創作Short | ナノ


▽ A




たぶん擦ったら落ちるもの、なんだと思う。
本田が俺に抱く執着心とやらは。

背の高さや手の大きさ、声の低さや容姿のことも嫌味じゃなく本気で、本田は気にしていた。
身長が高いとスポーツには有利だ。手が大きいとボールが掴みやすい。声が低いと、女子にモテる。
男らしい顔つきだって、彫りが深くて北欧のモデルかと間違われるくらい整っている。
そんな本田の性格だっておっとり屋の争いが苦手なもので、正直、俺は口には出さないが相当できた人間だと思ってる。絶対に教えないが。
地味眼鏡と称される俺にとって本田の気にするレッテルとやらは、レッテルなんかじゃなくて称賛の表れにみえた。

それに引き換え、俺という人間は、曲がりなりにも子ども染みてるんだろう。
売られた口喧嘩は買う主義だし後先考えずに正直に答えて損はするし、考えても答えが出なさそうなときは感覚で動いて痛い目を見る。そこまで分かってんなら直せって話だろうが、これが相当難しい。
だからこそ、
「天永といると面白いな」
と笑われたとき真面目に受け取って、
「ナメてんだろ、おい」
って拳骨を落とした。本田に。


たぶん対極線上にいるんだ。
大人な本田と、成長しない俺。

バランスは良いと思う。俺が本田にブチ切れたりしない限りは、だいぶ。
でもそれが実に難しい。なんでもかんでも、
『いいんじゃないか?』
で済ませようとする穏和な本田を見てると、良い子ちゃんぶってんのかと腹が立ってくる。当の本人からすれば本当に気にしてないからそういってるんだろうってことは分かる。
でも俺はどっちかと言うと、
「こうだからこうすんだろ」
って頑固なところがある。間違いなく、じいちゃん似だ。あの頑固ジジイの遺伝子のせいだ困った。
そんなんだから、本田の言動の一つ一つが俺の気に障る。もっとしっかり生きろよって。
まあ、それが本田にとっては新鮮だったようだ。

「もっと天永といっしょにいたら、お前のことがわかるかな」

いや多分無理だと思う。
―――とはまあ流石の俺も言えないので、ルームシェアの話をどうにか避けようとした。のだが、まあ、うまい具合に丸め込まれて今に至る。



ルームシェアとは名ばかりで、別々の生活を送ることを前提とした。玄関とダイビングは一つだけ。でも他は均等に二つずつ。
ダイビングを真ん中にして左右対称に開かれるようにして、廊下が伸びている。そこからそれぞれの部屋に続くってわけだ。
俺の部屋は玄関からダイビングを見て、左側。
整理整頓が上手くいかずに廊下にまで参考書が飛び出している。少しばかり見栄えが悪いのが俺の部屋。逆に無機質なまでに廊下が綺麗なのが右側である。もちろん本田の部屋に続くのだ。
埃ひとつない廊下はとっても綺麗で、毎週日曜日の恒例合同掃除会のときに掃除する必要が無いほど綺麗だ。(午前を2時間使うそれで、八割は俺の部屋と廊下の掃除だ)


ここで不思議なことが一つある。本田のこだわりだ。
元々ものに対しての執着が薄いのか本田という人間は、新しいものを買おうとする意欲が無かった。壊れた時も俺が買い出しのついでに買ってきたもので代用するぐらいの執着のなさだ。
そのくせして何故か自分の部屋だけは、頑なに入らせようとしなかった。強情なまでに。

いつもは何か意見を求めても「天永がしたいようにしてくれ」と笑う本田が、ハサミを借りようと俺が部屋を訪ねた時。扉を顔も通さない隙間しか開けてくれなかった。
俺はその時、気にも留めなかった。だってそういうときはあるからだ。特に健全な右手のお世話になっている時は。
聖人みたいな本田にもそんなことがあるんだな〜ぐらいにしか思わず、むしろ人間染みていてホッとしたぐらいだった。

しかしながらそれからずっと、何を借りに行っても扉をそれ以上開けてくれることはなかった。
それ以上開けてもらうにはどうすればいいのか、一度気になってサイズ的にワンランク上な扇風機を借りに行ったときだって、
「後で持って行くから待っててくれな」
と困ったように扉の向こうから笑われた。顔の半分しか見せてもらえなかった。


そこまでされてやっと、これが奴のパーソナルスペースなんだろうなと気付かされた。
日頃は人との距離を感じさせない気さくな本田でも、自分の本当に大切なところは触れられたくないんだろう。それがパーソナルスペースというもんだ。
なら俺とルームシェアなんて馬鹿なことをすんな、と言いたいが今はもうどうでもイイ。
考えた俺は、分かりやすく拒絶を示してくれた相手に感謝して部屋への侵入を潔く諦めることにした。

