「あ、千鶴達もこれからお昼?」
「う、うん……」
「じゃ、一緒しない?」
「な、なまえ、俺達は俺達で食うからさ」
「そう、そうだよ、なまえ。また、今度……今度、一緒しよう、ね」

冗談じゃねえよ。ニコニコ顔のなまえの背後のはじめ君、もの凄え冷たい目をして睨み付けてくる。俺に向かってまるでなまえに手え出すなとでも言うみたいにさ。無言で釘刺すみたいな視線、やめてくれよ、怖えよ。
ちょっと待てよ、はじめ君。俺の隣に千鶴がいるの見えてねえのかよ。割り込む気なんてねえって。俺、まだ命惜しいし。

「そう? じゃ、また今度ね」

屈託のない顔して笑ったなまえが近くの空いたテーブルにぴょこんと腰を下ろせば、隣にぴったり座ったはじめ君がなまえの顔を覗き込んで今度はすっげえ優しい顔してる。なんだよ、なんなんだよ、その変わり身。

「なまえ、エビフライも好きだろう?」
「え、いいの? 嬉しい」

あーあ、馬鹿馬鹿しくてやってらんねえ。横を向いてなんだか落ち込んだ感じの千鶴を見る。

「斎藤さん、私のこと目に入ってないね」
「目に入らないほうが安全だぜ。千鶴……、後でアイスおごってやるな、」
「うん、ありがと、平助君」

俺達は何となくHPをごっそり吸い取られた気分になってコソコソとその場を離れた。





僕は大学の剣道サークルに所属してるけど大好きな近藤さんに会いたいから、なんだかんだ言って週の半分はこの道場に顔を出してるんだ。入学した時誘ったのにはじめ君は僕と一緒にサークルには入らなかった。その代り彼は毎日のようにここへ来てるみたいだ。
この近藤道場には一般の人が多く入門してて、最短で四段を取得したはじめ君はバイトとして近藤さんや土方さんと一緒に指導をしている。
それはいいんだよ。それはね。だけどさ。
はじめ君は礼をして道場に入ってくるなり時間が早ければ門下生と一緒に掃除から始めて、自主練に入って上下斜め、正面、開き足と片手1挙動、丁寧に一通り振り込む。
基本に忠実で自分を甘やかしたりしないはじめ君の動きは流石に無駄がなくてキレがいい。竹刀は相手に向ける剣であると同時に自分に向けられた剣でもあるっていうのが剣道の理念の一つだけど、はじめ君はそのへんも地で行ってるから全く隙がない。それは認めるよ。彼は強い。まあ、僕には叶わないけどね。
近藤さん達が来てから神前に皆で拝礼して面を被る。その後ははじめ君も指導の合間に土方さんや僕と、時には塾頭の近藤さんと切り返しや互角稽古をしたりもする。
それもいいんだよ、別に全然問題ない。
問題なのはさ。

「はじめ、頑張って」
「ああ、なまえが見ていてくれると思うと気合いが入る」

なんて言っちゃってマネージャーよろしく世話を焼くなまえちゃんに、時々近づいては顔を見合わせて頬を染めてるってことだ。
その癖近藤さん以外の誰かがなまえちゃんに少しでも近づけば、凍り付きそうな視線のビームをビシビシ放ってくる。
はじめ君が打ち合いをしていれば道場の隅に体育座りなんかして大人しいなまえちゃんだけど、よく見ればその瞳はハート型で、え、ちょっと待ってよ、今日はなに?
この子ったらカメラなんか構えてる。
ねえ、こんなこと許してもいいの、近藤さん?
見れば近藤さんてば鷹揚な笑顔を浮かべて、時々うんうんなんて頷いて、目を細めて二人を見てたりするんだ。全く面白くないったらありゃしないよ。
僕だってさ、本当は。

