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  02


『檜佐木副隊長は、記憶障害を起こしていらっしゃいます』


卯ノ花隊長の見立てで記憶喪失に近いと言う修兵は、何故なんだろう……。私と、私に関わる事以外の全てを、何一つ憶えていないらしかった。


……最悪、だ。


其の上、付き合って一緒に住んでいた頃の記憶に戻っているなんて……。
何の嫌がらせかと叫びそうになる。


「ただの記憶の退行だったなら、其れも善いかも知れません」


無理だと首を振り続ける私に、今の修兵には私しか頼る相手が居ないのだと、修兵はただの一隊員とは違うのだと告げられる内容は、説得と言名の強制で。


総隊長命令、か……。


否を口にする事さえ許されない。

期間は、修兵の記憶が『隊務に支障のない段階』まで戻るまで。

最終的に行き着いた結末に、結局、逃れられはしないのかと歯噛みした。






「此方が、一番基本的な隊務の流れになります。隊長格の方が扱われる書類の…………」


隊務も免除されて、修兵の病室に通い詰める事になった。

『檜佐木修兵を九番隊副隊長として復帰させる事』其れが私の任務となったからだ。


誰のお見舞いも、時には治療さえも拒絶する修兵に微笑んだ卯ノ花隊長が、他の一切の隊務から私を外すように指示をした。

其れくらい、現在の尸魂界で隊長、副隊長の存在は重い。今は一人として、隊長格が欠けるのは痛手となると言う事だろう。


忘れてしまっているだけの事をもう一度憶え直させる。

虚の、どんな能力なのかは知らないけれど、元が優秀過ぎる修兵故だろう、其れは案外容易くて。
難無く実務を憶え直す中、本来の記憶も、少しずつ今を追うように戻っているようだった。


「…………ですから、そちらの欄のですね……檜佐木副隊長?」

「…………」


どうされましたかと、疲れたのかと訊く私を憮然とした顔で見詰めたまま、押し黙ったままの修兵に首を傾げた。


「檜佐木副隊……」

「其れ」

「はい?」


其れ、って何だろうと、キョロキョロと辺りを見回せば、違ぇよとまた不機嫌な声を返される。


「檜佐木副……」

「だから、何で敬語なんだよ……っ」


そう言いながら、口唇を手のひらで塞がれて瞠目した。


別れてから、当たり前のものとなっていた敬称も言葉遣いも、私にはもう違和感なんてものは無かったんだけれど。


「今は誰も、居ねぇだろ……」



『二人っきりの時くらい……』



其れは……


付き合って、いつまでも敬語の抜けない私に修兵が言ってくれた事。


「解りまし……」

「違ぇ」

「………うん」


今 修兵は、其処に居るんだねと思えば哀しかった。


瞳を伏せた私を優しく引き寄せる、触れた腕の熱さに躯が揺れた。


「紗也……」



好きだ……。



俺にはお前だけだと、私の大好きだった声音で紡がれる想いは残存でしかないと知っている。


「紗也がいて、良かった……」

「…………」


其れはまるで、過去を撫ぞるようだと思った。






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