▼ 01
副官室の扉の前で、目の前の扉を叩く事も出来ずに立ち尽くしていた。
帰りたい……
さっきから出るのは溜め息ばかりだ。
呼び出されたからには帰る訳にはいかない。
こんな所でぐずぐずしてる訳にもいかないと解っている。
でも……
『檜佐木副隊長が呼んでるって』
行きたくない……
浮かんで来たのはただそれだけ。
聞いた瞬間、顔を顰めて俯いた私を友人が不思議そうに覗き込んで来たけれど、しょうがないだろうと言いたい。
こんな事なら、告白なんてしなきゃ良かった…と言うか、何で云っちゃったんだろう……。
莫迦な自分の行動を呪ってみてももう遅い。
私の想いは言葉になってしまったし、それが受け取られる事がなかったのも、しょうがない事なんだ。
一ヶ月前。
頼まれた急ぎの書類を檜佐木副隊長に届ける為に、私は或場所へと向かっていた。
隊舎の何処にも姿は見えず、霊圧まで消されていて見付からない。
最近多いんだと困り顔の逢澤三席から書類を受け取りながら、もしかしたらと頭に浮かんだのが其所だった。
以前お見掛けした其所は私のお気に入りの場所で、同じ場所で気持ち好さそうに目を閉じる檜佐木副隊長を見て、何だか嬉しくなってしまったのを憶えている。
時折、愛しむように微笑む。
その柔らかな微笑みが、好きだなぁと思ってしまったんだ。
あの日と同じように目を閉じる檜佐木副隊長に、邪魔はしたくないと少し逡巡したものの、自分の仕事を思い出してそっと声を掛けた。
檜佐木副隊長は良く此処が解ったなと驚かれて、私の名前を訊いてくれた。
軽くパニックに陥りながら応える私に、こんな所まで悪かったなと微笑んでくれた、その表情がいつかの微笑みに似て……
本当にこの人が好きだと、思った。
『好きです……』
そんな想いが、声に出ていたと知ったのは、ごめんなと謝られた後だった――…
檜佐木副隊長は、突然告白なんてしてしまった私にも優しくて、勤務中に莫迦な事を云った私の頭を撫でてくれた。
好きなコがいると、ちゃんと丁寧に断ってくれた。
その眼差しはどこまでも優しくて、想われるそのコが羨ましいと思う程に……。
だからもう、莫迦な期待も何もしている訳ではない。
あの時も、そんな大それた期待をしていた訳じゃない。
叶うはずがないと知っていた。
それでも、想うだけで胸が温かくなるような、そんな小っぽけな想いだった。
それだけで良かったのに……。
今はただ自分が恥ずかしくて、どんな顔をしたら善いのかも解らない。
平気な顔で目の前に立つなんて、私にはまだ無理そうだと思う。
それでも、このままこうして居ても仕方がないと意を決して扉を叩けば、入室を許可する低音が響いて口唇を噛み締めた。
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