カシャ。

なんだか腹が立ってきたから、なまえちゃんが遠くにいるはじめ君に向かって構えたカメラのレンズに、思いっきり顔を寄せてピースをしてやった。

「ちょ……、何するの、沖田君」
「こっちの科白だよ、そんなの」

その瞬間背後に感じる物凄い殺気。振り返れば。
ちょっとやめてよ、はじめ君、竹刀構えて突進してくるのは。

「総司っ、なまえに近寄るな」
「おっと、危ないな、はじめ君。剣道は礼節を尊び人類の平和繁栄に寄与せんとするもんじゃない、の……っ」
「うるさいっ、俺は信義を重んじ誠を尽して常に自己の修養に努めなまえを守っているのだ、天誅!」

打ち込んでくるはじめ君の竹刀を、素早く体勢を立て直して受け止めた。完全にイカレてるよね、この人。僕は君の元立ちじゃないんだよ、全く。
だけどはじめ君の面の間から垣間見える眼力はいつも以上に鋭くて、その激怒の程がありありと表れていた。僕はこれから彼の掛かり稽古を受ける門下生の誰かさんに心底同情した。





シャワーを浴びて一日の疲れを癒し、寛いだ気分で一服しようとベランダの窓を開ければ、突然女の悲鳴が響き渡った。

「きゃああ、誰か、誰かーっ!」

咄嗟に下を見れば猫の額のエントランスの外、往来を黒い影が過ぎるのが見えた。なんだってんだ? 取り敢えず放っては置けねえ。俺は玄関に走った。
外へ出てみれば年配女性の背を擦りながら顔を覗き込んで声を掛けているなまえ。

「もう大丈夫ですから、ね」
「ありがとう、ありがとうございます……」
「どうした、何があった」
「あ、トシさん」

地面に蹲った黒ずくめの男に馬乗りになってその片腕を捻り上げているのは斎藤だった。近くに自転車が倒れてる。その体勢で息も上げずに無表情の斎藤は相変わらず涼しげな顔だ。
一目見ただけで何が起こったのか解りやす過ぎる状況だった。

「引ったくりか」
「そのようです。気絶していますが急所は外しているので問題ありません」
「……そうか」
「土方さん、スマホをお持ちなら通報していただけますか」
「お、おう」

落ち着き払った斎藤とニコニコしているなまえと、こいつらに取り返してもらったらしきバッグを胸に抱え腰を低くしていつまでも頭を下げている年配女性。それらを横目に俺は尻ポケットからスマフォを取り出しスワイプして画面を呼び出す。
降りてくる前に全ての片はついていたようだ。くそ、わざわざ駆けつけてきたてめえが何だか恥ずかしくなってくるじゃねえか。
間もなくパトカーが到着して、それまで斎藤に拘束されていた男は連行されて行き、事情聴取の為にまだ何度も頭を下げながら被害女性も覆面に乗せられていく。どうやら凶器を持っていたらしいと警官に聞かされちゃあ、一歩間違えばこいつらが危なかったかもしれねえと思って背筋がヒヤリとした。
それにしてもまあ無事解決してよかったと、一息ついているとなまえの肩を強く抱いた斎藤が俺に一礼する。

「では俺達はこれで」
「おう、よくやったな、斎藤。お手柄だった」
「いいえ、たいしたことはありません」

顔色も変えずに俺を見返す斎藤だが、これはファインプレーだろう。やっぱりお前は大した男だぜ。
近藤さんのところで長年同じ釜の飯を食ってきた斎藤の偉業に、仲間として(こいつらの大家としても)改めて賞賛の気持ちが湧いてきて、俺は労いの言葉をかけた。
部屋に戻り、さっきの一件でベランダの床に放り出してあった一本の煙草を拾い上げ、ひしゃげたそいつを口に咥える。何だか今夜は気分がいいといつになく缶ビールを手にした俺の口元が緩む。
斎藤の奴、ボディガードを自認してやがるだけのことはある。
近藤さん、あんたの姪っ子の身の安全は保障付きだぜ。
俺は満足感と共にビールを飲み、肺の奥まで深々とニコチンを吸いこんだ。
その時だ。

