神様told me! | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


03



キッチンに立つ私の後ろ、にこやかに笑う神様がいる。濡れたプラチナの髪を首筋にまつわらせ、お風呂あがりのさっぱりした顔でバスタオルをかぶっている。
細身の鶴丸さんにはジャストサイズと思って貸した大きめの白いTシャツは、彼が着てみたら意外にぴっちり気味だった。全体にすごくほっそりして見えたけど、実は着痩せするのかな? ジャージのパンツの丈はやっぱり短くて、あらわになってるのはキュッと締まった足首。くるぶしが色っぽい。
彼の姿を一瞥しいろいろ思うところはあるものの、水没事件からこっち、かなり面白くない気分になっている私はムッと黙っていた。

「いや、すまんすまん。驚かせてみたくなっただけなんだ。何しろ君は実に気持ちのいい反応ばかり見せてくれるだろう?」
「………………(また? 私、あなたのオモチャじゃないんですけど)」
「心配するな。君の裸を覗き見ようなんてつもりはこれっぽっちもなかったぜ。俺もそこまで不自由をしてない」
「…………(むぅッ!)」
「……本当に怒ってしまったのか?」
「…………(当たり前でしょう)」

あのときにわかに慌てて私を浴槽から持ち上げた神様は、私の裸(しかも前面)を間違いなくバッチリ見たはずだ。
しかしお風呂に乱入してこようとした理由が、ただ単にびっくりさせたかったという軽い気持ちで、男として邪な気を起こしたなんてわけでは全然まったく、一ミリもないらしいということだけはその態度と口調から理解した。赤面するとかしどろもどろになるとか一切なく、曇りのない瞳をしてはっきりきっぱりと、よどみない口調で爽やかに朗らかに言い切られればそう理解するしかない。
いや、もちろんそれでいいのだ。それでいいのだけど。なんとなく納得のいかない気分になるのは何故なんだ、私。

「まあ見たことは見たんだがな、もう綺麗サッパリ忘れたからな。そろそろ機嫌を直しちゃくれないか?」

その事もなげなセリフ。
ああ、つまりあれだ。彼の弁明とも言えない言葉に微妙に傷つくのは、覗き見ようなんて気がこれっぽっちもないと彼の言う同程度に、私に女としての魅力がこれっぽっちもないと断言されたような気分になるからなんだ、多分。
いやまあ、別にそんなことどうでもいいんだけれどもね。

「ところで、君の手にしてるそれは」
「…………」
「フライパンに、玉子に、ケチャップ……か?」
「…………」
「とくれば君が今作ろうとしてるのは、間違いない。オムライスなんだな? そうだろう?」

言葉通りさっきのアクシデントなんて綺麗サッパリ忘れたような鶴丸さんは、さらに明るくはしゃいだような声を出す。
振り返って見上げれば、まるで小学生の男子みたいに瞳をキラキラさせている。
なんというか、罪も邪気もない人(神様?)なんだなあ、この人(神?)は、と思ったら私の頬が不覚にも緩んだ。

「オムライス、好きですか」
「ああ、向こうでは光坊がよく作ってくれたもんだが、チキンライスにかぶさった玉子がな、こうトロッとするだろう? あれが俺は大好きなんだ。光坊はでみぐらそーすとやらが自慢のようだが、俺は断じてケチャップ派だ。根負けした光坊が俺のにはいつも嫌味なほどケチャップをたっぷりかけてくれたんだぜ」
「そうですか。デミグラスソースなんて、私作れませんから安心してください。ケチャップいっぱいかけてあげますよ」
「そうか!」

身振り手振りでトロッとした玉子の様子を嬉しそうに説明した鶴丸さんが、玉ねぎのみじん切りをする私の手許を後ろから肩越しに覗くから、首元に吐息がかかる。
だからいちいち近いよ! と振り向きかけて、私は慌てて顔を戻した。
鶴丸さんはものすごくワクワクして顔を輝かせているんだけど、ちょっと何その顔なんなの、可愛い……なんて思っちゃう私、少し落ち着け。

