神様told me! | ナノ
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02



ちょっとばかり思考を飛ばしたのち、やっと少しだけ回転を始めた私の脳は大雑把に事態を把握した。つまり何だか非常にめんどう……いや、困ったことになったということだけは理解したのだ。
ひとり暮らしの女の子の部屋に男の人が勝手に入っていたというのもかなりの大事件だけど、この鶴丸国永さんとやらの話が本当ならばそれは彼に不法侵入されたことよりも格段にめんど……困った状況にあるいうことだ。
要するに私はここではないどこか異世界の本丸というところで“はにわ”というものにならないといけないらしい。それが政府からのお達しらしい。
本丸といえば恐らく戦国時代なんかに信長さんとか秀吉さんとかつまりああいうお侍さんのボス級の人が家来を従えてエッヘンと座っていたという城郭の中心部分のことだろう(多分そうだろう)
とすれば私はこの鶴丸さんという神様と(彼の口ぶりからすると神様は複数いるらしいので)他の神様達のボスとなってエッヘンとしながら、ナントカ軍を相手に戦争みたいなことをしなきゃいけないのだろうか……
と言うよりも神様とは一体! この凡人中の凡人の私が神様のボスって……! さっき鶴丸さんは神託とかなんとか言ってたけど、ホラー映画に震えあがるほど普通の女です。霊力とか神力みたいなの、子供の頃から持ってたことなんて一度もありません。その仕事、無理だと思うよ実際。なんで私がはにわなの。

「はにわじゃない。審神者と言ったんだが。君、人の話をちゃんと聞いてるか」
「あ、そうでした、さにわでしたね。って、え? ひとりごと聞こえちゃってました?」
「まる聞こえだったぜ。認識のおかしなところもあるようだが、まあ概ねはわかってくれたようだな。それじゃ、そろそろ出発していいか?」

鶴丸さんは再び頬に美麗な笑顔を浮かべ懐を探る。またあの磁石みたいなのを出すつもりかな。
だけれどもその細い腰はすっかりお気に入りとなった(らしい)ソファーに預けたままだった。私のお隣りで。

「いやいや、待ってください」
「なんだ?」
「ですからね、私にとってはあんまりいきなりなことなので、その書類を一応確認させていただいてから検討をですね」
「じゃあ、ぱぱっと確認してくれ」
「ええ、それがですね……」

どうしよう。失くしたとはなんとなく言いにくい。
あの日、手紙を手にしたあとの行動を反芻するに、酔っ払った私はソファーの後ろ、壁に沿って置いてあるベッドにぼすっとひっくり返ってそれを見たような気がするので(そして見るのが嫌になって放り投げたのだから)恐らく壁とベッドのすき間あたりに落っこちてるんじゃないかな……。
私は手にしていたピンチハンガーを脇に置き、ソファーの上で身体の向きを変え、おもむろに片足を上げた。
ベッドの向こう側に用があるので、背もたれを跨いだ格好で片足を直接ベッドの上に移そうとしたのだ。
するとどういうわけかお隣の鶴丸さんも同じように身体の向きを変えている。つまり私と同じ方向に向き直り、同じように足を……

「あの」
「ん?」

どうしてあなたまで私と一緒になってベッドに足を載せてるのかな? というか今気づいたんですけどあなたの足! 靴! 下駄?

「それ! 足に履いてるもの、脱いでください!」

いろいろ驚くところが多すぎてスルーしちゃった部分が多いけど、今が2017年なわけだから二千何百何年て言ったら近未来ですよね? あなたは近未来から来た神様ってわけなんですよね?
だけどソファーを知らなさげだったし、着衣も足に履いてるものもとても和風でレトロモダンな感じというか。
今さらながら突っ込みどころがもうわからない。

「あなたがさっき言った本丸っていうんですか? それが二千何百何年の彼方? そこって文化どうなってるんですか。でも日本ですよね? そしたら家の中では靴を脱ぎますよね、普通!」
「すまん。脱ぐのを忘れてたんだ」

私の捲し立てる勢いに怯んだのか、今までベッドに興味津々わくわく感を醸し出していた顔を急にちょっとだけしょんぼりさせ、鶴丸さんは背もたれを跨ぎかけていた足を戻す。そうしてぽっくりみたいな底の厚い黒い下駄(?)を片足ずつ脱ぎだした。
細い背を少し丸めている様子が可愛い……。私は声の調子を少し優しく変えた。

「あっちが玄関ですからね。まずそれを置いてきてくださいね」
「わかった」

うなずいて両手に一個ずつ下駄(?)をぶら下げた鶴丸さんは、素直にソファーから降り玄関に向かう。そのすきに素早くベッドに乗り移った私はすかさず壁とベッドの狹い間に手を入れてゴソゴソと探ってみた。
あ! 何これ、触れたのは、手紙……じゃないな。なんか柔らかいもの。
もうしばらくゴソゴソと手だけで探索を続けてみるが、紙っぽい手触りはなかった。しかたなく柔らかい何かを引き出すと。

「あ、なくしたと思ってたモナコスカーフだ。ひゃあ、ベルトも落ちてた」
「何をしてるんだ?」
「え」

耳の近くで声が聞こえたと思って顔を上げ横を見れば。
わあ!
お隣りで私と一緒になって壁とベッドの間を覗いていた鶴丸さん。
いつの間に戻ってきてた? しかも私に合わせて向こうもこっちを振り向くものだから、顔が近! ていうかアップで見てもほんとに綺麗な顔!

「これは君がいつも寝ている布団か? 随分と分厚いんだな」

さっきのソファーの時みたいに自分の膝をついたあたりをぽすぽすと叩いて、確認しながらも彼の顔はこっちを向いたまま。
あくまでも楽しげな口調の鶴丸さんだけど、私はうろたえて飛び退いてそのままズズズッと後ずさる。
この人が本当に神様かどうかの検証なんてしなくても、このお綺麗な顔から放たれる一種異様な迫力は多分絶対間違いなく神様なんだろうと、それだけは妙に納得する。
後退していた私の後ろ手はすぐにベッドの端まで到達し、私は仰向いたまま上体だけをずるっと転落させた。

「ひぇ……っ!」
「だから何をしてるんだ、君は」

四つ這いの格好で私が後退した方にスススッと近づいてきて、ベッド上に残った私のお腹の両側に手をついて、細く綺麗な首を伸ばし覗き込んでくる神様。重力にしたがって垂れてくる彼のプラチナの髪が頬に触れる。
やめて、ほんとにやめてください。顔を寄せてこないでください。とにかくお願い、離れてください。
今度の心の声は聞こえなかったのか、鶴丸さんは退いてくれようとはせずにパニックな私を少しの間じっと見る。さっきまでの様子と少し違うひどく真面目な顔で。
逆さになった私の頭に血が上る。くらくらとしてくる。それでも目を逸らせずにその目を見つめていれば、透明な金色の瞳の奥に吸い込まれてしまいそうだ

「あ、あの……つ、鶴丸さん……?」

怖いくらい真剣に見えた表情は一瞬にして破顔した。
ブッと噴き出したと思うと鶴丸さんは笑い声をあげながら私の背中に両腕を回した。

「ぎゃあ!」
「驚きのない人生はつまらんと思うが、君はいちいち驚き過ぎだ」

彼は爆笑したままその両腕で軽々と私の身体を引き上げた。
え。
……あ、なんだ。ただ助け起こしてくれただけね。び、びっくりしちゃったじゃないの。私は何となく赤くなる。
この神様とのやり取りはジェットコースターに乗ってる気分と似てる。帰宅してからここまで私の気はまるっきり休まらない。
驚き過ぎと言いますけどね、そっちがいちいち驚かせ過ぎなんですよ、もう! こういう驚きの連続は心臓が持たないのでこっちこそ願い下げなんですよ!
それにしても鶴丸さんて細身なのに意外と筋力があるのかな。私はそう身体が大きいというほどではないと思うけど、成人してる大人だからそれなりに体重がある。
元通りベッドの上に戻って正座になった私の頭を鶴丸さんはぽんぽんとする。そのソファーと一緒にしないで欲しい。でもベッドの足元の床から救出してくれたわけなので、私も素直にお礼を言う。

「ありがとうございました」
「気にするな。そりゃそうと通知の確認は」
「それが……」
「うん」
「見当たらないんです、手紙」
「…………」
「いや、明日! また明日真剣に探しますから!」
「……それは、由々しき問題だな」




私は湯船に鼻のすぐ下まで浸かりながら、脳みそをこれまでにしたことがないほどの勢いでなお必死に回転させていた。
いつもなら「ふぇーっ」とだらしなく口なんか開けてオジサンみたいにのんびりゆったり寛ぐバスタイムだというのに。
時の政府からの通知を紛失したのは確かに私の落ち度だけれど、だからといって鶴丸さんの言うなりに彼の言うところの本丸とやらに、すぐさま行くというわけにはやっぱりいかないのだ。何しろ私には社会人の生活というものがある。明日も会社があるのだ。
だけどこの事態からどうやって脱却したらいいんだろう。
あれから暫く思案顔になってしまった鶴丸さんだけど、強引に私を連れて行こうとはしなかった。割にあっさりとわかってくれたようだ。

「君の言い分はわかった。なら明日まで猶予しよう」

その代わり、手紙が見つかるまでは彼もここにいると言う。
私が審神者になる気がないと言ったからって「わかりました。はいさよなら」とはいかないらしい。彼には彼で事情もあるのだろうけど。でもね、その明日が来たところで手紙が見つかる保証はないのである。ベッドの向こうじゃなきゃどこにあるんだ。
それに彼の言ったことが本当なら手紙が見つかったところでたいして状況は変わらないんじゃないかな。だって私はあの封書の差出人に、辞退するという意思表示の返信を出来てないわけだし。
でもそれよりも今、差し迫って考えるべきは今夜のことだ。改めて困ったことになった。
だってそうでしょう? あの美人の神様と最短でも一晩を二人で越さないといけないなんて。
うちに予備の布団はない。そもそも布団を敷くスペース自体ない。どこで寝てもらえばいいの? そのあたりはなかなかに悩ましい問題だ。
と、その時だった。ふいと目を向けた磨りガラスの向こうに影が映る。
え。
それは白い影。考え事をしてたせいでそこに来てるなんて全然気づかなかった。
おもむろに聞こえてくるのは鶴丸さんの声。

「君の家にも温泉があったとは」
「……はっ?」
「湯加減はどうだ?」
「……え」

彼は小狭い脱衣室でなんだかガサゴソしてる。「温泉、温泉」とかなんとか独り言を言いながらガサゴソとした音が続く。
まさか、服脱いでます?

「温泉てのは大勢で浸かるのが気持ちいい。本丸ではいつも光坊や伽羅坊とよもやま話を楽しんだもんだ。君さえよければ一緒に入っていいか?」
「え、ちょ……っ! だめだめ、よくない! 何言ってんの、違うから、ここ温泉じゃないから、やめて、来ないで、きゃー、誰か、助けてーっ!」

がちゃ。

「ぎゃあ!」とまたしても変な声で叫んだ私(今日だけでいったい何回目?)
そしてボッチャーンと派手な音を立てて水没する。
今ので鼻にお湯が入っちゃったじゃない! ちょっと、なんなのなんなの、この天然な神様は一体なんなの!



Can I stay at your place?

20170508

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