「ちょ……っ」
「逃げるな、なまえ」
「だって、こんなとこで……んんっ」

……。
……………。
ガラス窓を開いた音なんざ俺は聞いてねえぞ。つい下を覗くように見下ろせば、なんだよ、いつからそこにいやがった!?
俺の目線の下、二階のこいつらの部屋のベランダの柵に背中を押し付けられたなまえと、そのなまえに覆い被さってる斎藤が見えるじゃねえか。
てめえら、公共の場で一体何しくさってやがる。ふざけんじゃねえぞ。

「褒美をもらってもいいだろう?」
「え、だって……はじめが助けたのはあの女性で……」
「この世の中から暴漢を駆逐するのは全てあんたの為だ」
「や……ん……、はじ、め……」

前言撤回だ。
斎藤、お前やっぱり恥を知らねえ男に成り下がりやがったか。咥えたままで半分近くまで燃えた煙草の灰を、てめえらの頭上から落としてやりてえ気分になったよ、俺は。
だが。

「土方さんには本当に感謝をしている」
「うん」
「今まで生きてきた中で今が一番幸せだ。こうしてなまえと共にいられるのはあの人のおかげだと思っている」
「うん、そうだね……、ん、んん、」
「なまえ……、好きだ」

斎藤が腹の底から絞り出すように口にしたのは紛うかたなく幸せに満ちた言葉だった。
ったく、やってらんねえな。
堅物を絵に描いたようだったお前が今は身も心もなまえに全部捧げちまってるってわけか。
ああ、そうかよ。
まあな……。こいつらがどんだけイチャついたところで、それ自体が然程他人に迷惑かけてるってわけでもねえしな。(身近な人間には迷惑なところもあるっちゃあるが)
この感情は親馬鹿ってやつに少し似てるのかもしれねえな。
斎藤は今夜立派に社会貢献をしたことでもあるし、俺としてもまあ鼻が高いと言えなくもねえ。
まあ仕方ねえな、暫く目え瞑ってやるか。
合間にリップ音が聞こえてくるのはちっと気に食わねえが、なんだよ、畜生、幸せそうな顔しやがって。

薔薇色の人生ってやつか。

何だか俺も長い独身生活をそろそろ返上してえ気分になってきたじゃねえか、馬鹿野郎。





2014/08/28


▼つかさ様

この度は20万打企画にご参加いただきましてありがとうございました! 大変大変長らくお待たせしました!
早速ですがこのお話をお読みくださった全ての斎藤クラスタさんに、ジャンピング土下座で深く深くお詫びいたしたいと思います! つかささんに頂きましたリクエストはずばり『大学生の天然バカップル』でした。天然バカップルは恐らく自分達で自覚がないと思われますので、仲良しの(?)土方、沖田、平助の御三方の独白と言うご協力により表現してみようと思ったのですがいかがでしょうか。
しかし……、バカップルの概念が書いていてもよく掴めず、気がつけばバカップルと言うより激しくおバカな斎藤さんという感じになってしまいました。私がこれまで書いてきた斎藤さんの中で最強におバカです。悪乗りし過ぎました。言い訳のしようもありません、本当に申し訳ありません。
とにかくものすっごくなまえちゃんを愛していて、そしてものすっごく強い斎藤さんというキャラを目指したんです。が、何というか、土方さんが出張り過ぎている感も……。本当に本当に申し訳ありませんでした……てへ。
でもすっごく楽しかったです。今まで書いたことのない変な方向に行っちゃってる斎藤さん。ヒロインちゃんしか目に入らない斎藤さん。こんなボディガード欲しい。
タイトルのLa Vie en Roseはまんま、薔薇色の人生と言う意味です。斎藤さんの薔薇色の人生とその先に続く幸福万歳wということで、つかささんには少しでもお楽しみいただけますと嬉しいのですけど。
この度はリクエストをいただきましてありがとうございました。

aoi




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