……のが半年前のことだ。

俺は別に部屋に人を招くことは嫌いじゃない。むしろ旅行気分でテンションが上がる方だ。
でも人間の中にはそうじゃない人もいる、ってことは理解しているつもりだ。てか潔癖症じゃないだけまだ有り難いし。まあ、まず本田が潔癖症なら男とルームシェアしようなんて思わないだろうが。
自分と違うから受け入れられないってことはないようにしよう、と俺は自分に言い聞かせて本田のことをそっとしておこうと決めた。


それなのにこれは、一体全体、どういうことなんだろうか。
意味がわからなかった。










いやまあ、俺が開けないと良いだけの話なんだから、分からないもんでもないんだけど。

「モデルルームみたく物がねぇ……」

鑑賞用植物が置いてある以外はなんの無駄もない、本当に簡素な部屋だった。唯一目立っていたブラウンの棚は天井にまで届きそうな高さで、おそらく日本人の大半がとれないようなところまであった。本田の背丈だからこそできることだ。ちなみに俺は、二段目に背伸びして届くレベルだ。基本的に背は高い方だったし。
テレビはない、代わりにコンポがぽつんと低い棚に置かれてある。テレビ用と思われる高さの棚に置くあたりが本田らしい。そのコンポだってスピーカーを覆う桃色のメッシュの破れ具合から考えて、相当年季が入っていそうだ。

全くもって生活感のない。
強いて言えば布団の乱れた床だけが、日常を醸し出していた。こんな中で一体何を隠そうとしていたのだろう。
もしかすると本棚の後ろ側だろうか?
こうなると無駄に探索したくなるのが人の心理というものだ。折角覚悟を決めて乗り込んだ船だ、このまま収穫なしだと格好がつかない。

きっかけなんて本当はどうでもイイことだったに違いない。たとえば朝落とした水筒の金具が壊れたとか、その金具が飛び込んだ先が本田の部屋だったと気づいたときに悪戯心が働いたことだとか、きっかけはそんなところだ。
幸い今日は遅れると事前に連絡があった。ちょうどテレビの占いが当たった形になるように、本田の足止めをしてくれた。
思い立ったが吉日行動、これが俺の中で一番多いパターン。考えなしといえば聞こえが悪いが、人に迷惑はかけていないのに鑑みるに文句は言わせない。今回ばかりは本田に犠牲になってもらおうと思うが。
完全復元をして部屋を出れば全くばれないはずだ。なら決行するのは早い方が良い、じゃないと俺のやる気が削がれる。


「このあたりが怪しそうだな……」

クローゼット横の本棚に目を付ける。てかこの部屋棚が異様に多い。どんだけ本があるんだって話だ、しかも俺にはわからない専門書ばっかり。
元々スタイリストというよか、医者を目指していた本田は勤勉だ。インターネットをうまく利用できないようで、分からないことは何でも図書館で調べようとするジジイみたいな本田は、気に入った本があれば何でも手に取って本屋に直行する癖があった。そんで物が増える。馬鹿みたいな割合で。
奴の出費の大半が本に消えるんだから、そりゃ給料が家賃を払うのにぎりぎりになる訳だ。まあ本田が稼いだ金なんだから、こっちとしては文句は言えないが。

その本棚の中でとくに置いてある本が多いのが、目の前のこの棚。
なんか棚の色も明るくて怪しいような気がする。……本当はあてずっぽうの勘だが。

とにかく本を出していってみよう。
そのうちに奥の方に段ができてたりなんかしてたら、本格的に捜索しよう。隠してるってことだろうしビンゴに違いない。
手っ取り早く取り出しやすそうな、上から三段目のスペースにある本を引っ張り出していった。



15分後―――。

俺は諦めることを決意した。うんだって、これ、出てこねえ……。どういうことだ、奴は本当に聖人だったというのか。嘘だろ。嘘だって言ってくれよ、本田。
俺は色々とお前を尊敬せざるを得なくなってきたぞ。

「もう19時かよ」

ものすごく無駄足を食った気持ちになってきた。探索を決意してからすでに一時間は経過してるってことだし、もう潮時だろう。しょうがないため床に置いた本を棚に戻していくことにした。
それにしても本当にどういうことなんだ。
俺ですらベッドの下とかに何冊かお気に入りを常備させているというのに、本田ときたら、ベッドじゃなくて敷布団なところからそんなことは無理だ。じゃあマジで持ってないのか……奴は。なんだろうか、可哀想になってきた。
考えてみればあの、のほほんとした顔から性欲なんてものは連想できない。興奮なんかすることあるのだろうかね、あのぼけ老人。親の腹に置いてきたんじゃないのか。そういう欲といったものを。
こんなんだから今まで彼女を作ってこなかったのか?
ルームシェアをすると言い出した傍ら、彼女ができたらどうすんだよ、と俺は思っていたがそういうことだったのかもしれない。ってそれ俺の方が困るんじゃねえのか。いやだって、ほら、俺に彼女ができたら呼べねえじゃねえし。
わー困るわ。最初からラブホとか嫌だし。

ここにきて意味不明なところで、壁に衝突する羽目になった。




(続きます)

prev / next

[ back ]