創作Short | ナノ


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―――今日のお天気はツンデレインでしょう。夕方までは晴れますが、帰宅ラッシュ時に雨が降ってきます。



いつからか天気予報がふざけるようになった。
はじめは他局と差をつけるために天気予報にアイドルを投入するだけだったのが、画伯みたく絵を披露するとか、仕掛けを用意するとか、どんどん競争が激しくなってきてついにはお笑い要素まで入れるようになっていった。


ツンデレインとは、温かい雨のことをいうらしい。もちろんこの番組『おはテレ』だけの用語だ。
厄介な雨は傘が必要で面倒だけど、本当は嫌われたくなくて温かい雨を降らせる―――ってことらしい。
なんて恥ずかしい説明だ。俺だったらぜっったいに言わない。口が裂けても言わない。仕事でも言わない。……辞職と天秤に掛けたら言うかもしれないが。

それにしても雨とは厄介だ。
折り畳み傘を入れっぱなしにしている俺には関係ないんだけど、どうにも同居しているアイツが持って行ってる気がしない。いや絶対に持って行ってない。だって目の前にあんだもん。


「……クソでっけー傘」

小さく馬鹿にしてみる。
茶碗に残っていたご飯粒をかき集めながら黒い傘を眺めていると、テレビからコメントが流れてくる。



―――ただいま7時になりました。朝の星座占いの時間です!


あ、時間がヤバい。
いつもなら58分には片付け始めてんのに、これじゃバスに間に合わない。また電車まで全力疾走とか勘弁してほしい。異常に元気な太陽の下でいるだけでも勘弁なのにそのうえ走らされるとか、比喩じゃなくて本当に汗が滝のように出てくるんだぞ。本当いやだ。
とにかく茶碗を水に浸けないと話にならない。
立ち上がってキッチンに向かってから、すぐに服を取りに行く。リュックの中身は昨日と変わらないから問題はない。あとは折り畳み傘を余分に入れて、オッケーだ。

そういやアイツ、今日は指名入ってんのか? ちゃんと見送る前に聞いておけばよかった。
指名が入ってるのと入ってないのとじゃ全然違う。主に終わる時間が天地の差。大体入ってるのが当たり前だから、定時通りに終わってる姿を見たことが無いんだけど。
それはつまり女の子に引き止められてる本田(ほんだ)を見ることになるわけだし、何ともそれはそれで胸糞悪いってか、なんというか……まあ仕事だしなと言い聞かせているのだが。
なにしろ本音が吐き出せない俺としては、このモヤッとした感じを直接言えるわけもないわけで、ぶっきらぼうに帰りを催促するに尽きるのだが。


「カットだけで終わりますよーに、っと」

眼鏡を掛けながらお願い事をすると背後でテレビが、
『天秤座の貴方、ごめんなさい! 今日は貴方のお願いがことごとく叶わないかも』
と縁起悪いことを言った。
おいおいおい……朝からそんな雰囲気よくないぜ。別に占いを信じる性分じゃないがそこはちょっと、隠してほしかったというか。まあ信じてないけど。

これはカットだけじゃなくてカラーも頼まれてそうだな。しかも、縮毛矯正付きかも。これ以上に時間を取られることはないだろう。




リュックサックを勢いよく背負う。もう時間はそんなにない。
っと、うわ。ここで最悪の事態が発生した。リュックの口が開いてらあ。

「こりゃないわ―――」

水筒が重い音をたてて転がっていくのを見て、泣きたくなる。へこんでないと良いんだけどなあ。おむすびころりんとは音が何倍も違う、水筒ごろごろ。やっと止まった。

「壊れるなよ〜水筒さんよ、って、おいおい」

わざわざどうしてこういうことになるんだか。
お前さんよ、そこは本田の私室ですがな。おっとり屋の本田が珍しくガチで、
「覗いたら大変なことになるぞ」
と目を見開いて言ってたところですわ。
まったく……時間ないってのに、なんでそんなところに向かうんだ。さすがは天秤座、願いが叶わんな。


「っとか言ってたら、ちょ!? ヤバいヤバい時間、ヤバい!!」

腕時計を見てたたらを踏む。これは正直間に合わないレベル、てか確実に電車まで走らされることが決まった。これはあり得ないレベルの不運……汗だくになるのは嫌だったのに!!

行く前から出そうな特大の溜め息を飲み込んで、今度こそ靴に右足を突っ込んだ。







 れ晴れツンデレイン





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