きみがすき | ナノ






01




「四宮」



ずっとずっと
好きだった人に話し掛けられて、有り得ないくらいに心臓が跳ねた。

何で彼が私を知ってるんだろうとか、私なんかに何の用だろうとか

ドキンドキンと全身が心臓になったみたいに、鼓膜にまで響いた鼓動


「    」


幸せな期待をしたのは
ほんの数秒
だった―――






*


また

あの時の夢を見た。
別に思い出深い訳でも、ずっと大事にしておきたい記憶でも何でもない。

夢だと気付いて、夢に見た事に、こうしてまだ夢なんかに傷付く胸に。
自分の弱さを突き付けられているようで気分が悪かった。


「最 悪……」


額に拳を宛てて力一杯握り締めても、一度捕まった闇から抜け切れなくて、奥歯をギリッと噛み締めた。

もう随分と昔の事なのに、時折こうして夢に見る…

それはもう目覚めは最悪で、夢に見た日は一日中モヤモヤが晴れないくらい。

つまりは、まだ引き摺ってるって事だ。



好きだった人が居た。
ただそれだけの事だった。

その人はとてもモテる人で
だから付き合いたいとか
好きになって欲しいとか
私の存在を知って欲しいとか

そんなんじゃなかった。

自信に満ち溢れて、順風満帆に進んで行く彼に憧れていた。
強い眼差しに惹かれた。
見て居るだけで良かった。
見て…居たかった。


そんな些細な事さえも許されない事だったと知らしめられたのがあの日。

忘れられない

最悪の日――…





「アンタ、さ……」


一旦区切られた言葉に、何だろう、何だろうと頭の中は大パニックを起こして、フル回転でこの状況の理解を試みていた。

憧れの人に話し掛けられて
嘗て無い程に近くに居て
頭の中が真っ白になるくらい幸せな緊張の中に在た。

勘違いも甚だしい。

私は本当に


大莫迦だ――…




「いつも俺の事、見てる……よな?」

「もしかして、俺何かした?」

「…って言うか、アンタの事良く知らないから、その……」


クスクスと周りから嘲笑が漏れる中、矢継ぎ早に浴びせられる言葉を茫然と聴いて居た。
莫迦みたいに幸せを感じてしまった分、堕ちた其所は深かった。


涙は出ない。
ただ胸が、喉の奥が焼けつくように痛くて、熱くて…


ああ 私は、
彼が好きだったんだな…


そう、自覚した。


付き合いたいとか、好きになって欲しい訳じゃない。

なんて言っておきながら
一瞬でも期待しちゃうんだから笑っちゃう。
多分、いや絶対。
気持ち悪い程に見ちゃってたんだろう。

好きになった人に。
ただ見ていたかっただけなのに。

『嫌いなのか』とか言われるって、どれだけ私こそが嫌われていたのか。

寧ろ、気持ち悪いって言われなかっただけ良かったんじゃないのかと自嘲する。


もう

恥ずかしい恥ずかしい
恥ずかしい

消えたい……。



今までの自分を消してしまいたい――…



何だか必死に紡がれている彼の言葉は、渦巻くような耳鳴りに掻き消されて、もう私の耳には届いてはいなかった。


もう分かったから。

もう絶対に見ないから。

貴方の視界には入らないから。


だから


「…………さぃ…」

「え…?」

「ごめん…なさいっ」


持っていた教本をギュッと握り締めて、震えそうになるのを堪えて振り絞った声は、それでも掠れてしまったけれど。

頭を深く深く下げて、そして踵を反して走り出す。


「おいっ!」

「「紗也っ!」」


彼が何かを言い掛けていたけれど。
友人達が私を呼んだけれど……。


全部全部、今は聴こえない事にして走った。



ごめんなさい…

私なんかが好きになって
ごめんなさい。



私は、檜佐木君が

好きだった――…








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