「いいい言っときますけどチキンライスじゃないですよ、私のは。ご飯と玉ねぎとハムをバターで炒めるだけ」

何をどもってるんだ私。ほんとに落ち着け。
かくして小さなソファーの前の小さなテーブルに並べたふたつのお皿。鶴丸さんのには私の倍ケチャップをかけてある。
いつもより気をつけて仕上げた玉子は、彼の望み通り中がトロッとなっているはずだ。本当は三回に一回は失敗をすることもあるのだけど、今日は慎重を期した。
私の隣りに座った鶴丸さんが、スプーンを手にしてじっとこっちを見つめる。ちらっとお皿に目をやってまたこっちを見る金色の瞳は、期待と興奮のせいかうるうるしている。
なんですかそれは。待ての姿勢のワンコですか。

「……どうぞ、めしあがれ」
「では、いただこう!」

鶴丸さんは意気揚々とスプーンを握り直した。そのくせとてもゆっくりとした手つきで、注意深くケチャップのかかったオムライスのてっぺんをツンツンとつつく。
表面が割れ中からトロリととろけだした玉子の黄身を見て「おお、」と感嘆の声を上げた彼は、真っ赤なケチャップと軽く混ぜて、それを掬ってパクリと口に入れる。そうして目尻をさげ破顔した。

「美味いな。君の料理の腕は光坊に匹敵する」

その一連の様子をじっと見つめていた私は、ふと肩の力が抜けた。
以前から折にふれ思っていたことがある。生き物がものを食べるというのはとても原始的な行為だと私は思っている。
その原始的行為を目にして「愛らしい」なんてつい思ってしまうのは、私がその相手に対して好感を持っていると解釈して差し支えないのではないだろうか……なんて、ああ、何を言ってるんだ私は。うっかりわけのわからないことを考えかけて、ブンブンと首を振った。

「お、お口に合ったようで何よりです。……その、光坊というのもお友達の神様なんですか?」
「お友達……、うん、まあ友達といえば友達……だろうな。俺よりもだいぶ若いがな」
「そうなんですか?」
「光坊はとても良い奴だ。おかずの好き嫌いが激しい伽羅坊も、光坊の作る食事にはあまり文句を言わないんだ」
「伽羅坊……」
「ああ、伽羅坊はなかなかに気難しい奴だが、悪い男じゃない。意外に小動物好きなところもあってな」
「そうですか」

鶴丸さんはオムライスを嬉しげに口に運びつつも、彼の元いた本丸とやらの話を続ける。もぐもぐしながら何だか懐かしげな優しい目をしている。
鶴丸さんよりだいぶ若いけど料理上手でけなげな光坊と、好き嫌いの多いやんちゃ坊主の伽羅坊? ということはその二人は中高生くらいなのかな。というかこの鶴丸さん自体、年はいくつなんだろう。私よりは上だよね? 話し方には妙な落ち着きがあるけどその表情は時々少年のようにあどけなくも見えるから、よくわからない。
それにしてももっと疑問に感じるのは、ソファーは知らなかったのにオムライスを知っているというところだ。
私は首を傾げる。
鶴丸さんの言う本丸っていったいどんな文化なんだろう? またぞろ戦国時代のお侍さんが頭に浮かんだ。昔歴史の教科書で見たのは信長さんだったかな。あの絵にあった頭のてっぺんのピョンと立ったチョンマゲのようなものを思い出す。
あのチョンマゲを、ふざけて頭にくっつけた光坊伽羅坊コンビを想像してしまった私は、ちょっとだけ可笑しくなる。悪乗りした私の想像力は、その子たちの首元にスパンコールのついたド派手で真っ赤な蝶ネクタイを着けさせて、チャラララ〜♪という音楽に合わせヒョコヒョコとステージに出てきて「どうもー! みつぼう&からぼうでえす!」なんてピョコンとお辞儀をする、芸人さんみたいな姿を脳内に映し出した。
思わずクスクスと笑えば、そんな私をちらっと見た鶴丸さんが少しだけ不思議そうな顔をしながら、もぐもぐの口は止めずにニコッと笑った。
まだ全然よくわからない世界ではあるけれど、鶴丸さんもそう悪い人(神)ではなさそうだし、話を聞いてたら一度その本丸とやらを見てみるのもいいかも、なんて気になってきちゃったりしてまったく現金な私である。
それにしても鶴丸さんは細身のわりに健啖家なのか、すごい勢いでオムライスを食べていた。いくらなんでも育ち盛りは過ぎてると思うんだけど。
半分も減っていない私のお皿に対し、彼のはもうゴールが近い。お米のひと粒も残さないようにきれいに食べている。あれ、もしかしたら一皿じゃ足りなかったかな、なんて思いながらさらに見つめていると。

