修兵短編 壱 | ナノ


01

ドドン


と一際大きな轟音が鳴り響いて、最後の大輪の花が咲き誇った。

それは
夏の夜を飾るに相応しい

秀麗な華だった――…







「やっと、終わった……」


揺らめいて堕ちる花弁が散った後も中空を見上げたまま、紗也はポツリとそう溢した。

膝を抱えて瀞霊廷の外れの小高い丘の上に座する紗也の隣は、纏わりつくような風が揺れているだけだった。



『一緒に花火を見に行かないか』


そう誘われたのは三日前の事。
誘ってくれたのは、憧れだけではもう抑えきれない程に想いを寄せていた檜佐木だった。

九番隊へ書類配達を済ませた帰り道、門を出た所で呼び止められ、振り向いた先に檜佐木の姿を認めた時は、心臓が破裂するかのように高鳴ったのは言うまでもない。


『もう、誰かと約束しちまってるか?』


続けてそう問われて、紗也は真っ赤になった顔をぶんぶんと振ったのだった。

そして今日。
自分の事のように喜んでくれた自隊の副隊長である乱菊が、紗也の浴衣を着付けて髪を綺麗に纏め上げてくれた。
可愛い可愛いと褒めて、笑顔で送り出してくれた。

そんな乱菊にお礼を伝え、紗也は待ち合わせ場所へと幸せな気持ちで向かった。

幸せな夜になると、信じていた。




『檜佐木、副隊長!』


待ち合わせの五分前。
人混みの中に檜佐木の姿を捉えた紗也は、逸る心臓と格闘しながら待ち人の場所へと向かった。
最後には小走りになっていた。

そうして辿り着いた先
振り向いた檜佐木の笑顔にほっとして、更に一歩踏み出したところで、紗也はこの三日間の、いや、三日前の莫迦な自分を呪った……



待ち合わせ場所に居た檜佐木は一人では無かった。
檜佐木の周りには、九番隊の女性隊士が沢山居て、或者は腕に絡み付き、或者は腕に背に触れて、その周りを取り囲んでいた。


何故十番隊の女が


そう云わんばかりの視線が紗也に痛かった。


莫迦みたいだ。


花火に誘われて、二人きりなんだと思い込んでいた。
特別だと勘違いして、浮かれていた自分を心底恥ずかしいと思う。

居たたまれない思いに耐えられず、一刻も早く何か理由を付けて帰ってしまおうと檜佐木を見ようとも、隊の女性死神達と話に興じている彼が紗也を気にする事はなかった。

これ以上惨めな思いはしたくないと、無理矢理貼り付けた笑顔で輪の外に立つのはせめてもの意地で。

檜佐木が、一瞬でも良い。
此方を見てくれたら、自隊の方々で楽しんで下さいと、そう告げて去るつもりで……


泣きたい気持ちを抑えて恥ずかしさに歯噛みして。
どのくらいそうしていただろうか。
咲いていた話にやっと区切りが付いた様子に安堵して、振り向いた檜佐木に話し掛けようとしたその時

軽い衝撃を感じた紗也が人波に呑み込まれたのは一瞬だった。

人の波間に紗也が見たのは、歪な弧を描いた女性隊士達の嘲笑と――――





「そろそろ、帰んないとね……」


よいしょと膝に手を付くと、パタパタと紗也の足下に雫石が降った。


「…花火が、終わっちゃうから……」



上を向いてる理由が無くなっちゃったじゃない……



呟きは宵闇に融けて、消えた……






prev / next

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -