▼ 09
不在の間に出てしまおうと戻った副官室には、運悪く修兵の姿が在った。
だけどそんな事を気にして居るのは私だけ。私が入室しようがしまいが、修兵にとってはどうでもいい事だ。
一瞥もくれる事の無い修兵に、未だ痛いと思う自分が嫌になる。
もしも修兵の記憶が失くなったりしなければ、私達はきっと二度と関わる事は無かっただろう。
終わりを繰り返した今だって、私の気持ちはあの日に置き去りのまま、辿り着いた場所に何の変わりも無かったけれど……。
「あの……」
「…………」
黙々と続けていた作業の手を止めて修兵に声を掛ければ、案の定な無言で返されて、既視感に泣きたい気持ちにさせられた。
あの時と同じ。返る事の無い返事が、私達の終わりなんだと言われているようで、其れが悲しかった。
「本日を以て、また五番隊に戻る事になりました……」
伝えたい事は、本当はもっと、違う、私の想いで。
「……今まで、あの。ありがとうございました。檜佐木副隊長」
「…………」
「其れで、ですね……」
もっとちゃんと、上手く伝えられたら良いのにと息を吐く。こんな、最後の最後になった今でさえ、言葉に出来ない自分が嫌になる。
重なった熱を憶えている。
けれど、今がこんなにも遠くて……。
「檜佐木副隊長、私、」
「だから何で敬語なんだよ」
「は……って、え……?」
「敬語で話し掛けたら返事はしねぇって……」
言ったよなって……
「其れは……」
だから、其れを言ってくれたのは……
「修兵……」
「ごめん、な。紗也……」
もしもあの日、俺がちゃんと紗也の話を聞いて居たなら。出て行く紗也を引き止めて居たなら。
遠ざかる霊圧を追い掛けて居たなら……。
今も紗也は俺の傍に居たかも知れない、なんて、もう無いモノを想っては絶望していた。
諦めろ。
そう何度も思っては否定した。きっといつになったって俺には耐えられないんだと……。
虚の能力に沈み込む意識の中、やり直したいと強く願った。
目覚めた先に、紗也が居れば良いと……。
其れが、こうして紗也を苦しませる事になった伏在された理由。
「ごめん、な……」
あの日、俺は紗也の不安に気付け無かった。
あの日の事は、紗也が出て行って暫く経った頃。記憶に無い通信記録に気付いて、直ぐに問い質した連中によって知らされた。
謝りに行け、そう何度も思っては動けなかった。
今更と思われようと、どんなに格好悪くても。こんなにも後悔するくらいなら……。
「ちゃんと伝えて謝りたいと思った。けど、肝心な事を思い出すのに結構時間が掛かった……」
だけどもう、間違いたくは無いんだ……。
「悪いけど、俺の中はまだ紗也で一杯で、終わりになんてしてやれねぇから……」
もう無いんだと言ったモノは、未だ俺の中に確かに在って、其れはとてもじゃねぇが消してはやれない。
「紗也が、好きなんだ……」
「……何で、何も言ってくんぇの?」
「………っ」
何を伝えても、紗也は俺の腕の中で押し黙ったまま、ぼろぼろと涙を溢すだけ。
言いたい事は今と、記憶の無い俺が全て伝えて来た。けれど、
「紗也……」
今思い起こしても、あれ只の我慢大会だっただろと本気で思う。
「何も言わねぇなら、文句は後で纏めて聞く」
「修兵?……っえ、待っ……」
どっちの俺も相当に、ずっと我慢して来たんだからなと、待ってと否定の言葉を紡ごうとする紗也の声を口唇で塞いだ。
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