あ……。

鶴丸さんの最後のひと匙から、ポトリとケチャップがこぼれた。赤いケチャップが、彼の胸元に落ちる。
慌てた鶴丸さんは自分の胸を見下ろして、私を見て目を白黒させた。

「これは! すまん!」
「はいこれ、ティッシュです」

こういう様子もなんだか可愛いじゃないか。
私が差し出したティッシュの箱からビュビュッと抜きとった数枚で、ごしごしと彼がTシャツの胸元をこすった。けれど白いTシャツについたケチャップなんてそう簡単に取れるわけがない。

「取れない。君の服を汚しちまったな、すまん……」
「いいですよ、別に。洗いますから」
「怒らないのか?」
「怒りませんよ。その程度で」
「君は優しいな。こんな時、長谷部ならカンカンになってるところだ」
「はせべ……?」 

また新しい神様の名前だ。
鶴丸さんがスプーンをお皿に置いた。もちろん最後のひと匙は彼の口の中に消えたあと。おもむろに両手をクロスさせた鶴丸さんはTシャツの裾を掴む。と思うとなんの躊躇いもなくめくりあげた。

「えっ!」

すぐさま現れたのは裸の上半身。

「……って、ちょ、ちょっと!」
「ん?」
「今ここで脱ぐのはやめてください!」

叫びながらもしっかりと確認してしまった彼の身体は、男性にしてはやはりやや細身ではあるけれど、細いながらもしなやかな筋肉をまとっていた。

「悪いがもう脱いじまった。また着たほうがいいか?」

私の顔面が一気に発火する。発火しながら気づく。
クローゼットの中身を素早く頭にめぐらしてみたけれど、鶴丸さんに貸してあげられるサイズの服はもう一枚もない。ケチャップがべったりついたのをもう一度着ろともまさか言えないし。
鶴丸さんが着てきた衣装は一応ハンガーにかけてカーテンレールに吊ってあるけれど、あれをもう一度着てくださいというのもとても無理がある。

「…………」

だからって流石に裸でいてもらうわけにはいかないよね。
鶴丸さんは「俺は別に構わないぜ? 夏だしな」なんて事もなげに笑っているけど、私のほうが構うんですよ。

「だが、もう寝るだけだろう?」

…………!
待って……そうだった。
むしろ私にとってはここからが本当の試練なんじゃないのかな。
半裸の美形の神様と私、果たして無事にこの一晩を越すことが出来るのだろうか。
鶴丸さんがちらりと私のベッドを見た。
なんでそっち、見るんですか。
ベッドを見てからその視線が私に向けられる。
いやいや、はっきり言って襲われる心配なんて限りなく0%に近いってことわかってます。彼の態度からしてない、あり得ない。ほんとにそれはよくよくわかってはいるのだけれども、ね。
それでも私の全身がピシッと音を立ててこわばった。



I'm sorry! No offense.

20170720

prev | next
RETURN


MATERIAL: 846。 / Monochrome86% / web*citron

AZURE