創作Short | ナノ


▽ @


 


保育園の先生を目指したのは、俺が子どもと同じ思考をしていたからというのが大きい。

まず特撮モノは大好きだし、色んなアニメを欠かさず見てるような奴だし、あとリアクションが子どもっぽいってよく言われるし。
そんな俺がとくに大好きなのは、ご当地ヒーローのブルー。レッドじゃなくてブルーだ。冷静沈着堅物ブルー。子どもには一番人気が無いのは仕方がない大人しいヒーローだが、俺にとってその静けさは大人の余裕に見えてホントにかっこいい。
憧れる、というのは…まあ……俺が子どもみたいに五月蠅くて落ち着きがないせいなんだけど。
 

だから目の前にその実物が現われたら、とんでもないことになるだろうな〜ってことは事前に分かっていた。

うん分かってた、はずなんだけど―――。







(ブルーだ……)


交通安全教室をするのでホールに子どもを集めてくださいね、と主任の先生から言われていたことすら忘れて、ホールの前の台の裏幕でチラリと見えた青色を凝視してしまう。

となりには赤色や黄色、緑色やピンク色だっているのに、青にだけ反応してしまうのは俺らしいと言えば俺らしいのだが。
だってあの青色の着流し、めっちゃカッコいいんだもん。ご当地ヒーローらしく地元の有名な神様、緋色様を模したお面も、青い線が入ってて最高にカッコいいし。
実家のテレビで見たよりも何倍も実物はガタイが良くて、ほんとカッコいい―――今日ほどご当地ヒーローが好きでよかったと思ったことは、きっとあるまい。
『カッコいい』がゲシュタルト崩壊しそうになってようやく、こんなことをしている場合じゃないことを思い出す。


「っと。すみれ組さん、呼びに行かないと……」

いくらボランティアで来させてもらってる学生の重要性の無さを説こうとも、折角仕事を与えてもらったんだから、こなさないわけにはいかない。
さようなら、ヒーローさんっ!
ここにいるってことは交通安全教室で活躍するってことだろうから、また後でガン見させてもらいますね……!

出勤時に保育園の門のところでパトカーを見ただけでも驚いたけど、まさかご当地ヒーローがこんなイベントにまで来るとはまったくもって想定外だった。
さすが子どもに人気なヒーロー。
警察官のお手伝いもこなすなんてお役所も大変だ。だいかつやく、と思う反面実際に会うのはこれが初めてだったので目ん玉が飛び出るかと思ったわ。保育園ボランティア、最高―――昨日まで女性ばっかで疲れるとか、ぼやいてごめんなさい!!







ホクホクした気分で、すみれ組さんの部屋に向かおうとして踵を返す。4歳児と5歳児が混ざったすみれ組はホールから一番遠いため、早めに呼ぶに限る。

そういや、子どもを見ながら交通安全教室の舞台って集中して見れるのか? 
んん……無理な気がする。ここは保育園だし、なんのためにボランティアで来させてもらっているかって考えたら、好きにできるわけないよな……。

でも、見るぐらいならできるはず!





ホールの柱を避けて歩いていると、ふと後ろから声をかけられた。


「今日はよろしくお願いします」
「え、あっ……はい!」
「それであの、どこか空いてる教室はありますか?」

警察官の服装をしたちょっと年上の女性が頭を下げていた。焦って俺も頭を下げてから、空いてる部屋かと考える。
おそらくこの人、俺のことを先生か何かだと勘違いしてるのだろう。そう気づいたけど今さら『ボランティアなんで、そういうことは……』と言うのも野暮な気がして、

「さくら組さんの部屋だったら大丈夫ですよ!」

と、さっき見回って空っぽだった部屋を伝えた。


いつもはやることが見つけられなくて自己嫌悪になる徘徊も、こんな時に役立つ。今のこの時間は3歳児さんが合同だから、片方のさくら組の部屋はもぬけの殻なのだ。


「ありがとうございます。ではそちらに、機材を置かせていただきますね」
「そ、それは主任に言ってもらわないと……」
柳田(やなぎだ)さ〜ん、機材は裏側に置くことにしたんで、部屋を借りなくてよくなりましたよ! 先生もありがとうございますね〜!」
「っあ、え」

突然ホールの幕袖から身体をのぞかせたのはご当地ヒーローのレッド。驚いて舌が絡まる。
抜けた返事しかできない俺は、その代わりにせめて頭は下げておこうと勢いよくペコペコとしたところ、レッドが手をひらひらと振ってくれた。

うおおおお〜すっごいレッド!! さすがファンサービス旺盛なレッド、まじでハイスペック、ハイコミュニケーション能力!! そりゃ人気ですわな! でも、俺はブルー一筋です、はい!!

レッドが幕袖に戻るのを見ていると女性警察官もあとに続くように戻っていく。ちょっとばかり他のヒーローも出てきてくれるかなあ、と期待していたのでショック。

そんなことをしている場合じゃないんだけど。

今度こそ白い眼で見られると思って、急いで任務を遂行するためにすみれ組さんに向かう。
もう大人になって怒られることは少なくなったとはいえ、むしろ冷たい眼や態度で促される方が心にくるので、頑張ろうと思います。はい。



ぱたぱたと体育館シューズを鳴らしながら慌てて移動する先生を、ホールの幕袖から青いヒーローがじーっと見ていたなんて、先生が知るわけなかった。







 滅ヒーロー計画




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